構造調整をめぐる労使紛争と政府の対応

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

韓国の記事一覧

  • 国別労働トピック:1999年8月

構造調整をめぐる労使紛争は、6月下旬の「韓国造幣公社におけるスト誘導疑惑」を機に、4月から5月にかけての民主労総主導の対政府闘争から労働界と市民団体との連帯闘争へと急展開するかに見えたが、6月下旬政府側が大幅に譲歩する線で労政間の合意が成立したため、鎮静化に向かった。

民主労総の対政府闘争と政府の対応

まず民主労総主導の対政府闘争の展開状況からみてみよう。第1段階闘争は4月19日からのソウル地下鉄公社労組によるストライキで始まった。ソウル地下鉄公社労組は民主労総の最重要目標である「公共部門における構造調整及び整理解雇の中断」を勝ち取るための対政府闘争の先発隊として位置づけられた。しかしソウル地下鉄公社における構造調整をめぐる労使紛争は世論の圧力や政府の強硬策に押されて労組側の事実上の敗北宣言で8日間の幕を閉じた。その経緯は以下の通りである。

まずソウル市はソウル地下鉄公社(年間3450億ウオンの赤字、負債総額3兆4923億ウオン)の構造調整策として2078人の人員削減案を提示した。これに対して労組側は当初労働時間の短縮(週44時間から週40時間)と1402人の増員を求めたが、市民からの非難の声が高まったため、それを撤回する代わり、都市鉄道公社との統合という新たな案を提示せざるを得なくなるなど、段々追い込まれていった。結局、民主労総の対政府闘争の先発隊としての運動方針や、「市民の足止め効果を狙って団体交渉に入る前にストを打つ」という公社労組特有の「崖っぷち戦術」なども世論を味方に付けるどころか、世論に背を向けられてしまい、名分無き戦いを余儀なくされてしまうのである。

政府も不法ストを繰り返す労組との妥協を拒否し、従来のような政治的決着ではなく法律に基づいた厳正な対処という原則を貫き通した。つまり「業務に復帰しない組合員は無断欠勤と見なし、26日午前4時までに復帰しない場合、ストへの参加度合いに応じて免職などの処分を行う(社内規定による)。たとえストに参加した組合員全員が7日間以上の無断欠勤で免職処分されることになっても、従来のように解雇者の復職措置で救済することはないし、民事上の損害賠償訴訟を取り下げることもない」との原則が堅持されたのである。

構造調整の強行や不法ストに対する法と原則に基づいた厳正な対処など政府の強硬な姿勢が目立つなか、民主労総は4月25日、韓国通信公社労組、医療保健労組連盟、全国金属産業労組連盟などによる連帯闘争計画を繰り上げて26日と27日に集中させることを明らかにするなど、政府との全面対決姿勢を強めた。しかしその矢先に対政府闘争の先発隊であるソウル地下鉄公社労組側が組合員の離脱などによる組織掌握力の低下に耐え切れず、ストの中断を宣言したため、民主労総の第1段階対政府闘争は終結に向かった。

ソウル地下鉄公社労組委員長はストの中断に踏み切った背景について「ストが長引くにつれ、組合員の疲れがたまり、地下鉄の運行中断に伴う市民世論の悪化も無視できなかった。また民主労総の第2段階闘争が予定されている5月中旬までソウル地下鉄労組のストを続けることは難しいと判断したから」と述べた。

ソウル地下鉄公社は5月7日、懲戒委員会を開いて労組委員長など労組幹部24人を罷免し、上部団体に派遣されている労組幹部2人を解任することを決めた。また免職審査委員会を開いて、ストへの参加で無断欠勤7日間以上の組合員43人を免職処分することも決めた。これを受けて労組側は「公社側が14日まで労使交渉に応じない場合、再びストに突入する」と宣言した。

民主労総は「ソウル地下鉄公社労組に対する弾圧の中断と労政間の話し合い」を求めて5月12日から全国金属産業労連(単組116カ所)、医療保健労連(単組35カ所)、14日からは公共労連(109カ所)がストに突入するなど、予定通り第2段階闘争に入ると宣言した。

その一方で、政府はソウル地下鉄公社における労使紛争の解決プロセスは労使関係の一つの転換点となり、現政権が主要政策課題として掲げている「新しい労使文化」の構築につながるものと捉え、労使政委員会活動の早期正常化に向けて動き出した。これに応えるかのように国会の環境労働委員会は4月29日、政府が提出した「労使政委員会法の設置及び運用に関する法」に対して次のような修正を加えた後、通過させた。つまり第一に、労使政委員会への政党参加の条文を削除し、労働者代表と使用者代表の委員を同一人数にする条項を新たに盛り込むこと、第二に、労使政委員会の合意事項に対しては政府のみでなく使用者や労働者団体にも誠実な履行を義務付ける条項も付け加えることなど。この労使政委員会法は5月3日、国会で政府組織法などと共に強行採決された。

政府は、法制化に伴う第3期目の労使政委員会への労働界の参加を誘導するために、経済危機の影響で崩壊してしまった都市労働者中心の中間層を復活させるための支援策の他、労働界が強く求めている失業者の労組加入資格や労組専従者の賃金支給などに関する法改正案なども提示している。

まず、中間層及び庶民生活支援策としては、1999年下半期に2兆5000億ウオン規模の補正予算を編成し、教育や住宅などの面で資金を支援する他、税制上の優遇措置を与えることにしている。具体的には、(1)従業員持ち株制度の改善(現行7年の売却禁止期間の短縮)、(2)中小ベンチャー企業の創業や投資拡大に対する税制上の支援、(3)子女の教育費融資や住宅金融の拡大、(4)所得税減税や控除額の拡大など。

第二に、失職して10カ月までの失業者を対象に労組加入の資格(同一業種労組の上部団体)とナショナルセンターの役職への就任を認める案。

第三に、労組専従者の賃金支給に対する罰則条項を削除する代わり、政府と使用者側が「労組専従者の賃金支給禁止条項」の施行年度(2001年)の前年度まで労組専従者の賃金支給のための基金を作って対応するという折衷案など。

このように労使政委員会法が国会を通過し、労組専従者の賃金支給禁止条項に対する折衷案などが示されたにもかかわらず、労働界は「これらは(われわれの)要求事項の一部にすぎない」とし、労使政委員会への参加を拒否し、対政府闘争の構えを崩さなかった。民主労総の第2段階連帯闘争は5月12日のソウル原子力病院労組によるストを皮切りに一気に広がるとみられていた。が、13日にソウル大学病院労組やソウル地下鉄公社労組などが相次いでスト計画を撤回したため、連帯ストというよりは集会形式にとどまり、呆気なく終わってしまった。

この時点で、政府は民主労総の第1,2段階の対政府闘争は完全に失敗に終わったとみた。労働部の関係者は「今回のストを通して、政府は「不法ストに対しては厳正に対処するなど」原則を貫き通せば、必ず世論の支持が得られることを確認した」と述べた。これに対して、民主労総は「政府の労働界に対する弾圧の実態を明らかにし、整理解雇中心の構造調整の不当性を証明したところに今回のストの成果があった」点を強調した。

労働部は、民主労総の第2段階対政府闘争が5月15日の「民衆大会」を最後に終結したのを受けて、第3期目の労使政委員会の早期正常化や「労働時間制度改善委員会と労組専従者制度改善委員会」の設置に向けて、労使との話し合いを再開することにした。

労働界の連帯闘争の動き

しかし6月に入ってからは韓国労総の対政府闘争の動きが目立ち始めた。まず6月3日に「6大政策(要求事項)貫徹のための労働者決起大会」を開いて、「一方的な構造調整の中断、下位職公務員の大量削減及び賃金・退職金削減の撤回など」を求めると共に、「政府与党が6大要求事項に対して目に見える形で履行の意志を示さない場合、16日に傘下の全事業所労組が一斉にゼネストに突入する計画」を明らかにした。

これを受けて労働部が韓国労総との話し合いに入った矢先に、最高検察公安部長による「韓国造幣公社におけるスト誘導発言」が飛び出したため、労政間の話し合いの機運は一気に消えた。そしてこれにより労政の立場が逆転したこともあって、巻き返しを図る労働界の対政府闘争は急速に広がっている。

労働界に市民団体(78カ所)も加わって、真相究明のための国政調査権の発動と責任者の処罰、特別検事制の導入、公安対策協議会(最高検察公安部長主宰の労使紛争対策会議)の解体などを求めて集会を開くと共に、連帯闘争に向けて動き出した。特に民主労総は4月から5月にかけての対政府闘争計画が世論に背を向けられて、失敗に終わったこともあって、今回の疑惑でその倫理感や正統性に傷を付けられた現政権(労働界を支持基盤としながら、労組弾圧の疑いを持たれかねない旧態依然たる労使紛争対策をとっていた点で)に対して巻き返しを図る絶好のチャンスと捉えているようである。それに韓国労総も構造調整の中断などを求めて6月中旬から下旬にかけて対政府闘争を展開しようとしていただけに、民主労総や市民団体との連帯闘争を視野に入れて対政府闘争を一気に盛り上げ、政府に対する圧力を強める構えである。

6月中旬現在のところ、「韓国造幣公社におけるスト誘導発言」は次のような疑惑を生み、波紋を広げている。つまり、韓国造幣公社では1998年の賃金交渉の際に構造調整計画に伴う賃金50%削減案と、企画予算委員会の2次公企業民営化及び経営革新計画に伴う福利厚生費総額の30%削減案などに労組側が反対し、ストに突入したのに対して、公社側は職場閉鎖で対抗するなどで労使紛争が長引くなか、公社側が最高検察公安部(公安対策協議会)との協議を経て造幣廠の早期統合案(約2年ほど繰り上げ実施)を提示し、労組を刺激することにより、ストを誘導したという疑惑がもたれているのである。

民主労総は「韓国造幣公社のみでなく、現代自動車、万都機械、起亜自動車、ソウル地下鉄、韓国重工業、ソウル大学病院などの大手事業所におけるストにも公安当局が介入した疑いがある」と主張すると共に、市民団体や社会各階層の代表も参加する「スト誘導疑惑真相調査委員会」を構成し、独自の調査活動を行いながら、6月末に第3段階対政府闘争に突入する方針を明らかにしている。

また韓国労総の朴委員長は6月16日、傘下事業所労組による時限付きストと同時に開かれた「ゼネスト労働者大会」で、「政府が韓国労総の要求(スト誘導疑惑の真相究明と責任者の処罰、特別検事制の導入、公安対策協議会の解体、構造調整の中断と予算編成指針の撤回、労組専従者の賃金支給容認等)を受け入れなければ、政府与党との政策連合を破棄し、反政府闘争を展開する」と警告した。

賃金交渉の進捗状況

労働部が6月6日に発表した「1999年5月末の賃金交渉妥結状況」によると、100人以上の事業所5067カ所のうち、1559カ所(30.6%)で賃金交渉が妥結し、平均賃上げ率は1.0%で、1998年1月以来初めてプラスに転じた。その内訳をみると、賃上げの事業所は37.4%で1998年同期(13.3%)より増え、賃金凍結と賃金削減は56.4%、6.2%で1998年同期(69.1%、17.6%)より減っている。産業別賃上げ率をみると、通信・運輸・倉庫業が3.8%で最も高く、次いで卸・小売業(2.2%)、製造業(1.3%)、電気・ガス・水道事業部門(0.6%)の順になっている。その反面、建設業(―1.6%)、金融保険業(―1.6%)、宿泊飲食業(―0.4%)は依然として下落の傾向にある。企業規模別には5000人以上の大手事業所が1.7%で最も高い。このような賃上げ率の上昇傾向は景気回復に伴い、1998年の賃金削減分に対する労組側の補填要求に応じられるほど企業の支払い能力が改善していることの現れであると分析されている。

一方、1999年の賃金交渉をめぐって労働界の産別交渉体制への移行の動きが注目されるなか、中央労働委員会は4月末、「全国金属産業労連が傘下事業所組合106カ所から団体交渉権の委任を受けて使用者団体と中央交渉を行うとする」調停申請に対して調停対象ではないとの決定を下し、全国金属産業労連に通知した。財界は「今回の決定は、使用者側に労働界の中央交渉の要求を受け入れる義務がないことを根拠付けるものである」と歓迎しているようである。

1999年8月 韓国の記事一覧

関連情報