ハンガリー/労使関係と職業訓練

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年5月

1990年代の初め以来、急激な変化がハンガリー労働市場に生じたと断言できるだろう。何年かのうちに、2桁台の失業率が、政府と社会の双方にとって最も深刻な社会問題になったのである。こうした状況のなかで、職業訓練と雇用政策が2つの重要な形態を形づくっている。一方では、若年層の職業準備体制が、経済界が必要とする技能問題を重視あるいは予測して、国営訓練機関の活動範囲内に編成されている。他方では、特に大量失業を生み出している社会環境のなかで成人向けに計画されたいわゆる「労働市場訓練計画」の運営がますます重要な仕事になってきた。

1994年から1998年までの間に、職業訓練計画の主務官庁として、労働省は職業訓練業務に関する法的規則を含め訓練制度の構造と内容を固めようとした。1996年と1997年とで労働省は職業訓練に関する諸条件(例えば、職業構造や訓練過程に対する評価など)に対する法的規則の整備を完了した。こうした変更措置は、EUによる各種の諸制度(例えば、PHARE計画やレオナルド計画)と世界銀行による融資によって財政的に支えられた。

国家が編成した訓練計画

過去5年間に、労働省は労働市場で最も困難な位置を占める社会集団に向けての各種の訓練計画に着手した。最も重要な計画案の一つは「長期間失業者」を対象に編成したものである。この計画に関する国防省との共同計画が、義務兵役に就役した若年失業者を対象に開始された。過去3年間に、115職種を対象にして若年失業者約1000人が職業訓練を受けた。

1991年から1996年までに、地域労働力の開発訓練に関する新国民センターが9つの訓練機関によって創設された。この地域労働力開発訓練センターという基本構造に対する参加者数は以下に示す通りである。

特に説明したいのは、ハンガリーの労働慣習のなかで新たに設立されたいわゆる「早期開始訓練計画」がアメリカの援助によって導入されたことである。この制度の重要な特徴は、新規設立企業または急成長中の企業が必要とする技能の必要条件に従って計画される短期的訓練または再訓練計画である。この種の訓練計画の助力を得て、参加者は「古いものを忘れ」て「新技術を学ぶことができる」ので、こうした方法は失業者に新たな仕事を見つけやすくさせるばかりでなく、「各種の訓練計画に持続的に参加し新たな技能を身につけることが長期的な雇用条件を保つ前提条件になる」といった具合に、訓練計画に参加することによって参加者が社会参加できるようになることである。国家が組織した訓練と再訓練に参加した人の96%がこの訓練課程を修了しつつあるという点である。残り4%の人は、義務兵役または病気によって、あるいは訓練期間中に新たな雇用先を見つけたことによって訓練課程に出席し得なくなった人である。

職業訓練課程

1994年から1998年までにハンガリー経済の雇用構造に生じた変化は、従来の職業訓練制度に対して新たな対応を迫られる課題となった。1996年以降、国民経済の経済的成果が改善されつつあることに関連して、以下に示す部門の訓練については目ざましい展開ぶりがあったことがわかる。

  • 金融、小売・サービスに関する職務
  • エンジニアリングと技術的職務

従来型の学校教育制度の枠組みのなかで「高等学校卒業資格」(英国の教育一般証明試験[G.C.E.]制度)(注:中等教育修了共通試験および科目別選択試験の制度に基づいて、普通級〈0レベル〉、上級〈Aレベル〉、学問級〈Sレベル〉の3段階がある)を付与する職業専門学校に入学する人が増えている。例えば、中等教育制度に該当するもののなかで職業専門学校に入学する学生数は2万5000人増え、その割合が37.2%から42%に増えたようである。同時に職業訓練学校の生徒数は30.9%から27.4%に減少した。表1は中等教育制度に対する参加者の構成割合の変化を示す要約データである。

説明が必要なのは、雇用構造が変化したことを受けて「小学校」と「職業高校」の分類に在籍する人が「サービス部門」で増えたことである。「中等職業訓練学校」の場合、農業部門に関する生徒数が減少し、「職業訓練学校」の場合は全調査期間にわたって工業関係の職業訓練について学ぶ生徒数が減少した。

訓練制度の近代化傾向とその一部の成果

1995年に政府は以下に示す職業訓練制度の諸目標に関する労働省の提案を承認した(行政命令第2015/1996・I .24号)。

  1. 職業訓練学校への参加者数を増やすこと。
  2. 訓練制度と当該制度によって修得した知識を利用して競争力を高めること。
  3. 基礎的な職業知識は学校制度の範囲内で教えるべきこととし、特別な職業訓練は各種の経済的諸機関(例えば企業)が実施すべきこと。
  4. 成人労働力の持続的な訓練を保証すること。
  5. 職業訓練制度の費用効率を改善すること。
  6. 職業訓練制度の分野で研究活動を助成すること。

上述した提案目標と諸原則はEUの職業訓練政策とOECDの訓練制度とも一致する。

1990年代におけるハンガリーの職業訓練制度の近代化に対する最も重要な戦略は「正式に認可された」学校制度を創設することによって、労働力の柔軟性と適応性を改善することであった。他のヨーロッパ諸国の例にならって、このような形式の教育と訓練制度は、長期的に中小企業の技術的必要条件を満たすだけでなく、若年労働力の一層の訓練と持続的な教育を実施しやすくすることに役立つ可能性がある。正式に認可された職業高等教育とは、2年以内の訓練で教育一般証明試験資格(G.C.E.)を有する生徒に国家が認証する卒業資格を与えるというものである。この種の教育訓練は、労働市場が必要とする技能に柔軟に対応するだけでなく、高等教育制度(例えば、高等学校や大学)に継続的に参加する可能性を開くものである。

訓練分野における国際協力と世界銀行のプロジェクト

国家経済の国際化に関して政府にとって最も優先課題の一つは、ヨーロッパ共同社会への統合過程をうまく整えることである。この統合過程にはいくつかの前提条件がある。将来のEU加盟見込み国(例えば、ポーランド、チェコ共和国、ハンガリーなど)にとってよく知られている必要条件とは、各種の国家的法体系をEUの法体系と融和(もしくは調和)させ、適切な技能と一体化しやすくすることであるが、最も重要な前提条件の一つはハンガリー人労働力の言語知識である。

このことに関して説明を要するのは、EUによる最初で包括的な訓練計画(1995年から1999年までの5年間で企画された)「レオナルド・ダ・ヴィンチ」訓練計画である。この計画の目標は次のようなものである。すなわち、関係国の技術的近代化を助成する職業訓練計画を介して、職業訓練計画の品質と柔軟性を助長することである。

本計画に関する以下に記載するような優先課題は、国営訓練制度に柔軟性をもたせる必要性と品質改善に関するものである。

  1. 国民経済における訓練機関と事業体との間でより親密な相互関係を確立すること。
  2. 人材投資を支援すること。
  3. 情報社会による手段を利用して「生涯学習」に対する意欲を掻き立てること。
  4. 新たな総合的適用能力(例えば、協調的な行動様式を容易にとることができる社会的技能)を開発すること。
  5. 訓練や教育制度における男女差別と闘うこと。

1992年から1996年までの間に、世界銀行による「人材育成計画」の支援を受けて新たな職業訓練モデルが導入された。このモデルは職種形態を13職種として79校の「工業高校」に導入された。こうした体験をするうちに、これ以外の「工業高校」もPHAREというEUの財政支援を利用して職業訓練に参加するようになった。このモデルの中心的な要素は次のようなものである。すなわち、国際的な体験を利用して当該モデルの原則に従って行う訓練は、基礎的で共通性のある初歩的知識を供与することができるようになり、また学校内や学校間における移動性を容易にすることができるようにもなるだろう。1997年にこの新しい職業訓練モデルに従って学ぶ機会を得た生徒数は1万5000人になった。

職業訓練制度の柔軟性や品質と職業訓練制度の役割に関する意見または評価に関して、労働省は以下のように表現して極めて楽観的な意向を示している。すなわち、包括的に見て、「過去4年間(1994年~1998年)における労働省の指導力に関しては、前年同期比で見て、職業訓練制度に関する再編成過程の足取りが早くなり、雇用政策に関してはさらに強化され、全国的および地域的な意思決定機関に対する社会的パートナーの参加が増えた」と断言してもよさそうであると。

一般的職業訓練に関する全国的制度を改善し、職業訓練機関で教育する技能と事業体が必要とする技能との密接な結びつきを伸展させることに対して労働省の役割や指導力を否定することなく、同じ時期に実施された実証的研究の成果を知ることが必要である。次項では、経営管理者と従業員が明らかにした労働の重要性と、労働技能に関するいくつかの調査結果について述べる。

大企業の経営管理者にとって熟練労働問題は最優先課題ではない

ハンガリーで経営に従事する中規模および大規模企業1046社を対象にして、1990年代の中ごろに行われた経済予測動向を取り扱う最大規模の調査は、訓練と技能形成に対する優先順位が低いことを示している。こうした企業の経営管理者の意見は、各企業が直面している一連の問題に関して、雇用中の訓練対象となっている労働者の問題に関する順位が極めて低いことが明らかになっている。それによれば、例えば、経営管理者のうちの50.3%が国内市場の制約条件について苦情を述べていたことと比べて、労働問題が企業の発展を制約しているといった類の回答を寄せたものは経営管理者のわずかに8.5%でしかなかったようにである。

1990年代の後半(1996)に実施されたいま一つ別の調査は、ハンガリー企業(機械産業に従事する大企業)のなかで選別したグループの管理形態の移行過程に焦点を合わせたものであるが、これもまた上述した全国規模の調査結果を裏書きする結果になった(Yamamura他 1996.9)。この機械産業における調査実施期間中に上級管理者用になされた質問は「いま事業に影響を与えている主要な問題とは何ですか」というものであった(重要と思われるものを順に3つ選ばせるもの)。集計された回答では;「市場における競争の激化」(13.0%)、「資本家不足」(11.7%)、「高金利」(16.2%)の3点が面接調査した最高経営幹部の回答内容の最も高い割合を示した。「熟練従業員不足」を挙げたものは、調査対象にされた上級管理者のうちごくわずかな割合(2.9%)でしかなかった。

1990年代中ごろに行われた国際プロジェクトで調査対象となった大多数の労働者(50.1%)が、企業が提供する訓練と再訓練に不満を表明したのは何も偶然ではない。以下の質問に対する回答を参照して頂きたい。

結論

職業訓練という分野で、訓練計画の制度上の構造と思想(あるいは戦略)の両面に著しい変化があったことがわかる。訓練機関の構造的変化に関する最も重要な傾向の一つは、非政府組織が行う役割の重要性の高まりと、国内的な訓練の場でアメリカ、日本、EUから受けた各種の財政支援によって促進されるようになった国際的経験の進展である。もう一つの著しい変化は、訓練教育制度の適用範囲内における柔軟性の履行(教育機関の内部や相互間における移動性の創出)と、企業または一般的経済が必要とする技能の変化に素早く対応するための訓練機関の開発能力であった。

残念なことに、ハンガリーでは各種の生産モデル(例えば、フォーディストやポスト・フォーディストなど)を提唱している企業が必要とする技能条件の構造に関する系統的な調査はほとんどないか、急成長しているサービス部門の特殊な技能要件を取り扱う研究は全くないかのいずれかである。こうした難題に対処して、適切な研究計画を将来的に展開させたり、また政府レベルにおける訓練や雇用政策の改善を示す伸展ぶりに必要な情報を供与して意思決定者を助けることが、国内の労働科学者に向けられた将来的な取り組み課題になるだろう。

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