<株式会社ワークマンの取組>
客層拡大戦略で、年収を大幅アップ

作業服や安全靴、手袋、ヘルメットなどプロ向けの作業服・作業用品メーカーとして、そもそも業界を牽引する存在にありながら、その座に甘んじることなく、2014年に客層拡大戦略を打ち出して以降、新たに一般向けの高機能×低価格市場を開拓したと称される、株式会社ワークマン。耐久性や防風・防寒性、透湿性、遮熱性、速乾性、ストレッチ性、冷感性、抗菌性といった機能性に優れるスポーツウェア、アウトドアウェア、女性衣料などPB商品を次々と企画・開発し、自社工場は持たずに海外で生産した商品をすべて買取り、フランチャイズ加盟店に供給して値引き無しの毎日が低価格(EDLP)で販売する、独自のビジネスモデルを確立したことで知られる。増収増益記録を重ねる中で、年収100万円以上の引上げも実現させた。業態変革ビジョンに裏打ちされた年収の大幅アップはどのように成し遂げられたのか、その取組経緯等について同社の広報部に話を聞いた。

1.株式会社ワークマンの概要

  • 本社所在地:群馬県伊勢崎市
  • 設立:1982年
  • 資本金:1,622百万円
  • 東京証券取引所スタンダード市場上場(7564)
  • 事業内容:フランチャイズシステムで作業服、作業関連用品及びアウトドア・スポーツウェアを販売する専門店チェーンを展開
  • 営業所:21拠点、944店舗(フランチャイズ比率95%以上)
  • チェーン全店売上高:156,597百万円 (2022年3月期、以下同)
  • 従業員数:349人(外、店長候補社員及びパートタイマー101人)

2.客層拡大戦略と年収引上げの取組経緯

「中期業態変革ビジョン」で、年収100万円アップもコミット

株式会社ワークマンは、もともと景気や流行に左右され難い安定成長を維持していたが、業界トップだけに更なる業績向上の限界も見え始めた頃、Amazonなどネット通販企業の急速な台頭を目の当たりにして危機感を強めた。そこで、2014年に新たに打ち出されたのが「中期業態変革ビジョン」。建設土木や製造、インフラ、交通・運輸、外食、介護・医療などワーカーの間で支持されてきた高機能製品を、広く一般にも購入してもらえるようにしてゆこうという「客層拡大戦略」とともに、向こう5年間に在籍社員の年収を100万円アップさせる意欲的な目標が掲げられた。「直後はよく分からなかったが、少ししてからおおっと拍手が起こった。今後、店舗数や売上高がここまで増加したら、100万円アップするという話ではない。本気でデータ経営をしながら客層の幅を拡げ、数年後には新業態の店舗も作る。大変だろうが年収は必ず上げるので、ついて来て欲しいというメッセージに、会社の本気度が伝わった」と振り返る。

2014年対比でチェーン全店売上高は2.2倍以上、経常利益は2.8倍以上

とは言え、そう簡単な話ではない。実際にはどのように、転身が図られていったのか。「当社の製品は、もともと動きやすい・使いやすいのに丈夫で、過酷な環境にも耐え得る高機能性を誇りながら安価という強みがあった。それを、例えばバイクウェアなど、従来とは異なる用途で購入していく人がいる。それならもう、作業服という事業ドメイン(固定概念)自体を、機能性ウェアに変えてしまおう。製品開発というより、新用途を開発していけば良い」。こう発想転換すると、スポーツウェア(スノボ、ジョギング、ゴルフ等)や、アウトドアウェア(釣りや登山、キャンプ、ツーリング等)など、客層イメージが膨らんでいった。

多様な市場を研究しながら企画、折衝、試作、検質、改良を繰返す中で、「デザイン性やファッション性が求められる、スタイリッシュな製品を作ってみたいという、担当者の秘めたる思いも表出して凄く良いものが出来た」。だが、その過程では作業服には求められなかった、いわゆるアパレルの物づくりとの相違という難しさもあった。「ワイシャツには、しわも縫縮みも一つもない。品質管理を強化するため、外部の経験者も招き入れながら改善していった」という。

こうして2018年9月に、「WORKMAN Plus」という新業態店舗のオープンに漕ぎ着けたが、入場制限を掛けるほどの大ヒットで、続く2020年10月にオープンした「#ワークマン女子」も、40日間に渡り入場整理券を配布するほどの大反響となった。直近2022年のチェーン全店売上高は、2014年対比で2.2倍以上、営業総収入は2.4倍以上、経常利益は2.8倍以上を達成。この間、従業員数(パートタイマー等除く)も増加(1.5倍以上)したが、その影響も含めた(2014年当時の在籍社員に限らない)全社員ベースの平均年間給与(注1)でみても、確かに100万円以上(5,967千円→7,099千円)、引き上がっていることが分かる。

だが、「年収増以上のモチベーションアップに繋がったのは、自社の製品が社会に注目されるようになったこと。大きなやりがいを感じるとともに、就職先としても人気企業になり、女性の志望者が増えるなど職場環境も大きく変わった」。

表:株式会社ワークマンの経営指標及び従業員の状況、平均年収等の推移
画像:図1
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3.「データ経営」に向けた取組状況

全社員を対象にしたExcel研修を実施

そうした成功には、実は2012年からの布石があった。全社員がExcelを使いPOSデータを分析する「データ経営」の導入だ。以前は、そもそも売れ筋情報の収集さえ、店舗ヒアリングに頼らざるを得ない状況だったが、リーマンショック不況に伴い業績低迷を経験。製品をより良く改善してEDLPを追求しても、売上げは何故、伸びないのか悩むようになる。「やはり、数字で議論していなかったという反省があった。だが、そのために高額な投資をしても使いこなせなければ意味がない」と、全社員を対象にしたExcel研修が行われる運びになった。研修には、社長や専務も参加。分からなくても恥ずかしくない雰囲気を醸成するとともに、理解度を測る最終試験を平均90点レベルに設定して、苦手意識を持たないよう工夫した。その後も、必要な分析ツールを皆で作成・共有しながら改善を重ねつつ、社内でも得意な人を講師に、データ活用ノウハウを底上げしていった。

データで説得されて意見を変えるのが良い上司へ

こうしてデータリテラシーを高めつつ、更に「データ経営」の考え方を組織に浸透させるため、同時期に行われたのが幹部の任用条件変更だ。「以前は勘と経験で勝負していたため、上司の意見が通りやすく、いわゆる忖度も働きやすかった。だが、データこそが、最強のコミュニケーション手段。データで説得されて意見を変えるのが良い上司(注2)という組織風土になったことで、若手の斬新な意見も通りやすく、現場の知恵がよく集まるようになっていった」と言い、「気付いたら無駄な会議や残業も減り、ストレスのかからない会社と評価されるようになっていた」と教えてくれた(注3)

国内2000店舗体制へ向けて、「声のする方に、進化する。」

同社の正社員は、入社後~2年ほど直営店(トレーニング・ストア)の店長勤務(研修)を経験し、店舗実務を始め、顧客第一の考え方や販売・在庫等データの活用技術を習得する。そうして身に付けた経験や技術は、FC加盟店を巡回しながら経営指導(コンサルティング)を行う「スーパーバイザー」部に配属されて以降、ベテラン店長とも渡り合うために不可欠となる。その後は、販売動向データ等の分析に基づく「製品企画・開発」や、人口・ロケーション・交通量データ等の分析を基に候補地選択・契約を行う「店舗開発」、また、インフルエンサーを招いたアンバサダー・マーケティング(注4)等、費用対効果の高い手法を見極めながら広報活動を展開する「販促企画」といった具合に、多様なキャリアアップを目指すことになる。いずれの仕事にも「データ経営」の大原則が根付いているが、「VUCA(先行き見通しが不透明で不確実性が高い)と言われる時代。データ経営は未だまだ改善の余地があり、道半ば」と話す。

最低限の経営陣(3人)しか置かず、全社員による「データ経営」を徹底しながら「声のする方に、進化する。」ことを指向する同社。国内2000店舗体制へ向けて、これからも見せてくれるであろうビジネス・組織の未来に、引き続き注目したい。

[注1] 同社の正社員給与は、月給+各種手当(家族手当、単身赴任手当、役職手当、外勤手当、帰省旅費手当等)+賞与及び決算賞与(6・12・3月)が支給される。

[注2] 正社員の約2/3は管理職だが、例えば売上高や粗利等のいわゆる業績指標は評価基準にもなっていない。2017年から、全店で需要予測型発注システム(本部の仕入れ等では完全自動発注システム)も稼働している。

[注3] 2021年度の実績で、月平均所定外労働時間は17.3時間、平均有給休暇取得日数は9.4日であることが公表されている。

[注4] 同社のファンにアドバイザーとして製品開発に参画してもらうことでイノベーションを図りつつ、インスタグラム等による紹介を通じた製品情報の拡散も狙う。

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