社会的緩衝措置
イタリアにおける社会的緩衝措置の歴史的起源
人員削減等の措置による社会不安を緩和するため、イタリアの社会保障制度では、従来いくつもの制度が導入されてきた(以下では、こうした制度を「社会的緩衝措置(ammortizzatori sociali)」と呼ぶ)。実際、失業者や雇用の不安定な労働者の所得保障に関するイタリアの制度は、労働者の状態(失業中か、不完全就業か)に応じて様々な保護を提供しており、過度に細分化されている。
労働者の状態は、理論上、以下の3つに分けることができる。
- 労働関係の一部あるいは全部が一時的に停止された状態(所得保障金庫(注1)および連帯契約(注2))
- 企業の人員余剰に起因する失業状態(移動手当(注3)および早期年金制度)
- 個別解雇に起因する失業状態(通常失業手当)
社会的緩衝措置に関するイタリアの制度に関しては、ここ数年、その限界が明らかにされており、批判の的となっている。
とくに批判が強いのは、制度がきわめて複雑であること、労働市場の変化に対応できず実効性に欠けること、給付支給期間が長いことである。
歴史的にみると、社会的緩衝措置に関するイタリアの制度は、次の2つ異なる要請に基づいている。すなわち、①労働市場関連の法律(現就業者の雇用確保を主たる目的とする)との調整、そして、②就業形態の再構築および変更の必要性(この点については、とくに企業側の関心が強い)である。
以上の要請との関係で、今日、イタリアの制度は次のような批判を受けている。
- 法制度が、全体的な視野を欠いたまま徐々に形成されたために、採用された措置が相互に調整されていない。
- 社会保険に関する制度と社会扶助に関する制度とが区別されていない。
- 乱用や不正利用を制限するための行政のコントロールが機能していない。
- 給付支給期間が長い。また、様々な一連の制度を利用できるために、支給期間がさらに長くなっている(この結果、一方で、新しい仕事を探すディスインセンティブとなり、他方で、「闇労働」が行われることになる)。
こうした批判に加え、さらに、失業問題(とくに、長期失業については、社会的・経済的コストがきわめて高くなっている)に対する全体的視野が欠けているという点も問題視されている。
換言すると、イタリアの制度には、非就業者が労働市場に復帰することを促すようなインセンティブがない。また、若年層は、労働者に関する支援制度の主たる対象ではなく、家族を通じて間接的に「補助されて」きたにすぎない。
実際、長期の補助金が自動的に支給されるよりも、積極的な労働政策をとり、福祉から労働への移行ができるだけ容易になるように(非就業者に対し、どのような労働条件でも受け入れる義務を課すなどによって)、所得獲得の援助を行う方が望ましいであろう。
改革の基本的目的
より実効的な財源の再分配のために、支出の仕組みや給付の水準(期間や方法)を変えていくことは、現状打破のために必要なことの1つである。国、企業および労働者それぞれの負担の分配や、中央と地方との負担の分配も、この意味でこそ見直されなければならない。
したがって、基本的に(あるいはもっぱら)社会保険料によって財源が賄われる「社会保険」的な措置と、主として(あるいはもっぱら)公的財源の負担によってカバーされる「社会扶助」的な措置とを、明確に区別しなければならないだろう。
そのほか実現すべき重要な目的としては、次のようなものが考えられる。
- 制度の合理化を行い、制度の細分化や不正利用の危険性を縮小すること。
- (自律的運営や財源の安定性が確保されている場合に限って)財源の互換を可能にし、制度を他の分野に拡張すること。
- 給付の受給主体の責任を高めること。
現在の状況
以上に述べた目的を実現するための改革は、現在のところ、事実上妨げられているようである。
1999年5月17日法律144号[就職のインセンティブ等の再編に関する政府への委任]に基づく委任立法は、今日まで制定されていない。同法では、立法におけるいくつかの指針が示されており、その一部には、上記の批判と同様の指摘がなされていた。
- 賃金補完制度を合理的なものにすること、および、単一あるいは複数のカテゴリーごとに基金を創設し、当該制度から排除されてきたカテゴリーへ制度を拡張すること。
- 失業に関して行われている社会保障上の諸支援制度を調和させ、制度から除外されていたかあるいは保護が欠けていた(こうした状況にあるかどうかを判断する際には、厳格な基準を用いる)労働者のカテゴリーに対し、漸進的に保護を強化・拡張するために基本的な措置を講じること。
- 社会的緩衝措置の承認手続および認可手続を簡素かつ簡潔なものにすること。
- 企業によって利用される社会的緩衝措置については、当該企業が社会的緩衝措置の財政面に関与する際の基準を合理化すること。
- 社会的緩衝措置の利用申請を行政機関が審査するために設けられた期日を遵守すること。
- 移動手当の調整を、ISTAT(全国統計機関)によって測定された肉体労働者および事務労働者の家族に関する消費指数の年間上昇の80%以内にすること。
- 社会的緩衝措置に関する法制度を一ないし複数の統一法に再編すること。
なお、現在までとられた措置は、通常失業手当の規定の改正だけである。これについては、まず、2000年9月1日より、通常失業手当を最終報酬の40%に引き上げることが定められた。さらに、同日より、50歳以上の労働者については、通常失業手当の受給期間が(現行の6カ月から)9カ月に延長された。
社会的緩衝措置に関する制度の評価および考えられる修正措置
社会的緩衝措置に関する制度はどのように機能してきたか。
社会的緩衝措置に関する制度は、その歴史的起源(伝統的労働市場を対象としていた)およびその後の発展(低調な社会経済状態が繰り返された)のために、「光と陰」の側面をもつものになっている。
社会的緩衝措置の制度が、イタリアにおいてこれまでどのように機能してきたかを総合的に評価してみよう。まず、制度に対する肯定的な評価としては、多様な仕組みが実現されたことにより、制度全体が柔軟になったという点を挙げることができよう。また、社会的緩衝措置が十分な役割を果たしたために、機能不全に陥っている労働弾力化制度の代わりとなった点や、労働者に対する社会保険の保護が充実した点、社会的緩衝措置に関する制度が存在していたために、近年行われた大規模な変革や構造改革が容易になった点を、積極的に評価することもできるだろう。
すなわち、社会不安や労働力の利用における過度の硬直性を緩和することにより、ここ数年は、社会的緩衝措置に関する制度において、基本的目的が守られていたのである。
一方、社会経済が急激に変化するなか、社会的緩衝措置に関する制度を見直す必要性がますます高まっていることも明らかであろう。
もっとも、弾力性および実効性を付与するために定められた労働市場の規律を見直すことなく、社会的緩衝措置の制度に対する措置のみを行うことはできないだろう。実際、これまで社会保障制度に過度の負担がかかってきたのは、イタリアの労働市場に存在する硬直性のためであったことは否定できない。また、今後のことを考えても、よりよい社会的緩衝措置を実現するためには、労働関係の類型の点で、より柔軟で、より選択肢の多い、調整された労働市場でなければならないといえよう。
また、所得保護に関する「文化的」アプローチを変え、所得保護から「社会扶助的な」意味合いをなくしていかなければならないだろう。
要するに、労働者が有期の労働関係を自然に受け入れ、個々の労働関係が終了した際には、次の職を積極的に探すような環境を整えなければならないのである。こうした環境のなかでは、個々の社会的緩衝措置は、所得喪失という「異常な」状態について実施され、この状態を改善するものとして機能することになろう。
したがって、社会的緩衝措置の改革は、次のようなより広い領域に関連付けられなければならない。
- 労働市場の弾力性に関する仕組みを完全に機能させ、実効性を確保するために、この仕組みを見直すこと。
- (民営化のもつ明確性を導入して)職業指導事業や就職事業等の実効性を高めること。
- 継続的職業訓練・資格取得制度を企業の具体的要請に適合させること。
- 解雇(個別解雇および集団解雇)に対する法制度を大幅に緩和する方向で見直すこと。
より具体的な側面では、次のような措置が必要である。
- 措置期間:保険数理的な基準によって適正な期間を判断し、被保護事項の実質とこの基準との関連性を検討すること。
- 措置方法:期間に応じて給付水準を変えるための指標を導入すること
- 家庭状況を配慮した保護:家庭の負担に応じて給付を変えること。
- 多様な制度の機能上の特性:目的に応じて(社会扶助か、社会保障か)措置を分け、この結果として、給付の財政方式(租税か、保険料か)も分離すること。
- 通常失業手当の見直し:(今日では、通常失業手当が季節労働を財政的に支援するために使用されるようになっているが)失業によって生じた労働所得の「一時的」喪失を保護するという制度本来の目的に帰ること。
- 手続:行政機関の自由裁量の余地を縮小するとともに、措置の認可における公的機関の対応を改善し、給付認定手続を簡素化・迅速化すること。
- 法制度の単純化:統一法を成立させることによって、細分化され重畳している現行制度を見直すこと。
- 労使の役割:(自律的財政の前提として)自主管理能力を高めること。
注
- 企業の経営危機に際し、操業時間の短縮や操業停止が行われた場合に、労働者に対して一定の割合の所得を保障する。(本文へ)
- 従業員の労働時間を短縮することによって、企業の経営危機に対処する方法で、次の2つの方法がある。第一は、整理解雇等を避 けるために、従業員の労働時間の短縮を行う企業協定である(「雇用防衛的」連帯契約。労働時間の短縮に伴う賃金の減少は、 所得保障金庫が保障)。第二は、現従業員の労働時間の短縮・賃金の減少を認める代わりに、失業者の採用を義務付ける企業 協定である(「雇用拡張的」連帯契約)。(本文へ)
- 労働移動手続(経営危機にある企業の余剰従業員を別の企業に移転させて、集団解雇を回避する手続)の対象となった労働者に 対し支給される手当。(本文へ)
関連情報
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:掲載年月からさがす > 2001年 > 8月
- 海外労働情報 > 国別労働トピック:国別にさがす > その他の国 > イタリアの記事一覧
- 海外労働情報 > 国別基礎情報 > その他の国 > イタリア
- 海外労働情報 > 諸外国に関する報告書:国別にさがす > イタリア
- 海外労働情報 > 海外リンク:国別にさがす > イタリア