労働市場の現状と特徴
 ―『労働市場白書の分析から』

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年12月

2001年10月3日、労働省は、『イタリアの労働市場に関する白書』を労使双方に提示した。同白書は、労働に関する政府の政策案を含むものである。この政策案が、多様な主体に対する対処法の一新を目的としていることは、同白書の序文に明示的に提示されている。実際、これらの主体は、分析の側面でも、また、提案や計画の側面でも、同白書の内容を検討するよう求められている。こうした多様な主体のもつ政府への要望がいったん集約されると、相関的観点から理解を深め、同白書の対象とするテーマをより深く検討するために、また、社会の調和が達成されるように、政府は、対立する組織に対しても意見徴取を行うことになろう。

白書は、次の2つの部分に分かれる。その第一は、イタリアの労働市場の現状について述べている部分である。第二は、政府により提示された労働市場の現代化のための施策に関する部分である。

本稿では、第一部の内容を要約して述べることとしよう。第二部については、次稿で取り扱うこととする。

経済成長および雇用

90年代初頭からの産業界の積極的雰囲気のなか、労働大臣であったトレウによる一連の措置によって導入された弾力化措置は、イタリアの労働市場における最初の転換の契機となった。1995年から2000年の5年間において、創出された雇用総数は100万に上っている(転換期である1995年第一期と2001年4月の最新のデータとを比べると150万である。なお、以下にみるように、雇用の伸びは鈍ってきている)。

1995年から2000年の間に、15歳から64歳までのグループに関する就業率は、50.6%から53.3%になった。とくに、1998年から2000年までの2年間の伸びが著しい(この間に創出された雇用数は、雇用総数の2/3に相当する)。国内総生産は依然厳しい状況にあるものの、この間の国内総生産の伸びもまた、当初の3年間よりも堅調である。状況の改善は、とくに女性について顕著である(就職率でいうと4.1%増)。15歳から24歳までの若年層についても、5年の間に失業率が12.6%から11.8%へと低下している。これは、就業率および就学率の上昇のためである。

弾力性の高まりと雇用の増加との関連性を明らかにするために、弾力性の高まりの内容、および、弾力性の高まりに伴い生じうる労働の不安定化現象の危険性について検討しよう。雇用増加の大部分は、従来においても非典型雇用(パートタイム、有期雇用など)であったが、1998年から2000年の2年間については、非典型雇用および伝統的に労働市場の周辺に位置付けられてきたカテゴリーが国内総生産の伸び(当初の3年間は1.6%であるのに対し、1998年から2000年は2.3%)に大きく寄与し、また、国内総生産の伸びと雇用状況とがより強固かつ直接的に関連していた。

ただし、有期雇用の利用は国際水準でみても依然として低い(総雇用に占める有期雇用の割合は、1995年の5.4%から2000年の7.5%へと増加したが、EU平均の11.4%よりは低い)。

非典型労働は、不安定性と同義ではない。パートタイム労働は、1995年の6.3%から2000年の8.4%へ増加しており、このうちの大部分は、労働者自ら望んだものである(とくに、女性および中北部でこの傾向が強い)。南部のデータは、南部における雇用不安定性が最も著しいことを表しており、ここでは、不安定性とパートタイムが関連している。南部のパートタイムが不安定であることは、パートタイムに関する保護や規制の問題のためというよりも、南部の経済状態があまりよくないためである。

有期雇用の比率は、期間の定めのない雇用の比率に比べてかなり低いが、有期雇用が増加し、期間の定めのない雇用との比率が縮小する傾向にあることは確かである。労働関係に重点を置いた保護制度からとくに市場で確保される保護制度へと移行するとともに、労働市場の規制が再調整されたことが、入口における弾力性の高まりと対応しないならば、労働市場における細分化の危険性が高まり、雇用創出および生産性向上の点で有害な結果をもたらしていたかもしれない。また、有期雇用が過度に広まるおそれもあっただろう。

依然低い就業率

先に述べたように、イタリアの就業率は上昇傾向にあるが(15歳から64歳までのグループにおいて53.3%)、EU全体で2010年までに達成すべきとされている数値(70%)とは、依然として差がある。とくに、女性の就業率(39.6%)および55歳から64歳の年齢層の就業率(27.8%)は、2010年におけるEU全体の目標(女性について60%、55歳から64歳の年齢層ついて50%)と比べるとかなり低い。55歳から64歳の年齢層に関しては、1995年から2000年の間に、就業率が低下する傾向さえあり、現在のところ、ヨーロッパ中最低の水準である。全就業者に占める高齢労働者の割合が上昇していることを考えると、こうした傾向には歯止めがかからず、2005年までに就業率が現在の6割にまで低下する可能性もある。

イタリアの平均就業率とEUの目標とが乖離している主要な原因は、南部に求めることができる。すなわち、南部では、全就業率についても、女性の就業率についても、現在のEU平均より20%以上もの格差があるのである。

しかしながら、中北部の就業率(全就業率について59.9%、女性の就業率について48.0%)も、EU目標だけでなく、現在のEU全体の平均水準(全就業率について63.3%、女性の就業率について53.4%)より低い状態にある。この格差は、男性の場合、若年層ととくに高齢者に集中している。女性の場合は、全年齢層で格差が存在する。ただし、高齢者の場合を除けば、中北部では格差が縮小する傾向にある。すなわち、1995年から2000年の5年間では、中北部における女性の就業率の上昇幅(5.7%増)は、EU平均(3.7%増)よりも大きい。一方、男性の就業率の伸び(1.8%増)は、EU平均(2.3%増)よりも小さい。これは、55歳から64歳の層の伸びがみられなかったためである。1998年から2000年の2年間における就業率上昇の傾向が続き、また高齢者の傾向が好転すれば、中北部では、2010年においてEUで目標とされている全就業率(70%)および女性就業率(60%)を達成することができるかもしれない。

雇用促進

雇用促進措置(見習労働契約や訓練労働契約注1)などのいわゆる混合契約もこの範疇に含めうる)については、労働積極策に充てられる費用のうち2/3が認められている。この費用は、1999年において97億6300万リラであり、国内総生産の0.5%に相当する。なお、2001年の予算割当をみると、104億5200万リラとなっている。

雇用促進を実現する方法としては、社会保険料の負担を緩和する方法が最も一般的である。しかし、最近の傾向としては、1998年以降徐々に、新規採用を行った企業に定額の税額控除を認めるという方法が利用されるようになっている(当初1997年12月27日法律449号[公的財源の安定化に関する措置]および1998年12月23日法律448号[公的財源の安定化および発展に関する措置]で採用され、2000年12月23日法律388号[国家予算作成に関する規定]7条でも用いられている)。このように自動的に付与されるインセンティブの利用は有益である。つまり、行政コストが少なくてすみ、恣意的な決定の危険性も小さい。ただし、実際には、たいていの場合対象となる集団がいる(若年層、長期失業者、景気停滞地域の居住者など)。

格差ということに着目すると、労働政策においては、性別によって差が設けられることはほとんどない(ただし、例外として、女性企業家促進およびポジティブアクションに関する1991年4月10日法律125号[労働における男女平等実現のための積極策]がある)。また、地域によって格差を設ける雇用促進策に対し、EUは反対の立場をとっているので、この方法の利用は少なくなっている。さらに、インセンティブの利益を受けうる者について、所得などの特別な条件を設けることはない(この唯一の例外は、南部の個別的負担緩和措置である)。いくつかの施策を重複して行うことで、ある一定の集団については、そのほぼすべての構成員がカバーされていることもある。これは若年層の場合にあてはまる。若年層のすべてが対象となっていることは、労働市場の状況では説明がつかない(中北部でも若年者対策は実施されている)。なお、行政コストの削減は必ずしも達成されていない(ただし、雇用促進策はきわめて複雑で、評価することが困難である)。

1996年から2000年の間に雇用促進のための費用は17%増加しているが、これは2つの傾向に分類できる。1つは、南部に対する負担緩和のための費用が逓減していることである。もう1つは、見習労働者および長期失業者の採用に関する費用が増加していることである。

中北部において雇用促進策費が重点的に充てられているのは、若年層である(見習労働契約の利用が広く普及)。一方、南部では、25歳から44歳の年齢層により重点をおいている(長期失業者に対する措置が普及)。性別についてみると、女性に対しても、費用は公平に分配されている。地理的にみると、雇用促進策の費用は中北部を中心に配分されている(70%強)。これに対し、南部に直接に行われる措置はあまりない。また、南部において採用を行った場合の負担を軽減する措置は、本年度末に廃止される。全体として重視されているのは、失業者の再雇用促進よりも混合契約である。

見習労働契約と訓練労働契約では異なる傾向が現れている(前者は増加し、後者は減少している)。見習労働契約が増えていることについては、1997年6月24日法律196号[雇用促進に関する措置](いわゆるトレウ法)により、見習労働契約の対象年齢が拡大されたことと(16歳から24歳。経済停滞地域や障害者に関してはさらに範囲が広い)などが関係している。一方、訓練労働契約では、地域、企業の種類および部門に応じて負担軽減に格差が設けられておりEU法に反する疑いがあるため、その利用が減少しているのである。

学業から労働への移行に存在する困難を小さくし、若年層を労働市場に組み入れるものとして、混合契約は重要な役割を果たした(しかし、依然として利用されてはいるものの、今日では、混合契約の重要性が明らかに小さくなっている)。企業が評価したのは、混合契約により生じる労働契約が有期である点であった。この観点からすると、「教室での」職業訓練という側面というよりは、労働市場への組み入れという側面が重要であった(「教室での」職業訓練は、企業および労働者にとって即座に役に立つものではなかったし、一般的に言えば、要求にこたえる職業訓練が提供されなかったため、あまり普及しなかった)。しかし、混合契約が制限を設けずにインセンティブを付与したために、期間の定めのない契約の代替として用いられる危険性があった。この結果、本来の意味での職業訓練という性格や若年者にとっての人材育成の機会という性格が失われるおそれがあったのである。

本来の意味での雇用促進策として今日用いられているのは、社会扶助手当受給者や長期失業者を期間の定めのない契約で雇うことに対する助成措置、あるいは、安定的な有期雇用のポストにつかせることに対する助成措置である。南部における新規雇用についての負担緩和措置(3年ないし10年)や1997年法律447号で定められた3年間の税額控除措置は、その期間が近々終わるため、これらに当てられる財源が徐々に減少している。

有期雇用のポストの安定化に対する助成措置は、以前は有期で雇用され移動リスト注2)に登録された主体や、混合契約で労働活動に従事していた主体を期間の定めのない契約へ転換させる場合に関係するものである。助成措置が行われることによって、有期契約はより安定的な関係へ移行することが多いが、混合契約からの移行はそれほど多くない。労働市場が活発な州においては、混合契約の多くが、実質的には労働者自身によって中断されている。こうした労働者は、よりよい地位についたり、働くことをやめ学業に戻ったりしているのである。

労働関係の安定化に対する助成措置がしばしば用いられていることは、本年度の財政法(2000年法律388号)に定められた税額控除からもいえることである。税額控除は、若年層に関する有期雇用(混合契約を含む)を補完する性質を有している。実際、この方法は、2年前から期間の定めのない職に就いていない25歳以上の主体についても用いられる(したがって、混合契約等で働いていた者も含まれる)。ここでの税額控除は、1997年法律449号で用いられていたものとは異なる。なぜなら、受益主体の範囲に関する制限が緩和され(期間の定めのない関係の成立だけが排除されている。1997年法律449号では、36ヶ月以上の有期雇用に従事していた者も排除されていた。ただし、これに該当するのは、職業紹介リストへ登録された者、所得保障金庫からの手当を受けている者および移動リストに記載された者だけである)、またイタリア全土を対象としているためである(1997年法律449号では経済停滞地域だけであった)。

これまで述べた施策の多くは、新規採用のパートタイム労働者についても、部分的に適用される。この点は、2000年2月25日委任立法61号[パートタイム労働に関するEC指令の実施]が明確に定めている(ただし、かなり制限的な規定ではある)。

社会的に疎外されている者の新規採用に対する助成措置は、1997年12月1日時点で採用されていた低所得労働者について、南部で定められた個別的負担緩和措置のみであり、これも、今年末には廃止される。こうした措置の根拠は、低所得労働者の労働ポストの維持に対する負担軽減によって、もたざる者に対する負の効果を緩和するということにあった。低所得者に関する労働の需要と供給を支援する措置(たとえば、アメリカ合衆国でとられている稼得所得税額控除など)は、これ以外にはない。

緩衝措置

社会保障費をみると、イタリアは、ヨーロッパのなかでも失業給付額が最も低い国である。より一般的にいうと、イタリアの社会保障費は年金に集中しており、失業給付や就業年齢にある主体に対する社会扶助手当(障害手当、家族手当、住宅手当、生活保護手当等)に関する支出はかなり小さい。国内総生産比でみると、1998年のデータでは、EUにおける失業給付の割合は平均1.9%であるのに対し、イタリアでは0.7%である。

このように他のヨーロッパ諸国に比べ失業手当費は少ないにも関わらず、イタリアの失業率は高い。失業給付の低い国というイタリアの特徴は、国内総生産に対する失業給付の割合が失業率との関係で正常化されているにもかかわらず、強まる傾向さえある。

従来から指摘されてきたこのようなイタリアの特徴は、求職者のなかでも、失業保険でカバーされない者、すなわち、これまで職に就いたことのない求職者の割合が高まっていることが関係している。

積極策および消極策

これまで用いられてきた弾力化施策が、古くから存在する不平等を除去したのか、あるいは、新たな不平等を発生させたのかを、雇用水準や雇用機会の格差以外の点からも考慮しなければならない。一般的には、当初阻害されてきた主体(女性や若年者等)が労働へアクセスすることを容易にしたという点で、入口における弾力化は、硬直的労働市場に由来する不平等や非効率性を減少させているとの印象を受ける。

しかし同時に、弾力性の導入が不完全であったこと、市場における保護システムが十分に発達していないこと─社会的緩衝措置等のメカニズムがうまく機能しないことは、イタリアの伝統的な特徴である─、低所得者に対する所得維持制度が縮減していることは、きわめて重大な帰結をもたらすおそれがある。

言い換えると、市場における保護の有効性を向上させても、個々の労働関係の保護を緩めることの代案とはならない危険性がある。なぜなら、弾力性が増し転職が頻繁に行われるようになるほど、保護の必要性は高まるためである。

この観点からすると、いわゆる積極策(若年者の就職や失業者の再就職のための事業など)だけでなく、消極策(社会的緩衝措置など)も、またより一般的には、低所得者に関する社会保障政策や租税政策も問題にすべきということになろう。

労働積極策は、本質的には、所得維持施策と同視できる。積極策と呼ぶに相応しい政策、とくに、社会復帰を目的とする補完的施策(職業指導や職業訓練など)と連携した政策は、これまでのところほとんど採られていない。わずかに、社会的有用労働に関する方向転換や情報処理に関する初歩訓練を目的とする施策があるのみである。

需要と供給の一致

イタリアにおける労働の需要と供給の一致は達成されていない。これは、一連の法規制が障害となり、また需要と供給を迅速に一致させるための十分な情報提供システムがないためである。

公的雇用サービスは、潜在的な積極策の機能や消極策の実質的コントロールの点からみても、また、市場への仲介としてみても、未発達で非効率的である。1997年12月23日委任立法469号[州および地方自治体への労働市場に関する任務および権限の付与]により地方分権化が実施されたにもかかわらず、こうした欠陥が残ったために、民間主体が活動する際に大きな障害となっている。したがって、失業を予防するというアプローチの点で、イタリアはEUの方針に十分対応できていない。仲介に関しては、障害があるにもかかわらず、効率的に行われている場合もある。ただし、これは、民間事業(とくに、労働者派遣事業)の場合である。

需要と供給を一致させる事業のネットワークは不十分であるように思われる。これは、官民のネットワークが確立していないためである。基準を決定し、統一的ネットワークを確立する権限をもつ労働情報提供サービス(SIL)が設立されてはいるが、利用に許可がいることが障害となって(インターネットでは利用できない)、現在のところ目的は達成されていない。州は、こうした中央集権的性格を批判している(極端な場合、共通の基準を作成する必要はないとの批判もある)。イタリアの情報提供システムは、相互連携を欠く個別の民間主体と、民間事業との統一性を欠く公的主体との寄せ集めなのである。

さらに、法による規制も大きな障害となっている。第一に、仲介事業に対する障害となっている法規制がある。すなわち、労働者派遣事業や職業紹介に関する規制は、活動主体を制限している。この規制は、仲介業者だけでなく、労働者や企業側の経済的活動をも麻痺させるものである。とくに人材発掘や選考を行う事業では、業者の専門化を進めるべきだろう。第二に、需要と供給を一致させるためのデータの利用について許可が必要である。実際、こうした許可制は、仲介業者の経済的健全性を確保し、プライバシーを保護するのに必要な範囲を超えて実施されている。プライバシー保護の側面は、労働者によって提供されたデータを商業目的で利用する場合に考慮しなければならないものであって、情報提供のネットワークにおいて直接に影響を受ける労働者や企業に対して、障害を設ける十分な根拠とはならない。なお、プライバシー保護は、あらゆる者が利用可能なインターネットでの情報提供制度を採用しないという根拠の1つともなっている。第三に、労働関係のモデル化も障害となっている。労働関係のモデルに制限を課すならば、雇用の基礎や就業人口を拡大することは、事実上不可能である。

職業訓練

職業訓練制度が不十分であることは、多くの人が認めるところである。職業訓練に対して、全く財源が充てられていないわけではない。ほとんどの財源は公的職業センターあるいは労働協約による職業センターに集中している。現行の財源配分は、教官の性質によって決定され、職業訓練の質は二の次である。

注1)見習労働契約および訓練労働契約はいずれも、企業と労働契約を締結して実際に労働を行いながら、同時に職業訓練も身につけるというものである。

注2)労働移動手続(経営危機にある企業の余剰従業員を別の企業に移転させて、集団的解雇を回避する手続)の適用を受けた労働者は、移動リストに登録され、再雇用の際に優先権を与えられる。

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