労働市場法制の最近の動向

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2000年3月

1999年5月17日法律144号の第45条(以下、新規定)は、イタリアの労働市場法制の見直しをして、失業対策を推進するために、効果的かつ体系的な雇用促進措置を講じるよう、政府に立法の委任をしている(政府の委任立法の期限は1999年末とされていたが、1999年8月2日法律263号1条2項 a 号により、2000年4月30日にまで延長された)。このような法律の規定が置かれた背景には、1997年6月24日法律196号(雇用促進法)をはじめとする最近の一連の労働市場立法が必ずしも失業対策としては十分な実効性をもたなかったという事情があるようである。新規定では、様々な形で雇用への「インセンティブ」政策をとろうとしており、従来よりも起業に力点をおいている点が特徴的である。

規定の内容

(1)新規定の対象

まず新規定が定めた、政府が委任立法の際にしたがうべき指針は、次のようなものである。様々なタイプの措置を合理化すること、具体的には、1)現行法の規制の重複を解消すること、2)労働への編入のための従来の様々な措置の経験や成果を考慮すること、3)対象者の特徴に応じて措置を多様化すること、である(1項 a 号)。

3)の対象者に該当する者として、新規定は、若年者、長期の失業者・未就業者、ある程度の期間、特別所得保障金庫からの給付を受けている労働者、(労働への)編入または再編入が困難な労働者をあげている(同号1)。これらの者のうち、所得保障金庫の受給者については、「ある程度の期間」を具体的にどのように定めるかという難問が政府に課せられている。

また、「(労働への)編入または再編入の困難な労働者」についても、具体的にどのような労働者がこれに該当するかを定めることは容易ではない。新規定では、労働者があるカテゴリーに属するかどうかを定める基準について、実際の窮乏状況を評価したり、検査したりするのにより適したものとなるように見直すことが定められている(同号2)。たとえば、「編入に困難な労働者」と「再編入に困難な労働者」とでは、その基準は必ずしも同じにはならないであろう。前者は「就業経験のない若年者」とほぼ同義であり特別な保護が必要と言えるが、後者はすでに就業経験のある者であり、「再編入」は労働者側の心理的な理由で困難になっているにすぎないことが多い。その意味で、国の政策的介入の対象としては前者の「編入に困難な労働者」が優先されるべきことになろう。

対象の特徴に応じた措置の多様化という点では、地域的な多様化への考慮も必要となる(45条1項 a 号3)。この点では、1999年法律144号では、雇用面での不利益な状況にある地域に該当するかどうかを定めるうえでの指標を定めている(1条9項)。すなわち、その指標としては、人口統計上の動き、社会的現象、経済的現象、インフラストラクチャーの整備、その他の環境的要因(地域的に孤立しているか、山岳地か)があげられている。さらに、地域ごとの女性雇用の水準についても考慮しなければならない、と定められている(45条1項 a 号4)。

新規定では、中小企業も措置の対象に組み入れられている。具体的には、労働者の安全や健康に関する法規定を遵守している中小企業、エネルギーの節約や効率化のための新技術を適用し、様々な装置を用いた水やゴミのリサイクルを定めている企業に対して重点的にインセンティブ措置を講じていくこととされている(45条1項 a 号6)。中小企業に対する助成(とくに税制面での助成)は、これまでも何度か行われてきており、そこでは、助成措置の条件として従業員を新規に採用するということを要求することにより、雇用促進のための手段としても用いられてきた。たとえば、期間の定めのない契約での新規採用、有期のフルタイム契約での新規採用、あるいは期間の定めのないパートタイム契約での新規採用を条件として助成を行うという法律が実際に制定されてきていた。新規定では、労働ポストの安定化を促進することも求めている(同号5)ことから、政府は、中小企業に対して、弾力的な労働契約形態での採用を推進できるようなインセンティブを与えたうえで、同時に、その契約期間がある程度長期的なものとなるように規制をすることとが求められるであろう。

(2)職業訓練

新規定では、訓練を目的とした労働関係を見直し、合理化することも定めている(45条1項 b 号)。その際、EU 指令と1997年の雇用促進法16条5項も考慮することとされている。後者の規定では、政府が、雇用促進法の施行から9カ月以内(すなわち、1998年3月19日まで)に、見習い労働や訓練労働契約のような訓練的内容をもった特別な労働関係に関して、その活用と合理化を推進する体系的規制を行うための規則を制定することとされていた。しかし、政府はこのような規則の制定をしなかったために、新規定では改めて委任立法の制定を求めることになったのである。

政府が規則の制定を行わなかった最も大きな理由は、EU 法と国内法との調整が困難であったということにある。すなわち EU 法では、国による援助により特定の企業や生産を優遇し、競争をゆがめたり、ゆがめる危険性のある規定を制定することに対して制約を課している。これに対して、前記雇用促進法の15条は、訓練労働契約がその期間満了後に期間の定めのない契約に転換された場合において、その後の12カ月間も訓練労働契約に対する助成措置が継続されると定めている。この雇用促進法の規定について、欧州委員会は、次の2点で EU 法に反するとしている。第1に、訓練労働契約に対する助成を期間の定めのない契約に転換された後にも延長して行うことは、既存の雇用水準の維持のための助成にとどまり、新規の雇用促進のための助成にはなっていないという点、第2に、助成の対象となる労働者の年齢(訓練労働契約で採用できる労働者の年齢)の上限が、EU 法上の25歳を超えて、32歳とされている点である(いずれも助成措置を受ける企業が不当に有利になる)。

もちろん EU 法も、国の援助についていかなる例外も認めていないわけではなく、「たとえば、労働市場における労働者の個人的地位を改善することや、労働者の職業的・社会的編入を、特に職業訓練や見習い労働を通して有効なものとするための措置は、客観的な基準により、かつ、ある企業やある生産を優遇することなく、自動的に自然人に適用される限り、国家の援助にはあたらない」とされている。これによれば、加盟国側にもかなり広範な行動の余地があるのであり、イタリア政府も EU 法を考慮して国内法の調整を進めていくことが可能であるし、またそれが求められよう。

訓練目的をもった労働関係としては、1994年7月19日法律451号(雇用及び社会保険料の国庫負担化措置に関する緊急規定)の15条が定める「職業編入計画(piani per l'inserimento professionale)」も指摘しておく必要がある。これは、イタリア南部および産業衰退地域における未就業の若年者(19歳以上32歳以下。長期失業者については、35歳以下)の雇用促進のために、訓練のためのプロジェクトを実施するというものである。訓練に参加する期間は最大12カ月、1カ月80時間以下であり、その間は、時間あたり7500リラ(100リラ=5.57円)の手当が支払われる(その費用は、国家と受入企業が半分ずつ負担する)。1999年法144号は、職業編入計画に関する法規定の施行を2000年末まで延長することとし、2000年12月31日までに終了が予定されている職業編入計画にも前記の助成措置が適用されると定め、そのための予算措置を講じている。

(3)高齢者から若年者への雇用の移転

新規定では、62歳以上の高齢者(女性は57歳以上)が従属労働をやめて自営の商業活動に従事するようになった場合の手当の支給を定める法規定(1996年3月28日委任立法207号)の適用延長を定めている(45条1項c号)。また、自営業の促進のために信用貸付を行う措置(1996年11月28日法律608号9条の7)のために、1999年度に2500億リラの予算を計上することも定めている(1999年法144号45条19項)。

さらに、高齢者から若年者への雇用の移転を直接的に定める規定もある。すなわち、新規定の45条1項1号では、若年者の雇用を創出するために、高齢労働者によるパートタイム契約の利用を促進する制度を設けることとしている。

この種の規定は、すでに1997年の雇用促進法でも設けられていた。すなわち、同法の13条4項b号では、当該企業が、3年以内に年金の受給権を得る労働者の契約をフルタイムからパートタイムへと転換した場合で、32歳未満の失業者または未就業者を、パートに転換される労働者の労働時間以上の労働時間でのパートタイムで雇い入れる場合について、社会保険料の助成措置を講じる省令を制定することとされていた。

より一般的なワークシェアリングに関する規定についても、すでにいくつかの先例がある。たとえば、1984年12月19日法律863号2条における、いわゆる拡張的連帯協約に関する規定がその代表例である。この規定によると、労働協約で、当該企業での就業者の労働時間を短縮し、賃金を減額する代わりに、失業者を新規に期間の定めのない契約で雇い入れることを内容とする規定を設けた場合、この協約に基づき失業者を採用した場合には、当該企業に対して社会保険料の減額措置などの優遇措置が認められる。また1991年7月23日法律223号(労働市場法)の19条では、特別所得保障金庫の適用を24カ月以上受けている企業が、労働協約に基づき、新規従業員を採用するために、5年以内に年金の受給開始年齢に到達する労働者で拠出期間が15年以上の者を週18時間以上のパートタイムに転換した場合には、その労働者には年金支給権が認められると規定されている(繰上年金。1996年12月27日法律662号1条185項にも同様の規定がある)。

このような様々な法律が存在している現状を考慮して、前記の新規定で述べるような高齢労働者によるパートタイム契約の利用を促進する法律の制定がはたして必要といえるのかという疑問を提起する見解もある。

(4)労働への編入

新規定では、労働社会を直接知ることを目的とする措置で、労働関係の形成を伴わない制度についての見直しも定められている(45条1項 d 号)。その際には、1997年の雇用促進法における職業訓練(17条)、実習(18条)に関する規定も考慮に入れなければならない。

新たに講じられるべき措置は、その期間は、教育水準、業種、地域に応じて3カ月から12カ月の間で定められるものとされ、またその間の手当としては、月に40万リラから80万リラの範囲で定められるものとされている。

(5)そのほか

新規定は、様々なインセンティブを承認し、付与するための手続の迅速化と簡素化も求めている(45条1項 m 号)。行政の措置の迅速化は、最近、特にその必要性が意識されてきている。企業に公的助成を行う際の行政における手続としては、行政によるチェックの度合いが小さい方から順に自動的手続、評価手続、交渉手続があげられるが、新規定では、自動的手続の範囲を拡大して、手続の迅速化を実現していくことを特に求めている。

また雇用促進や雇用対策に関する法規定を、24カ月以内(すなわち、2001年5月23日まで)に統一的な法律に統合することも定められている(45条1項 n 号)。このような法律の統合は、この分野におけるかくも複雑な法の理解を容易にするためには不可欠なことと思われるが、従来の立法府の態度から判断すると、このような統合的法律の制定の実現には懐疑的とならざるをえない。

最後に、本法では、第45条による委任立法の執行は、公的財政に追加的負担をもたらすものであってはならないと定めている(13項)。個々の措置のコストについての算定は容易ではなく、この法律がどこまで厳密に法的意味のあるものといえるかについては疑問視もされているが、少なくとも、政府に対して、ある制度における給付水準を引き上げるような場合には、別の制度において廃止や改善によるコストの節約を行うよう求める圧力をかける効果はもちうるであろう。

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