ニューサウスウェールズ州の労災保険制度改革の動向

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年9月

改革の背景

オーストラリアでは、連邦レベルで労災保険制度が一本化されておらず、各州ごとに労災保険制度が存在する。その中でも、ニューサウスウェールズ(NSW)州の労災保険制度は以前から改革の必要性が指摘されていた。というのは、NSW州の場合、労働災害率が低下しているにも関わらず、コスト超過という悩ましい事態に直面しているのである。現時点の収支状況は21億8000万豪ドルの赤字となっている。

NSW州政府は1996年以来多くの制度改正を行ってきたが、州の労使関係大臣であるジョン・デラ・ボスカ(John Della Bosca)氏は改革のペースを速めることを決定した。その改革案が大きな議論を巻き起こし、州内の労働組合の激しい抵抗にあっている。

改革案の内容

改革案はコスト削減と保険料率の低減を目的としている。これは管理運営費用や認定をめぐる不服申立の調査、訴訟費用を削減することで可能となる。この中でも、最後の訴訟費用が財源を枯渇させる大きな原因となっている。そのため、改革案は労災認定に関わる紛争を裁判に持ち込むのでなく、政府によって任命された専門家から成る非司法的な審判所で解決するよう提案している。改革案によると、審判所の決定は最終的なものであり、労働者による上訴は認められない。また、使用者等に対するコモン・ロー上の損害賠償請求は厳しく制限される。

労働組合の抗議活動

以上の提案が、労組の抵抗にあうであろうことは容易に想像できる。実際に、2001年4月には州の建設林業鉱山エネルギー労組(CFMEU)による呼びかけで建設業者は休業を余儀なくされ、抗議活動は大規模に展開された。

NSW州は現在労働党が政権を握っているが、労組は親交のある州の労働党議員に働きかけ、政府の改革案に反対するよう説得した。危機感を募らせたボブ・カーNSW州知事は反対票を投じれば政権基盤が崩れると主張する一方で、労組や労働者に対しても批判的な見解を示した。彼は、労働者が労災事故を誇張し、職場復帰を遅らせることで、労災保険制度から可能な限り最大の補償を引き出そうとする「文化」があると指摘した。

これに対し、労組は使用者の不正行為が大きな問題であると反撃した。使用者の中には、労働者や請負業者を誤って分類する(これにより保険料率を低く抑えられる)ことで、不十分な補償しか与えていない者もいるという。労組によると、労働者の誤った分類や従業員数の過少申告、保険料の未納等により使用者の30%が十分な補償を与えていない。  その後、労組は大規模なストライキを予告し、一気に緊張が高まった。連邦総選挙を控えているという事情もあり、両者の間では何らかの形での決着が早急に求められた。

労組は、NSW州政府に対しいくつかの分野での譲歩を迫り、政府も改定される改革案にそれを盛り込むことに合意したようである。まず第1に、労働者には政府の任命した医療査定人の決定に対し上訴する権利が与えられる。当初の提案では、医療査定人は労働者の傷害の程度について拘束力のある決定を下すことができた。第2に、労災認定ガイドラインの厳格化が提案されていたが、新制度の移行により労働者が不利益を受けないことが確約された。第3に、当初の提案にはなかったが、精神的なトラウマも補償対象とされる。

しかしながら、コモン・ロー上の損害賠償請求権の制限に関しては、州政府と労組は対立したままである。政府は、コモン・ロー上の損害賠償請求権を「体全体」の25%の労働不能となっている労働者に限定する提案を行っているが、これは現行法よりもかなり厳しいものである。現行法では、「体の特定部分」の25%の労働不能に対してコモン・ロー上の救済が認められている。

いずれにせよ、NSW州の労災保険制度改革案は州議会に提出され、上述した問題も州議会会期中に解決が図られる予定となっている。

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