賃上げより雇用、定昇中心の交渉が見込まれる――経団連「経労委報告」

(2011年1月19日 調査・解析部)

[労使]

日本経団連は18日、2011春季労使交渉での経営側の指針となる「経営労働政策委員会報告」を発表した。タイトルは「労使一体となってグローバル競争に打ち勝つ」。グローバル競争が激化するなか、これに打ち勝つために「課題解決型の労使交渉・協議」が望まれると主張。連合が求める賃金総額1%の処遇改善については、厳しい雇用情勢を踏まえて、「賃上げより雇用を優先した交渉が重要」としたうえで、定昇維持を巡る交渉が大半を占めるとの見方を示している。

「人材・設備・資金・情報」の経営資源を活用し、新たな成長へ

報告では、日本経済はリーマンショック後の危機的な状況から新たな成長を模索し始める段階に入ったとの認識を示す。しかし、企業の想定を上回る円高と出口の見えないデフレの継続で、特に地方の中小企業では、雇用維持が精一杯というほどの打撃を受けているとする。その一方、グローバル化の加速と競争激化のなか、日本企業は新たな成長に向けた岐路に立っていると分析。現状打開のために経営者は、「人材・設備・資金・情報(含むノウハウ)といった経営資源をグローバル市場の動向に適切に対応させ、自社の収益力向上へと結び付けていくことが求められている」と主張する。

さらに「成長」をキーワードに企業活動の活性化を官民あげて講じる必要があるとし、法人実効税率5%の引き下げだけでなく、法人の税負担が国際的にみて依然高いとして、「事業環境の国際的なイコール・フッティング」の取り組みを急ぐべきだとする。また、為替の安定に向けては「政府・日銀は再度の為替介入を含めて断固たる対応をとることが必要である」と要望。あわせて、「税・財政・社会保障制度の一体的な改革の道筋を早期につけること」「経済連携協定締結の遅れを挽回し、TPP(環太平洋経済連携協定)などをより積極的に推進すること」も求めている。

グローバル競争に対応しうる人材の確保・育成

成長を支える人材の確保・育成策としては、今後、国籍に限らず、海外に打って出る気概を持った人材を採用、育成するとともに、「グローバルに適材適所の人事ができるような人事労務体制を構築することが重要」だとする。これに関しては企業の取り組みだけでなく、技術職・技能職を含めた高度外国人の受け入れなど、「内なる国際化」を進める政策が欠かせないことから、政府に対して体制強化のスピードを速めるよう要請する。

一方、国内で活躍する人材の確保・育成については、中小企業における人材の定着度合いが低いことから、「企業理念や目標の共有」「体系だった計画的な教育訓練」が重要だとする。学生に対しても中小企業に一層目を向けてもらうよう、積極的な情報の発信とPR活動が必要だとする。さらに、若年者の雇用・就職の情勢が厳しさを増していることから、企業に対しては、「通年採用や、第二新卒を含めた中途採用などの多様な採用機会の拡大に向けた取り組みを継続することが重要」であると呼びかけている。

「課題解決型の労使交渉・協議」を

今次交渉・協議における課題は「企業の存続・発展のための競争力強化に他ならない」と主張。「労使が一体となって国際競争に打ち勝つための課題解決型労使交渉・協議(春の労使パートナーシップ対話)として、建設的な議論の場とする」ことが期待されるとする。その中で、非正規従業員者を含めた処遇の納得性の向上が求められるとし、「同一価値労働同一賃金」に対する考え方を示している。「将来的な人材活用の要素も考慮して、企業に同一の付加価値をもたらすことが期待できる労働(中長期的に判断されるもの)であれば、同じ処遇とする」ととらえるべきであると主張。ここが生み出す付加価値を適宜処遇に反映する必要性が高まっているとし、有期労働契約の従業員を含め、労使の話し合いと人事・賃金制度を見直すなかで、「同一価値労働同一賃金」を目指し、バランスのとれた処遇に努める必要があるとする。その際、「必要に応じて、正規労働者の処遇について、賃金決定の方法、賃金カーブを含めた検討が求められる」と述べている。

労使交渉・協議に向けた基本的考え方として、労働側が求める1997年の賃金水準に復元させるための、「1%を目安とした処遇改善」については、名目の報酬総額が減少したのは、「付加価値の減少」と「自発的とも言える有期契約労働者が増えたこと」をあげ、「水準の復元ありきの主張は適切とはいえない」と反論。労働側が賃上げによる内需拡大を主張しているものの、「賃上げの増分は消費より貯蓄に回ることも想定される」とした。

デフレ、グローバル競争激化のなか、国内の事業立地を守るためには、「賃金より雇用を重視して考える必要がある」と一蹴。そのうえで、とくに地方の中小企業ではベアはもとより、手当の増額といった賃金改善を行う企業は少ないものと見られることから、「定期昇給の維持を巡る賃金交渉を行う企業が大半を占める」との見通しを示している。また、連合が求める正規社員を上回る賃金引き上げについては、「賃金は労働市場の需給関係によって決められることが多く、地域によっても水準が異なるため、一律の引き上げ要求は実態になじまない」と否定な見解を示している。

地域別最低賃金の決定プロセスは危機的事態

また、労使で見解が異なる政策面などの課題についてもコラムなどで言及。地域別最低賃金を巡って「使用者側委員・全員反対」の結審が急増していることを受け、「その地域の公労使3者が真摯な話し合いを通じて適切な最低賃金を決定するという、これまで長年にわたって積み上げてきた決定プロセスの維持が困難となりかねない危機的事態」と指摘しているほか、改正労働者派遣法案については「労働政策審議会での議論から一年以上経過し、この間、経済・雇用情勢が変化していることを踏まえれば、改めて、その内容を精査することも考えられよう」としている。また、労働側が「労働分配率」が、低く抑えられている点を問題視していることについては、産業構造や就業者数が中長期にわたって変化しているため賃金の基準とはなりえないと反論している。