2000年度版全国雇用計画:イタリアの雇用戦略

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2000年12月

イタリアの2000年度版全国雇用計画(Nation-al Plan for Employment 2000:PAN)は、政権の危機といった理由もあり、他のEU諸国から遅れて発表されることとなった。このPANは、アムステルダム条約で定められたEUの政策との調整という枠組みの中で出されたもので、労働政策に関する公式文書である。

イタリア政府の雇用政策は、労働の需要面と供給面とに分けて分析することができる。総需要面に関する第1の戦略は、国民経済の全般的な成長率と南部の経済成長率の向上を目的としている。このような成長に貢献するのは、財やサービスの生産に関する競争力の改善、財政支出の増大、公共事業や公共サービスに関する「財政プロジェクト」の拡張、これまで公共部門に属していた事業や競争制限的な制度の下で経営されてきた事業の民営化ないし自由化である。このような施策は、南部経済にも及ぼされるべきであり、政府は「南部発展計画(PSM)」を定めて、公共や民間の投資の増大や輸出の増大により、需要を増加させようとしている。PSM では、公共投資の選別を行おうとしている。南部での政策措置の効率性は、安全政策とも関連している。

政府は、労働の供給面では、労働市場の改革にも着手している。そこでは、予防的アプローチが改革の中心となっている。特に若年層と中高年層との間の失業率の格差の解消が目指されている。具体的には、現在進められている新たな雇用サービスの完全な実現、新たな見習労働制度を通じた労働への編入措置の広範な実施、職業指導と職業訓練との統合が進められようとしている。中高年層に対しては、公的雇用サービスだけでなく、リストラの際の不利益緩和措置の改革、新たな労働再編入契約の明確化、継続訓練の発展の加速化が、中心的な措置となっている。より一般的な政策としては、これまで公共部門で経営されてきた事業の民営化と自由化、会社法の改革、民間の基金の資本市場への流入、および行政改革に関して行われることとされている。さらに政府は、中北部と南部との間での経済や労働市場の格差が存在するため、南部の発展の遅れの構造的な面や、中北部での過密の解消について特別な配慮をしようとしている。

このような枠組みの中で、多様な労働政策が構想されている。第1に、労働の供給が不十分である南部では、雇用サービスや訓練・教育の制度の強化が重視されている。南部では、労働の需給のミスマッチの矯正は、中北部で予想されるのと同じ効果をもつことはありえないからである。さらに政府は、南部における2つの構造的な問題に特別な注意を払っている。 (1)政府は、ヤミ労働対策を重視している。政府は、かなり以前から、非正規労働を監視し、抑制しようとしてきた。しかし、このような措置は、税制や社会保険法上の優遇措置を通して行ってきたが、これまでは効果を発揮できていない。

ヤミ労働が深刻なのは、それが犯罪の温床となっているからでもある。政府は、最低賃金以下の賃金の一時的な許容を認める制度をより改善し拡張しようとしている。逆説的なことであるが、ヤミ労働の正規化のための政策は、競争を促進することとなっている。非正規な労働活動は、法律を遵守している企業や労働者に対する不正競争以外のなにものでもないからである。 (2)政府は、新規投資という観点から、南部の労働についての社会保険および税制上の大幅な減額措置が必要であると考えている。

社会的対話

PANの分析から、イタリア政府の労働政策・雇用政策には4つの領域があることが明らかになる。社会的対話、機会均等、欧州社会基金の介入、情報・知識社会である。

社会的対話あるいは労使協議は、経済政策の基本的なメカニズムである。労使と国家(中央政府、州、地方公共団体)は、財政支出に関する計画も含め、労働政策と雇用水準を引き上げるための措置について事前に協議を行っている。労働組合と経営者団体は、所得政策の枠内で、全国協約または産業別協約において賃金変動について管理し、労働条件や(賃金と生産性を連結させる場である)事業所協約に関する一般的な基準を定める。全国レベル以外に、様々な地域レベルでも労使間の協議は行われている。

州と地方公共団体も、多様な労使協調形態を発展させている。企業、労働組合、市民団体の関与を予定している地域協定もある。これまで公的助成を受けることができた地域協定の数は76にのぼり、全体で1億リラ(100リラ=4.82円)の助成を受けている。

労使協議は、雇用サービス、非典型労働、パートタイム労働、社会的緩衝策、補足的年金といったテーマにおいて行われている。

この協議には、労使それぞれから32団体が参加している。これらの労使団体は、事前に提示されたPANの案に対して、そこで示された戦略の内容や後進地域の問題に特別な配慮が示されていることなどについて、好意的な見解を示していた。ただし、労使は、雇用サービスや教育訓練の改革などについての積極的政策を、より迅速にとるべきであると主張している。さらに、リストラの際の不利益緩和措置やパートタイム労働の規制について、政府がさらに介入すべきであると主張している。経営者団体の多くは、より一般的な観点から、労働の弾力化のための諸措置について、その進展については評価する一方、その質の改善の余地があると主張している。

また、非典型労働者の問題について、立法の迅速な進展を促進するように、労使間での対話の頻度を高めるということが求められている。さらに、再配分目的や地域振興目的(南部が主たる対象)での税や社会保険料の負担軽減を進める努力も求められている。

地方公共団体の間でのパートナーシップ(制度的パートナーシップ)は、補足性原則に依拠するものである。これは、州に対して立法や規則の制定権限を大幅に移譲するという戦略である(地方分権)。その最終的な目的は、行政を市民に近づけることにより、地方政府の歳入・歳出に関する決定について民主的なコントロールを強め、決定プロセスの効率性を高めることである。分権化は行政手続きの簡素化とともに進められている。許可の数や監督権限をもつ当局の数を減らし、予防的で形式的な事前チェックから、事後の結果確認を目的とするチェックへと移行することがねらいとなっている。このような動きは、公的組織の責任感を高め、公勤務と民間勤務との間の地位の格差を小さくすることも目的としている。

男女間の機会均等

イタリアでは、機会均等の分野における活動や疎外されているグループに配慮した活動には、まだ不十分な点がある。このような活動への関心は、公平という観点からだけでなく、労働市場への参入率の引き上げという観点からも関心がもたれている。イタリアの労働市場は、他の欧州連合加盟国よりも、女性の就業率が低く、失業率が高いという特徴をもつ。このことは、完全雇用がほぼ実現している地域でも発展途上地域でも同じである。

労働市場への参入の増大と労働需要の停滞とが衝突することを回避するための措置が必要である。労働政策(雇用サービス、学校と職場の統合、職業指導)は、女性の就業率を高めるための措置を含んでいる。特に新たな公的雇用サービスは、採用や再雇用における男女の機会均等に大きな影響を与えている。民間に雇用サービス事業を許容したとしても、男女の機会均等には大きな効果は生じないであろう。というのは、市場は、労働需要側の偏見をなかなか矯正することはできないからである。このような理由のため、公的雇用サービスには、女性による労働の供給を促進し、性差別を減少させるという特別な任務が付与されてきたのである。

非典型労働関係の発展は、労働力の重要な構成部分となってきている女性の雇用を促進していくかもしれない。ただ、それだけでは十分でない。非典型労働は、特に女性にとっては、差別と同義となる危険性がある。高い職種や職位においても女性の役割が拡大していくようにするためのポジティブ・アクションの強化が必要である。さらに今後は、家庭生活上のニーズと労働への参加というニーズとの調和を可能とするようなサービス(育児面や介護面のサービス)にも関心がもたれなければならないであろう。

欧州社会基金

欧州社会基金は、財政援助の面および政策の方向性の決定という面で大きな役割を果たしている。欧州社会基金は、基金に関係するPANの部分に積極的に介入しており、イタリア国内において広範な政策の遂行を可能とさせている。

欧州社会基金による援助は、まず第1に、労働者の就労可能性を高めることに向けられている。就労可能性の向上は、次の2つの方法で追求することとされている。第1に、雇用サービスの活用であり、第2に、若年者や中高年者に対する失業予防政策である。このような戦略の中心にあるのが、労働の需給の迅速かつ効率的なマッチのための雇用サービスの再整備であり、さらに、様々な労働者グループに応じた適切な措置の実行である。就労可能性との関係では、積極的かつ予防的アプローチが、労働政策の最優先の目的とされている。

欧州社会基金からの拠出は、特定の主体に対する措置とシステム(訓練、教育)に対する措置とに対して行われている。

PANは、障害者、少数民族、その他の不利益を受けているグループの必要性を特に考慮している。社会的疎外への対策は、3つの方向で行われる。それは、弱者(障害者、移民、被拘留者、薬物中毒者)に対する個別的な「垂直的」措置、特別な状況(困難な状況にある家族、貧困、犯罪、年少者や女性の搾取)にある者に対する「横断的」措置、不便な地域における補完的措置である。

欧州社会基金の介入は、起業の促進という分野でも行われている。これは、起業や独立労働に対する援助などを通して行われている。特に、社会的企業の促進、経済的企業の発展のための総合的サービスの進展が重視されている。

さらに、欧州社会基金は、変化に対する適合可能性という目的にも貢献している。これは、事業の再編成に対するサポート、テレワークのような代替的な労働形態のサポートという形で、また訓練や非典型労働契約による就労の助成という形で行われている。

欧州社会基金は、男女の機会均等という目的のための直接的な助成も行っている。

情報・知識社会

欧州は、今後10年間の新たな戦略として、研究や技術革新に力を入れており、知識に基礎を置いた経済となろうとしている。欧州の指針に基づき国内で採択される戦略は、教育、労働、行政、企業を対象とするものである。つまり、情報社会の到来は、法規範の枠組み、公的機関の使命、経営組織、教育の根本的な見直しを引き起こすこととなろう。イタリア政府は、このような知識社会に対応できるための環境整備を第1の目標としている。そのために、教育システムの改革と並んで、行政改革や労働市場の弾力化政策を重視しようとしている。

情報社会のモデルは多様なものでありうるのであり、新たな社会的疎外が生じるのを避けなければならない。イタリアでは、中北部と南部との格差があるが、新たな格差の要因が付加されることにより、過去に蓄積されてきた格差がさらに定着してしまう危険もある。すでに今日、市場のルールが支配することにより、発展途上地域のインフラへの投資が排除されるという事態が生じている。

情報コミュニケーションの発展は、雇用促進の期待をもって助成されなければならない。ただ、それは技術革新能力に基づく競争が行われている民間部門で実現されるものである。それゆえ、情報社会と知識社会とは区別して考える方がよい。知識社会では、公共部門の責任の方がより強いからである。最近、財政再建政策と企業の研究部門への関心低下に伴い、基礎研究や応用研究の分野で支出される費用が GDP の1%くらいにまで減少してきた。政府は、欧州の研究政策に即して、調査研究部門の再生のための中期的計画を作成しており、そこでは若い研究者の参入の増加を予想している。

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