開催報告:第23回日韓ワークショップ(2025年7月14日開催)
女性労働と就業支援
労働政策研究・研修機構(JILPT)と韓国労働研究院(KLI)は7月14日、オンライン形式で「日韓ワークショップ」を開催した。日本と韓国は、いずれも急速に進行する少子高齢化によって労働市場の縮小が危惧されており、女性労働者を活用することがますます重要な課題となっている。2025年はJILPTがホストとなり、「女性労働と就業支援」をテーマに両研究機関の研究者が報告し、議論を行った。以下にその概要を報告する。
- 日時:
- 2025年7月14日(月曜)14時30分~17時00分
- 開催方法:
- オンライン形式
- 主催:
- 労働政策研究・研修機構(JILPT)
韓国労働研究院(KLI)
プログラム
開会あいさつ
- 14時30分~14時35分
- 藤村 博之 JILPT理事長
- 14時35分~14時40分
- ホ・ジェジュン KLI院長
セッション1(座長:ホ・ジェジュン KLI院長)
- 14時40分~15時00分
- 「就業構造からみるシングルマザーの経済的自立の状況-母子世帯の階層的分断の実相と趨勢-」
田上 皓大 JILPT研究員 - 15時00分~15時15分
- 質疑応答
- 15時15分~15時35分
- 「出産支援金が母性ペナルティに及ぼす影響」
クァク・ウンヘ KLIリサーチフェロー - 15時35分~15時50分
- 質疑応答
セッション2(座長:藤村 博之 JILPT理事長)
- 16時00分~16時50分
- ディスカッション
参加者全員
閉会あいさつ
- 16時50分~16時55分
- ホ・ジェジュン KLI院長
- 16時55分~17時00分
- 藤村 博之 JILPT理事長
報告資料
概要
■はじめに、日本の状況について、JILPTの田上皓大研究員が、「就業構造からみるシングルマザーの経済的自立の状況―母子世帯の階層的分断の実相と趨勢」と題して、シングルマザーの就業状況の分析結果を報告した。
田上研究員によると、シングルマザーの就業には、比較的学歴が低く、非正規雇用が中心で、業種はサービス業が多いなどの特徴がある。シングルマザーに注目することで、女性労働の改善の陰に取り残されている人々や、女性が抱える働き方の根源的な課題について、改めて考えることができると指摘。JILPTが2011年~2022年にかけて実施した「子育て世帯全国調査」結果をもとに、経済的な自立と学歴との関係に注目してシングルマザーの就業構造を分析した。その結果によると、ふたり親世帯は高学歴化により大卒割合が増加しているが、シングルマザーは高卒が多数を占め、短大・高専卒や大卒の割合は3割ほどとなっている。雇用形態をみると、高卒以下はパート・アルバイトが多いが、短大・高専・大卒は正規雇用が多い。職種にも学歴の影響が現れており、高卒以下はサービス職や営業・販売など「現業職系」が多く、短大卒以上では管理、専門・技術職など「ホワイトカラー職系」が多くなっている。
田上研究員は、シングルマザーの就業構造は学歴ごとに異なっており、サービス職などの現業職系の賃金を増加させ、ホワイトカラー職との格差を拡大させないことが重要であり、職種間の移動や正規職への移行のため、職業能力開発制度を充実させる必要がある、と主張した。
この10年間の政策を分析した報告書では、母子世帯が、経済面だけではなく総合的な意味での「自立」を達成するには、社会保障(福祉)と労働政策(就労)のバランスや、総合的な枠組みの中で検討していく必要があると指摘している。
発表を受けて、韓国KLIのチェ・セリム労働動向分析センター部長は、いわゆるメインストリームの人たちだけではなく、ひとり親や低学歴、外国人などの労働力を積極的に活用していくことが大切だとコメントし、シングルマザーになる経路は、学歴によって異なっているのかを質問した。
田上研究員は、日本では学歴によって家族形成行動が違うことが明らかになっていると回答。高卒の方が離婚しやすい傾向にあり、シングルマザーは高卒が最も多いが、短大卒以上も3割を占め、多様性があると説明した。
KLIのナムグン・ジュン国際協力情報室長は、労働法の視点から、韓国におけるひとり親家族の支援制度について紹介した。韓国には、「ひとり親家族支援法」という法律があり、ひとり親施策を担当する女性家族部は、ひとり親の支援事業に関する冊子を公表している。また、韓国の育児休暇は基本的に1年間だが、ひとり親支援法では無条件で6カ月以内の延長が認められ、年間11日の家族のケア休暇は、ひとり親支援法により、最長年間25日に強化されていると説明した。
■続いて、韓国の状況について、KLIのクァク・ウンヘ研究員が、「出産支援金が母性ペナルティーに及ぼす影響」というタイトルで研究報告を行った。
韓国の女性は、高い学歴を持つにもかかわらず、出産によりキャリアを中断する割合が高く、大きな「母性ペナルティー」が発生している。そこで、クァク研究員は、韓国で出産した女性に給付される出産支援金に注目し、この現金給付の変動が女性の労働市場への復帰や労働時間、賃金に与える長期的な影響を分析した。その結果によると、出産支援金は女性を労働市場に早期復帰させ、キャリアの中断を減少させるなど、人的資本の消耗を軽減しており、賃金は上昇し、家事時間の機会費用も増加していると指摘した。
また、韓国では、育児をする女性の就業率を上げるため、保育料支援や保育施設の拡充などの育児支援政策を強く押し進めている。育児休業制度を拡充し、男性の育休取得も奨励している。しかし、韓国の共働き夫婦は、育児ケアよりも家事により多くの時間を費やしており、育児支援政策による就業率引き上げには限界がある、と指摘。育児支援政策とあわせ、働く夫婦の家事負担を軽減する制度を整備することが大切だと主張した。そして、出産支援金を、例えばバウチャー支給にすれば、全額を女性の家事負担軽減に充てることができ、母性ペナルティーを更に軽減できるのではないかと提案した。
これに対し、JILPTの呉学殊特任研究員は、出産支援金は支給する期間によっても、母性ペナルティーに及ぼす影響に変化はあるのか、また、支援金が実際にどの程度、家事サービスに利用されているのか質問した。
クァク研究員は、期間(長さ)による影響もあると考えており、今後の調査で分析する予定だと回答。支援金が家事サービスにどの程度利用されているかについては、明らかにする手法を模索したいとコメントした。
また、KLIのホ・ジェジュン院長は、地方自治体の出産支援金だけをみると、金額はさほど多くないが、これ以外に、国からも子どもが8歳になるまで一定の支援金が支給されるため、合計するとそれなりの金額になる、と補足説明した。
JILPTの濱口桂一郎研究所長は、欧米では家事サービスが割と一般的に利用されているが、日本では、いわゆる「お手伝いさん」を雇うなどの家事サービスの活用は、上流階層に限られる。韓国では一般的なのかと質問した。これに対し、クァク研究員は、韓国においてもお手伝いさんを雇うことは一般的ではない。ここでいう家事サービスの購入とは、クリーニングの外注サービスや、ミールキットの購入など、家事労働の時間を減らすことのできるすべてのサービス・財の購入を含むと説明した。
■ディスカッションでは、両国の女性労働の状況や効果的な施策について、自由に議論を行った。
まず、JILPTの藤村博之理事長が、日本の少子化の状況について、少子化の背景には未婚率の上昇があり、日本の若者が結婚しない理由のひとつに、若者の所得が低いという問題がある。女性は子どもを持つと就業が制限されることを懸念している、と説明。出産支援金のような政策は、子どもを育てながら女性が働き続けることを後押しするだろうとコメントした。その上で、日本では地方自治体が子育て世帯を誘致するため、いろいろな手当を支給して競っている状況にあるが、韓国でも同じような状況にあるかと質問した。
これに対して、クァク研究員は、韓国でも、地方の出生率上昇や人口流入を増加させるため、近隣地方に負けじと支援金額を増やし、急速に金額が高騰した。しかし、その後の分析では、金額の増加は出生率に影響を与えはしたものの、その効果はそれほど大きくはなかったことが判明した、と説明した。
チェ・セリム部長は、日本ではひとり親の経済的自立を支援するため、どのような雇用サービスがあるのか質問した。
これに対して日本側からは、資格取得のための講座を提供するなど、職業能力開発の支援策があると説明した上で、シングルマザーが看護師や保育士、介護士など、資格によって就業しやすい職種に集中してしまうという課題もある、と説明した。また、日本ではシングルマザーの就業支援の一環として、公立の保育園に優先的に入園できること、各自治体では専門の支援員がサポートしていることなどを紹介した。
さらに、日本には児童扶養手当があり、シングルマザーには子どもひとり月5万円程度(満額)支給され、これが重要な生活費の一部となっていると紹介。ただし、この手当があるがゆえに、シングルマザーが低賃金の非正規労働に従事することが可能となっており、ある種のトラップにもなっている、とコメントした。
クァク研究員は、日韓で男性・女性の育児・家事時間に大きな差があるという統計の紹介について、「韓国の育児時間が少ないのは、公共保育施設・子育ての政府サービスが大きく拡大したことが影響している」と説明した。韓国ではこどもが満1歳になると、母親が働いているかどうかに関わらず、無償で終日、保育サービスを受けることができる。育児時間の差はこの保育サービスによる可能性が高いと指摘した。
また、女性の管理職問題について、濱口研究所長は、管理職・指導的立場の女性を増やすことは日本の政策目標だが、女性をめぐる課題が調和せず、矛盾が生じている。韓国の状況について教えてほしい、と質問した。
クァク研究員は、韓国でも、女性のリーダーを育成しなければならないという議論があり、多くの取組みが行われている。韓国の女性の教育水準は非常に高いが、やはり子どもや家庭の問題が大きい。女性の指導者を増やすには、メンター制度の活用や、ガラスの天井を除くための文化的努力が求められると指摘した。
さらに、チェ・セリム部長は、最近、韓国では女性が管理職自体を避けようとする傾向がある。報酬は少ないのに責任が大きく、育児負担を抱える女性には負担が大きい。日本も韓国も、周りの状況が整っていないのに女性管理職の割合だけを高めようとしているが、両立を実現することで問題を克服することができると主張した。
最後に、藤村理事長は、女性は仕事と家庭の両立に苦労している。女性の管理職を増やすには、年収を引き上げて家事サービスを購入できるようするなど、これから考えていかなければならない問題である、とコメントした。
2025年8月15日掲載