<ディップ株式会社の取組>
有期雇用労働者の待遇向上プロジェクトで、賃上げ機運醸成を
支援

アルバイト・パート求人情報サイト「バイトル」等を運営し、「店長、時給を上げてください!」というCMが印象的なディップ株式会社。2021年12月に、有期雇用労働者の待遇向上を目指す「ディップ・インセンティブ・プロジェクト」の開始を宣言し、(参画企業案件数94万件中)42万件以上の時給アップ案件を獲得するなどして、その後の一年間で平均時給が9.1%上昇の1,222円と過去最高を更新したという。振り返ると、日銀が2%の物価安定目標を導入した2013年当時も、同社は求人広告を掲載するクライアントに時給アップを呼び掛ける「レイズ・ザ・サラリーキャンペーン」を展開。「バイトル」上の募集求人の平均時給が、一年間で3.9%上昇したことを報告している。高校生や大学生、フリーター、短時間勤務の主婦など、労働組合の加入対象からも除かれやすい有期雇用労働者の願いを代弁し、人材募集段階で時給アップを働き掛けるユニークな取組みは何故、始まったのか、同社の人事総務本部に話を聞いた。

1.ディップ株式会社の概要

  • 本社所在地:東京都港区
  • 設立:1997年
  • 資本金:1,085百万円
  • 東京証券取引所プライム市場上場(2379)
  • 事業内容:求人情報サイト「バイトル」「バイトルNEXT」「バイトルPRO」「はたらこねっと」等の運営、看護師転職支援サービス、DXサービス「コボット」の開発・提供等
  • 拠点数:36ヶ所
  • 売上高:39,515百万円 (2022年2月期)
  • 従業員数:2,256人(外、派遣・アルバイト・契約社員)(2022年4月時点)

2.時給引上げの取組経緯と課題、効果

「最賃の引上げ以外で、待遇向上のムーブメントを」

ディップ株式会社が、一昨年12月に開始を宣言した「ディップ・インセンティブ・プロジェクト」は、同社の採用コンサルタント(営業職)が求人広告掲載を考える顧客企業に対し、採用力強化等に向けて「時給の引上げ」や「継続勤務ボーナス等の支給」など待遇向上策を提案する一方、そうした求人情報を収集した特設ページを開設し、求職者に分かり易く表示したり、大規模プロモーションを展開するなどして、より好待遇の仕事選びに繋げるというもの。合わせて、自社の営業補助等を担う全アルバイト従業員(当時約200人)に対しても、約8%(100円程度)の上乗せとなる時給引上げに踏み切った。

何故、このタイミングでそうしたプロジェクトを始動させたのか。同社は、「コロナ禍で有期雇用労働者がセーフティネット外に置かれている実態が、改めて浮き彫りになった」と指摘。そのため、「当社サービスを通じて就業中()の方が感染した場合に、半月分の収入相当額を支給する休業時経済支援も提供(2020年3月~2022年4月)して来たし、ワクチン接種についても特別休暇やみなし給与支給等のインセンティブがある企業の仕事特集を組むなど支援してきた(図1)中で、2021年12月は感染状況が少し落ち着いた時期。徐々に日常を取り戻そうとする中で、やはり有期雇用労働者にとっても、最賃の引上げ以外で待遇向上に向けたムーブメントを起こす必要があると考えた」と説明する。また、「基本的に人口減少が進む、高齢化社会。人材獲得競争が熾烈を極めていたコロナ禍前を思い起こせば、このタイミングで待遇改善を図ることが、クライアント(求人広告掲載料等を支払う顧客企業)にとっても良策だろうと判断した」と明かす。

図1:新型コロナウイルス感染拡大防止・収束に向けた取り組み
画像:図1

結果として、こうした取り組みは「私たちの思いを代弁してくれる」「応援してくれて嬉しかった」など働く人からの共感や支持に繋がり、「過去最高水準の応募数獲得」や「アプリダウンロード数№1」等として結実した。また、当初はコロナ禍で業績が厳しいなか、協力してくれたクライアントからも、半年後には「早めに時給を上げたからこそ、人手不足が復活する前に優秀な人材を確保・定着させることが出来た。あの時、提案してもらって本当に助かった」など、感謝の声が届き始めた。

3.中堅・中小企業の労働生産性向上に向けて

時給の引上げは、労働生産性の向上提案と両輪で

しかしながら、中堅・中小企業にとって、時給の引上げはそう簡単なことではない。同社の提案に賛同してくれるクライアントでも、最初の反応は「仕方が無いね」が大半だ。と言うのも、例え人材の確保・定着のためだとしても、時給1,000円を1,100円、1,200円に上げるには、それだけ労働生産性を向上させなければ割が合わない。また、新規採用者の時給を上げる以上は、既存人材の時給も一緒に引上げていかなければならない。だが、「労働生産性が向上しない限り、時給は上げられない(後払い)では一向に進まない。むしろ時給を引上げて優秀な人材を獲得し、既存人材のやる気も促すと同時に、労働生産性の向上を指向するように働き掛け、実際にその環境をクライアントとともに作っていく必要がある」。

そこで、同社は応募者との採用面接スケジュールを自動調整(チャットボットで自動応対)する「面接コボット」(2019年9月~)や、自社での採用ページ作成を不要にした「採用ページコボット」(2021年6月~)、また、アルバイト・パートの入社・労務管理をペーパーレスで完結させる「人事労務コボット」(2021年7月~)等を通じたDXサービス提供支援も進めて来た。「どの業務を効率化できるかわからない、導入に当たりコスト・手間がかかる等の理由で、DX化に出遅れている中堅・中小企業は少なくない。まずはどの企業にも必要な採用・人事労務面から提案し、労働生産性の向上を実感してもらう」のが狙いだが、「人口減少等の影響は凄まじく、現場ではどんどん対応が追いつかなくなっている中で、例えば店長教育など、より高い労働生産性を追求するための支援策は、まだまだ考えられるのではないか」と話す。

4.到達点の評価と今後の展望

ユーザーのためになるような社会課題を解決すれば、結果もついて来る

「ディップ・インセンティブ・プロジェクト」は継続中だが、これまでの到達点の評価と今後の展望について尋ねると、「政府をあげて賃上げを支援しているが、本格的なムーブメントになっているとは言い難い。有期雇用労働者に寄り添った取り組みは、当社しか出来ないという自負もあり、社会的な責任として続けていきたい」と教えてくれた。

同プロジェクト等の展開を通じ、コロナ禍で一時低迷した同社の売上げはV字回復した(図2)。「ユーザーのためになるような社会課題を解決すれば、結果もついて来る。例えば、有期雇用労働者が転職しても、培ったスキルに対する評価を持ち越せるような仕組みを整備し、リスキリングとともに提案出来るようになると良いのではないか」。夢とアイデアと情熱で、社会を改善する存在になることを目指す“dip”を体現するように、今後も同社の取り組みは続く。

図2:ディップ株式会社の人材サービス事業売上増減率にかかる月次推移
画像:図2
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[注] 2017年3月以降に「バイトル」「バイトルNEXT」「はたらこねっと」等を通じて就業中の場合。

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