韓国電力公社の構造改革をめぐる労政対立

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2001年2月

中央労働委員会は、12月4日午前零時まで「韓国電力公社労働争議特別調停委員会」を開いて、政労使間の交渉の末、同公社の分割民営化案について最終合意に達したと発表した。続いて、同公社労組委員長は記者会見を開いて、「4日午前8時に予定されていたストライキ計画を撤回する」と宣言した。これにより、同公社の構造改革をめぐって11月下旬から続いていた労政対立は一段落した。

12月8日には韓国電力公社の分割・民営化案を盛り込んだ「電力産業構造改革促進に関 する法案」が約2年ぶりにようやく国会を通過した。これを受けて、政府は次のような手順で同公社の分割・民営化作業を本格化する方針を明らかにした。つまり、今回新たに付け加えられた1年間の猶予条件を前提に、韓国電力公社の発電部門を5つの火力発電子会社と1つの原子力・水力発電子会社に分割する作業を進めた後、各界の専門家と政労使間の協議を経て、火力発電子会社の売却時期と方法などを最終的に確定することにしている のである。

今回の韓国電力公社の構造改革をめぐる労政対立の行方は、政府側にとっては公共部門 における第2段階構造改革の成否を占う試金石になる一方で、同公社労組側にとっては、戦後初めてストライキ計画を打ち出すとともに、上部団体である韓国労総のみでなく民主労総をも巻き込んでの連帯闘争への発展を模索するなど、その団結力を試すことになるという点で注目されていた。

では、同公社の構造改革をめぐる労政対立においては何が主な争点になったのか、そしてそれをめぐって労組と政府はそれぞれどのような方針を打ち出し、最終的にどのような合意案を見いだしたのかみてみよう。

主な争点

労政対立の主な争点は、電力産業の構造改革の目玉として打ち出されている「韓国電力公社」の分割・民営化案である。政府はまず、2002年まで発電部門を前述のように分割・民営化するほか、各地域別独占権をもつ配電会社の間に競争原理を導入した後、2009年以降は地域別独占権を解除し、消費者側が配電会社を自由に選択できるような競争体制を確立することにしている。

このような分割・民営化案をめぐって政府側は、その不可避性やメリットを強調し、強行する方針を打ち出したのに対して、同公社労組側はそのリスクに重きをおいて徹底抗戦の構えを見せるという構図が浮かび上がってきた。まず分割・民営化の名分についてみると、政府は「電力事業の独占による経営上の非効率性の改善」を掲げているのに対して、 労組側は「経営の効率性はすでに世界最高の水準に達しており、そのための分割・民営化は必要ない」と反論した。

第2に、分割・民営化の波及効果(電気料金や電力供給の安定性、国富の国外流出可能性など)について、政府側は、競争体制の確立により電気料金の引き下げが期待できるほか、電力供給の安定性や国富の国外流出可能性などに対しては、法規制上の安全措置を設けることで十分対応できると主張するのに対して、同労組側は、逆に電気料金は100%以上引き上げられるほか、電力供給の安定性に支障が生じる恐れや、外国企業への売却により国富の国外流出の恐れがあると反駁した。

同労組側は、民営化の代案として消費者団体、学界、専門経営者、労組、政府などが参 加する経営委員会を設置し、経営陣の選任、監督に当たるようにし、社内における競争体制の確立を通して経営の効率性を高めるほか、財務上の健全性を確保するために政府の公 共料金抑制政策により抑えられている電気料金の正常化や、民間資本の投入による発電設備の拡充などに取り組む案を提示した。

労組のスト計画と労働界の連帯闘争

そして同労組は、政府の分割・民営化案の撤回を求めて、11月9日に中央労働委員会に争議調停を申請した。それを後押しするように、韓国労総系と民主労総系公共部門労組は「公共部門連帯闘争委員会(公共連帯)」を設け、「従来の事業所別運動方針を改め、公共部門労組連帯で対政府交渉に臨み、公共部門の構造改革に関する政府の政策変更を勝ち取る」道を模索し始めた。ちなみに、「公共連帯」は①通信、電力、鉄道、ガスなど基幹産業の民営化・外国企業への売却案の撤回、②官治経営の撤廃(自律的な経営責任体制や労組の経営参加の保障など)、③一方的で画一的な構造調整の中断(追加人員削減の中断、分割・合併・清算などに関連して政労使合意の原則順守など)、④労政交渉の受け入れ(公共部門における中央労使交渉機構の設置、予算編成の際の労組との合意など)を求めて対政府闘争を展開することにした。

韓国電力公社は、必須公益事業所と定められているため、15日間の調停期間中に調停が成立しない場合、中労委が職権で仲裁期間(15日)を設定し、労働協約を作成することができ、その間ストライキは禁止される。同労組は中労委の調停を前に、「中労委が実質的な代案(政府の電力産業構造改革方針の変更を盛り込んだ調停案)を提示しないで、必須公 益事業所であることを理由に職権仲裁の決定を下し、事実上ストを禁止する場合、11月24 日にストに突入する」と圧力をかけた。

これに対して、会社側は「電力産業の構造改革は政府の政策であると同時に会社の経営 権に関わる事項であり、労使交渉の対象ではない。そのうえ、もし中労委が職権仲裁の決定を下した場合、仲裁期間中のストは違法ストに当たるので、労組側に民事・刑事上の責任を問うとともに、ストを主導した組合執行部に対しては懲戒処分を行う」方針を明らかにし、同労組の圧力に厳正に対処する姿勢を見せた。

政府も、韓国電力公社のケースが公共部門における構造改革の先例になるとみて、「当初の計画を強行し、その過程では例外を認めず、原則を順守する」という立場で「電力産業構造改革促進に関する法案」を今国会で成立させる方針を貫いた。政府は、11月15日に続いて23日にも「社会関係長官会議」を開いて「構造改革の強行、違法ストに対する厳正な対処、最大限の雇用保障、対話と説得の並行」などの原則を再確認した。つまり、政府 は公共部門における構造改革の原則を貫き通しながらも、その一方で同労組を説得するために、「人員削減など労働条件に関わる案件(たとえば分割した子会社の売却時期と方法)については労組と十分に協議する」、「民営化後も雇用は最大限保障される」点を強調するなど、「労組の協力の下での原則順守」という良い先例づくりを模索し始めたのである。

中労委は、11月23日午後遅くまで労使双方の言い分を踏まえて調停を試みたものの、政労使の間に隔たりが大きく、調停作業は難航した。たとえば、労組側は「分割・譲渡・合併の際には労組に通知し、労使の合意を得なければならない」という義務条項を盛り込むよう求めたのに対して、会社側は「分割・民営化は政府の政策と経営に関わる案件なので、調停の対象ではない」との立場を崩さなかったのである。

結局、調停期間は11月29日に延長され、同労組側は24日に予定していたストライキを保留し、「29日に開かれる調停会議で政府が政策変更の姿勢を見せない場合、30日午前8時に各分会単位で『ツアースト』に突入するように」との指令を各地域別分会に出した。「ツアースト」とは「同労組の組織的特徴、つまり組合員総数2万5000人余りの大規模組織の基礎単位にあたる組合員10人前後の小規模地域分会の間で組合員が行動をともにし、携帯電話などで連絡を密に取りあいながら闘争を展開する方式である。同労組はこのスト方式を生かすことで、組合員の離脱を防ぎ、資源動員能力(団結力)を高めることが期待できるとみたようである。

これに対して、会社側は、29日に本社の電力設備管理およびスト関連部署職員3分の1以上に対して非常勤務態勢に入るよう命じる「青色非常勤務命令」、午後4時以降は全職員に対して24時間非常勤務態勢に入るよう命じる「赤色非常勤務命令」をそれぞれ出すとともに、組合員がこのような非常勤務命令を無視してストに参加する場合、全員を刑事告発するほか、財産上の損害が発生した場合は損害賠償訴訟を起こす方針を再三強調した。

再び、調停期間は12月3日に延長され、同労組側は11月30日に予定していたストライ キも保留した。結局、同労組は、政府の構造改革に対する強硬な姿勢や、会社の違法ストに対する厳正な対処方針の他に、不可避な構造改革に抵抗し、厳しい経済情勢に悪影響を及ぼしかねないという世論の厳しい目などにだんだん大きな負担を感じるようになった。つまり、同労組はストの効き目(政府の構造改革政策変更の可能性)よりはそのコストがはるかに大きい状況に追い込まれつつあったのである。労働界では、同労組は対政府闘争の先頭に立って、政府からの譲歩を取り付けることで公共部門の構造改革に歯止めをかけることが期待されていただけに、2度にわたるストの保留決定は、同労組の団結力のみでなく労働界の連帯闘争にも影を落すのは必至であるとみられた。

同労組委員長はストの保留決定に関連して、「12月1日、2日2日間政府、会社側と協 議する際に、政府が既存の電力産業構造改革計画を変更しない場合、韓国労総と民主労総 との連帯闘争日程に合わせて闘争を展開する」と述べ、労働界の連帯闘争に望みをかけるとの見解を示した。

しかし、韓国労総系と民主労総系公共部門労組の連帯組織である「公共連帯」は、同公社労組のスト計画に日程を合わせていただけに、予定していた大規模抗議集会を取りやめざるをえなかった。さらに、韓国労総の連帯闘争戦略も次第に色あせてきた。つまり、韓国労総は、韓国電力公社労組のストを皮切りに「公共連帯」の大規模抗議集会に続いて、12月5日には民主労総との時限付き連帯闘争を展開し、8日には両労総連帯のゼネストに突入することにより、対政府闘争を段階的に強化していく計画をうち立てていたが、同公 社労組の2度にわたるスト保留決定に続いて、12月4日には次のような労使合意を踏まえてスト計画の全面撤回を決めたため、韓国労総の連帯闘争戦略も結局計画倒れに終わってしまうのである。

労使の合意内容

中労委は12月4日に、14項目に上る労使の合意内容を発表した。その主な内容は次の通りである。第1に、会社側は、子会社への分割の際、労組にその旨を通知し、労働者の 雇用保障と労働条件について誠実に協議する。第2に、民営化の際には労使政協議会で諸問題を協議し、会社は雇用の継承に最大限努める。そのほかに、男性労働者の育児休職実施、長期研修休職制度の新設、地域別労使協議会の拡大実施など、労働協約関連項目も盛り込まれた。

しかし、中労委によって正式に発表されたこのような合意内容の他に、手当の引き上げなどについても次のような合意がなされていたことが明るみ出て、労使のモラル・ハザードが厳しく問われるようになったようである。つまり、①手当の10%引き上げについて別途に協議する。②分割民営化に伴い子会社に異動する職員を対象に手当を15%引き上げる。③成果給として基本給の1.2カ月分を支給する、ことなどである。

このような合意内容を公表しなかったことについて、中労委の関係者は「労使が自律的に決めたことであり、中労委の調停とは関係ない内容だったので、公表の可否は労使が決めるべきである」と述べた。これに対して、同労組委員長は「組合員の賃金および福祉に関連して別途に合意があったが、労組は組合員に、会社は政府に、それぞれ説明する時間 が必要だったため、すぐ公表しなかった」ことを明らかにした。その反面、会社側は「約束は決してない。手当の引き上げなどは今回の調停とは全く関係ない」と強く否認している。これを受けて、ジョンユンチョル企画予算処(公営企業の主管官庁)長官は「韓国電力公社などが構造改革の過程で労組側と裏約束などを行ったことが確認されれば、社長の 解任を建議する」と警告した。

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