<株式会社ジンズの取組>
準社員・パートのベース時給の最低水準(企業内最賃)を大幅に引上げ

企画、生産、流通、販売を一貫して行うビジネスモデル(SPA方式)で、どんな度数でも追加料金ゼロの薄型非球面レンズを標準搭載し、高品質・適正価格メガネを提供してきた株式会社ジンズ。「Magnify Life(人々の人生を豊かにする)」をブランドビジョンに掲げ、現在ではPC等のブルーライトカットメガネとして普及する「JINS SCREEN」や、心と身体をセルフケア出来るユニークな「JINS MEME」など、メガネを「目の矯正器具」から「機能性アイウェア」に押し上げる、新たな価値観の創造に取り組んできた。そんな同社が昨年8月、全国で雇用する準社員・パート従業員のベース時給の最低水準を、一律1,120円(東京都内店舗の平均水準)に引上げる方針を発表した。食費や生活費等の違いから、大都市圏ほど賃金が高いのは当たり前・・・そんな常識を覆すかのような施策に踏み込んだのは何故か、株式会社ジンズの人事戦略本部に話を聞いた。

1.株式会社ジンズの概要

  • 本社所在地:東京本社(東京都千代田区)、前橋本社(群馬県前橋市)
  • 資本金:110百万円
  • 事業内容:アイウェアの企画、製造、販売等
  • 総店舗数:国内467店、海外242店(2022年7月末時点)
  • 売上高: 53,303百万(単体)(2022年8月実績)

2.時給引上げの取組経緯と詳細、課題や効果

青森や秋田では850円から30%以上の大幅アップ、「地方創生」の一助に

株式会社ジンズが打ち出したのは、全国467店舗で雇用する準社員(フルタイム・社会保険加入)とパート従業員(パートタイム・社会保険未加入)のベース時給(いわゆる基礎時給)について、東京都内で展開する店舗の平均時給である1,120円に引上げ(注1)、地域格差を一掃するという新方針。実際に、全国平均1,050円ほどだった準社員・パート従業員計2,050人のベース時給は、決算期の翌月(昨年9月)より一律で底上げされ、もっとも低い青森や秋田では850円から30%以上の大幅アップになった。

少なくともアイウェア業界で、企業内最低賃金(時給)を東京水準に揃える取り組みは初めてのこと。半数以上の店舗で引上げが行われたというから、コストの増加も相当程度にのぼっただろう。にもかかわらず、何故、このような決断に至ったかについて、同社は、「47都道府県すべてに店舗を構える全国チェーン展開する企業だからこそ、地方創生に貢献できるような経営が志向されてきた。政府の掲げる東京一極集中の是正に向けた課題の一つには地域間の所得格差があるが、全国どこでも東京水準で働ける人を増やすことで、従業員が収入に依らず住みたい場所で働けるようにし、地域経済活性化の一助になりたいと考えた」と話す。

また、同社では正社員(無期契約・月給制)も、準社員・パート従業員(6ヶ月毎有期契約更新・時給制、両者は相互転換可能)も関係無く、同一の社内資格・検定制度が適用され、スキルの保有状況が一目瞭然のため、同一資格ならフレーム選び等の接客から視力の測定補助、メガネやレンズの加工、フィッティング・調整、販売等、どの工程でも担当することが出来る。そうした中で、改めて考えると「正社員は(2005年の新卒採用開始当初から)全国一律賃金であるにも関わらず、準社員・パート従業員がそうなっていないのはおかしいのではないかという思いもあった」と明かす。

全国求人への応募者が10%ほど増加し、職場から好意的な評価も

ベース時給の引上げに伴い、準社員・パート従業員当人からは「地域差があって当たり前と考えていたが、会社が平等に報いてくれたことでモチベーションが上がった」「もっとジンズらしい接客やサービスで、お客様に還元してゆきたい」など喜びの声が寄せられた。ただ、社内では懸念の声が皆無だった訳ではない。就労調整するパート従業員等は、時給を引上げるほど働ける時間が減ってしまう。特に、人手の確保が難しい地方店舗の店長(正社員)からは、大丈夫だろうか・・と不安が漏れたことも事実だ。

だが、結果として求人への応募者は10%ほど増加し、職場からも「パート従業員等が、お客様のために出来ることはないかを自ら考え、行動してくれるようになった」など好意的な評価が聴かれ始めた。この点、「先行的な人材投資を行うからには着実に効果が得られるよう、予め、今回の取組の意味合いについて、各店長からパート従業員等に丁寧に伝えてもらえるよう工夫した」という。

3.正社員登用の取組経緯と詳細、課題や効果

2020年に45人、2021年に65人、2022年に89人と登用者数が増加中

同社はまた、優秀な準社員・パート従業員に入社経路にかかわらず活躍してもらうため、正社員登用にも注力してきた。「2005年の新卒採用スタート以前から行われて来たが、直近では2015年に一気に200人を超える登用を行った実績がある」。2014年にはブランドビジョンの策定に伴い、必要な人材基盤を整える狙いで、同時に正社員の初任給を23.5万円に引上げ、平均的な年収も10%以上アップさせた。

同社では、新卒で入社した正社員をまずは店舗に配属し、準社員・パート従業員と共通する社内資格・検定制度(図1)を通じて育成する。準社員・パート従業員は各ステップを上がる度、ベース時給に「スキル手当」が加算される。

図1:社内検定・資格制度とキャリア
画像:図1
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また、アドバンスに上がり、店舗の売上げ状況やマネジメント等への関心・取組姿勢など、「正社員になるためのチェックリスト」を充足して上長推薦が得られれば、正社員登用試験にチャレンジ(エントリー)することが出来る。「機会は年4回。人事部門としては、優秀な人材を逃さないために労力は惜しまない」。直近の登用実績(株式会社ジンズホールディングス分含む)を見ると、2020年に45人、2021年に65人、2022年に89人と着実に増加している(注2)図2)。

図2:採用者・登用者数の推移
画像:図2

「キャリアアップの幅が拡がるという正社員の魅力をどう伝えられるかが今後の課題」

正社員には、エリア限定で転居転勤可能な区分(全体の約1/3)と、全国転居転勤可能な区分の2種類あり、準社員・パート従業員はもともとの働き方に近い「エリア限定型」を希望し登用されることが多い。その後、「全国型」に転換することも出来るし、逆に、ライフイベントに応じて「エリア限定型」に移行したり、また復帰したりと相互転換可能な仕組みとなっている。

同社の準社員・パート従業員は若年層が厚いため、正社員登用試験にも多くの応募がある(対受験合格率63%超(注2参照))が、「最低時給を引上げたことも含め、良くも悪くも正社員、準社員・パート従業員間に不公平がない。正社員になればマネジメントを担えるようになるなどキャリアアップの幅が拡がるという魅力を、どう伝えられるかが今後の課題」でもある。

準社員・パート従業員から正社員に登用されると基本給が上がり、賞与も増額になるほか、持株会制度(任意)等の福利厚生も追加されるが、正社員でも勤続年数を重ねても自動的に昇給する仕組みは無い(正社員一般社員の平均年収338.6万円(注2参照))。昇給を希望するなら、査定昇給(半期に一度)幅の大きいストアディレクター(いわゆる店長)やエリアディレクター、トレーナーなどマネジメント職を目指したり、スキルに応じた加給(能力給等)のつくマイスター資格を取得するなど、正社員でも常にスキルアップし続ける必要がある(正社員リーダー・管理者の平均年収505万円(注2参照))。

4.更なるモチベーションアップ等に向けて

そうしたスキルアップ支援策の一環として、同社は昨年3月、社内教育機関「JINS Academy」も設置した。省令改正に伴い2022年に新設された国家資格である「眼鏡作成技能士」の取得に向けて、勤続2年以上かつ一定のスキルを持つ従業員に、eラーニングを活用した学習や全12回の学科研修、実技試験に向けた講習を行い、最短1年半での資格取得を目指す。なお、トレーナーやマイスター資格取得者については、外部の眼鏡専門学校通信科への就学費用支援も行う。

2024年中に500人規模で取得し、確かな知識・技術を認定された技術者を全国に配置することで、より安心かつ満足度の高いサービス提供に繋げたい考え。取得者には合格祝い金の支給や給与増額を行い、「従業員の人材育成とともに待遇改善の幅を拡げ、引き続き、モチベーションアップやエンゲージメントの向上を図りたい」としている。

[注1] もともと1,200円など上回っていた店舗の時給はそのまま維持された。

[注2] 数値はいずれも、同社の「2022年度 サステナビリティ データブック」に基づく。

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