論文要旨 企業が「60歳代前半層に期待する役割」を「知らせる」仕組み・「能力・意欲」を「知る」仕組みと70歳雇用の推進
─嘱託(再雇用者)社員を中心にして

藤波 美帆(高齢・障害・求職者雇用支援機構常勤嘱託調査研究員)

大木 栄一(職業能力開発総合大学校准教授)

『人事制度と雇用慣行の現状と変化に関する調査研究』(「60歳代前半層報告書」)の企業アンケート調査の再分析を整理した藤波・大木(2011)「嘱託(再雇用者)社員の人事管理」[PDF] 『日本労働研究雑誌』(No.607)から、(1)企業からみた60歳代前半層(「高齢社員」)の働きぶりに満足している企業ほど、70歳雇用に積極的であること(2)さらに、働きぶりの満足度と、高齢社員を対象にした人事管理の整備状況との間には密接な関係があるということ、の2つの点が明らかになった。しかし、「60歳代前半層報告書」の11社を対象としたヒアリング調査結果からは、企業の高齢社員の働きぶりに対する満足度は、企業の雇用管理の整備状況に加え、「高齢社員に対して会社・上司が期待する役割を伝えているかどうか」や「高齢社員の意欲やモチベーション」が影響を与えていることも明らかになった。それは、企業が高齢社員に期待する役割が現役時代(59歳以下)と変わることと、高齢社員にとっても、多くの企業が採用している定年年齢である60歳時点を契機として、働く意識や意欲も変わるからである。

こうした問題意識を踏まえて、本研究では、著者が参加した高齢・障害者雇用支援機構(2011)『60歳代前半層の戦力化を進めるための仕組みに関する調査研究』のアンケート結果の再分析を通して、第一に、企業と高齢社員の比較を通して、企業が「高齢社員に期待する役割」を「知らせる」仕組み・「高齢社員の能力・意欲」を「知る」仕組みの現状と課題を、第二に、こうした仕組みの整備と70歳までの雇用推進との関係を、第三に、「知らせる」・「知る」仕組みを整備している企業の特徴について明らかにした。

その結果、第一に、高齢社員に「期待する役割」を知らせる仕組みは、主に上司(知らせる担い手)が、日常の仕事や人事評価活動(知らせる手段)を通して知らせるという方式をとっており、企業、高齢社員ともに、その装置はうまく機能していると評価している。ただし、問題となる点は、それにもかかわらず、「知らせる」仕組みの機能強化を求める声が強いことであり、その原因としては、「高齢社員に期待する役割」を明確にするという点で不十分であるということと、上司(管理職)に対する高齢社員を活用することを目的とした情報提供が十分でないからであると考えられる。とくに、こうした点は、企業よりも高齢社員で強く認識されている。他方、高齢社員の能力・適性を「知る仕組み」も「知らせる仕組み」と同様に、主に上司(知る担い手)が、仕事と評価(知る手段)を通して知るという方式をとっており、企業、高齢社員ともに、その装置はうまく機能していると評価している。ただし、把握された能力や適性が「高齢社員本人が活用できない」ことの問題点があり、ここでも改善すべき点は少なくない。また、高齢社員の働き方のニーズの把握方法について、高齢社員は企業よりも「上司の面談」、「人事担当者との面談」と「書面等による自己申告」が十分に活用されていないと考えており、より一層の「知る」仕組みの機能強化を求められている。

第二に、こうした仕組みの整備は高齢社員の能力発揮・満足度の向上につながり、65歳以降も働き続けたいという考えにつながっていること、同様に、企業の70歳までの雇用推進とも関係があることが明らかになった。

第三に、「知らせる」・「知る」仕組みを整備している企業の特徴についてみると、高齢社員を活用するという方針を明確にし、それを現役正社員(59歳以下)のなかに浸透させている。これを基本にしたうえで、「知らせる」仕組みについては、45歳以上の正社員に「60歳以降の職業生活を考えてもらう場」を多く用意するとともに、「60歳以降の職業生活の相談やアドバイス」の仕組みも整備している。他方、「知る」仕組みについては、これまでの職務経歴や教育訓練経歴に関する情報を多く把握しているとともに、45歳以降の正社員に「60歳以降の職業生活の相談やアドバイス」の仕組みを整備している。

短期契約で時間制約もある働き方をする高齢社員にあっては、より計画的に仕事を割り当て、仕事のマッチングを図り、適材適所での人材活用を進めていくことが肝要である。しかも、こうした制約を前提にすると、個人ごとに状況が異なることから、どんな仕事に従事するかの決定様式は、会社が一方的に主導するのではなく、高齢社員個人の特徴や要望が加味されるべく双方で意見交換しながら決めていくという交渉型になる。そのため、より一層の「知らせる」・「知る」仕組みの機能強化に加え、高齢社員を対象とした「60歳代の働き方を相談・アドバイスする仕組み」を考えていくことも今後の大きな課題である。

2012年特別号(No.619) 自由論題セッション●Bグループ

2012年1月25日 掲載