企業倒産の際の労働債権保護が再び政治問題化

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年10月

企業倒産の際の労働債権保護をめぐる問題が、再び政治の舞台で注目を集めた。というのは、オーストラリア第2の保険会社であるHIH Insurance社が5月に倒産したのに続き、6月には電話通信会社であるOne.Tel社が破産宣告したためである。双方のケースとも、長期勤続休暇手当・剰員解雇手当・老齢退職年金などの労働債権を支払う資金がなかった。

企業倒産の際の労働債権確保措置

オーストラリアでは、労働債権に対する法的保護は十分ではなかった。長期勤続休暇手当や老齢退職年金などはしばしば使用者によって経営資本と見なされ、自由に利用されてきた。本来労働者に属するはずのこうした金銭は特別な基金に払い込まれもせず、また企業の不正行為に対する予防措置も講じられていないために、企業倒産の際に労働者が損害を被ることが多い。こうした事態は幾度となく生じ、世論をかき立てることができた労働者だけが十分な保障を得られたために、大きな政治問題化した。

そのため政府は2000年に労働債権補助制度(EESS)を立法化した。しかし、この制度は部分的な保障しか与えていない。すなわち同制度は、使用者が労働債権に充てるための資金を使ってしまった場合に、失職した労働者に対し2万豪ドルを上限に保障を行っている。通常は労働者の損失は2万豪ドルをはるかに超えている。このように、労働者にとって不当とも思える同制度が労組組織化の契機となることもある。

企業危機が労組組織化の契機に

その好例が前述したOne.Tel社のケースである。同社では、経営危機に見舞われた時期に企業の上層部が莫大な手当を得ていた。こうした事態がマスコミにリークされ、1400名の同社従業員に同情が集まった。

同社は現代的なその業態とあわせて、労組が組織化する余地はそれほどなかった。というのは、同社の労働条件は個別雇用契約により規制され、個々の従業員はそれに署名していた。その契約は、企業倒産の際の労働債権支払いについて何の規定も置いていなかった。さらに、会社もこれらの支払いのために特別に資金を積み立てることもしていなかった。

オーストラリアの場合、企業倒産の際の労働債権保護について通常はアワードが規制を行っている。しかしOne.Tel社では労働条件はアワードによって規制されていなかった。ここで、アワードを通じた労働条件規制、さらには労組への加入が大きなメリットを生み出すことが明らかとなったのである。

そのような中で、同社で若干名の組合員を有していた地域社会・公共部門組合がこの事件を取り上げ、莫大な手当を得た同社幹部に対しそれを返還するよう要求した。ただこれにより資金が提供されたとしても、問題は残る。つまり、同社の個別雇用契約は剰員解雇手当について何の規定ももっておらず、また同社従業員もアワードの適用対象となっていない。

そこで労組は、オーストラリア労使関係委員会(AIRC)に対し暫定アワードを求めた。これにより、従業員に支払われる剰員解雇手当の請求に法的基礎が与えられることになる。さらに労組は、職場関係省長官に対しこの申請を支持するよう求める文書を送った。長官は当初これを渋ったが、後に世論に屈する形で当初の見解を撤回した。

AIRCは、2001年6月4日に同社従業員が標準的な解雇手当を受け取るべきであるとの決定を下した。

労働債権補助制度改革案

One.Tel社のケースはたまたま世論をかき立て何とか資金を得ることができたが、通常同様の事態に直面した労働者はEESSに頼るしかない。しかし前述のようにEESSは様々な問題を抱えている。このEESSは州政府の参加を前提としているのだが、現時点では北部準州が加わっているだけである。そのため資金不足が指摘されているが、政府はこの制度に基づきすでに3600人の労働者に対し720万豪ドルを支払ったと主張している。これに対し、野党労働党は労働者に対する支払いが行われていない120社のリストを具体的に示している。

野党労働党はEESSに関し、老齢退職年金保険料に保険料を上乗せすることでその資金源とするよう提案している。具体的には、老齢退職年金保険料を0.1%引き上げ、それにより労働債権保護のための基金を作るよう主張している。これに対し、労組は保険料の負担について労働者ではなく、使用者が支払うべきだとの姿勢を示している。一方、使用者側は支払い自体を拒否し、納税者の負担を求めている。

さらに、この問題は労組による産業横断的な交渉事項ともなっている。たとえば、オーストラリアでも有数のオーストラリア製造業労働者組合(AMWU)は6%の賃上げ要求に加えて、「Manusafe」として知られる労働債権保護を目的とした特別基金の創設を求めている。

以上見てきたように、One.Tel社のケースは労働者にとってある程度納得できる決着となったものの、大きな問題は解決されていないままである。そのため、労組は同社のケースを契機に、この問題について全国的なキャンペーンを展開する予定である。

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