構造改革に対する財閥や労働界の抵抗と政府の対応

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年5月

IMF体制と共に誕生した新政権の経済政策が構造調整と景気浮揚(雇用安定)との間で揺れ動いている間も、経常収支、外貨準備高、為替レート、金利など通貨金融指標は順調に改善し、通貨金融危機再発の懸念は急速に薄れている。また、鉱工業生産指数、国内消費指数、不渡り件数などの実体経済指標で見る限り1998年第4四半期に景気は底を打ち、1999年に入ってからは景気回復の兆しがはっきりと現れているという見方が支配的である。

その一方で、新政権の4大改革課題である金融部門、大企業、公共部門、労働部門における構造改革においては、政府主導(時には大統領の陣頭指揮)の制度的基盤づくりが1999年3月中旬現在でほぼ完了し、構造改革推進のための枠組みはほぼできあがったと見ていいだろう。

1999年に入り各部門での構造改革がいよいよ本格化するに伴ない、構造改革に対する強力な抵抗勢力としての財閥と労働界の動きが最大の関心事になっている。

まず財閥の動きを見ると、1999年3月中旬現在、ビッグディールでの交渉難航と時間稼ぎ(?)、系列企業間の不当な内部取引を追及する公正取引委員会への抵抗、資産再評価による負債比率削減を認めない金融監督委員会への反発などが顕著になっている。特に金融システムの安定化(低い金利・債券価格・為替レート)や景気回復の進展で経営業績や資金繰りが改善されつつあることもあって、財閥側にとって構造改革の誘因(金融面での圧力の効き目)が薄れてしまい、できるだけ先延ししようとする動きが見られる。

これに対して金大統領は、一方では「大企業中心の経済発展と労働問題解決の方針」(全国経済人連合会会長団との面談で)を表明し、1970年代の重化学工業育成政策や1980年代前半の企業別労組体制推進方針を思わせるような大企業重視の立場をとりながら、他方では「金融機関の監督権を行使して財閥の構造改革を誘導するのは政府の義務であり権利でもある」点を強調するなど、大企業の存在意義を認めつつ、財閥の構造改革にハッパをかけるという綱渡りを続けている。

構造改革に対する労働界の抵抗

次に、労働界は景気回復にもかかわらず、雇用調整に伴う雇用不安が増している現状に危機感を抱き、「政府主導の一方的な構造改革とそれに伴う雇用調整の中断」を求めて、労使政委員会から脱退するなど、対政府闘争の構えを見せている。民主労総は2月24日の代議員大会で、労使政委員会からの脱退を満場一致で決議し、「協議にとどまらず実質的な合意を見いだすことができる新しい交渉方式(対政府・対資本直接交渉)」を提案した。つまり「大統領諮問機関に過ぎない労使政委員会にこれ以上期待することはない」との立場を表明するとともに、「構造調整と整理解雇の中断、労働時間の短縮を通じての雇用保障、200万人の失業者のための社会安全網の拡充、産別交渉体制の保証など」の要求案を提示し、3~4月に総力をあげて対政府闘争を展開すると宣言した。

民主労総は、使用者側の構造調整と雇用調整の動きに危機感を持っている現場組合員の不満の声に応えるとともに、企業別労組の組織力の弱体化に歯止めをかけるためにも、法的拘束力のない労使政委員会のような話し合いの場を飛び出し、上部団体としての行動力を誇示しながら、政府や使用者側との直接交渉で前述のような要求条件を勝ち取る道を選んだようである。

ちなみに2月25日に駐韓EU商工会議所主催の懇談会で講演した民主労総の李甲用委員長は「民主労総は構造調整と整理解雇を中断させ、雇用安定を勝ち取るために労使政委員会を脱退した」ことの他に、「労働時間の短縮を通じての雇用維持と拡大」をも強調した。それに対してEU系企業経営者の間からは、ヨーロッパでの経験を引き合いに出しながらその実効性に疑問を呈する声が多かったと言われる。

民主労総の傘下産別労組の間では、前述のような要求案にも盛り込まれている産別交渉体制への転換に備えて、統合による組織力拡大の動きが広がっている。1998年2月、金属産業部門の3つの産別労組が統合して最大規模の全国金属産業労組連盟を結成したのに続いて、1999年3月13日には公共連盟、公益労連、民主鉄道労連など3つの産別労組が統合し、全国公共運輸社会サービス労組連盟(全国公共連盟、109の単組と10万人余りの組合員で第2位の組織規模)を結成した。

その一方、労働部によると、民主労総の労使政委員会からの脱退宣言後、対政府闘争の一環として2月26日に同時にストに入ることにしていた全国金属産業労組連盟傘下の企業別組合10カ所のうち現代精工労組、現代自動車サービス労組、起亜自動車労組などの3カ所だけがストに入った。最大規模の現代自動車労組、起亜重工業などはスト計画を撤回した。

その後、現代自動車への吸収合併に伴う雇用問題をめぐって労使紛争が続いていた起亜自動車では、3月9日に暫定合意された次のような労使合意案が3月12日の組合員投票で投票者1万2582人(投票率96%)のうち51.5%の賛成で通過した。同合意案には、2000年末まで組合員の雇用保障と雇用安定委員会の設置、ソハリ工場の維持、1999年のボーナス5カ月分支給、1997年のボーナス未払い分の半分支給などのような雇用安定と賃金に関する項目の他に、「労組はノースト精神で新しい労使慣行を定着させるために労使和合を宣言する」というノースト宣言も盛り込まれている。今後、民主労総の中核を占める起亜自動車労組が、雇用安定のために戦う姿勢を鮮明にしている上部団体と一線を画して、雇用安定のために協調的労使関係への方針転換を図らざるを得ない局面に立たされて初めて前述のような労使合意の真価が問われるだろう。

そして韓国労総は2月26日の代議員大会で、労使政委員会からの脱退を3月末まで留保し、政府の対応を見守ることを決めた。政府に対しては「労働時間の短縮を通じての雇用安定協約の締結、労組専従者の賃金支給処罰条項の削除、労使政委員会の法制化、経営参加法の制定、労働協約不履行に対する処罰条項の明文化など」の要求案を提示した。

政府と財界の対応

労働界はこれまでも労使政委員会からの脱退を一つの戦術としてちらつかせたり、実際に行動に移したりしながら、政府から譲歩を引き出してきたが、今回の労働界の要求は、労使政委員会がこれまで積み上げてきたものを否定し、原点に戻ることを求めるようなものであるだけに、政府の対応に注目が集まっている。政府としては現在のところ、失業者の労組加入資格を認める関連法改正案の国会提出を急ぐとともに、労使政委員会の地位と役割に関する特別法制定、労働時間短縮を通じての雇用安定協約、構造調整に関する事前協議などを労使政委員会で前向きに検討することを約束し、労働界の復帰を求めている。

労働部は2月21日、「雇用調整を行う事業所が解雇回避努力や労組との誠実な協議など労働基準法上の要件と手続きをきちんと守っているかどうか」を週1回以上定期的に点検するよう、全国の地方労働官庁に指示した。これには労働現場の監督を強化するほか、人員削減よりは解雇回避努力を誘導する狙いもあるようである。

その一方で、全国経済人連合会は大手企業グループの構造調整本部長・業種別代表と「経済構造改革および失業対策特別委員会」所属の国会議員との懇談会で、労働界が要求している「労働時間の短縮、労組専従者の賃金支給処罰条項の削除、失業者の労組加入など」に反対する立場を明確に打ち出した。例えば、労働時間の短縮については「労働時間を短縮する場合、固定労働費用を勘案すれば労働時間短縮分以上の賃金削減が必要である。賃金削減のない労働時間短縮は受け入れられない」というものである。

韓国経総は3月5日、個別事業所の労使関係上の問題解決を支援するために、「現場支援団(専門家18人で3つのチーム)」を労使紛争の可能性の高い重点事業所(民間企業16社、公企業4社)に派遣することを明らかにした。韓国経総副会長は「労使紛争に外部勢力が介入する場合に備えての防衛的な手段である」と述べており、労働組合上部団体による第三者介入行為に対応するための動きとして注目される。

また、韓国経総は3月8日、新規雇用の創出と企業の人件費負担の緩和が期待できるとして、派遣労働者保護法施行令が定める派遣労働適用業務範囲を拡大するよう、政府に要請したことを明らかにした。これは会員企業の間でパートタイム労働者、派遣労働者、アルバイトなど非正規職社員の雇用を拡大する計画のところが多いことに応えるためであるという。

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