イタリアの闇労働

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年11月

1.闇労働の一般的定義

ヨーロッパとの比較においてイタリアの状況を説明する前に、いわゆる「闇労働」の意義ついて明らかにしよう。ただし、闇労働現象の性質自体が曖昧であるために、一義的な定義を引き出すことはかなり困難な作業である。また、EU全域における闇労働現象に共通する性質を導き出そうとすれば、各加盟国の労働市場の特性を考慮しなければならないために、この困難性が著しく増大するであろう(実際、ある加盟国において正規の活動が、別の加盟国においては非正規の活動であることがある)。したがって、全ての加盟国に妥当する客観的な特徴を明らかにして闇労働を定義することは、適切でないように思われる。様々な非正規労働を分析することは、闇労働現象が具体的にいかなる形で現れているのかを知るためには必要な作業であろうが、闇労働を定義する際にはあまり意味がないのである。そこで、個々の非正規労働の内容は捨象して、闇労働を定義することにしよう。

様々な公式文書に現れている闇労働の定義も、上記のような意味で理解されているようである。とくに、1998年における闇労働に関する欧州委員会の報告では、「加盟国における現行制度の多様性を考慮して、それ自体は適法な報酬活動であるが、公的機関に届けられていないものかどうかを基準に」闇労働を判断するとされている。この基準を適用すれば、法的枠組みによってカバーされず、公的機関に届ける必要のない労働形態や、違法な活動は除外されることになる。

他に参考になる例としては、1998年にイタリア議会の提案した調査において採用された定義がある。ここでは、「経済的待遇、労働時間および安全衛生に関する法律および労働協約によって定められた納税義務および社会保険料負担義務を免れている労働関係」も闇労働の定義に含めている。

2.闇労働市場

イタリアは、ギリシャやスペインと並んで、EUにおいて闇労働や非正規労働が最も広く行われている国の1つである。

イタリアでは、国内総生産に占めるいわゆるアングラ経済(地下経済)の比重が、約20%から26%といわれている。OECDによる最近の統計によれば、労働力全体に占める非正規労働者の割合は28%にも上り、そのうち45%は企業の賃金台帳に記載されておらず、36%は副業に従事しており、15%は外国人労働者によるものであるとされている。この統計においては、自営業者の非正規労働率がとくに高まっていることが明らかにされている(非正規労働のうちの67%にも上る)。また、ここ数年は、EU諸国への不法移民がいっそう増えたために、闇労働が拡大しているようである。さらに、闇労働に関する南部の状況は甚だしく、3人に1人が非正規労働者であるとの報告もある。そして、非正規労働は、失業率の上昇や違法な労働活動の拡大にも影響を与えているようである。

これに対し、他のヨーロッパ諸国をみると、闇労働の拡大がそれほど顕著でない国もある(国内総生産に占める地下経済の比重は5~6%にとどまっている)。ただし、最近の統計によると、こうした諸国のうち、北欧諸国、オーストリア、アイルランド、オランダでは、闇労働現象が著しく増加している。

以上の2つのグループの中間に位置付けられる国として、フランス、イギリス、ドイツ、ベルギーがある。

以上のように、闇労働は、イタリアにおいてとくに顕著な現象なのではあるが、ヨーロッパ全体でも重大な問題になっている。最近のEUにおいて、闇労働に取り組むための欧州戦略を作成しようという動きがあるのは、このためである。

国内総生産に対する地下経済の割合(%)
OECDのデータ(2000年) 欧州委員会のデータ(1998年)
ギリシャ 29.0 29~35
イタリア 27.8 20~26
スペイン 24.0 23
ベルギー 23.4 12~21
スウェーデン 20.5 4~7
ノルウェー 20.0
デンマーク 18.0 3~7
アイルランド 17.0 5~10
カナダ 16.0
ドイツ 15.9 4~14
フランス 14.9 4~14
オーストラリア 14.5
オランダ 13.5 5~14
イギリス 13.1 7~13
アメリカ合衆国 8.8
オーストラリア 8.3 4~7
スイス 7.5

3.闇労働への対策

ヨーロッパでとられてきた闇労働への対策は多様である。たとえば、届出のなされた労働と闇労働とのギャップを縮小するために、賃金以外の労働コストを減らす国もある。また、労働関係の隠蔽を抑制するために、労務提供の利用形態に対する規制を見直す国もある。そのほか、闇労働が行われていると考えられる特定の分野(土木業など)について、課税率を引き下げる国もある。さらに、予防的措置と並んで、労働者や企業が非正規労働を用いるインセンティブをなくすように、管理や処罰の厳格化も行われている。

イタリアでの闇労働対策は、主として南部対策として実施されてきた。最近でも、経済発展の遅れている領域、すなわち、小規模企業、国際競争や経済危機にさらされている産業、厳しい就業状態にさらされているイタリア南部のために、労働契約の規制について新たな仕組みが取り入れられている。とくに重要なのは、1996年9月24日に政府と労使との間で取り交わされた合意(「労働協定」と呼ばれる)である。この合意にしたがって、労働政策やインフラの整備、労働訓練や技術革新プログラム等のほかに、「様々な部門(工業、農業、サービス、旅行など)において企業が新たなイニシアティブをとることができるように、それに適した行政および財政の仕組みを構築するのに有効な方法および新たな協議機関」を利用することによって、とくに南部における就業促進のための特別計画が実施された。

上記の労働協定で述べられた「有効な方法」としては、地域協定と呼ばれるものがある。これは、中央および地方の関連行政機関、労使の代表、銀行およびその他の関係者との間で締結される協定である。この地域協定では、当該地域の特殊性を考慮して、「新たな投資の促進や既存の生産活動の拡大のために有効な諸条件を整え、就業効果を最大限にするために」、労使協定を締結することが定められる。職業訓練や再教育政策、若年層の就職や長期失業者等の再就職を促進するためのプログラム、機会均等に関する政策、「新規の生産活動を促進し、就業効果を最大限にするするための賃金政策」などが、この協定の対象となるだろう。

闇労働対策に関してより重要なのは、段階的労働協約(賃金再調整労働協約とも呼ばれる)である。これは、一定地域の特定部門における賃金水準を全国水準よりも引き下げること(ただし一時的な引き下げ)を認め、当該地域および部門の労働関係の正常化を目的とするものである。

最後に、企業に対する以上のような政策と並んで、最近の政府案では、社会保険料や租税との関係で闇労働を追認する措置を予定している(同時に、将来の負担の軽減も予定)。同案の詳細は、現在検討中であるが、経済的インパクトは4兆リラと見積もられている。

4.新たな対策

社会学的分析によれば、闇労働拡大の原因としては、需要側および供給側のいずれにとっても、正規労働よりも闇労働のほうがはるかに都合がよいという点が挙げられている。

このことからすると、賃金再調整労働協約と闇労働の追認措置は、制裁による抑制の論理とインセンティブ付与による促進の論理とを併せて実施し、闇労働を改善する方法となるかもしれないが、闇労働問題を根本的に解決するものとはならないように思われる。なぜなら、これらの措置によれば、法を遵守している者にではなく、非正規に活動している者に利益が付与されることになるし、また、闇労働現象を一時的に減少させるにすぎず、企業や労働者を正規の労働市場から流出させる原因が除去されていないためである。したがって、本当に問題を解決しようと思えば、イタリアの労働市場や経済問題に徹底的に取り組まねばならないと考えられる。そのためには、労働コストを調整するために公費を投入するのではなく、新たな生産方法に対処するために必要な措置をとるよう企業に働きかけ、また、こうしたことが可能なように労働法の規制を改めることが必要であろう。

イタリアの就業率が低いことには、非正規労働が関係している。非正規労働現象については、悪循環がみられる。すなわち、就業率および正規労働率の低さは、課税の対象となる賃金の範囲が小さいことを意味する。このため、公費をまかなうのに必要な税収も少なくなる。この結果、税負担が増大化し、非正規労働への流出に拍車をかけることになったり、就職促進や積極的労働政策、インフラ整備等のための支出が削減されたりすることになるのである。労働市場に対する措置や闇労働を正規化するようなインセンティブの利用以外の闇労働対策としては、租税措置がある。これは、欧州委員会で提案され、いくつかの国で実際に実施されたものである。たとえば、オランダでは、1999年に副次的な所得への課税を引き下げている。また、スウェーデンでも、平均課税率が52%から38%へ引き下げられている。当然のことながら、これらの措置とともに、関係機関のいっそうの連携による管理の強化が平行して行われるはずである。また、アイルランド、オーストリア、スウェーデンでは、正規労働と非正規労働との労働コストの格差を縮小する試みがなされている。イタリアと同様の状況にあるギリシャやスペインでも、現在こうした方向性に沿って対応がなされている。さらに、ギリシャ、スペイン、フィンランド、ポルトガル、オーストリアでは、労働法の改正によって、労働形態の隠蔽を防ぐ措置もとられている。イタリアでも、数年前に当時の労働大臣であるティツィアーノ・トレウによって提案された労働関係に関する「認証」の仕組みがある。これは、実際に実施されていれば、正真正銘の独立労働と虚偽の独立労働とを識別するのにきわめて有効な方法となっただろう。

イタリアでとられている政策のうち、いくつかの企業を選択して優遇するようなインセンティブ付与の政策(賃金再調整協約など)は、EU法(EC条約87条1文)に反すると警告されている。EC条約87条1文は、目的にかかわらず、あらゆる経済的利益の無償供与を対象とするために、包括的な定義を用いている。このEC条約87条1文の基準によれば、失業や闇労働への対処、新たな職業の創設という目的があるというだけでは、措置の対象となる企業の活動に対する公的支援の適法性を十分確保できないのである。

EC条約87条1文により許容されうる国の施策としては、労働市場の現代化がある。具体的には、職業指導や職業訓練、失業者への助言などが考えられる。また、労働市場における労働者の地位の改善のための施策やとくに不利益を受けている人々(身体障害者など)や伝統的に労働市場において差別されてきた人々(女性労働者や少数民族など)の就業を促進するための施策、自営業活動や小規模事業の創出などもありうるだろう。

イタリアの労働法や産業関係法のシステムが現在のままであり続けることはもはや不可能である。現在のシステムは、様々な点でEU法に対応できていないし、他国の一般的な動向にも反している。企業間での適正な競争が真の意味で受け入れられれば、闇労働はなくせないものではない。国レベルでの競争を適正化し、非正規労働によって引き起こされている歪みを是正するためには、EUレベルでの競争の適正化も必要である。すなわち、他国の法や契約と比較して、イタリアのシステムを見直さなければならないのである。

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