イタリアにおける継続的職業訓練の発展

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2000年1月

EUレベルでの枠組み

ECは、その創設当初から、持続可能な経済成長を実現するうえでの職業訓練政策の重要性を認めてきた。これは、職業訓練について、次のような二つの価値があることが認められていたからである。第一に、職業訓練により、技術進展や市場のグローバル化から生じる生産プロセスや作業組織の変容に、労働者の能力を適応させていくことができること、第二に、職業訓練により、労働者は自らの知識を専門化させたり、向上させたりすることができ、その結果、自らの生活や労働の質を改善していくことができること、である。

このような考え方に基づき、ローマ条約(EEC設立条約)の第118条は、欧州委員会に、加盟国間における職業訓練に関する緊密な協力を推進する任務を付与している。他方で、同条約の第128条は、欧州閣僚理事会に対して、国内経済および共通市場の調和ある発展に貢献することができるような共通の職業訓練政策を実施するための一般的な原則を定める任務を付与している。そこで欧州閣僚理事会は、1963年に、あらゆる市民、若年者および成年が、職業、訓練機関、訓練場所、労働場所の自由選択を尊重されたうえで、適切な訓練を受けることができるようにするための条件を整備する指導原則について決議している。

1963年以降、ECの諸機関は、職業訓練に関して重要な活動を行ってきた。たとえば、学位の承認に関して一連の多くの決定がなされているし、次のような様々な行動計画も実行されてきた。すなわち、学校システムと企業との間の協力関係を推進していくための行動計画、若年者と労働者の移動を促進するための行動計画、不利な立場に置かれている人たちが職業訓練にアクセスできる機会を増加させるための行動計画、継続的訓練を発展させるための行動計画などである。

欧州委員会の権限は、その後、欧州司法裁判所やマーストリヒト条約により強化されてきた。たとえば、欧州司法裁判所は、欧州委員会に対して、財政面での影響をもつ措置を採択する権限を付与した。また、マーストリヒト条約では、EUに対して、職業訓練の内容および組織に関して、各加盟国の責任を十分に尊重したうえで、各加盟国の行動を強化したり、補完したりするための職業訓練政策を実施する権限を付与した。また、マーストリヒト条約は、職業訓練を、労働関係の形成前に行われる初期訓練、労働関係の継続中に行われる継続的訓練、労働移動をする間の期間に行われる永続的訓練の3つに分ける体系的システムも定めた。

さらに欧州司法裁判所は、職業訓練の概念をきわめて拡張的に解釈して、訓練政策の発展に貢献してきた。この拡張された概念によると、職業訓練とは、特定の職種における熟練のための素養を与えたり、特定の職種に従事する特別な適性を身につけさせるための教育形態だけでなく、年齢も素養の程度を問わない一般的な性格をもつ教育プログラムも含み、さらに大学教育や大学卒業後の教育をも含むものとされる。このような職業訓練概念の拡張は、継続的訓練や生涯にわたる訓練の機会を拡大するうえで特に有用である。というのは、継続的訓練の対象者は、すでに労働に従事しているが、新たな状況に適応する能力を高めるのに適した高いレベルの訓練を必要としている者だからである。

EUレベルでの動向がイタリアに及ぼすインパクト

上記のEUレベルでの動向は、これを受け入れるべく国内法の整備を行ったイタリアの継続的訓練の発展に大きく貢献している(ただし、後述のように、国内法の整備はまだ十分なものではない)。過去5年間において、(就業者向け、失業者向けを問わず)成人向けの職業訓練コースの数は、全体の47%に達した。それ以前は、憲法(注1)や職業訓練基本法(1978年法律845号)(注2)が職業訓練に関して様々な原則を定めていたにもかかわらず、政治的・社会的状勢のために、職業訓練に充てられるべき財源が別の緊急性のある問題に向けられてしまい、結局その実施が大幅に遅れてきた。そのため、イタリアでは、職業訓練の制度的拡充がつとに必要とされてきた。EUレベルの動向は、そのための格好の外圧となり、すでに存在しているイタリア国内の職業訓練システムの枠組みを、質量両面で拡大するのに不可欠な再編プロセスを引き起こした。

現在の職業訓練システムは、職業訓練システムの構造を定め、その運営機関を設置し、職業訓練に関する権限を配分するためのいわば制度的措置と、新たな職業訓練手段を導入したり、財政面のメカニズムを発展させたりする助成的措置を通して実現したものである。

さらに最近では、1997年6月24日法律196号(雇用促進法)が、訓練システムの構造や様々な関係機関の権限配分の見直し、そして新旧の職業訓練手段の促進を行おうとしている。ただ、1978年の職業訓練基本法で定められたシステムは、制度の再編の必要性が指摘されてきているにもかかわらず、その本質的な点は雇用促進法の制定によっても変わっていない。この法律は、制度の具体的な見直しは、今後制定される施行規則に委ねているからである。もっとも、雇用促進法では、施行規則で定めるべき具体的な内容について、次のような指針を定めている。(1)労働の質の改善や生産システムの競争力の向上の手段としての職業訓練の活性化(特に、中小企業や手工業企業において)、(2)様々な形態の訓練の実行(なかでも、労働と訓練とを接合させることができるような実習(stage)の一般化)、(3)州や県が、高校とも協定しながら、職業訓練事業を遂行すること、(4)雇用基金からの、労働者の職業訓練措置への割当額を、徐々に増やしていくこと、(5)労働社会保障大臣に対して、職業訓練により獲得した能力の評価に関する提案権限を付与すること、(6)職業訓練、訓練従事者の労働移動、訓練組織の再編を促進するための適切な措置を講じること、(7)全国レベルで定められている手続の簡素化、である。

職業訓練における州の役割は、すでに憲法でも定められているところであり、現在でも、訓練計画の策定、訓練内容の検証とチェックに関して州は重要な権限が与えられている。これに対して、中央の政府は、全国レベルでの計画化を行う際のガイドラインを定める役割を担っている。具体的には、訓練範囲の調整、研究・実験、国際関係の管理運営、危機的な状況にある地域のための措置、訓練を実施する者の訓練、財源の移転といった事項がガイドラインの対象となる。

継続的訓練の急速な発展と制度的な問題点

体系的な職業訓練システムの発展を目的とする法規定の中でも最も重要なのが、1993年法律236号(9条)と前述の雇用促進法(17条d号)で定められた、財源に関する規定である。それにより、次のような措置を支援するための新しい財政メカニズムが導入されることとなった。支援の対象となる訓練措置とは、職業団体の従業員のための継続的職業訓練、所得保障金庫による特別賃金補填措置を利用する企業の労働者に対する継続的職業訓練、労働移動リストに登録されている労働者のための職業訓練(労使が共同で行うもの)、就労者、失業者、労働移動リストに登録されている労働者を対象とし、その訓練活動が労使間で合意された企業ないし地域レベルでの訓練計画の範囲で行われ、採用の予備的なものと位置づけられている訓練である。

独立労働者(自営業者)の訓練や労働者の起業を促進する訓練の重要性にも徐々に注目が高まりつつある。最近では、零細事業主、協同組合の組合員、独立労働者(自営業者)を対象とした訓練プロジェクトの数は増加傾向にある。最近の雇用調査からは、新たに創出された雇用の大部分は、主として、小企業の誕生と独立労働者(自営業者)の増加によるものであることが明らかとなっている。法律レベルでも、若年者の起業を促進するために、無償の特別の訓練活動を、その助成措置の中に組み入れている(1986年法律44号、1993年法律236号)。1998年には、若い事業家の10%以上が、財政的支援を受けている事業プロジェクトを伴った訓練コースを修了している。さらに、州レベルでも、訓練活動への財政的支援を通して起業を助成する措置が実施されている。

このようにイタリアでも補完的訓練システムが徐々に形成され始めてきている。しかし前述のように、法制度上は、継続的職業訓練システムは十分に整備されているとはいえない。それは継続的職業訓練の経験が欠如しているからではなく(実際には、高い質をもった訓練が行われている)、継続的職業訓練に対する理論的な基礎が明確にされておらず、他のタイプの職業訓練との境界が明確にされていないからである。1997年の雇用促進法においても、この問題は解決されなかった。

法制度の整備の遅れの要因

イタリアで職業訓練の法整備が遅れていることの理由としては、その社会的経済的システムに根ざす様々な要因があげられる。

まず指摘されるべきは、イタリアでは、前述のように憲法や職業訓練基本法の規定を根拠に、一般には、職業訓練は公的なサービスと考えられてきている。そのため、国民の間では、職業訓練は個々人が責任をもつものではないという意識が広がることとなった。職業訓練は、あくまでも州が担当して行うもので、私人によって行うものではないと確信されるようになったのである。このような状況は、経済状勢からもたらされる変化のスピードがゆっくりとしており、またその能力が時代遅れとなった者は、所得保障金庫や早期年金制度を適用することにより労働の場から離れ、個人にも社会にも極端なトラウマを残さないというやり方が(不適切に)とられている限りにおいては、経済的合理性にもかなっていたといえる。そして、このような状況においては、新しい専門性に関するニーズを満足させるのは、初期訓練だけで十分であった。その結果、成人や就業者向けの訓練の需要は増えてこなかったのである。しかし最近では、生産プロセスや作業編成の革新が急激であることから、企業においても、このようなタイプの訓練を求めるニーズが急速に高まってきている。ところが州には、このような需要に十分に応えるだけの体制が整っていないのである。結局、イタリアにおける法制度の遅れは、次の二点に現れているといえる。すなわち、第一に初期訓練と継続的訓練とが区別された職業訓練システムが発展していないこと、第二に職業訓練に関する権限を州に付与していること、である。

もっとも、このような特色は、職業訓練政策を一貫性のある公的サービスとして行うことができるというメリットもある。実際、職業訓練は、若年者失業対策としてや、失業者や所得保障金庫の適用者にターゲットを絞って実施されてきた。

しかし、たとえば初期訓練と継続的訓練とを区別した職業訓練システムが発展していないということは、継続的訓練についての計画を州の担当機関が適切に評価するための基準が存在しないということでもある(これは、職業訓練に対する公的助成を受けることができるかどうかという面で関係してくる)。継続的訓練活動が発展したのは、このようなタイプの訓練活動を助成するための特別な立法が、EU法の影響を受けて制定されて以降である。

このほか、手続的な問題点もある。すなわち、財政的援助を受けるために必要な手続が著しく複雑でまた時間がかかるという苦情が出されている。公的財政の現状からして、当該訓練計画が財政的援助を認めるための基準を満たしているかどうかの行政によるチェックは厳密に行う必要があるが、できるだけ手続を簡素化する必要性のあることも立法者は十分に自覚している。

手続面での複雑さと関連する問題として、継続的職業訓練の普及の方法についても問題がある。立法者は、特別の基金を定めたりするなどして、特に中小企業をターゲットに継続的訓練を普及させようとしている。実際には、毎年、全国社会保険公社(INPS)に社会保険料を支払っているすべての企業が、企業レベルでの職業訓練の計画プロジェクトを提出することにより財政的援助を受けることができる。一般的な公的財源を使うために、どの企業にもオープンなシステムになっている。しかし実際に助成を受けることができているのは、助成措置がないときからすでに企業内職業訓練を実施している中規模以上の企業が多く、職業訓練のニーズがより高くあるはずの小企業や零細企業がこのような助成措置から排除されているという事態が生じている。その原因は、これらの小規模な企業では、財政的援助を受けるのに必要な詳細かつ厳格な申請書を提出したり、あるいは申請をしたとしても、その後、訓練コースの管理を適正に行うだけの能力がないということにある。

もちろん、このような企業が財政的援助を受けることができるように、職業訓練計画の策定や職業訓練コースの管理に関するサービスを提供するコンサルタント会社も登場してきている。しかし、これらのサービス会社は、職業訓練に関する専門家というわけではないので、訓練計画は、財政的援助を受けることだけを目的とする標準化された内容のものとなり、企業の現実の訓練ニーズに対応していないという問題点が指摘されている。  

イタリアの職業訓練システムが近年大幅に改善されてきたことは事実である。今日、学校での教育だけで、生涯にわたる労働生活を支えることができるだけの知識を習得できるとは考えられていない。今日のように、技術革新や企業内の組織変容が急である時代においては、能力の継続的向上が不可欠である。また人口構造のピラミッドが変化することに起因する、高齢者の職業訓練のニーズの高まりもある。職業訓練政策は、このような現状を考慮して、継続的訓練に対して重要性を認めていかなければならない。

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