児童労働の搾取に対する対策

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年11月

はじめに

児童労働(18歳未満の未成年労働の意味)は、きわめてデリケートで複雑な問題である。その解決は、突然に行うことができるようなものではなく、また新聞報道に対する感情的な高ぶりの中で実現できるようなものでもない。マスコミが、イタリアのある大手繊維企業が、工場で児童を働かせていたEU域外国の下請け企業と共犯関係にあると告発されてからほぼ1年が経過した。その後の事実の解明が進むにつれて、マスコミのスクープの内容は大幅に改められることとなったが、この企業のイメージは著しく損なわれた。

通商協定において、児童労働の利用という現象に歯止めをかけるために、最低労働保護法規範の遵守を条件とすることが適切であるかどうかはかなり前から議論がなされており、その意味で児童労働問題は決して新しいものではない。

すでに今世紀の初頭に、先進工業国は、労働に関する基本的規範の不遵守という問題と、労働保護的規範よりもはるかに低いルールしかもたない国との国際競争という問題が提起され始めていた。

このため、1919年に国際労働機関(ILO)が設立された。ILOの活動は、主として、様々な原則を定めることを中心としており、そのような原則は条約として定められ、加盟国により批准されることとなる。

最近の経済的な不況と失業率の上昇は、労働に関する基本的規範の遵守を促進したり、確保したりするために、各国の政府が通商政策や投資政策として対策をとるべきかどうかという問題を再燃させることとなった。世界貿易機関(WTO)を通した新しい国際的な通商協定の中には、「社会的条項」を挿入する方向への圧力も強まってきている。  このような中で、多国籍企業に対して、「行動準則」や、最低限の権利を遵守して行われた生産であることの明確化を目的とする「社会的マーク」を採用することが提案されている。たとえば、Rugmarkがその一例である。これは、インドにおいて始められたラベルで、児童労働をなくしたカーペット工場であることの証明となる。このシステムは、ネパールでも現在拡大しつつあり、近い将来にはパキスタンにおいても導入されるであろう。

EUの方は、1971年以来、一般的優先システム(SGP)を導入しており、発展途上国からの輸入製品について、製品の関税を引き下げることを条件として、所定の社会的規範や環境規範の遵守を要求している。アメリカ合衆国でも、労働者の基本的権利を遵守することを、通商上の特恵を付与する条件とする法規定を導入している。このようなSGPは、関税に関する特別な待遇が、児童労働の搾取が目立っている地域の製品には及ばないということを規定している。

イタリアの立法例―他国との比較―

イタリアでは、現在、企業が自己の製品の箱に貼る特別の「社会的適合性マーク」を創設しようとする法案が、議会で審議の対象となっている。この法案によると、これらの製品は、児童労働の利用なしに製造された製品に関する国内「リスト」に登録されなければならず、さらに、生産作業のいかなる工程においても、児童労働が利用されていないことを証明する(この証明自体は、当該企業が自ら行う宣告による)。

法案によると、自己の製品が「リスト」に登録されていない場合、あるいは、製品が児童労働の利用なしに製造されたことの自己証明の宣告が行われていない場合には、販売促進活動の助成や企業の国際化の推進のために公的基金から行われる財政的援助や助成金を受けることができなくなる。それゆえ、児童労働対策のためのこのような手法は、「ディスインセンティブ」の手法といえる。

その他の法案は、要するに、イタリアの企業に対して、ILO条約を遵守していない外国企業との間で通商ないし金融に関する契約を締結することの禁止を規定したり、このような外国企業で生産された財やサービスを輸入することの禁止を規定したりしている。

これらの法案は、国際的な契約に適用される法律を特定するための現行法の基準に影響を及ぼすものではないし、他方で、児童労働に関するILO条約を(まだ)批准していない外国(または、その外国の企業)に対して拘束力をもつことを目的とするものではない(そもそも、拘束力をもたせることはできないであろう)。

法案はむしろ社会的マークを国内の企業に対して導入することを目指すものである。前述のように、社会的マークを申請していなかったり、生産作業のいかなる工程においても児童労働が利用されていないことを自己証明していない企業を、販売促進活動の助成や企業の国際化の推進のための公的基金から行われる財政的援助や助成金の対象企業から除外することを目指すものであるからである。

イタリア工業連盟(Confindustria)は、以下のような理由で、これらの法案には反対の立場である。

第一に、イタリア工業連盟は、以前から、いかなる形態の児童労働搾取に対しても非難をしてきており、どのような経済的・生産的・社会的理由であれ、このような搾取を正当化することはできないと述べてきた。さらに,イタリア工業連盟は、未成年者を労働活動に従事させる場合には、未成年者保護のための法律(イタリアでは、たとえば最低就労年齢は法律で定める特別な例外を除くと15歳とされている)を厳密に遵守して行うよう、以前から十分に注意をしてきた。

以上のことを前提に、イタリア工業連盟は、いかなる形態の労働搾取も、いかなる形態の労働力の濫用も(特に児童労働について)、その監督・抑止の活動は国際レベルで特別に設置された機関がもっぱら担当すべきものであると考えている。

換言すれば、イタリア工業連盟の立場は、「社会的ラベル」というシステムの採用は、児童労働の搾取という問題の解決手法としては不十分であると考えているのである。というのは、このようなラベルやマークを用いるどのようなシステムであっても、児童労働に関する国内法や国際基準に実態を適合させることを保障できるようなものではないからである。むしろこのような目標は、国際レベルの監視メカニズムを通してしか実現を保障することはできない。国際的なメカニズムこそが、監視の客観性を確保できる唯一のものであるからである。このようなルールは、法律の属地性という原則が適用される各国の法律によっては導入することができないのである。

ILO自身も、すでに以前から、「これらの製品の製造において、社会的その他の基準の遵守の確保を目的とする文書、行動準則、『マーク』を増加させることは、補償的措置が伴われないとすれば、国際的なボイコットにさらされる部門の労働者に対して労働ポストの喪失を引き起こすおそれがあるという点で、好ましくない効果をもたらす危険がある」と指摘していた。

ILOが述べるには、「『マーク』の主たる欠点は、特定の製品を通して、もっぱらそれが国際市場に向けて生産を行っている労働者や基本的な権利の一部分に対してしか関心を向けていない点にある。このようなマークでは、状況を元から改善することはできない。ILOの目標に対して、より合理的で一貫した貢献を行うためには、基本的な原則や権利の全体に適合し、その活動を法的に独立した信頼できる監視下におくことを受け入れる国に対して、包括的な社会的『マーク』を発行するということを定めることもできるであろう」。

したがって、この問題はILOの場で対処されるべきといえる。ILOは、世界中の170以上の国が参加する組織であり、児童労働に関する問題を世界レベルで取り上げ、そして解決する能力をもつ唯一の機関であるからである。

イタリア工業連盟も、ILOと同様に、特定の生産部門や特定の国における児童労働の廃止は、その活動を単に未成年労働者を雇い続ける他の部門や他の国に移転する効果をもつにすぎないおそれがあると考える。つまり、この問題は、世界レベルにおいて以外には解決を見つけだすことはできないのである。

さらに、「基本的権利」が何を意味するかという問題も未解決である。実際に、労働に関する「基本的な」規範が何を意味するべきものなのかについては、いかなる決定もまだ下されていない。さらに、どの先進国もILO条約のすべてを批准しているというわけではないことや、アメリカ合衆国は1957年6月25日の条約105号(強制労働の禁止に関する条約)しか批准していないという状況は重要な意味をもつように思われる。

国際的な取引に関しては、個々の国の行動は、退行プロセスの導火線に火をつける危険性があり、イタリア国内の経済にも矛先を向けることになる。おそらく発展途上国は、他の国と新たな商業契約を増加させたり、始めたりしようとして、今日まで国際法および国内法を遵守して活動してきたイタリアの企業に対しても競争力を高めることになるからである。したがって、社会的保護というもくろみは、イタリア経済にとって耐え難いコストとなろうし、少なくともEU域内では社会政策に対して非常に進んだ労働者保護を保障しているが、現状の輸出・輸入のレベルを維持することのできない国ということになり、国内市場に一種の保護貿易主義的な動きを引き起こすおそれがある。

しかしながら、児童労働搾取の防止という問題の社会的価値を認め、国際レベルやEUレベルにおける最近の経験からみると、児童労働に関するILO条約を適用する国との通商関係の創設を推進したり支援したりする国内レベルの促進措置は、前述のディスインセンティブ・システムを用いるよりも、好ましいものといえる。

社会的条項や行動準則に関するイタリア工業連盟の立場

イタリア工業連盟としての困惑は、通商協定に含まれている社会的条項や行動準則に対しても、やはり存在している。

社会的条項に関しては、イタリア工業連盟の意見としては、通商協定の中にいわゆる社会的条項を挿入することにより、社会的規範と国際取引とを実質的に結びつけようとする提案は、発展途上国では保護貿易主義的な意味に解釈されて、これらの国の経済状況を悪化させるばかりでなく、児童労働の搾取という問題の解決にもならない。

経済的発展と同時に未成年者の労働条件の改善を促進するのに適した解決を探索する任務は、すでに指摘したようにILOが負うべきである。

アメリカ合衆国の労働大臣から提案された、発展途上国で活動するアメリカの多国籍企業が署名しているのと同様に、労働に関する基本規定(いわゆるコア労働基準)に関する自発的行動原則に欧州の企業も署名させようとする考えは、当該地域における行動原則の適用に対するチェックが存在していない以上、表面的な解決にしかならない。

いずれにせよ、行動準則の問題を国内レベルへ移転させようとすることは、その行動準則の採択について国内の議論を引き起こし、解決を図るレベルとしても適切でないだけでなく(その理由は、前述のように、この問題は国際レベルで解決されるべきだからである)、欧州レベルでも、発展途上国で活動する欧州企業に対して「欧州行動準則」(一定の最低限の国際規範を包括するものとなる)の採択提案(1999年1月13日の欧州議会決議)をめぐり議論が開始されたばかりであるということからタイミングもよくないように思われる。

このようなことから、企業の代表者、労働組合、経営者団体、さらにこの行動準則と関係する会社の構成員との間での協議がすでに予定されている。ただ、あらゆる国に受け入れ可能な包括的な(基本的)規定を構想することは可能であるとしても、このような規定が、世界的な取引システムに対して重大な影響を及ぼさずに、通商政策と並んで実施されるということを想像するのは困難である。

ILO条約と通商政策とを連結させる「社会的条項」は、ILOの任意的精神を根本的に変えることになり、告発と制裁とを避けようとするためにILOの監督システムが政治化する危険性性がある。同様の問題は、WTO が社会的条項の管理人となるとしても生じることになろう。

イタリアは国際レベルで何をすべきか

労働(とくに児童労働)の搾取という深刻な現象を、良心の単なる宣言によって、撲滅させたり減少させたりすることができるという幻想をもつことを避けるためには、「リストへの登録」という基準を放棄した場合、自己証明という手法(これは少なくともイタリア国内では、他の分野では広く行われて、承認されている)が児童労働の搾取という現象を抑制するのに最良の手段ではないかどうかを検討する必要がある。

実際、通商協定に挿入される、児童労働の保護に関する国内法の規定およびILO条約を遵守し、また遵守させること(これに違反した場合には、あらゆる生産プロセスの段階において契約の即時の取消という制裁が課される)を自己証明する宣言は、トラウマを避けたり、国際レベルの監督機関を創設すること(もはやその必要はなくなるであろう)から生じる官僚コストを引き起こさない、より公平な倫理的解決方法となるであろう。

このような手法は、もっぱら自発的な性格をもつ「一般的倫理的ルール」を実施することを可能とし、より迅速な解決を、いかなるコストもなく提供するというメリットがあるであろう。

いずれにせよ、イタリア工業連盟は、国際的なレベルにおいて、イタリア政府がまず第一に不登校問題に実効的な対処を講じることが必要であると考えている。このためには、15歳までの学校教育を義務とし、若年労働者が労働力から退出することを促進する立法が制定され、その家族や親戚の中で失業している成人が、代わりに就業するということを可能とさせるようにすべきであろう。

より一般的に、発展途上国が、児童労働の搾取を広く行うことなく、経済成長を維持することができるような国内政策を実施していくことを援助することも必要である。

児童労働の搾取の防止のための措置

これまでの考察は、イタリア国内の児童労働の搾取という現象に関してもあてはまる。というのは、この現象の原因は、どの国においてもほぼ同一であり、主として文化的要因、経済的、政治的な要因により引き起こされているからである。

イタリアの状況については、1998年4月16日に、政府、イタリア工業連盟、主要な経営者団体および労働組合が、「少年および児童の権利を助成し、児童労働の搾取を根絶するための責務に関する憲章」に署名をしている。この憲章では、国内での協議のテーブルおよび地域レベルでの協議のテーブルを、社会的貧困や児童労働の原因を特定し、またとりわけ学校を重要な主人公とする行動を展開するための場とすることとしている。また、この憲章では、政府が、児童に関する諸法律を適用し、監督や抑止措置を強化したり、調整したりする責務を負うこととされている。イタリア工業連盟は、このような方向性に賛成の立場である。というのは、イタリアでは、児童の保護に関する法律がかなりの数に及んでいる(見習い労働に関する1955年1月19日法律25号、児童および少年の労働保護に関する1967年10月17日法律977号、1967年法の第4条に基づき14歳以下の児童を就労させることができる軽作業の特定に関する1971年1月4日大統領令36号、有毒物質または伝染性物質にさらされている未成年者、その他有害な非工業的業務に就労している児童の定期的健康診断に関する1967年法9条最終項の施行規定、1967年法における危険・消耗・非衛生作業の特定に関する1976年1月20日大統領令432号、労働に関する予防・安全のための上級機関の創設に関する1980年7月31日大統領令619号、興行部門での労働に児童を就かせることについての行政上の許可手続の単純化に関する規則に関する1994年4月20日大統領令365号、児童労働、母親労働者および在宅就労の保護に関する制裁規定の修正に関する1994年9月9日委任立法566号)が、それを遵守させることには成功していないからである。

「社会的ラベル」を創設するよりもむしろ、とくに南部において、若年者の生活環境を改善することを目的とする措置を通して、不登校問題に実効的な対処を講じ、職業訓練の質の向上を図り、学校と企業との間のより緊密な関係を促進するため_フ国内レベルでの措置をとることが必要である。このような面から、イタリア工業連盟は、職を見つけるためには、学校に登校することによってのみ実現可能なより充実した内容をもつ文化的環境が必要であるということを意識したうえで、教育省との間で協定を結び、若年者の職業教育の促進を約束した。その具体的な内容は、1997年8月28日法律285号(同法は、児童および青年のための権利と機会の促進のための規定を含んでいる)を完全に施行すること、できるだけ早い時期に、労働省と中央統計局(ISTAT)により児童労働を量的に把握し、不登校の原因を究明し、学校に基本的価値を認めない家庭の「文化的貧困」に対する対策をとるための計画を作成することを目的とする調査を行うこと、さらに、ヤミ労働と児童労働に関して、下院の労働委員会による調査結果を分析し、非正規形態の労働の正規化を促進し、雇用を増進するための解決を定めることである。

イタリアの内部労働市場は、その多くの面でなお硬直性であり、立法または労働協約レベルで、弾力性を高めることができるような修正を行うための検討が必要となっている。企業の生産・雇用面での潜在力を改善するうえでは、社会保険料や税金の支払からの逃避の主たる理由となっている、人件費の高コスト構造を改善していくことが必要である。

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