ビッグディールをめぐり労使紛争

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:1999年4月

5大財閥間の半導体・電子・自動車部門におけるビッグディールの行方に国内外の関心が高まる中、吸収合併される企業側の雇用継承慰労金をめぐる労使紛争が激しさを増し、操業中断の事態が長引いた。そのためビッグディールへの影響を懸念する声が日増しに高まっていたが、2月に入ってから、事業交換の当事者である合意の上で労使交渉が妥結し、労使紛争は終結に向かった。

まず、現代電子への全面売却の道を選んだ LG 半導体側は1月11日、従業員の反発や抵抗を最小限に抑えるため、「先雇用保障・後価格交渉」の基本原則とともに、次のような雇用関連の原則を事業交換交渉の前提条件として現代電子側に求めた。(1)休職者を含めて全社員の雇用継承、(2)職級別5~7年間の雇用保障、(3)賃金、処遇などの現行水準維持、(4)人事上の差別待遇禁止、(5)非常対策委員会など現在の従業員組織の存続、(6)上記条件を受け入れない場合、交渉の場に労働者代表が参加すること、など。これに対して現代電子側は1月19日「半導体部門の雇用保障原則」を発表し、LG 半導体側の要求事項のうち「5~7年間の雇用保障についてだけは、現代電子の従業員にも保障していない上、国際的な信認や外資誘致への影響が懸念されるので、受け入れられない」との立場を明らかにした。これを受けて LG 半導体の非常対策委員会(全従業員8000人余りのうち95%が参加)は1月20日、「現代電子が LG 半導体の全従業員に対する5~7年間の雇用保障案を受け入れられないなら、従業員の70%には雇用を保障し、残りの30%は希望退職で処理する」ことを求める妥協案を提示した。

現代電子側がこの案にも反対の意向を表明し、交渉が進展する気配を見せなかったため、非常対策委員会は1月22日に「遵法闘争の一環として24日午前3時より清州工場の6つの生産ラインの稼働を全面中断し、従業員全員(6000人余り)は辞表を提出すること」を決議し、24日午後12時半から「合併反対および生存権確保決議大会」を開いて、「生存権を脅かし、地域経済を崩壊させる半導体部門のビッグディールに反対する。政治論理で進められている半導体ビッグディールを即刻無効にするよう強く求めた。また雇用保障の要求とは別途に、「1998年のボーナス返納分全額の払い戻し、吸収合併に伴う精神的被害に対する慰労金として賃金の60カ月分の支給、従業員持株の売買制限の廃止など」を新たに要求した。さらに1月26日からは LG 半導体亀尾工場の従業員も生産ラインの稼働を中断し、28日には清州工場と亀尾工場の従業員7000人余りが上京し、「LG 半導体死守および生存権確保決議大会」を開くなど、日を追う毎に抗議行動は激しさを増した。

労使紛争と操業中断の長期化が懸念される中、両社は1月31日、「LG 半導体の従業員の雇用を2000年末まで保障し、それ以前に雇用調整を行う場合は10カ月分の退職慰労金を支給する。雇用調整を行うことができる時期は譲渡契約を締結した日から両社が合併する日までとすること」で合意し、LG 半導体の非常対策委員会もこれを受け入れた。これで、LG 半導体が現代電子との売却価格交渉の前提条件として位置づけていた雇用継承問題は解決され、労使紛争は終結に向かうかに見えた。

しかし、LG 半導体の非常対策委員会が別途に要求していた「精神的被害に対する慰労金や生産奨励金の支給」については、非常対策委員会側が慰労金名目で賃金の60カ月分と売却プレミアムの25%を支給することを求めたのに対し、経営側は慰労金として賃金の6カ月分と生産奨励金として2カ月分を支給する案を示すなど、労使の間には大きな隔たりがあった。その後、労使交渉の仲裁に入っていた労働部が2月6日、「慰労金として賃金の6カ月分と生産奨励金として4カ月分の支給」という仲裁案を提示したのを機に、非常対策委員会側も要求事項のうち「慰労金として賃金の60カ月分の支給」を求める案を撤回するなど、歩み寄る姿勢を見せた。翌日再開された労使交渉で「慰労金として通常賃金の6カ月分と生産目標達成の際に週単位の成果給を支給する」ことが合意され、2月8日から生産ラインを再稼働することが決まった。

このように労使ともに労働部の仲裁案に沿って妥協した背景には、労使紛争による操業中断で1日150億ウオンの損失(経営側の推算)が発生するだけでなく、LG 半導体から部品の供給を受ける LG グループの系列企業や協力会社、地域経済などへの影響も深刻さを増し、操業中断の長期化に伴う損失の拡大や世論の圧力に労使とも耐えられなくなったという事情がある。

一方、三星電子への吸収合併案の発表以来、強硬な反対論を唱えていた大宇電子の労組は1月13日、組合員投票で出席組合員の92.4%の賛成を得て、同月19日午前8時から全国6カ所の事業所で「不当なビッグディールの撤回と生存権死守のための闘争方向説明会」を開いてストに入った。労組側は「5年間の独自経営と雇用安定の保障、希望退職者に対して平均賃金の60カ月分の慰労金支給などの要求案に対して経営側から明確な回答があるまで、時限付きストを続けていく」と宣言した。

同労組は1月22日から操業を中断し全面ストに突入したが、その2週間後の2月4日には操業再開に踏み切った。その理由について同労組副委員長は「ストがこれ以上長期化する場合、1000社余りの下請メーカーの連鎖倒産と従業員2万人余りの失業が懸念されるため、暫定的に操業を再開した。経営側がビッグディール後の雇用保障問題を真剣に受け止めない場合、再び全面ストに突入する」と述べている。労使紛争は2月上旬現在、小康状態にある。

最後に、大宇自動車による吸収合併が決まった三星自動車では、1998年12月8日のビッグディール案の発表以来2月上旬現在まで操業が中断されている。経営権譲渡の時期(実態調査の前か後か)や既存車種の生産期間および生産規模、下請部品メーカーの処理などををめぐって交渉は難航している。その影響をもろに受ける同社従業員、下請部品メーカー、釜山地域経済などは猛反発している。

そのような状況の中、野党側がビッグディールに伴う従業員の失業不安や地域経済の空洞化懸念を現政権に対する攻撃材料として利用するなど、政治問題に発展する気配を見せている。ビッグディールが政争の具にされ、構造改革に抵抗する勢力が勢いを増していく動きに危機感を覚えたのか、金大統領は自ら大宇グループ、三星グループの両会長に仲裁案を示して早期決着を促したり、下請部品メーカーや地域経済への影響を最小限に抑えるよう求めるなど、それに政治論理で応えようとしているように見える。。その効果もあってか2月上旬現在、従業員を含めた利害関係者らの動きは落ち着きを取り戻しているようである。

以上のように、5大財閥の構造改革の象徴的な手段として位置づけられているビッグディールをめぐっては、最大の抵抗勢力である従業員側の雇用継承問題が一段落し、買収合併の条件をめぐる交渉も大詰めを迎えているように見える。しかし、今のところ雇用保障は従業員側の抵抗や政府の圧力に押されて成立した妥協の産物にすぎない。買収合併の条件、さらには買収合併後の経営状況次第では雇用保障どころか雇用調整に踏み切らなければ企業の生き残りさえも保障されなくなることも予想される。買収合併する企業側は問題を先送りしたにすぎず、過剰・重複設備のリストラが阻まれることによる共倒れのリスクと共に、いつ再燃するかわからない雇用をめぐる労使紛争という火種を抱えたままの船出を余儀なくされているのかもしれない。

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