<株式会社ニトリホールディングスの取組>
労働生産性を高めながら着実にベアを実現

「お、ねだん以上。」の商品・サービスの提供を通じ、住まいや暮らしの豊かさに貢献してきた株式会社ニトリ。扱う商品の約90%が自社企画の開発商品で、原材料の調達から海外での製造・品質検査、独自の通関システムや物流網による輸入・物流、販売・アフターサービス迄を一貫して自ら行う、「製造物流IT小売業」という新たなビジネスモデルを確立した企業として知られる。一方、2023春季労使交渉・協議を以て(注1)、「ニトリ総合職社員」の月例給については20年連続、また、「パート・アルバイト社員」の時給についても10年連続で、ベースアップを含めた賃金改善を継続実施してきた企業であるという事実は、余り知られていないのではないだろうか。経営環境に左右されず、着実に賃上げを積み重ねられるのは何故か、株式会社ニトリホールディングスの組織開発室に話を聞いた。

1.株式会社ニトリホールディングスの概要

  • 本社所在地:北海道札幌市
  • 創業:1967年、設立:1972年
  • 資本金:13,370百万円
  • 東京証券取引所プライム市場上場、札幌証券取引所上場(9843)
  • 中核企業である株式会社ニトリの事業内容:家具・インテリア用品(ホームファニシング商品)の企画・販売、新築住宅のコーディネート、海外輸入品・海外開発商品の販売事業等
  • 総店舗数:902店(2023年3月24日時点)※ニトリグループ全体の店舗数(ニトリ・デコホーム・ニトリEXPRESS・N+・島忠、及び海外店舗を含む。)
  • 売上高:811,581百万円、経常利益:141,847百万円(2022年2月期[連結]、以下同)
  • 正社員数:18,984人(外、非正規雇用者数※18,245人)※年間の平均人員(1日8時間換算)外数

2.近年の賃上げ経緯と賃上げに向けた労使の話合い状況

株式会社ニトリホールディングスは、連結子会社等を含めたグループ全体では実数で5万人を超える大企業。本稿では、その中核である株式会社ニトリで働く、「ニトリ総合職社員」と「パート・アルバイト社員」あわせておよそ3.3万人に対する取組に絞って紹介する。

「ニトリ総合職社員」は、全国で転居転勤がある月給制(3ヶ月単位の変形労働時間制)の社員区分。約2~3年単位の配転教育を通じ店舗運営、法人営業、物流、商品企画、広告宣伝など一人ひとりのキャリアの目標に沿って多様な職務を経験する。なお、入社直後は店舗に配属され、職場の改善改革課題を見付けてもらったり、人員配置管理など店舗運営の全体最適化を追求してもらう。その意味で、転居転勤のない時給制(1ヶ月単位のシフト制)の社員区分で、陳列・補充、運搬・組立、接客・販売、レジ・サービスカウンター、バックルームでの荷受・管理・配送など店舗作業に専念する「パート・アルバイト社員」の仕事や働き方とは、基本的に異なっている。

だが、いずれも同社のロマン(住まいの豊かさを世界の人々に提供する。)やビジョン(2032年までに3,000店舗を展開、売上高3兆円)の実現に向けて、共に働く職場の仲間に他ならない。「ニトリ総合職社員」(組合員は約8割)と「パート・アルバイト社員」(全員)は、入社直後から同一の労働組合に加入(ユニオンショップ・チェックオフ)して、毎年1~3月期の春季労使交渉・協議に臨んできた。

正社員は20年連続、パート・アルバイトも10年連続で、継続的なベアを実施

春季労使交渉・協議では、財務状況・業績推移や今後の見通し(予測)、これまでの改定実績を踏まえ、人材獲得上の競合他社や世間相場の動向(労使団体等の資料含む)も睨みながら、具体的な賃上げ幅を始め、諸手当の拡充や初任給の引上げ、勤務間インターバル制度の拡充など、より働きやすい環境を築くための労働条件改善事項等について話合う。

そうした中で、同社は毎年、(要求に応えようとする余り無理するというよりむしろ)企業業績を基に算出される労働生産性の向上に見合う適正な分配として、「労働組合の期待値を超える」ような回答を出し続けてきた。この間の回答経緯を纏めると、の通りになる。「ニトリ総合職社員」については、一貫して千円を超えるベースアップを含めた賃金改善を行い、20年連続を記録。また、従業員の約8割にのぼり組合員の大半を占める「パート・アルバイト社員」についても、「店舗作業を支える基幹労働力としてその生活を守る」とともに、「高齢化等が進む地方でも安定した採用・定着が見込める」ように、「ニトリ総合職社員」の引上げ率を上回る積極的な時給改定を、10年に渡り継続してきた。

表:ニトリ総合職社員とパート・アルバイト社員にかかる春季労使交渉・妥結結果の推移
画像:表
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3.賃上げに当たっての考え方と賃上げによる効果の実感

「まず足下の社員の生活水準を向上させられなければ、社会に豊かさを提供できない」

当然ながら、こうした積み重ねは決して、容易なことではない。この間、リーマンショックのような経済危機や新型コロナウイルス感染症のような未曾有の災禍に加え、為替の円安基調や度重なる消費増税による消費マインドの減退、業態の垣根を越えた販売競争の激化など、取り巻く経営環境は常に変転してきた。

だが、「まず足下の社員の生活水準を向上させられなければ、『住まいの豊かさを世界の人々に提供する。』というロマン(志)は実現し得ない」という思いで、経営環境に左右されない賃上げに尽力してきた。結果として、内部人材の定着促進やモチベーションアップが図られ、新たな事業分野への進出に向けた挑戦機運が高まるとともに、業務や作業の標準化・効率化など労働生産性の向上に向けた取組も進展し、結果として35期連続の増収増益を成し遂げてきた。

なお、「ニトリ総合職社員」については予め、年間5ヶ月分以上の賞与支給(業績連動)を労使妥結しているが、最終増益で更に決算賞与が支給される(または株式交付がなされる)ことになる(9年連続支給中)と社員の顔が明るくなり、「来期も更に頑張ろう」と職場の活力が引き出されるのを実感するという。

初任給は流通小売トップクラスで、競争相手はむしろITや金融に

このほか、新規事業を牽引するような優秀な人材の確保に向けて、同社は、初任給の引上げにも注力してきた。直近の水準は、大卒25.5万円、大学院卒26.5万円に及び、少なくとも流通小売業界ではトップクラス。「新卒で就職活動する5~6人に一人がエントリーしてくれる(一度は考えてくれる)ような状況」と言い、引上げはもう充分にも思えるが、「ニトリは、ロマンの実現・ビジョン達成に向けて、海外店舗の出店加速や取り扱い品目の拡大、ホームセンター事業など、さらなる成長・規模の拡大を目指しており、多数の人材を必要としている。原材料の調達から製造・品質検査、輸入・物流、販売・アフターサービス迄を一貫して自ら行う『製造物流IT小売業』というビジネスモデルにおいては、小売業のみならず、製造や物流、IT分野などそれぞれの分野の強化が必要不可欠。それに伴い、これまで以上に幅広く有能な人材を多数獲得することが求められている。その意味で、競争相手はむしろIT業界や商社、メーカー、金融等であり、これらを志望する学生が魅力的に感じるような初任給を追求していく」と指摘した。

4.賃上げを行う上での課題や取組から派生した影響

労働生産性の向上に見合う賃上げであることが重要

一方、賃上げを行う上での課題や取組から派生した影響について尋ねると、同社は「特に無い」と即答した。とは言え、1億株を超える発行株式のうち、3割以上を外国人投資家が所有する同社だけに、毎年、配当性向を高め続けて来たとしても、「賃上げを行うくらいなら配当に」といった利益還元要求は無いものだろうか。

こうした素朴な問いに、「当社の賃上げは労働生産性の向上に裏打ちされている。粗利益を年間平均従業員数で割った労働生産性(2,000万円超)は、米国標準と比較してもはるかに高い。賃上げは合理的な経営判断のため、そうした注文が付いたことはない」と教えてくれた。

なお、労働生産性を日々、改善し続けてきたものの、「業務や作業の標準化・効率化など従来の手法の延長では、もう極限に達しつつある」ことも事実。今後は、DX(デジタルトランスフォーメーション)の活用やセルフレジ等による省力化、女性や高齢者でも無理無く働けるような機械化の推進等を通じ、労働生産性の更なる向上を目指すという。

「賃上げ促進税制の適用要件の見通し」や「社会全体の生産性向上を目的とした規制緩和」を

また、(課題という訳では無いが)期待する政策的支援についても尋ねると、2点を上げた。一つ目は、賃上げ促進税制の適用要件について。現行では、継続する雇用者の給与等支給額(賞与も含めた総所得)が、前事業年度対比で1.5%以上増加した場合に、法人税額から控除対象雇用者給与等支給増加額の15%が控除されるルール(注2)になっている。だが、同社は月例給の引上げを積極的に行っているにもかかわらず、業績連動型賞与を採用しているが故に決算賞与が少し減っただけで要件を満たせず、税制優遇を受けられない。新型コロナウイルス感染症の影響を受けた2021年度でさえ、2%以上のベースアップを行ったが、利用することは叶わなかった。「継続的な賃上げが確かに評価され、同税制がモチベーションの一つになり得るよう、適用要件の見直しを検討してもらいたい」と話す。

二つ目は、103万円の壁など就労調整について。所得税控除要件等を意識する「パート・アルバイト社員」は、賃上げするほど働ける労働時間が減少するジレンマに直面する。賃上げを継続するには、同時に労働生産性の向上も必須の状況で、「こうした取組がもっと評価されるような政策的支援や、社会全体の生産性向上を目的とした規制緩和を検討してもらいたい」と指摘した。

5.継続的な賃上げに向けて

取扱い商品の約90%が海外から輸入される同社にとって、為替の変動は対ドルで1円の円安でも、年間で約二十億円、利益を押し下げかねないが、昨年は日米長短金利差等を背景に、1990年以来32年ぶりに150円を超える大幅な円安となった。また、ロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー価格の上昇で海上輸送運賃が高騰し、ウィズコロナ/アフターコロナの世界的な経済活動の再開とともに原材料価格の上昇等も相次いだ。

例年以上に厳しい経営環境の下、それでも同社は2023春季労使交渉・協議で、「ニトリ総合職社員」については20年連続ベースアップ、「パート・アルバイト社員」についても10年連続時給引上げ(※ 制度昇給以外)を決めた(注1参照)

本インタビュー調査(取材)は1月初旬に行われたものであり、その後、こうした妥結結果を知るところとなったが、あくまで毎年の春季労使交渉・協議に臨む基本的な考え方として、「今日より明日が良くなるから、ここで働き続けたいというエンゲージメントが醸成される。賃上げや労働条件改善の取組みは、長期的な視点から未来志向で継続する(注3)ことが重要」との指摘が思い出される()。

「2032年に3,000店舗・売上高3兆円へ」という、長期的なビジョンを明確に掲げ、労働生産性の向上とともに着実に賃上げ実績を積み重ねる同社。企業が賃上げに躊躇するのは、期待成長率の低さや成長の不確実性等が影響しているとの見方もあるが、その裏返しで、将来像を明確に描いて社員の総力を結集し、利益増⇔ベースアップの好循環を実現させる同社の今後に、引き続き注目したい。

図:労働条件の改善状況
画像:図
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[注1] 同社ホームページのPRESSRELEASE「ニトリ総合職で20年連続ベア、月例給最大5.6万円アップ(PDF:183KB)」を参照。

[注2] 前事業年度対比で2.5%以上増加した場合には、法人税額から更に15%が上乗せ控除されるルールもある。

[注3] 同社は、1年間の一人当たり年間教育投資額で、上場企業平均の約5倍にのぼる教育投資を行っていることでも知られる。「一人ひとりの社員の成長」こそ企業を確実に成長させるという考え方の下、全社員が年に2回、キャリアアッププランを作成し、配転教育や知識教育を始め、社内資格制度やEラーニングなど自己育成支援制度、階層別研修、海外研修やグローバル人材育成プログラム等を通じてスキルアップしてゆく(教育体系総称「ニトリ大学」)。

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