失業保険改革によっても福祉黄金時代は戻らず

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2000年3月

高失業率が続いた過去10年間に、スウェーデンは失業保険制度を老朽化するに任せてきた。賃金水準は上昇したが、保険給付は減少している。給付上限は喪失所得の80%のまま引き上げられていない。そのため、平均給付レベルは69%に低下した。しかし現在、政府は改革を提案しており、その目的の一つは失業保険を再調整期間の生活を保障する保険とみなす考え方を再び採用し、構造変化(例えば工場閉鎖)に当たって労働者が転職しようとしている期間に所得を保障することである。しかし、この変更案では、かつての包括的福祉制度を回復することはできない。

1999年11月にスウェーデンの労働市場に関して最も盛んに議論された主題は、政府白書『(失業保険制度における)労働契約(Contract for work)』だった。ブルーカラー労働者のスウェーデン労働組合総同盟(LO)の専門家2人の力を借りて作成された白書は充実した内容となっており議論の的となっている失業保険制度について、全部で70件以上の新規又は修正ルールを提案している。これらの提案は、今春の政府法案に反映させることを狙ったもので、以下のような内容である。

労働政策の量から質への転換

新しい案によれば、新規の正規雇用創出に関して設定された目標を実際に達成しているかどうかという点から、それぞれの政策の有効性を慎重に検討する。労働政策の「数量目標」、すなわち、「これらの政策が失業統計の改善に役立つという暗黙の了解に基づいて、可能な限り多くの失業者の面倒を見る」という目標は放棄された。その代わり、できる限り効率的に欠員を埋めることに焦点が当てられており、これは多くの場合、より長く、より費用のかかる訓練を失業者に提供しなければならないことを意味する。

雇用が非常に困難な者、すなわち3年以上にわたって失業しており、失業手当や低額の短期的労働市場方策でしのいでいる者を対象に、「過渡的労働市場」を設ける。ここで政府は、長期失業者を雇用する使用者に賃金の最高75%の補助金を支給する。この補助金は使用者の租税勘定の貸方に記入され、徐々に減額される。

高齢化による労働力不足

失業保険制度の見直し・改革と並行して、労働省と全国労働市場庁が、公務員の高齢化によってまず第一に公共部門で予想される労働力不足に対応するため、準備を進めている。今では関係者全員が、1990年代に国家予算の引き締めと併せて公務員を削減しすぎたことを後悔しているようである。先任権制度も公務員の高齢化に寄与した。工業部門と民間サービス部門は、余計な人員を持たないリーン生産方式と早期退職の奨励によって、迫りつつある労働力不足を助長している。したがって、早期退職者の「雇用可能性(新職に適応できる技能など)」を高めるとともに、65歳を超えた労働者が働き続けるよう奨励するための措置が計画されている。

失業者への職業紹介に契約を導入

国に殆ど全ての財源を求め、労働組合が管理する失業保険制度(いわゆるGhent制度)の発足以来、失業者は「労働市場のなすがままにされる」とともに、「適切な求人」を受け入れる準備をしておくことを求められている。適切な求人を受け入れなかった場合、失業者は3カ月間にわたって給付の支給を打ち切られる。職業紹介所は、規則の規定よりも寛大な決定を下すことが一般に知られている。しかし、それによってどれだけ多くの労働者が「救済」されたかを示す統計はない。質の低い労働政策が大量に実施されていた時期には、職業紹介所の職員にとっても、失業者に失業給付期間の更新資格を与える短期労働政策を見つけるのが非常に簡単だった。今回、この制度は廃止される。

この春の議会で決定される予定の新しい政府案によれば、失業給付の最高額は1日580クローネ(1クローネ=12.68円)から640クローネに引き上げられる。この給付は最長で300日間まで支給される。だが、高齢労働者の受給期間は600日間に延長することができる。この長い期間中に失業者は、いわゆる過渡的労働市場に参加する機会を提供される。ここで職業紹介所と失業者は正式契約を結び、どの仕事が「適切」か、通勤距離と職種の点から職務範囲をどの程度広く設定するかを明記する。

その後、提供された勤め口を拒否した失業者は、40日後に失業給付を25%カットされる。2度目に拒否すれば、失業給付の半額を差し引かれる。3度目も拒否すれば、それ以後は失業給付の支給対象から除外される。

職業安定所は失業者への対応を厳しくすることを求められ、全国労働市場(AMS)は労働組合による失業保険基金の管理をより厳格に監視しなければならなくなるだろう。

労使は給付上限を巡り対立

今のところ、過剰雇用状態にあったスウェーデン・モデルの黄金時代同様、所得喪失額の90%に給付水準を引き上げることを提案する者はおらず、労働組合は給付上限を引き上げて給付レベルを実質80%にすることに要求を集中させている。現在、この上限は月収1万5950クローネで、産業界の平均賃金を下回っている。1日640クローネへの増額案が実施されれば、おそらく2001年1月1日以降に上限が1万7500クローネに引き上げられる。しかしながら、この引き上げが実施されても、従業員の大多数の所得がなお上限を上回るだろう。所得全額に給与所得税が課せられるが、失業の場合は上限までの所得しか給付されない。

80%の補償は労働協約で取り決められたすべての所得を対象とすべきであるという原則へのこの違反は、制度の信頼性を危機にさらすものである。何と言っても、失業保険の正当性は「強者が自分の所得保障を確保すると同時に弱者を支援する」という考え方に基づいている。より強い立場にある従業員がもはや取り決められた所得保障を得られなくなったとき、この制度は包括的福祉の一部ではなくなる。

労働組合は、政府が依然として「上限を引き上げると費用がかかりすぎる」と主張している理由を理解しておらず、従業員にとっては補足的な私保険に加入する方がはるかに高くつくと述べている。労働組合の見解では、失業保険は、現行基礎額の7.5倍(基礎額一単位は3万6000クローネ)又は月2万2500クローネに上限を設定されている健康保険と同水準にすべきである。労働組合は、健康保険の上限を基礎額の10倍にすべきだという立場について、議会社会保険委員会の過半数の支持を得ている。そのような制度を失業保険にも適用するとしたら、全従業員の90%以上が病気や失業の場合に所得の80%を支給されるだろう。

スウェーデンの使用者連盟であるスウェーデン経営者連盟(SAF)は、「上限を引き上げるべきではなく、失業保険コストの従業員負担割合を高めるべきだ。」と主張している。もし改革案通り失業給付最高額が640クローネに増額されれば、使用者にとって新規従業員の採用がより困難になるだろうし、個々の労働者は失業状態から脱する誘因をほとんど与えられず、失業期間が長くなるだろうというのである。

SAFは、独自の研究の中で、健康・失業保険制度の現行ルールでも、スウェーデンは寛大な失業・社会扶助給付を提供しているため、OECD諸国の中で労働意欲阻害効果が最も高いと報告している。労働所得への税率が高いことも、潜在的求職者の意欲を失わせている。SAFは報告書『就職は割に合うか?』で、専業主婦の妻と2人の子どもを養う労働者が、失業給付や生活保護を受け続けるよりも多くの収入を得るには、月収1万7200クローネ以上の仕事に就かなければならないことを示している。

ただ幸運なことに、同じSAFの統計によれば福祉に頼った方が得をするにもかかわらず実際に働いている労働者が16万人いる。その上、そもそも男性が働き、女性が専業主婦という家庭は、過去のものとなりつつある。

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