国民投票と労働市場改革

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2000年5月

従来から急進的な主張を行っているMarco PannellaEmma Boninoが提案した国民投票は、以下に見るように、様々な重要な法規定の廃止の提案を含んでおり、労働法(とりわけ労働市場の分野の法律)の将来をめぐるイタリアの議論にも大きな影響をもつと考えられる。

イタリア工業連盟(Confindustria)は、この国民投票(労働市場の分野の様々な法規定の廃止)に賛成の立場を表明した。これに対し、労働組合のナショナルセンターであるCGIL-CISL-UILの方は反対の立場を示しており、政府とイタリア工業連盟との協調関係を白紙に戻すことも検討するといった牽制を行っている。

周知のように、イタリアの労働法における最近の重要な改革は、1997年の雇用促進法(1997年6月24日法律196号。トレウ法)を除きそのほとんどが、EU指令か国民投票の提案を受け入れたものとなっている(このほか、解雇制限に関する1990年5月11日法律108号のように、国民投票の実施を避けるために制定されたものもある)。国民投票の提案のインパクトは、それほど大きいものといえるのである。

急進派の提案した国民投票事項の内容

(1) 解雇規制

まず、労働者憲章法(1970年5月20日法律300号)の第18条の廃止が提案されている。同条は、違法な解雇がおこなわれた場合に労働者の原職復帰を認めることを定めた規定である。労働者憲章法制定以前は、違法な解雇に対する救済には、再雇用かそれに替わる手当の支払のどちらかを使用者の方が選択できた(なお、1990年5月11日法律108号では、従業員数が15人を超える事業所においては、労働者側の方に原職復帰[+月給の5カ月分に相当する賠償額]か代替手当[月給の15カ月分]かの選択権を認めている)。

同条が廃止されたとしても、労働者に対する違法な解雇からの保護がなくなるわけではない。ただ、違法な解雇がおこなわれたときの効果の面で、強制的な原職復帰ではなく、制裁金や損害賠償といった形で解決する手段がとられる可能性が認められることになるであろう。たしかに、イタリア法における、原職復帰が常に認められるという制度は見直される必要があろう。経営者側としては、違法な解雇のコストを事前に数量化できるようにすることが必要である。労働組合側としても、今や原職復帰は実際にはほとんど実現されていないということが知られているので、あまり意味のない制度となっている。なぜ、このような時代遅れの制度を維持しておく必要があるのか。この「最後のタブー」について語り始める必要がある。おそらく、今がよい機会である。スペインのように新たな不安定労働形態を導入し、期間の定めのない労働関係の弾力化を行うとすることは、止めた方がよいであろう。

(2) 職業紹介

第2に、1997年12月23日委任立法469号の第10条の第3項、第7項、第10項の廃止が提案されている。

今日、イタリアでは、労働の需給の仲介事業は公的独占ではなくなっている。しかし、仲介業者は、一定の財政的・組織的基盤をもっていなければ、事業を行う許可を得ることはできないこととなっている(第7項参照)。さらに、仲介業者は、仲介事業のみしか会社の目的とすることはできない(第3項)。したがって、民間の仲介業者は、労働者派遣事業や職業訓練事業を営むことはできない。また、仲介事業は、労働者に対しては無償で行わなければならない(第10項)。急進派は、このような規制をなくすことを主張している。

以上のうち、仲介業者が仲介事業しか行うことができないという規制の廃止には賛成できる。派遣事業や職業訓練事業を営なんでいる組織が、職業紹介を行ってはならないという理由は分明ではない。これは、無意味な規制である。これに対して、仲介業者に対して財政的・組織的基盤を備えていることを求める規制については、その廃止を求める理由の方が分明ではない。さらに、仲介事業の労働者に対する無償という原則の廃止についても賛成できない。このような原則は、ILO 条約上の義務でもある。

(3) 期間の定めのある契約

第3に、1962年4月18日法律230号の廃止が提案されている。同法は、有期労働契約に関する法規制を定めているものである。

今日、期間の定めのある労働契約の締結は、法律か労働協約の定める例外的事由についてしか認められていない。実際には、労働協約の規定をとおして、法律上の規制はかなり克服されてきているとはいえるものの、いずれにせよ今日でも法律上の一般原則は、労働契約は期間の定めのないものである。

1962年法律230号が廃止されることになると、アメリカやイギリスのように、期間の定めのある労働契約の締結については法的制約がなくなり、期間の定めのない労働契約と同様の法的状況となる。ただ、最近のEU指令は、加盟国に対して、有期労働契約の濫用を避けるための規制(たとえば、更新事由や最長期間について)を行うことを義務づけている。

(4) パートタイム労働契約

第4に、1984年12月19日法律863号の第5条の廃止が提案されている。同条は、パートタイム労働契約を規制している規定である。

前記の有期労働契約の場合と同様、この条文が廃止されても、規制の欠缺が生じるというわけではない。今日では、パートタイム労働については、労働協約により広く規制が行われているからである。いずれにせよ、労働者が権利義務の内容を具体的に知ることができるようにするために、契約の書面化の義務は維持すべきであろう。これに対して、労働時間を事前に詳細に定める義務を廃止することは、いわゆる「弾力条項」(使用者が、経営上の必要性などに応じて、労働時間の配置を一方的に変更することを認める条項)を正当化することになろう。これはいわゆる「呼び出し労働」を導入するということを意味するのではなく、個別契約や労働協約でこのような条項を導入する余地を認めるということを意味するのである。

(5) 家内労働

第5に、1973年12月18日法律877号の第2条の第2項ないし第4項の廃止が提案されている。とくに第2項では、解雇や操業停止をともなうようなリストラ計画に関係する企業は家内労働を利用することはできないと定めているが、このような規制は、すでに実態に合わなくなっている。リストラの過程の中で、企業は、しばしば法律の規定を無視して、事業のアウトソーシングをしている。そこでは労働者の代表者も関与しており、チェックが行われている。労働組合側も、現在の規制は多くの面で不十分であり、法改正の必要があることを認めている。

おわりに

急進派の国民投票の動きは、政治的な側面を無視して見ることはできない。しかし、この国民投票の提案の中で示された、イタリアの労働法の基本的なルールの現代化の要請は、その内容それ自体も十分に注目されるべきものである。雇用は、労働関係を不安定化させていくことによって創出されるものではないのということには異論がないところである。特にイタリアでは、採用面での弾力性は少なくともEUレベルに達している。問題は、その他の面での弾力性である。

労働組合側は、解雇、有期労働、パート労働のような基本的な制度の現代化について議論をすること自体を拒否している。このような正面衝突は、対立よりもパートナーシップを、また国民投票よりも協議を重視するイタリアの労使関係システムにとって良いことは何もない。このような状況を修復することは、イタリアの経済システムにとって不可欠であり、そのための方法は一つしかない。それは、急進派の主張の中にある、明らかに合理的なヨーロッパ・スタンダードのものについて、改革法案を提出して法改正を試みるということである。

編集部追記

憲法裁判所は、以上の国民投票の提案のうち、解雇規制に関するもののみ、国民投票の実施を許可した。

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