2003年 学界展望
労働経済学の現在─2000~02年の業績を通じて(全文印刷用)

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目次

出席者紹介 , はじめに

  1. 1 失業
  2. 2 雇用調整
  3. 3 転職
  4. 4 若年
  5. 5 高齢者
  6. 6 女性の就業選択
  7. 7 賃金
  8. 8 その他
  9. おわりに
  10. 文献リスト

出席者紹介

冨田 安信(とみた・やすのぶ)大阪府立大学教授(司会)

大阪府立大学経済学部教授。共著書に『大卒女性の働き方―女性が仕事をつづけるとき、やめるとき―』(日本労働研究機構、2001年)など。労働経済学専攻。

太田 聰一(おおた・そういち)名古屋大学助教授

名古屋大学大学院経済学研究科助教授。主な論文に「景気循環と転職行動」(『日本経済の構造調整と労働市場』、日本評論社、1999年)など。労働経済学専攻。

安部 由起子(あべ・ゆきこ)亜細亜大学助教授

亜細亜大学経済学部助教授。主な論文に「地域別最低賃金がパート賃金に与える影響」(『雇用政策の経済分析』(猪木武徳・大竹文雄編)、東大出版会、2001年)など。労働経済学専攻。

川口 大司(かわぐち・だいじ)大阪大学講師

大阪大学社会経済研究所講師。主な論文に"Human Capital Accumulation of Salaried and Self-Employed Workers", Labour Economics, Vol.10, 2003 など。労働経済学、応用計量経済学専攻。


はじめに

冨田

『日本労働研究雑誌』では3年に1度、労働経済学の学界展望を掲載しています。今回は、亜細亜大学の安部さん、名古屋大学の太田さん、大阪大学の川口さん、そして、私、司会進行役の大阪府立大学の冨田の4人で学界展望をすることになりました。最近3年間に発表された労働経済学の論文の中から興味深い論文を取り上げて、最近の研究動向について話し合ってみたいと思います。

まず、私たち4人が集まって、みんなで読んでみたいと思う論文を思いつくままどんどんリストアップして、それを眺めながら、今回の学界展望で取り上げる研究テーマを次の七つに絞り込みました。失業、雇用調整、転職、若年、高齢者、女性の就業選択、賃金の七つです。そして、テーマごとにみんなで読む論文を3本ずつ、合計21本決めました。この21本以外にも読むべき論文はたくさんあったのですが、時間と紙幅の制約もあり21本になりました。

七つの研究テーマには入らないものの、この学界展望で紹介したい論文がいくつもありました。今回は、そうした論文の中から4人それぞれが1本ずつ選び、最後に紹介することにしています。これが、今回のちょっとした試みです。テーマごとに、最初、4人のうちの1人に3本の論文をまとめて紹介してもらい、それを手がかりに、みんなで議論していきましょう。さっそくですが、太田さんからお願いします。


1 失業

論文紹介(太田)

Masahiro Abe and Souichi Ohta, "Fluctuations in Unemployment and Industry Labor Markets"

この論文では、産業別労働市場に着目して日本における失業率上昇の背景を探ろうとしている。労働者の属する産業によって他産業への移動可能性が異なりうるとすれば、全産業を対称的に取り扱う従来の産業間ミスマッチ指標を用いて失業率の変動を説明することには無理があると主張したうえで、1988年から2000年までの『労働力調査特別調査』を用いて産業別の労働者の失業動向を検討している。その結果、近年では建設業およびサービス業の寄与が上昇していることが明らかにされた。また、産業間の労働性向を分析すると、前年末無業者は前職と同一の産業へ移動する傾向が強いことがわかった。失業へのインフロー確率を、経済全体の求人率と産業の求人率で回帰したところ、大きくはないものの、産業の求人率が失業確率にマイナスの影響をもたらすことが判明した。さらに、失業者が再就職するまでの期間についてサバイバル分析を適用した結果、前職産業の求人率の上昇は、有意に転職期間を縮小させていたことが判明した。これらの実証結果から著者は、日本においては産業による労働市場の分断がマイルドではあるものの存在しており、それが失業率の悪化に寄与しているのではないかと結論づけている。

Kei Sakata, "Sectoral Shifts and Cyclical Unemployment in Japan"

本論文では、部門間シフトが日本の失業率に与える影響を再吟味している。過去の代表的な研究であるブルネッロの分析では、雇用成長率の散らばりを表すリリエン指標は日本の失業率に有意な影響を与えていないとの結論が得られていた。本論文は、基本的にはブルネッロの分析手法に則っているが、次のような点で異なる。第1に、産業分類をより細かく設定したこと、第2に推定期間にバブル崩壊後を含めたこと、第3に単位根や共和分の問題を厳密に取り扱ったこと、第4に、景気循環局面の効果を分析したこと、である。得られた結論は、たしかに失業率とリリエン指標との間には長期的な関係は見いだせなかったが、短期的には、とりわけ不況期においてリリエン指標が失業率を高めるというものであった。さらに、男女別に分析を行った結果、リリエン指標の与える効果は男女で異なることが判明した。すなわち、男性の場合には、部門間シフトは短期的に失業を上昇させるが、女性の場合には、そのような傾向は観察されなかった。ただし、不況期においては一定の効果が見いだせた。総じて、不況期において部門間シフトが失業率を高めがちであることから、著者は業種雇用安定法にポジティブな評価を与えている。

大日康史「失業給付におけるモラルハザード:就職先希望条件の変化からの分析」

失業給付の受給がモラルハザードを引き起こすかどうかについて、公共職業安定所の窓口調査というユニークなデータを用いて分析を行っている。この調査では、各求職者の属性と再就職先の希望条件(失業時点と現時点)、さらには失業給付の受給の有無が把握されていることから、失業給付の受給者が、非受給者に比して再就職先の希望条件をどの程度下げにくいかを検証することができる。希望条件としては、賃金水準、産業、職業をピックアップした。ここでの被説明変数は、対数希望賃金あるいは前職と異なる産業や職種を希望した場合のダミー変数である(後者の場合にはプロビット推定が行われる)。説明変数は労働者の固有効果、失業期間、および失業期間と固有効果の交差項である。その際に、受給するか否かについてのセレクション・バイアスを修正するために、2段階推定法が用いられている。推定結果によれば、失業期間が1ヵ月延びた場合の希望賃金下落率は、給付受給者のほうが非受給者よりも0.9%ポイント小さい。また、受給者のほうが失業期間の延長が希望産業や職種の変更をもたらしにくいことが示されている。総じて、失業給付の受給はモラルハザードを引き起こすとの結論を得ている。

紹介者コメント

太田

それでは、失業というテーマから始めたいと思います。

日本の失業率はかつてない高水準になってきており、非常に大きな社会問題として認識されているのですが、これにきちんと対処しようとすると、その原因が一体どこにあったのかを明らかにしたうえで、その原因に応じた政策を考えていく必要があると思います。今回は、日本の失業率の上昇を実証的に分析した三つの論文を取り上げてみました。

阿部=太田論文ですが、これは『労働力調査特別調査』の個票データを使った点に特徴があります。ここで注目しているのは産業です。日本の失業率が急上昇した要因の一つとして「受け皿の崩壊」があったのではないかというのが、この論文の着想ではないかと思います。非常に失業しやすいセクター、例えば建設業などに、マイナスのショックが特に降りかかったのではないかという議論は前からあります。そういうことを考えるとこれまでの分析のように一様なものとして労働市場をとらえるのではなく、産業に着目した点に、一つのメリットがあると思います。

また、産業大分類というきめの粗さはあるものの、様々な離職や失業のフローや、過去にどの産業にいた人が再就職しやすいかどうか、といったデータを産業別に提示している点には資料的な価値があると思います。

ただ、仔細にこの分析結果を見ると、産業全体でかなり状況が悪化しているのは明らかであるという感じです。また、転職期間の推計において、前に就いていた産業の求人率が転職期間に影響を与えるということを見いだしていますが、その効果は必ずしも大きいわけではないと私は見ています。ですから、著者は、最終的に産業間の移動がスムーズになるような政策を期待していますが、それが実際にどの程度失業の減少に結びつくのかは、あまりはっきりしないのではないか。やはりマクロショックという要因がかなり大きいのではないかというのを逆に読み取った次第です。

次の坂田論文も、産業に注目した部門間シフトの問題を取り扱っています。とても慎重な時系列解析が行われている点が印象に残りました。特に景気がよいときと悪いときで、非対称な影響が見られること、すなわち景気が悪いときにこそ部門間シフトが失業に悪影響を与えていることを見いだしていますが、これは大きな発見であって、これまでの分析では必ずしも明らかにされてこなかった点です。ただ、これは阿部=太田論文の中でも指摘しましたが、リリエン指標は産業を対称的に扱います。A産業とB産業があったとして、例えばA産業で10%雇用が伸びて、B産業で10%雇用が下がったケースと、全く逆のケースを、リリエン指標で見れば同じ値を取る。しかし、もしもA産業の技能がB産業には通用するけれども、B産業の技能がA産業に通用しないような場合には、両ケースが同じような影響を失業率に与えるかどうかははっきりしません。このようなことが日本でもないのかどうか。さらに付け加えれば、雇用増加率のバラツキは、あくまで労働移動の結果だという側面がある。だから、労働需要そのものを示してはいません。しかも焦点となるのは、そのうち新卒者に対する需要部分を除いた部分、すなわち中途採用者に対する需要です。このような指標がうまくできればいいなと思います。

三つ目の大日論文も、非常に興味深い論文だったと思います。失業給付は、セーフティーネットとして失業者の安心を担保するための重要な手段ですが、そこにはモラルハザードの問題がどうしてもつきまとうということがずっと言われてきました。大日論文のメリットは、そのモラルハザードはどの程度かを、データからはっきりと導き出した点にあります。特に、使用データが、職安に直接出向いて収集したものであること、また、実際にどの程度、希望条件を変えているのかを直接聞いたところに、大きなメリットがあり、非常にいいデータを使っていると思います。しかも、分析手法が大変洗練されているという印象を持ちました。

ただ、希望産業や職種が前と同じかどうかを、モラルハザードの判定材料の一つにしている点には若干の疑問があります。本来なら他の産業で働きたかったが、なかなか仕事が見つからないので、元にいた産業で探し始める、ということも可能性としてはあるわけですから、そこは、もう少し詰めることができる部分かなという気がします。

全体的には、やはり失業の実証研究はまだまだ少なくて、不明点もまだ明らかにされていないものが多いという印象です。そもそもUV分析はどの程度有効なのか、果たして需要不足失業と構造的・摩擦的失業というふうに分解ができるのかどうか、というところに疑問の余地がないわけではないですし、また長期失業者の増加が一体何をもたらすのかについての実証研究も、やや少ないような気がします。

経済のグローバル化や急速な技術の進歩が失業率にどのような影響を与えたのかという点も残念ながら十分には明らかにされてこなかったのではないのか。また、賃金の硬直性が失業の原因と言われたりもしますが、それが日本では実際どういう役割を果たしてきたのかということもよくわかっていない。これだけわかっていないことが多いと、なかなか政策的にどう対処すればいいのかという話に結びつかないのが残念だなという気がします。もう少し実証研究の蓄積が必要ではないかというのが全体の印象でした。

討論

失業と産業間移動

川口

この3本のうちで最初に読んだのは坂田論文ですが、部門間移動が激しく行われているときに失業率が高くなる、景気が悪いときには、その効果はより大きくなるというくだりを読んで、景気が悪くなったときに、政府が公共投資をやることで、人工的に建設業部門への労働移動のようなことが起こる。そこに逆の因果関係があるのではないかと思いました。坂田論文では、どの産業からどの産業へという細かい分析はなされていなかったのですが、次に阿部=太田論文を読ませていただいたところ、あまり建設業は特殊な動きを見せてないという雰囲気はありますよね。そういう形で、この二つの論文が補完的になっていて、おもしろいと思いました。

太田

阿部=太田論文と坂田論文は「産業」という切り口から考察していますが、ひょっとすると「職業」も非常に大きな影響を与える可能性がありますね。例えばブルーカラーワーカーがホワイトカラーになりにくいとか、そういうものがあるとするならば、もっと職業を念頭に置いた分析というのもあってしかるべき、という気はします。

冨田

この2本の論文は産業間移動に着目していますが、職業もおもしろいのではという太田さんの指摘ですね。地域間で失業率がかなり違いますので、地域間移動もおもしろそうですね。ほかの切り口もあるのでしょうね。

女性の転職と失業

安部

私もよくわかっていないかもしれないのですけれども、パート労働は、この場合どのように解釈されているのですか。例えば阿部=太田論文は、男性だけでしたよね。

坂田論文のほうは、女性を別に取り上げていますが、これはどうなのでしょうか。

川口

企業特殊的な人的資本の重要性というのを、これでとらえようというアイデアですよね。

安部

でも、多分、坂田論文はセクトラルシフトの変数で、女性を使っているということではないですよね。

太田

変数としては、共通して使っている。

安部

共通ですね。だから、女性労働者のセクトラルシフトと、男性労働者のセクトラルシフトみたいなことを分析していない。

太田

それは、やっていない。

安部

だから女性の失業について、主に職探しのビヘイビアが最近変わっているということはないでしょうか。つまり、以前だったら職探しをしなかった人がしているということはあるのでしょうか。ちょっと本題からは外れるかもしれないのですけれども。

太田

例えば不況で仕事が見つけにくくなったために労働市場から撤退する女性が、以前に比べて減ってきているのではないでしょうか。そういったことが女性失業率を押し上げている面はあると思います。それも女性の問題を考える際に重要な視点だと思います。失業と就業の間のリンクばかり見ていると、本当の姿は見えにくい。特に女性の場合は、非労働力の関係も含めて注意して見る必要がありますね。

また、女性の非正規就業が、はっきりと増えてきていますが、そういう構造変化が、失業にどのような影響を与えたのかということに関しては、まだまだ研究の蓄積がないのでわからないというのが正直なところではないでしょうか。例えば、もともと雇用の安定性が低いパートやアルバイトの増加自体、失業率を高めるという見方もありますし、そうではないという考え方もある。非常に仕事に就きやすい、コンペティティブなマーケットがそこで成立しているのだから、パートやアルバイトの増加は、それほど失業には影響を与えないという議論もひょっとすると成り立つかもしれません。だから、このあたりは今後ちょっと詰めないとわからないなという感想を持ちますね。

雇用保険制度と失業者の就職行動

安部

例えば大日論文のテーマは、モラルハザードということですが、非正規雇用で、低賃金で安定しない職であっても、失業した人は取りなさい、という話なのでしょうか。つまり、失業給付をもらっていると、仕事があっても取らないということになりますが、逆に「よくない仕事でも就きなさい」という話なのかどうか。

川口

時間をかけた転職は、いいマッチをもたらすという解釈も可能ですね。留保賃金が下がっていくということがいいことか悪いことかというのは、やはりなかなかわからないと思います。

太田

留保賃金が下がらない場合に、いいことというのは、どういうことですか。

川口

留保賃金が下がらない結果として、いいマッチを得られることはプラスだと思います。それが、失業保険のそもそもの目的でもあるわけですよね。

太田

これは、そもそも失業状態が、オン・ザ・ジョブ・サーチ(仕事に就きながらの求職活動)に比べて、効率的かどうかという基本的な問題と関係すると思います。失業状態は、速やかに解消すべきであり、生産性に関するロスも大きいことからとりあえずインタリム・ジョブ(一時的な仕事)といいますか、そういう職に就いておいて職探しをすることも考えられます。他方、オフ・ザ・ジョブ・サーチのほうがよい仕事が見つかるというのならば、インタリム・ジョブに就く必要はないかもしれません。ところが、日本では、オフ・ザ・ジョブ・サーチとオン・ザ・ジョブ・サーチの効率性の比較が、これまで行われてこなかったので、そのあたりの判断もなかなか下しにくいのが、ちょっと残念な点です。

安部

理論的には、留保賃金が下がるか下がらないかという話も当然ありえますが、同時に、現実に雇用保険の財政は非常に厳しくても、政治的に保険料は上げられないといった状況にあるということを所与として、政策的なスタンスということになると、パートでも、アルバイトでも、失業から脱却してほしいというのはあるのではないでしょうか。

太田

それは考えられます。

冨田

どのような状況をジョブマッチングがよくなったと考えたらいいのかな。正社員として就職できたかどうかというのも判断基準の一つのような気がしますが。

安部

そうはいっても、正社員に必ずだれでも就職できるという状況は、やや非現実的かもしれません。被雇用者の2割は、もう非正規職員ですし。

失業政策の二つの方法

太田

政策面ではどうでしょうか。現在、失業に対して行われている政策には、大きく分けて二つあると思います。失業状態への移動(インフロー)を抑止しようという政策と、もう一つは、失業状態から再就職(アウトフロー)しやすくしようという政策ですね。どちらが有効か、また相互にどういう関係があるのかということは、重要なポイントだと思います。例えば、非常に産業構造の変化が激しいときに、無理にインフロー抑止政策を行えば、かえって経済に大きなダメージを与えてしまう可能性がないわけではありませんね。それで、アウトフローをもっと増やすということでいうならば、大日論文にあるように、失業保険の受給自体が希望条件を引き下げないような効果を持っているならば、これを制度の中で防止するための仕組みを考えるというような話にもなってくると思います。

私自身は、どちらかというと、今のような状況でインフローを抑止する政策は非現実的で、それよりは、大日論文のような議論に基づいて、アウトフローを促進していくような政策が求められるという印象を持っています。

川口

インフロー抑止というのは、具体的には、解雇を難しくするなどということでしょうか。

太田

それもあります。他には、ワークシェアリングの議論で、雇用維持をした企業に国が助成金を払う、といったような政策は、典型的なインフロー抑止策だと思います。しかし、仮に構造的に不況な業種というものがあり、そこで人員削減が避けられないという場面で、緊急避難的なワークシェアリングを行っても、それはおそらく一時的な効果しか持たないでしょう。それが長期的にみて本当にいいことなのかはわからないという気がします。ただ、そういった政策論議は、残念ながら、研究の中でもあまりなされてこなかったように思います。最近、雑誌などに出てきてはいますが、正面切って取り上げた分析は少ないですね。


2 雇用調整

論文紹介(川口)

川口

このパートで紹介する論文のうち2本は雇用の部分調整モデルの推定を行っている。

基本モデルは InLit=β0+β1Inyit+β2In(wit/pit)+(1-λ)InLit-1+uit とあらわされるが、itはそれぞれ企業、時間を示す添え字である。Litは雇用量、yitは生産量、(wit/pit)は実質賃金である。「最適雇用量」は要素首要関数より生産量、実質賃金の関数となるはずなので、今期の雇用の最適雇用量からの乖離がどれだけ前期の雇用量に依存しているかを見ることで、雇用調整の速度を見ようというのがアイデアである。すなわちλか1に近ければ雇用調整は速く、0であれば緩慢である。係数λは雇用調整係数と呼ばれる。

野田知彦「労使関係と赤字調整モデル」

この論文では、労働組合の存在が労使間の情報共有をスムーズにし、赤字期の雇用調整をよりスムーズなものにしているかどうかを検証している。従業員数100人以上1000人未満の未上場企業116社の1988年から1994年までのパネルデータを用いて部分調整モデルを労働組合の有無別に推定している。部分調整モデルは赤字期と通常期で雇用調整係数が変化しうる形で拡張されている。実証結果は従業員数300人以上で労働組合のある企業の雇用調整係数は通常期には組合のない企業のおよそ半分である。一方、赤字期に雇用調整の係数が通常期の約3倍にまで上がることを示している。しかし組合のない企業や従業員300人未満の企業では雇用調整係数に変化は見られない。この実証結果をもって、筆者は労働組合が労使間の情報共有をスムーズにし赤字期の雇用調整をスムーズにすることに貢献していると労働組合の存在に比較的ポジティブな評価を加えている。

駿河輝和「希望退職の募集と回遊手段」

この論文では企業退職募集の回避手段に関して二つの仮説が検討されている。一つ目の仮説は配置転換や出向が希望退職の募集を減らしているか、という仮説であり、二つ目の仮説は雇用保護を賃金カットで行うことが可能かという仮説である。一つ目の仮説は希望退職募集の有無を売上高成長率や従業員の構成といった説明変数のほか配置転換や出向が行われたかを示すダミー変数に回帰することで検討されている。大阪府下の企業を対象に1992年から96年までに行われた雇用調整を聞いたサーベイより得られた484社のデータを用いた分析の結果は、配置転換や出向は希望退職の募集確率を減らしていないというものであった。また、有価証券報告書より取られたデータを用いて部分調整モデルを企業本体の従業員と在籍出向者を含めた従業員のそれぞれのデータで推定している。すなわち出向で雇用調整が行われているなら、本体の従業員のみにサンプルを限ると雇用調整の速度は速く、一方、出向者を含むサンプルでは雇用調整速度が遅くなるという仮説を検証している。しかし、製造業9社の80年代後半から90年代後半のデータを用いた分析の結果、そのような事実は観察されなかった。

一方、二つ目の仮説は既存の研究の雇用調整モデルより得られた推定パラメータを用いて、生産量の10%減少に対して仮に賃金が一定だったとしたときの雇用の減少量、ならびに雇用を減少させないためにどれだけ賃金が引き下げられるべきかをシミュレートしている。雇用調整に3年を要する場合それぞれ2%前後、10%から20%となっている。

大竹文雄・藤川恵子「日本の整理解雇」

日本の労働者の雇用は判例より成立している解雇権濫用法理とよばれる裁判所の判断基準により手厚く保護されている。整理解雇(仕事がなくなったために起こる解雇)が有効であると裁判所で判断されるためには(1)解雇整理の必要性、(2)回避努力義務、(3)被解雇者選定基準、(4)説明義務の4要件のすべてが満たされる必要があるとされている。この論文では、判例を数量分析するという興味深い手法を用いて、企業の整理解雇が裁判所に有効であると判断されるためにはどのような客観的な状況が必要かを分析している。分析の対象は「判例体系CD-ROM」に掲載されている戦後の整理解雇に関する判例205件である。まず興味深いのは判例全体の中で労働組合の存在が判例から読み取れるケースが全体の88%にのぼっている点である。この発見より判例法のメリットを受けているケースは労働組合員に多いのではないかと予想している。この発見は組合のある企業では赤字が出るまで雇用調整がされないとする先の野田論文の結論と整合的である。また、整理解雇が有効であると判断される確率は赤字連続年数の増加関数であることが示されており、赤字調整モデルに違った角度からのサポートを与えている。

紹介者コメント

川口

インフロー抑止、アウトフロー促進という話が出たところで、インフロー抑止のほうに関係する話ですが、既存の雇用を守るということを考えたときに、日本では労働者の雇用は判例で基本的に手厚く守られていますが、守られているという実態がどの程度のものなのかを分析する、あるいは、実際に法的に解雇が正当化される状態とはどのような状態なのかを考える、というのがトピックとしてあります。解雇が法的に正当化されうる状態の一つとして、企業が赤字を出す状況があるという仮説があります。そういう話が、大竹=藤川論文、野田論文という二つの論文でなされています。

大竹=藤川論文は解雇に関する裁判例を分析した論文ですが、企業が赤字を出している場合、実際に解雇が正当であると裁判所に判断される状態となる確率が高まることを明らかにしています。

それと補完的な関係にあるのが野田論文です。かつてから研究が進んでいる赤字調整モデルを、労働組合との絡みで分析しようという論文です。普段、企業が黒字を出しているときに解雇や雇用調整を行うことは難しいが、企業が赤字を出すというような非常事態が起こると、労使間の合意が成立しやすくなり、解雇が進むという話を実証しています。パネルデータを用いた実証の結果、労働組合があり、かつ従業員規模が300人以上1000人未満という中規模の企業においては、赤字期には雇用調整の速度が速まるということを示しています。

そういう意味で、この二つの論文は整合的です。大竹=藤川論文で、裁判例の分析をした結果、労働組合の存在が認められるケースが88%にのぼっています。基本的に、こういう解雇に関する紛争が起こるのは労働組合があるときなのだということを解明しているのですが、それと野田論文の結果は非常に整合的です。労働組合があるから、基本的には雇用調整は難しく、雇用調整ができるのは、赤字が出ている状態なのだ、ということだと思います。

駿河論文は、やはり失業へのインフローを起こしうる希望退職の募集を考えるというものです。そのオルタナティブとして、出向や配置転換などによって、希望退職の募集を減らすことができるかどうかを見ているのですが、配置転換・出向と希望退職の間に代替関係は特にないというのが結論です。

それぞれの論文は非常におもしろいのですが、例えば大竹=藤川論文に関して言うと、かなりの頁数を割いて、解雇の裁判が白と出るか、黒と出るかを、判例文の中に理由を求めて回帰分析を行うという形で分析されていますが、仮に裁判官が最初に、白か黒かというのを決めて、その後で判例文を書くというプロセスがあるとすると、結局、結論が先にあって、後で理由が書かれるという、循環論法に陥ってしまうようなところが若干あるという気がしました。ですから、判例文そのものと外部の経済情報をつなぐような研究をするとおもしろいのではと思いました。

野田論文では、労働組合に対して非常にポジティブな評価を下しています。労働組合があると、赤字が出たときに、労使双方のコミュニケーションがうまくいって、雇用調整が進むという解釈をしていますが、これはネガティブに取ると、労働組合があるがゆえに、かえって雇用調整が最後の最後までできず、雇用調整ができないから赤字までひどくなってしまうという面もあると思うので、労働組合の評価に関して言うと、賛否両論ありうるのではないかという印象です。

駿河論文ですが、これは大変興味深いトピックです。ただ、結論に関して若干疑問を持ったのは、希望退職の募集が行われるような状態と、配置転換・出向が行われる状態というのは、どちらも会社の状態が悪いということで共通しており、それが同時に起こってしまうので、その二つに代替関係を見つけるのは非常に難しく、何かもう少し考える余地があるのかなと思いました。

討論

雇用調整の赤字モデル

太田

雇用調整の赤字モデルは、日本発の非常にすばらしいモデルで、経験則をベースに組み立てられており、推定式のフィットもいいし、大変な成果です。一方、その背後にあるメカニズムは何でしょうか。赤字になると、企業の存続が危ういからというのはよく主張されます。重要なのは赤字になることだと。しかし赤字よりも少し手前の黒字でも、やはり危ういことには変わりないのかもしれない。将来的に赤字になるかもしれない。そうなってくると、企業の収益が、明示的に雇用調整の中に組み込まれるようなモデルの開発をすべきではないか。収益が低下すると雇用調整が行われるが、赤字になると、それはさらによく行われる、というような議論の立て方があるのではという気がしますが、いかがでしょうか。

川口

そうですね。やはり企業の収益が雇用調整に及ぼす影響は連続的にありますが、赤字になったところで一気に実施するというのは、一種の非連続性ですね。それに対して、法律的背景というのはあるかと思います。もしも裁判官が、ちょっとでも黒字を出している状態と赤字を出している状態を全く違うようにとらえているとするならば、それはありうるのではないか。

太田

大竹=藤川論文では、解雇の必要性充足に関して、赤字連続年数が有意に出ていません。本当に赤字が大事なのかどうかは、判決上、微妙な気がします。だから、判例の縛りの話をするのか、放っておけば倒産だというような状況を考えるのかでは、解釈が微妙に違ってくる気がしますね。

川口

そうですね。

冨田

南山大学の村松さんが書いていますが、赤字になったら銀行から融資を受けにくくなるとか、取引が現金決済でないとできなくなるなど、労働以外の要因に赤字が影響し、企業の存続に影響が出てくるのではないですか。

太田

それは十分考えられますね。そこの峻別をうまくできないか。

川口

あと、難しいと思うのは、部分調整モデルでは最適な雇用水準を推定していますが、その最適な雇用水準が、赤字になったときに非連続的に変わるとすると、結局、雇用調整速度が変わっているのか、それとも最適水準そのものが変わっているのかということが識別できないことです。そういう欠点があると思います。

太田

出向については、川口先生がおっしゃるとおり、代替かどうかを見つけるのは非常に難しいと思います。実際に代替できるケースは多分あるのだと思います。子会社がたくさんあって、空いているポストがわりとある。そういうときには、子会社のほうに送り出すということはもちろん考えられますが、例えば子会社の生産性自体、非常に落ち込んでいるようなときには、一気に解雇に持っていったほうが、グループ全体にとっていいということも十分ありうるわけですよね。だから、そもそも代替や補完は状況によって決まってくる点があると思うので、子会社の数や、収益状況などを入れ込んだデータセットをつくって分析していくと、意外といろいろなことがわかるのではないかという気がします。

雇用過剰感と労働者の責による離職

冨田

ところで、大竹=藤川論文に関連して、私のところの大学院生が『雇用動向調査』からおもしろい数字を見つけてきました。離職理由をみると、経営上の都合と同じくらいの人数の本人の責による離職者がいて、雇用過剰感が高まると本人の責による離職も増えています。たぶん、業績が悪化した企業は、本人の責ということでかなり解雇していそうです。希望退職や整理解雇だけ見ていたのでは、雇用調整の一部しか見ないことになります。自発的離職もそうでしょう。

太田

そうですね。半分辞めさせられたというようなケースでも、自発的離職の中に入ってしまっていることもあるでしょうね。そもそも、ストックデータを使って、雇用調整速度などを分析する際には難しい問題がありますね。できれば退職者が何名で、それをどの程度補充していてというようなフロー面でのデータを使った分析が、もっとなされてしかるべきだと思います。

川口

フローデータでは、何がわかればいいのでしょうか。

太田

雇用削減については、自然減などで対応できる部分もかなりあるわけですね。そうすると、過去1年間の定年退職者、解雇者、自発的離職者、新規採用者の、できれば年齢別データがあれば……。

川口

これは後の「若年」のところで、玄田論文などが扱っているようなデータですか。

冨田

『雇用動向調査』なら、大体、今、太田さんが言ったことはわかりますね。

太田

ただ、事業所ベースでしょう。欲しいのは企業をずっと追跡したフローのデータですよ。しかも、その企業が赤字か黒字かわかればいい。そこは『雇用動向調査』では見られませんね。そういうデータをどこかで開発すれば、いろいろなことがわかるようになる。何とか、厚生労働省にお願いしたいという気がします。

組合の存在意義と信頼性

安部

ちょっと労働組合の話で質問したいのですが、まず労働組合があると、赤字のときに解雇しにくいという話ですね。これが効率的なのかどうかというのが一つ。

もう一つ、今、組合はいろいろな意味で存在意義が問われていますよね。解雇などに関して、組合が企業の言いなりになっているとか、企業内組合はあてにならないので、個人で入れる外の組合に入るとかですね。別に解雇に限らず、組合は最近、労働者の多数からは必ずしも支持されていないという面があると思います。その辺はどうなのでしょうか。

川口

組合があって雇用を守ってくれることによって、効率を上げる可能性もあると思います。例えば企業特殊的な人的資本の蓄積を促進する可能性がある。先ほど、景気が悪いときには、本人の責で職を失う人が増えるという話がありましたが、普通は逆ですよね。労働市場が悪くなっているわけだから、一生懸命働くわけで、不況期には難癖をつけて解雇を行うインセンティブが会社にはある。そういったものから労働組合が労働者を守っているということであれば、企業特殊的人的資本の蓄積を促進することによって効率性を上げている可能性はあると思います。賃金後払型の契約を考えると、後で払ってもらえると思うから、若いころに一生懸命働き、モラルハザードを起こさず、全体的な効率性が上がっているということはあると思います。またいったん労働組合が信頼を失ってしまったら、そういうメカニズムが働かなくなってしまいます。そういった危険性も考えると、労働組合が雇用調整を遅らせることが、直接的に効率性を下げているかどうかは、なかなか言えないという気はします。

太田

それは、企業の内部の人にとっては意外と効率的かもしれない。しかし企業の外部の人にとっては、マイナスではないかという印象を持っています。すなわち、企業の外部の人、まだ働いていない人たちが、労働組合の存在によって、採用されにくくなっているのではないか。これは野田さん白身がやっている分析注1なのですが、組合がある企業は、新卒採用をしたがらないことが明らかにされています。インサイダーを守ろうとすると、採用を抑制せざるをえない。もちろんこのことが内部的には、企業の効率性を上げる側面があるのは、川口さんがおっしゃるとおりだと思いますが、トータルで見てどうかというのは、まだ検討の余地があるという感じがします。

冨田

今回の学界展望では労働組合を取り上げなかったので、3年後にはぜひやってもらいましょう。


3 転職

論文紹介(冨田)

中馬宏之「中高年の転籍出向における成功要因」

本論文は、大企業から系列外企業に転籍出向した中高年労働者についてそれが成功だったかどうかに影響を与える要因を、個々の転籍出向者のマイクロデータを使って分析している。ここでは、転籍出向の成功・失敗に大きな影響を与える要因の一つとして転身マインド(求職者が受入企業を知る前にどれだけ転身意欲を示しているか)に注目する。送出企業における賃金が低いほど、受入企業における賃金が高いほど転身マインドは高くなると考え、それぞれの賃金関数を推計し、そこから得られる賃金も説明変数に加えて転身マインドに影響を与える要因を分析している。その結果、送出企業で職務遂行能力が高いと評価された人ほど転身マインドが低いことが確認された。さらに、転籍出向の成功・失敗に影響する要因をみると、この転身マインドの高い人ほど成功するほか、受入企業の社長のワンマン度が高いほど失敗する確率が高く、送出企業と受入企業が長期的なつながりがあるほど成功する確率が高くなっている。ここから、中馬は、転籍出向者の転身してやり直したいという前向きな気持ちを高める努力を事前に行うこと、性格など私的情報を転籍出向者と受入企業との間で交換されるような仕組みを設けることを提案している。

大橋勇雄・中村二朗「転職のメカニズムとその効果」

本論文は、離職理由、職種間移動、転職年齢などの影響に注目しながら、転職によりジョブ・マッチングが改善しているかどうかを分析している。まず、企業特殊的技能が存在するとしても、賃金が生産性に一致しうることを理論的に明らかにする。そして、勤続にともなう賃金の上がり方(年功度)が急な人ほどマッチングがよいと考えて、転職前と転職後の賃金の上がり方を比較している。そして、離職理由によって転職のコスト・ベネフィットが異なることを明らかにした。転職を経験していない労働者の賃金年功度に比べると、よりよい仕事を求めて前向きな理由で転職した人の転職前の賃金年功度は低い。つまり、彼らのマッチングが悪かったことを意味する。そして、転職することにより転職前よりも賃金年功度が高くなっていることはマッチングが改善したことを意味し、これは転職のベネフィットがコストを上回るケースでもある。一方、会社都合で転職した人は、前向き理由で転職した人に比べて、転職前の賃金年功度が高かったこと、求職活動に十分な時間が取れなかったためにマッチングのよい転職先を見つけるのが難しく、転職のコストがベネフィットを上回るケースとなる。

黒澤昌子「中途採用市場のマッチング」

本論文は、中小企業に転職した労働者の満足度や賃金に影響を与える要因を分析し、中途採用市場でのマッチングを高める政策について議論している。経営者の人柄、労働時間などの情報を求職者に開示すること、会社からの誘いとならんで、民間職業紹介を通じた転職が転職者の満足度を高めることがわかった。こうした入職経路が経営者の人柄など細かな情報を伝えることができるのであろう。ここで注目すべき事実発見の一つは以下である。前職までに関連する仕事経験年数の長い人ほど、転職先での生産性が高く、また、転職先でのOff-JTの時間数も短くてすむと企業は評価している。しかし、関連する仕事経験年数の長い転職者ほど初任給や現在の賃金が高いわけではない。その理由はこうである。労働者の生産性は企業の外からは見えにくいため、他社から提示される賃金はその労働者の生産性よりも低くならざるをえない。したがって、その労働者が働く企業も他企業が提示する(生産性よりも低い)賃金を支払うだけでよい。中途採用市場で評価されないのであれば、労働者は専門的な仕事能力を身につけようとはしない。黒澤は、職業ごとに仕事能力のシグナルとして機能する公的資格や企業外研修が必要であることを指摘している。

紹介者コメント

冨田

さて、私の担当は転職の論文です。関連する論文の中から、ここでは中馬論文と大橋=中村論文、黒澤論文の三つを紹介します。

中馬論文はおもしろいデータを使っています。大企業から系列外に転籍出向した人のデータを使って、転籍に成功したのはどんな人かを分析しています。結論を簡単に言いますと、転籍に成功したのは転職マインドの高い人である。つまり転身してやり直したいという前向きの気持ちを持っている人ほど転籍に成功している。また、どんな企業に転籍した人が成功したかを見ると、受入先企業の社長がワンマンでない、成長が見込まれる企業である、受入先と送出企業との間に交流がある、などです。転職マインドの役割もふくめて、結論は特に目新しくないかもしれませんが、それをデータできちんと確かめています。

中馬論文の政策提言は、カウンセリングなどを通じて転身マインドを高めること、受入先企業との間で情報交換をしっかり行うことです。どんな人が転職して成功するかは非常に重要なテーマですので、こうした研究の積み重ねが、今後も必要だと思います。

二つ目が、大橋=中村論文で、これも非常にいい論文だと思います。最初の問題提起は、マッチングが改善したかどうかを、転職前と転職後の賃金カーブの傾きを比べることで評価しています。マッチングの悪い企業で働いている人は、勤続が長くなっても賃金はあまり上がらない。マッチングがよくなれば、勤続とともに賃金がどんどん上がっていく。転職前後の賃金の上がり方で転職が成功したかどうかがわかることになります。おもしろかったのは、転職によってマッチングが改善するかどうかが、かなり離職理由によって異なることです。例えば会社都合の離職と、自分に合った仕事を求めての前向きの離職、この二つの場合を比べますと、転職前の職場での賃金カーブの上がり方は、前向きで転職した人のほうがかなり低い。一方、転職して、新しい職場での賃金の上がり方を見ますと、会社都合よりも前向きの理由で転職した人のほうが、賃金カーブの上がり方が急になります。賃金カーブから判断する限り、前向きで離職した人はマッチングがよくなって、転職に成功したことになります。

この論文の前半で議論している重要な点は、賃金を生産性の代理指標として使っていいかどうかを理論的にきちんと詰めていることです。私の読んだかぎりでは、企業特殊熟練があったとしても、賃金と生産性が一致する場合があるというふうに読めます。もし、一致しない場合、そのときは、賃金の上がり方を生産性の指標として使って分析できなくなりますが。また、分析対象になった人が転職した年齢は平均26歳で、現在の会社に平均14年勤めていますのでここで分析しているのは若いときの転職が中心で、サンプルのなかに40代以上のいわゆる中高年の転職はあまり多くないのではないかと思います、ですから、中高年の転職を考える場合に、ここでの議論をそのまま使っていいのかやや疑問です。

最後が黒澤論文の紹介になります。この論文を読んで最初に感心したのは、どういう分析がしたいかをはっきり意識して、アンケートの調査票をつくっていることです。転職経験者で、いま同じ会社で同じ仕事をしている2人のデータが比較できるように調査票が設定されている。そうすることで、職場とか仕事の違いをコントロールして転職者の転職後の満足度等を分析できます。転職者で、今の仕事に関連する仕事経験がある人に対して企業の満足度は高く、業務達成度も高いと判断しています。ところが、そうした人たちの賃金を見ると、転職したときの初任給、あるいは現在の賃金を見ても、高いわけではない。黒澤さんの解釈としては、労働者の能力は企業の外からは非常に見づらいという技能に関する情報の不確実性があるので、外部からオファーされる賃金は本来の生産性よりも低い賃金になる。だから、今働いている企業も外部で得られる賃金さえ払えば、その労働者を定着させることができる。だから生産性ほどには賃金を払っていない分、企業は収益を受け取っていると考えるわけです。黒澤さんの政策提言として、転職市場を考える場合に、公的な資格などが評価されるようになれば、技能に関する情報の確実性が高まって、外部からオファーされる賃金がもっと高くなるのではないか。そうすると、転職しやすくなる。それがマッチングを改善するのではないかと考えるわけです。そういうストーリーがうまく描けるのかどうかは、少し考えてみなければならないと思います。

討論

転籍・出向者の実力と性格

太田

中馬論文を興味深く読みました。とにかくデータのすばらしさが際立っています。また、性格要素というなかなか見えづらいものまでデータ化しています。これを説明変数に入れて推計すると、ビッグ5と呼ばれている性格要素が成功・不成功をかなり決めているという部分があって、これはとても興味深いと思いました。ひょっとすると、中高年にとっては、朗報的な部分があるのかもしれないなと思います。つまり、これまで蓄積した業務知識とは違って、性格的なものは個人の努力で何とかなる部分かもしれないという気がするのです。

ただ、私がまだ十分理解できていない点は、ここで取り上げられている転籍出向者の中には、外に出してもやっていけると見込まれた優秀な人が、かなりピックアップされている可能性はないのかということです。特に業務上の知識が豊かな人が多いのではないか。もしもそうであるならば、性格的な要素が効くということは、初めに最低限の実力があって、それにプラスして、そういうマインド的な部分が大事になってくるということになります。その部分をピックアップしている可能性もないわけではないかなと思うのですが、いかがでしょうか。

冨田

おそらく企業は、相手企業にとってもプラスになる人を選抜して転籍させるのが普通だろうと思います。ですから、今、太田さんが言ったことは十分あると思います。

中馬論文で、ビッグ5因子という性格に関する変数が転籍を成功に導く重要な要因だというのは、たしかにおもしろいですね。ただ、太田さんとちょっと違うのは、中高年になると性格は変えられないのではないか(笑)。ただ、自分が潜在的に持っている性格を、カウンセラーと話すことによって顕在化して転身マインドが高まり、転籍がうまくいくことは十分あるだろうという気はしますね。

それから、どんな人が転籍して成功するのかというところは、いろいろな読み方ができますね。一つは、太田さんが今指摘したように、出身企業で役職の高かった人ほど成功していますね。ところが、出身企業で職務能力が高く評価されている人は成功していないという結果も出ています。同じような性格がプラスにも、マイナスにも効いているので、ちょっと性格に関する結果を一般化するのは難しいのではないかな。

川口

そうですね。やはり性格のところはおもしろいなと思いまして、具体的にどういうのが誠実性とか、開放性と分類されているのか詳細に見てみると、誠実性というのは、例えば几帳面とか、勤勉とか、計画性。これに対して誠実性がないというふうに判断されるのが、いいかげん、ルーズ、不精、軽率、飽きっぽい、無頓着、無節操、怠惰というのが並んでいて、これを見ると、性格という部分もあるのかもしれないけれども、直接的に仕事ができるかどうかそのものではないかなという気もしたのですね。開放性のところも、やはり好奇心が強いとか、臨機応変だとかで、それは仕事の評価として、上司に当たる人が書き込むという部分がある。性格のみならず、仕事ができるかできないかという評価が、実を言うとある程度含まれているのではないかなという印象を持ちました。

太田

そうかもしれません。中村=大橋論文もそうですし、黒澤論文もそうですが、転職した際の生産性がポイントになると思います。私自身も、転職後に仕事を経験していくなかで、どれだけ賃金の伸びのスピードが速いかということは一つの指標になると考えています。というのも、マッチングの程度が高い場合には、努力や訓練投資が活発に行われるので、生産性が高まっていく。それを企業が認識して、高い賃金をつけていく。そうすると、例えば前向きな離職で、高いマッチングの企業を目指して離職して、そこで就職した場合には、入ってからの賃金の伸びのスピードが、かなり速いのではないかということです。この点では、中村=大橋論文の結果に大いに納得しました。ただ黒澤論文では残念ながら、転職後の業績のよさが、なかなか後の賃金の伸びに結びついていないという結論が得られています。黒澤論文のサンプルはやや小さい企業ですので、経済全体に関してそうなのかどうかははっきりしません。

それから、冨田先生が出された論点に関係しますが、転職者が年功的な処遇のトラックに乗るか乗らないかということもあると思います。どの段階の転職であれば、生産性と賃金が乖離するか。ひょっとすると、中高年の転職だったら、生産性と賃金がほとんど一致しているようなケースも考えられなくはないと思います。逆に、若い場合だったら、残りの期間が長いということがありますから、賃金と生産性とに比較的大きな乖離が発生するのかもしれない。だから、そのあたりが考えるポイントかなという気がしますね。

転職者の賃金表

安部

ただ、どうなのでしょうか、賃金制度として、転職者とそうではない人、例えば生え抜きは違うトラックということはありうるのですか。

冨田

まず、転職者を同年齢の人と比べて、どこに位置づけるかということですね。

安部

ええ。まあ、最初は違う位置というのはありうると思うんですよ、やはり経験が少ないので。ただ、その後、どういうふうに処遇していくかということですが、例えばマッチングの質がよくて、生産性が上がっている人に対しては、賃金を上げなければならないとすると、昇格を早くさせるとか、そういうことなのですか。

冨田

おそらく、最初は、賃金テーブルのなかで長期勤続の従業員の平均的賃金か、それよりちょっと低い賃金のところにして、数年間の働きを見て調整していくのでしょうね。これは基幹労働力となる中高年の中途採用の場合ですね。そうではなくて、定型業務の人たちの中途採用もあるでしょう。そういう人の賃金表はまた別でしょう。あと一つ重要なことは、マッチングのいい転職をするために必要なことは何かです。大橋=中村論文からすると、在職中から求職を始めることがマッチングを高めると読み取れます。


4 若年

論文紹介(太田)

岡村和明「日本におけるコーホート・サイズ効果─キャリア段階モデルによる検証」

本論文では、世代という属性が賃金構造に及ぼす効果のうち、世代のコーホートの大きさが賃金に与える影響を分析している。基本的なキャリア段階モデルによれば、コーホート・サイズの拡大が賃金に与えるマイナスの影響は、労働者の経験年数が長くなるにつれて減少する。本論文はこのような仮説を日本について検証し、男性・女性ともに高卒よりも大卒でコーホート・サイズ効果が顕著であることを明らかにした。これは、教育水準の高い労働者のほうが、より多くの職場訓練を経験していることを示唆する。また、大卒男子については、キャリア段階モデルの予想に反して、コーホート・サイズ効果は職場経験を積み重ねても解消されないことが明らかになった。他方、大卒女子については、コーホート・サイズ効果は職場経験を通じて解消されることが見いだされた。著者の解釈は、男性の場合には経験年数を通じて持続的な企業内訓練が行われているのに対して、女性の場合にはある程度まで経験を積むと訓練量が減少しがちであるという、日本企業の訓練政策が背後にあるというものである。結局、大卒男性では学卒入職時のコーホート・サイズ効果は残存し続けることになり、その段階での雇用機会の多寡がきわめて重要となる。

玄田有史「結局、若者の仕事がなくなった─高齢社会の若年雇用」

本論文は、最初に若年の就業環境の変化を、公刊統計を用いて中期的に追跡している。そこで明らかにされているのは、常用雇用に就く若年の比率が近年において低下傾向にある反面、若者の勤続年数は90年代を通じて変化しておらず、フルタイムの中でも長時間働いている者の比率は上昇していることである。この結果から、著者は若年の意識変化よりもむしろ需要不足が常用雇用比率を低めていると推論している。さらに、中高年の雇用維持が若年の採用を縮小させるという「置換効果」について分析を行っている。用いたデータは『雇用動向調査』の従業員500人以上の事業所であり、そこで得られる労働流出入の様々な指標を、従業員に占める45歳以上比率で説明した。その結果、45歳以上比率が高い事業所ほどフルタイムの採用・離職、パートタイムの採用・離職、出向、配置転換などの労働流入率や労働流出率が低いことが判明した。新卒採用率や中途採用率、さらには求人予定数についても、45歳以上比率が高い事業所ほど低下する傾向にあった。このような結果から、著者は高齢社会での若年と中高年のベストミックスのために必要なのは、中高年大学卒が賃金調整を無理なく受け入れることができるような環境整備であるとしている。

Yuji Genda and Masako Kurosawa, "Transition from School to Work in Japan"

本論文は、『若年者就業実態調査』の個票を用いて、若者が最終学校を卒業する時点における就職状況が、その後の雇用状況に長期的な影響を与える、いわゆる「世代効果」を検証している。最初に、学卒直後にフルタイム常用の仕事に就く確率が推計されているが、それによると学卒時点よりも1年前の失業率が有意なマイナスの効果を与えている。ここから、雇用環境の悪化が若年のフルタイムヘの就業を阻んでいることがわかる。他方、学卒後最初に就いたフルタイム常用の仕事を辞める確率を推計したところ、学卒時の労働市場が買い手市場であった場合には、将来の離職確率が高まることが判明した。本稿の解釈は、買い手市場においては、労働者が不本意就業に陥りやすく、そのために離職性向が高まるというものである。また、推定結果から、学校在学時の就職指導やアドバイスが不本意就業を抑制する効果を持つことが判明している。よって、著者たちは学校の就職指導体制をより効果的なものへと改善することが重要であると指摘している。さらに、調査時までに経験したフルタイム常用の仕事の数を、多項ロジットモデルで推定したところ、この場合にも学卒時の失業率は有意な影響をもたらしていた。

紹介者コメント

太田

今度は若年がテーマです。若年の問題は、最近、特に注目され、分析されている分野の一つだと思いますが、その背景として、若い人の失業率が急速に高まっているということがあるかと思います。15~24歳あたりで見れば、軽く10%を超えるという状況になっています。また、それにリンクするような形で、フリーターの数が急激に上昇していて、1997年段階で151万人と言われています。2002年の『就業構造基本調査』の結果はまだわかりませんが、おそらくは、もっと増えているのではなろうかと思われます。

さらに、若い人の離職が目立つようになってきているということも、社会問題としてある。今から紹介する玄田=黒澤論文は、「七五三離職」に焦点を当てています。「七五三離職」とは、要するに中学新卒者のうち、新たに仕事についた人の7割が3年以内に会社をやめてしまうということで、高卒は5割、大卒は3割で、それで「七五三」というふうに言うわけですが、このような現象をどのようにしてとらえるかということが課題になっています。一つの考え方は、若年の意識変化が重要で、職業観や仕事に対する取り組み姿勢がかなり劣化しているために、それが若年の離職率を押し上げているという議論があります。しかし、玄田=黒澤論文では、そういうものよりも、むしろ労働市場の需給バランスの影響が、「七五三離職」に大きな役割を果たしているのだという議論がなされています。すなわち、卒業したときの就職環境が非常に悪くて、なかなか仕事が見つからないときには、どうしても不本意就業ということが引き起こされる。そのために、そういう人たちが後で離職してしまう、いわゆる「世代効果」の存在を実証的に明らかにしています。さらに、この研究は、学校在学時の就職指導やアドバイスが、どうやら不本意な就業を抑制するのに、ある程度の役割を果たしうるという結論を得ています。さらに、データの調査時点まで経験したフルタイム常用の仕事の数を推計してみたところ、やはり学卒時の失業率が有意な影響をもたらしていたことを確認しています。総じて、この論文は若年離職に関する「世代効果」についての分析のメルクマールと言えるのではないかと感じました。

ただ、「世代効果」の存在を認めたうえで、今後詰めるべきポイントは残されているのではないかと感じています。要するに不本意就業が離職を引き起こすということなのですが、どういう点で不本意なのかをもっと明らかにすべきではないかということです。職種が不満なのか、なかなか自分の能力を発揮できないと思っているのか、就職先の先行きに対する不安はどうなのか、もっと「相性」というような部分で考えるべきなのか、そのあたりの区別も今後考える必要があるのかなという気がしました。ただ、非常に綿密な研究で、大変おもしろく読みました。

もう一つ、「世代効果」に関して申し上げますと、玄田=黒澤論文は、どちらかというと意識変化というものはあまりないとしています。私もダイレクトな影響は少ないと思います。ただ、ひょっとすると企業の認識として、今の若者は魅力に乏しいと判断していると、それが企業の採用行動そのもの、要するに需要にフィードバックする可能性があるのは否定できない。そこまで考えたうえでの「世代効果」の分析が今後なされていく必要があるという気はいたしました。

それから、再び玄田さんの、今度は「世代効果」ではなくて、「置換効果」を分析している、「結局、若者の仕事がなくなった」という論文です。これは、要するに企業内もしくは事業所内の中高年層の比率が高まると、若年層の採用が抑えられる傾向が強まることを実証的に明らかにしたものです。中高年の雇用維持の代償としての若年の就職難という側面があるのではないかということが玄田さんの指摘で、おそらくその背景の一つとして年功賃金の問題があり、それを維持するためには、若年の採用を抑えざるをえない。だったら、何とか中高年に賃金カットをより受け入れやすくすることによって、若年の採用をもっと促進させることができるのではなかろうかということが指摘されています。

おそらくは玄田論文で述べられているとおり、「置換効果」の存在はかなり頑健だろうと思います。いくつかの研究を総合すれば、次のような感じになるのではないかと思います。一つは、若年労働と中高年労働には代替関係があるということです。これは後で取り上げる三谷論文で明らかにされています。二つ目は、中高年比率の高い企業や事業所では、新規採用の抑制が行われやすい。これは、玄田さんなどの分析によります。三つ目は、労働組合のある企業では、「置換効果」がより強く働きやすい。私の知る限りでは、まだ2点ぐらいですが、そういう研究があります注2。四つ目は、定年年齢の効果です。これは玄田さんが『仕事のなかの曖昧な不安』の中に書かれている点ですけれども、61歳までの定年年齢の延長を実施したり、検討している企業では若年採用が抑制されやすい。結局、中高年の雇用維持が若年の採用を抑え込むという形の世代間の対立図式が見えるわけですが、これにどう対処するかは非常に難しい問題です。ただ、「置換効果」に関しては、年功的な賃金の影響について、直接検証する作業が必要となると思います。

3本目は岡村論文です。岡村論文は、コーホート・サイズ効果についての非常に丁寧な実証分析で、大変興味深く読みました。『賃金センサス』にはl歳刻みで標準労働者の賃金が掲載されていますが、それを使って、うまくコーホート効果注3を抽出していると思いました。どういう話をしているかというと、ある世代で、その世代に属する人たちの数が多くなれば、それがその世代の賃金の下落圧力をもたらす。ただし、一つの仮説として、就業経験年数が長くなるに従って、そういう賃金の下落圧力は薄まっていくということが考えられます。というのも、その世代が技能を蓄積していくプロセスで、熟練労働者に変わっていって、他の世代の熟練労働者との代替性が高まる可能性があるからです。そこで、その仮説を日本について実証しようということです。分析結果としては、コーホート・サイズ効果は男性で顕著に観察されています。ただし、大卒男性に関しては、コーホート・サイズ効果が職場経験を積み重ねても解消されないという、アメリカの実証研究とは異なった結論を出しています。女性については、コーホート・サイズ効果はあるが、職場経験を通じて解消されていくということで、男性とは異なります。それを岡村論文は、企業内の訓練の程度が、男性と女性でかなり違うことがここに反映されていて、男性、特に大卒の男性の場合には、継続的に訓練が行われていくことで、ほかの世代との代替性が低いままになる。そのためにコーホート・サイズ効果は消えない。他方、女性ではあまり継続的な訓練が行われないので効果が消えるのだという議論を展開しています。非常に興味深い結論だなと思いました。ただ、コーホート・サイズ効果が大卒男性で恒久的な影響を持つという点を、持続的な訓練にどこまで求められるのかという点は、今後、きっちりと検証すべき仮説かなと思いました。というのは、大卒男性の場合、急傾斜で、ときには生産性と乖離するような賃金プロファイルが成立しています。そうした場合、その効果がピックアップされる可能性はないか。要するに大卒男性で、比較的規模の大きい企業に入る場合には、給与は初任給から徐々に積み上げていくわけですね。もしもそうであれば、より内部化している大卒男性でコーホート・サイズ効果が出やすいというのは、訓練よりも賃金制度みたいな話が介在しているのかもしれないという気もします。もちろん、そのような賃金制度が企業内訓練の必要性によって規定されているという話も可能ですが、賃金傾斜にはインセンティブの側面もありますので……。いずれにせよ、興味深く読ませていただきました。

討論

川口

玄田=黒澤論文を読んで、注意深い論文だと思いました。特によく考えていると思ったのが、卒業時の就職状況が内生になる可能性の指摘です。大学院に行くことなどによって、自分が卒業するタイミングを変えることができる。それも考慮して推定している。追加的な発見として、やはり女性の正社員就業確率に就職状況が与える影響がとても大きいことがあります。結局、これは女性がマージナルな労働者として市場で扱われているという部分が出ているのではないかということで、これもおもしろい発見だと思いました。そして、一度就職してしまうと、その後は、労働市場の状況によって、いいところに移っていくという効果もあまりない。卒業したときの就職状況がずっと尾を引く。男女の違いということに関しても、玄田=黒澤論文は発見が多い論文だなという感想を持ちました。

置換効果と企業の衰退

川口

もう1本の論文の、置換効果に関してですが、やはり45歳以上比率の内生性という問題注4がどうしてもあると思います。ある企業が衰退していっているという第3の要因があって、それが高齢者を増やし、若い人をとらないということにもつながるという内生性です。その部分を何とか解消して、推定するような方法はないだろうかということを思いました。一つ考えられるかなと思ったのは、例えば45歳以上と30~45歳の人の比率が、その企業の成長トレンドを代理できるのではないかということです。企業の趨勢をあらわすような説明変数を作り、推定に加えることによって、置換効果をもう少し詳しく見ることができないかなと。

太田

その点に関しては、玄田さん自身も考えていて、最近、内閣府のプロジェクトで一緒に仕事をしたのですが、そこで、まさにおっしゃった点に関して、検討を行っています。そこでは、45歳以上の比率だけを見るのではなくて、30歳以上の常用労働者の中で45歳以上の人の占める比率などを説明変数に用いて、若年などの採用が抑制されることが高齢化をもたらすという同時性バイアスを修正した推計を行っています。それでも結論は変わらなかった。ただ、おっしゃるような問題点は、この論文では、まだ残されているということだろうと思います。

安部

太田さんがフリーターの数を言われましたが、あれは注意して見る必要があると私は思っています。『労働経済白書』が151万人、リクルートの『フロム・エー』は344万人と2倍の差があります。『フロム・エー』は無業者を多数含めた計算のようです。厚生労働省の数字は、私が確認したところによると、大学生で1年以上勤めアルバイトをした男性は常用労働者に入る。

太田

そうですか。

安部

そこで、厚生労働省の数字の学生アルバイトの部分を修正したのが、最近日本労働研究機構で出した報告書(注:調査研究報告書No.146『大都市の若者の就業行動と意識』)の冒顕に、『労調特調』から推計した190万人という数字です。

太田

趨勢的な動きも載っているのですか。

安部

いや、それは載ってないです。151万人よりは、そちらを使ったほうが多少は「フリーター」の実態と近いかと思います。

コーホート効果

安部

それと、玄田=黒澤論文や、その他のこのタイプの論文で、ちょっと私が疑問に思っているのは、学卒時に、労働市場の状況がいいとマッチングがよくなるというけれども、逆に企業の側は、あの世代は生産性が低いというふうに見ていることはないのでしょうか。

また、川口さんは、女性に関して玄田=黒澤論文を非常に評価しておられますが、私はちょっと疑問です。例えば『就調』で大卒者の有業率を見ると、少なくとも最近のデータを見る限りは、20代くらいの大卒女性は短大卒よりずっと働いているようです。そういう意味で、教育の効果はあるというのが、私の印象です。これは有配偶についてですけれども、無配偶ではほとんど変わらないという感じです。『学校基本調査』では、学校を卒業した時点で就職率を見ると、大卒のほうが短大卒よりも低いという時期が長くありました。しかし、20代までを97年の『就調』で見ると、顕著に有配偶の短大卒の人は仕事をやめています。

さらに、この論文と後の樋口論文は似ており、学卒時の失業率とその後の失業率推移というのは、基本的にコーホート効果を分析しているのだと思います。しかしコーホート効果を分析する場合に、アイデンティフィケーションをしようと思えば、それなりにコーホートが離れてないと意味がないのではないかと思います。1年、2年違ったぐらいで実質的な識別はできるのでしょうか。もちろん、その期を境にバブルが崩壊したとか、男女雇用機会均等法の成立などの、特殊要因があれば多少別ですけれども、近いコーホートで大きく違う、というのは通常は考えられないのではないかと思います。そうすると、サンプルがある程度多期間にわたればともかくとして、比較的近い年齢の人のサンプルでコーホート効果と言ってもどのくらい実質的なものか、疑問です。それと、重要な問題としては、コーホート効果を卒業時の失業率とその後の失業率という二つの変数で代表させるのがいいのかなという気がします。

太田

安部さんが指摘された1点目については、バブル時に入社した社員は使いものにならないという人がいるようで、ひょっとするとそれはあるかもしれません。ただ、そのような人たちでも現状では雇用は維持されている。バブル期に入社した人たちの平均生産性が低いということであれば、労働者にとっては希望するところに入れたのだけれども、雇用調整がその世代に加速する可能性はあるでしょう。もしもそのような現象が今後観察されるようになると、「世代効果」と言われるものの別の側面をピックアップできるという気もしますね。それと、アイデンティフィケーションの問題は確かにありますし、失業率だけが世代効果を代表するのではなかろうという点も、まさにおっしゃるとおりだろうと思います。実際、いくつかの要因が影響を与える可能性があるのですが、とりあえず労働市場の需給の一つの構成要素ではないかと思って説明変数に入れてみると、非常に有意な影響があったということでしょう。

ただ、玄田=黒澤論文に関してですが、若年については、学卒時に求人が集中することで、その時点での労働市場の需給が仕事とのマッチングのクオリティーを決定する面が強いと思うので、それに注目することは、一つのありうべき考え方ではなかろうかという気はしますね。

安部

学卒時の状況に大きく影響されるというのは、ある種の非効率だというふうにも考えられるわけですね。学卒時に非常にアンラッキーだったけれども、次に景気が好転すれば、ちゃんと転職できているとしたら、生涯賃金で見たら、岡村さんとは考え方が違って、コーホート効果というのはない、それが正常な状態というふうに考えることもできるわけですね。

冨田

世代効果に関するアメリカの実証分析の結果はどうなっていますか。アメリカでは世代効果は消えるのですか。

川口

岡村さんが参照しているウェルチの論文注5では、消えます。

冨田

もし世代効果がアメリカでは消えるが、日本では消えないのであれば、それを考えるのはおもしろいテーマですね。企業内の賃金の決まり方とか、何が違うから日本では世代効果が消えないのでしょうか。

太田

日本の場合には、若いころ、特に学卒時が非常に強い規定力を持つということは、何か悲観的な話になりますね。だからこそ、今、政策的に就業意識を高めましょうとか、とりあえず若い人を早く就職させるためにインターンシップやトライアル雇用に力を注いでいる。そういうことしかやりようがないのか。

中間形態の可能性

安部

逆に言うと、労働市場がもっとフレキシブルであれば、多少の格差は残るにしても、生涯所得で見れば関係ないのだということかもしれないですね。

あともう一つは、長期雇用システムというのは、ある意味硬直的で、非正規と正規で賃金格差が大きい。企業特殊的熟練などを言い出せば、また話は違うかもしれませんが、私は、パートと正社員の賃金格差に興味があります。合理的な差でないとすると、パートと正社員の中間的な形態がないかという話が出てくる。その中間がないものだから、女性労働者にはものすごく頑張って正社員でいつづけるか、あるいは完全に諦めるしか選択肢がない。ある意味同じことが当てはまるかもしれないと思うのは正社員で就業できないからフリーターになってしまうということです。中間的なところがあれば、またちょっと違うかもしれません。

ただ、中間的なところがなぜ出てこないのかという疑問が出ます。つまり経済合理的には、そういうものがあってもおかしくないのですが、市場の自発性に任せていても生まれてこない。制度的要因もあるかもしれません。

川口

これは何の証拠もなくて言うのですけれども、生涯雇用制度の中で、トレーニングの機会が、20代前半あたりに集中するようにデザインされていて、ある程度の年の人がこのパスに入ることはそもそもできないというシステムがあるのではないかなという気がします。

安部

そうかもしれないですね。

川口

経済学的とは言えないかもしれないけれども、例えば年上の人をトレーニングするということの難しさや、そういった社会的な要因も絡まっているのではないかなという気がします。

若年と中高年の競合

安部

若年ということで言うと、若年の採用が減っているということですが、若年が中高年の中途採用などに押されているというところはないのでしょうか。

太田

新規の採用者数に占める若年層の比率は、最近、低下傾向が著しいですね。ただ、規模によって違い、若年採用─要するに年齢計の採用者数に占める若年の割合ですが─が大企業ほど落ち込む傾向が激しい。それがどういうロジックによるのかは理解が難しいのですが、ひょっとすると、大企業ほど訓練コストが高いとするならば、若年を採用して、訓練をして一人前にしていくのは、かなりコストのかかるプロセスなので、コスト削減のためではないか。先ほど川口さんがおっしゃったように、良質な訓練機会が消えていってしまっている。他方、中小企業の中には、これがチャンスだとばかりに採用している企業もある。ただ、それが若い人の満足になかなか結びつかないので、ひょっとすると、それが転職を押し上げている部分があるのかなという気がしますね。

安部

大企業でもリストラがある。それで中高年が労働市場に流入する。昔なら、大企業をその年齢でやめる人はいなかったのに、そういう人たちが職探しをする。そうすると、若年で何の実績もない労働者との競争になる。若年労働者は少なくとも履歴書上何もない。ポテンシャルはあるとしても、リスクがある。しかし中高年であれば、一応これまでの職歴としてこれをやってきましたというのがある。しかもその「質」とでもいうべきものが、以前よりも向上しているかもしれない。そうすると天秤にかけた結果、若年が押されてしまうということはないのでしょうか。

太田

中途採用の壮年層と学校を出て間もない若年層を天秤にかけて、中途採用のほうが得だという判断があるのかもしれません。若い人の学力や能力が低下しており、企業内で一人前にするのに以前よりコストがかかるようになっているかもしれません。そうなってくると、より高い世代のほうがまだ安心できるという側面というのがあるのかもしれないですね。ということになれば、若い人の失業状態を解消していくためには、マッチングの改善も必要でしょうが、若年に上の世代の人と対抗できるぐらいの実力をつけさせる教育の役割が重要になってくるという気がしますね。

川口

中高年の人たちと若い人が競争するというときに、中高年の人たちは大企業がオファーしている良質な訓練機会を得ることができた人たちで、そのオルタナティブがないとするならば、その機会に恵まれなかった若年層にとって競争は厳しいですよね。太田先生のほうから教育の話が出ましたが、学部を卒業してその後さらに磨きをかけるような教育機関、例えばビジネススクールは、日本ではあまりポピュラーではない。若年失業で問題になっている層とビジネススクール卒層の話は、ちょっと別なのかもしれないのですけれども。大企業がオファーする良質な訓練機会以外の機会があれば、もっと流動化する部分が出てくるのかなという気はしますね。

冨田

昔、中小企業は若い人が来てくれさえすれば、あとは自分のところで育てていたはずです。ところが、いまは即戦力を求めて、手間暇のかかる新人の育成をしなくなってきている。すべての企業が即戦力を求めれば、新人が仕事を通じて技能形成できる場がなくなってしまいますね。


5 高齢者

論文紹介(安部)

清家篤「年齢差別禁止の経済分析」

定年を境に、高齢者の就業機会が限られたものになっていること、特に生産性の高い高齢者が定年によって労働市場から退出していること、求人についての年齢制限があることが、高齢者の求人を少なくしていること、等をいくつかの事実をもとに示したうえで、年齢差別禁止の必要性と、そのための条件について議論している。定年が現在、果たしている機能について、(1)年功賃金、(2)年功的昇進制度、(3)解雇権制限のもとでの雇用調整手段などを挙げている。また、アメリカでは、年齢差別禁止法のもとで、主として公的年金や企業年金により、実際にはある年齢に退職が集中する傾向があることを紹介している。高齢化社会においては、高齢者が定年によって能力を発揮できない状況をなくす必要性から、定年が現在果たしている「機能」をなくすような、雇用制度の変更が必要であろうと議論している。

三谷直紀「高齢者雇用政策と労働需要」

定年延長により、50歳代後半の就業機会は増えたが、60歳代前半の就業機会はそれほど増加していない。また、60歳代前半男性の就業率はバブル期にやや上昇したものの、その後は低下しており、これにはバブル崩壊後の労働需要の減退が大きく作用していると説明されている。

高齢労働者の賃金関数(時間当たり仕事収入を被説明変数とする)を推計することにより、在職老齢年金の受給者の時間当たり賃金がそれ以外の場合に比べて低くなっていることを示している。これについては、内生性の問題がある可能性がある。つまり、在職老齢年金を受け取る個人に、観察されない属性において、それ以外の労働者よりも賃金が低くなる要因があれば、在職老齢年金受給者の賃金が低いことは、制度の影響であるといえない可能性もある。また、在職老齢年金の1994年の改正は、高齢者の雇用就業を促進したとされている。しかし、この推計では、在職老齢年金制度の影響を受けるか否かを必ずしも完全に特定していないため、これを制度の影響といえるかどうか、若干疑問である。

大橋勇雄「定年後の賃金と雇用」

在職老齢年金が、高齢者の労働時間や賃金にどのような影響を与えているか、バーゲニングモデルを用いて分析している。在職老齢年金は、労働時間が長くなる(月収が上昇する)にしたがって年金給付が減らされるという構造を持っているため、限界的な労働供給によってもたらされる限界収入が、賃金率よりも低くなることにより、高齢労働者の労働時間は社会的に望ましい水準を下回っていることを示している。そしてこのことが、個別労働者の労働時間を短くし、「ワークシェアリング」を促し、高齢労働者の労働参加率を高めていると議論する。ただし、このバーゲニングモデルでは、労働参加についての分析はほとんどないようである。その点から考えると、在職老齢年金制度が労働参加率を高めているかどうかは、必ずしも明らかでない。

紹介者コメント

安部

次は、高齢者について、論文を3点挙げさせていただきます。

清家論文は、まず定年を境に働かなくなる傾向を、統計的に示しています。定年によって、労働市場を退出する。しかしながら、退出している人たちは、結構生産性が高そうであるが、採用の年齢制限が、高齢者の求人を少なくしていると議論しています。それで、次に年齢差別禁止というような方向に持っていくための条件を示しています。年功賃金である限りは、定年制が雇用調整として働いているので、年功度を何とかしないといけない。これは昇進制度にも言えて、上の人が辞めないと、下の人が昇進できないので、これも改めないと、年齢差別禁止ということにはならない。解雇権の制限も雇用調整を難しくしているが、定年制によって、容易に雇用調整ができる。年齢差別禁止を言うならば、これもなくしていく必要がある。アメリカでは今、建前上年齢差別を禁止していますが、実際問題としては、ある年齢で企業年金を受け取ると非常に有利になる制度設計がしてあり、それで、年齢差別禁止とはいっても、ある年齢で退職するケースが多い。ただ、最近はまた違ってきているのかもしれません。

次が、三谷論文です。これは多様な内容を含んでいます。まず、高齢者に関する施策を時系列で細かくサーベイしています。これは有用だと思います。定年延長があって、50代後半の男性の就業率は、非常に上がっていますが、60歳を超えると、それほどでもない。でも男性の60~64歳層は、変わった動きをしているとされています。それは何かといいますと、バブルのころからバブル後にかけて、就業率が上がっていることです。この時期は、例えばアメリカでは高齢者が働かなくなる傾向にあったのに、日本では、男性が働くようになったということで、これは非常に顕著な状況でした。しかし、バブル崩壊の後、ちょっと時間が経ってくると、やはりこれも下がってきている。ですから、公的年金などが充実してきて、高齢の男性が働かなくなってきていたのですけれども、それが一時期上がって、しかし、その後、景気の後退が主な要因と思われるのですが、下がってきている。それで、ここでは、先ほど太田さんの担当のところで、建設業の影響というお話がありましたが、三谷論文では、60歳代前半の雇用機会の拡大には建設業の寄与が大きいと指摘されています。また、これは大橋論文でも言及されていて、多少議論がある点なのですが、公的年金の在職老齢年金の制度改正が平成6年にありまして、平成7年より施行になったのですが、それを機会に在職老齢年金制度は、一変したような様相があります。例えば、統計を見ますと、平成6年には、受給権者数は46万人程度ですが、平成10年には93万人になっている。制度変更の影響は非常に大きい。

三谷先生の議論は以下のようなものです。一定の収入を確保したい高齢者は、年金がもらえるものですから、仕事からの収入が少なくていい。少なくてもいいから、賃金が下がり、企業が雇用してくれる。しかし考えてみると、年金がもらえる人は低い賃金でも働くということなので、留保賃金が下がるということですが、理論的にはどうでしょう。普通、お金を持っていれば、留保賃金は上がるのではないかという気がします。在職老齢年金が就業促進的か、就業抑制的かは議論のあるところですが、在職老齢年金をもらっていると、賃金が低いということを、回帰分析などで示されています。賃金があまり高くない就業機会なので在職老齢年金を受け取れるという面もあります。あまりに収入が多ければ、そもそも在職老齢年金は受け取れないので、内生性の問題が出てきます。回帰分析の被説明変数が、仕事当たりの仕事収入ですが、在職老齢年金のダミーの係数が負になるので、在職老齢年金をもらっていれば、低賃金で雇え、それで就業促進的であるということですが、これは理論的な解釈としてどうなのかなという疑問を持っています。

大橋論文は、バーゲニングモデル注6を使って、在職老齢年金があるときどういう均衡になるかということを理論的に分析しています。結論から言うと、年金がない場合が、何も規制がないという意味で効率的だとしますと、年金があると、それに比べて労働時間が短くなる。また、短時間で就業する人が増えるので、それによって、ほかで労働需要が生まれるのではないかというようなことを言っておられます。しかし、これもちょっと疑問がないでもありません。たしかに高齢者1人当たりの労働時間は短くなるのですが、在職老齢年金そのものは、ちょっとでも働けば、年金をカットするという仕組みが今埋め込まれているので、本当に就業促進的と言えるのかどうかという意味で、多少、私は疑問を持っています。

全体的には、高齢者の問題は、長期的には、やはり就業促進にならないといけないと思います。まず、労働力が減少するということがあります。ですから、短期的なことはともかくとして、長期的には高齢者も働いてもらわないとならない。また、長寿化がありますので、もうちょっと長く働かないと、生涯の消費を賄えない。さらに、高齢者の健康状態がよくなっているので、効率性の面からも、長く働くことが合理的になる。清家さんのおっしゃる年齢差別禁止は、長期的には正しい方向なのだろうとは思いますが、若年の問題もありますので、長期目標と短期目標は違うかもしれません。

討論

継続雇用制度は不十分か

太田

今、多くの企業が継続雇用制度を持っていますね。今の状況は、高齢者の就業を促進させたいのだけれども、このまま放置していても、促進できそうにないので、無理やり促進させようとしているような印象を受けるのですが、促進させたい理由というのは、長期的には労働力が不足するので何とか働いてもらいたいということと、長寿化を、自分でファイナンスすべき、ということですね。

安部

あともう一つ、これはもう少しリアルな問題として、公的年金の受給年齢の上昇があります。

太田

そうですね。公的年金の問題もありますね。いずれにせよ、今の状況を放置しておいたのではだめだということですよね。私の疑問は、それほど政策的に介入しなければならないのかということです。企業はすでに定年後の継続雇用をやっています。ということは、おそらく残ってほしい人には残ってもらえる制度を事実上備えているわけです。備えているにもかかわらず、うまくいってない理由の一つは、やはり不況だとしか言いようがないのではないか。その状況の中で、制度的に延ばそうとしても無理がある。

それから、先ほど労働力不足が来るという話がありましたが、本当に来るのでしょうか。たしかに労働力は減少するでしょうが、生産性の上昇でカバーできるかもしれないし、そのころには、もっと需要が減退して、結局は失業率も大して変わらないということもありうるわけです。そういうような中で無理に推し進めていったらいいのかどうかは、私自身、なかなか見極めがつかないというのが正直なところです。

冨田

そうですね。60歳定年で、企業が必要とする人だけに60歳以降の継続雇用の機会を与えるというしくみであれば、うまくいっていると思います。企業が必要としない人にまで継統雇用しなければならないかどうかが、太田さんが疑問に思っているところでしょう。この大橋さんのモデルで、60歳定年を迎えた人たちは、単純労働の人に比べれば生産性が高い。それで、企業と個々の労働者が交渉して雇用条件が決まるというケースですね。継続雇用制度でいえば、希望者は全員雇用を継続できるけれども、労働条件に関しては個々に決まるということですね。

安部

そうです。だから、賃金が低いこともありうる。

冨田

そうすると、企業が必要とする人だけではなくて、希望者全員が継続雇用できるような制度がありうるということですか。

安部

希望者全員といっても、モデルでは条件が非常に低い人もいる可能性はあるわけです。だから、希望者というとき、ある程度の賃金でということになりますと、希望者全員ではないことになると思うのです。要するに交換の利益がある範囲においてやりましょうという話です。4分の3の労働時間だと公的年金に入らなくてもよく、かつ年金を全額取れるという制度がありますので、労働供給をゆがめるという話ですね。交換の利益がある範囲において自由にやれば、うまくいきますという話ですから、そういう意味でいけば、太田さんがおっしゃったように解釈していいのだと思います。

太田

交換の利益が生み出されにくいような要因、例えば年功賃金がそれに相当するならば、その点を変えることで効率性が上がるかもしれませんね。賃金プロファイルを急傾斜に設定しすぎて、定年後に急激に賃金が落ちた際に労働意欲が大きく落ち込んだりするような非効率的な部分が制度の中に入っている可能性はあると。

安部

いや、大橋先生は、そうではないと言っています。

太田

大橋先生は違いますね。定年前の段階を切り離して議論しています。ただ、高齢者の継続雇用が進んでいる企業は、あまり年功的ではないところが多いのではないでしょうか。

冨田

人事考課に問題がなく、能力・成果主義が機能している企業ほど60歳代前半の継続雇用制度が実施されているというような実証分析が、いくつかありますね。

政策の全体的効果

太田

例えば、継続雇用の導入状況の分析をした「65歳現役社会推進モデル事業実態調査結果報告書」(高年齢者雇用開発協会)ではそのような結論が得られていますね。そういうことで、何らかの要因で定年後の処遇が一律になってしまうような人事管理制度の未熟さみたいなものがあるのであれば、それは直していくのが効率的でしょう。ただ、これらも企業自身が対処すべきことですから、行政としては、それをバックアップするぐらいのものかなという気がするのです。

それから、先ほど安部先生がおっしゃったように、本来ならば、全体の効果を見る必要がある。要するに高齢者雇用継続給付金であっても、それが高齢者の仕事をどの程度喚起して、その反面、若年者の雇用にどういう影響を与えているかということをトータルで判断するべきなのだけれども、まだ、そのトータルの判断ができてないというのが現状ですね。そのような方向での分析も求められているのかもしれません。

川口

そうですね。ターゲットになっている層と、ターゲットからちょっと外れた層だと、全然、効果の出方が違うという話をしていますが、やはり全体を考えなきゃいけないという話とも関係があると思うのですが、ターゲットより少し上の層は、雇用状態がよくなっていないということをおっしゃっていますよね。

年金制度との関係

太田

清家論文で、人的資本レベルの高い人ほど引退しがちな年金制度設計になっているということがあります。やはり、年金制度の改革も必要になってくるのではないかという気がします。現状のような年金制度を維持して、じわりじわりと給付開始年齢を後ろに持っていって、だから、継続雇用が必要なのだという発想で、本当にこのままやっていけるのかなという気がしますね。

川口

技能が高い人ほどやめるような年金システムになっているのは、やはり在職老齢年金が低賃金の人たちだけが対象になっているという問題も当然あるわけですね。そう考えると、一括で支払われるような年金の額を減らして、賃金補助の性格がある在職老齢年金の部分を増やすというのを、もっと高賃金層にも当てはめていくという改革をすれば、公的年金の方面からの労働者の継続的な就業を促進するようなことにつながっていくのではないですか。

安部

もうちょっと年金を高所得者にも支給したほうがいいという話ですか。

川口

一時金で払う部分は減らして、そのかわり、働いたら支給するという形での、賃金補助のような形で年金をプラスする。結局、在職老齢年金も、一時金でもらえる部分は減るけれども、働けば、その分補填するような形で、年金をもらえると。

安部

まず2割カットです。それからあとは当分そのままです。2割カットの後は、今度はマージナルに所得が1万円増えたら5000円年金カットの段階があって、それでさらに収入が上がると、全額カットになる。

川口

現在は月収34万のところでディストーション(歪み)が起こっている。この部分をなくすような改革をすれば、今のような高技能の人ほど退職することが望ましいというインセンティブはなくなる。

安部

そうですが、年金を支給しなければならないわけです。年金財政の点からは、難しい。

川口

一時金で払ってしまう部分を減らすという調整はできないのですか。

安部

年金は全額払うけれども、税金で取り上げるのが多少現実的です。つまり、賃金が高いと年金がなくなるというので、ディスインセンティブになる。それで、逆に全額払ってしまって税金で取り戻す。要するに年金も高いし、賃金も高い人ですから、課税所得が高いわけで、税金で納めてもらう。そういう主張もあります。アメリカでは年金のEarnings Testは、ある年齢層からはなくなりました。昔は在職老齢年金に近い形で、ある一定のところまでは年金を支給するのですけれども、それ以上はカットしていましたが、それをやめました。ただ財政的な配慮から、全く取らないというわけにはいかない。

川口

税金を取るときにも、ディストーションがあるわけですよね。

安部

もちろんそうなのですが、税金のディストーション対策は包括的にやるということ、つまり公的年金は、今、ほとんど課税されていませんから非課税の縮小です。

冨田

年金の専門家でない労働経済の専門家がしゃべっても、先に進まないね。

安部

年金支給開始年齢との関係から65歳定年実現という強いイニシアティブは、もう何年も前からあります。ただ、太田さんのご議論のようなこともありますので、65歳定年には程遠いかもしれません。

在職老齢年金も、2002年4月から変わり、65~69歳も適用となりました。長寿になるということや、高齢者がより健康になるということで、効率性の面からも、もうちょっと長く働くべきだというのは、長期的にはいいと思うんです。

太田

働くことはいいと思います。ただ、社会と接点を持ちたいとか、健康のために働いている人もかなりいるのではないか。高齢者の失業が大変だとか、生活が大変だといいますが、やはり高齢者の場合には、少しほかの世代とは違った部分もあるので、別の手だてで対応する部分も必要になるのかなという気がしますね。

労働組合の効果

安部

組合は、長期雇用とか、60歳以上の雇用の導入には、効果があるのでしょうか。

太田

組合のほうから要望を出すということはありますよね。

冨田

ありますね。多分、組合がある企業のほうが賃金が高いでしょうから、そこの組合員は年金もたくさんもらえます。だから、組合が頑張っているわりには、組合員が継続雇用を希望しないところが多いかなという気がしますね。

川口

組合が提案するときというのは、その分賃金が落ちてもいいから、という形になるわけですよね。

冨田

組合が「希望者全員を認めてください」という形で要望する場合だったら、賃金はダウンしてもということになるでしょうね。

太田

そうでしょうね。

冨田

しかし、組合員は60歳以降の継続雇用にそれほど強い意欲を持っていなかったんじゃないかな。年金の支給開始年齢が1,2歳上がるくらいでは、組合員の意識も変わらない。ただ、支給開始年齢が63,64歳と上がっていくと、組合員の意識がかなり違ってくるのではないでしょうかね。

安部

数年前ですと、春闘で、賃金上昇が全然見込めなかったわけですから、賃金以外の目標として企業年金とか、継続雇用とかと言われた時代もありましたが、それももう最近では言わなくなったような気もしますね。

冨田

以前、55歳役職定年で、60歳定年後は会社で必要とした人だけが残れる制度の会社で働いている人と話したことがあります。55歳で役職を離れて一営業マンに戻ったとき、この5年間の働きぶりが大切だということで仕事に身が入ると言っていました。また、60歳定年後、継続雇用を認められる人は半分くらいだという会社では、定年が近づくと従業員は健康にも留意して元気で働けることをアピールするそうです。希望者全員でないほうが、モラールは高いようですよ。現在の企業の継続雇用制度も、それほど悪くないのではないかなという気がします。


6 女性の就業選択

論文紹介(安部)

Masaru Sasaki, "The Casual Effect of Family Structure on Labor Force Participation among Japanese Married Women"

消費生活に関するパネル調査の1993年のデータを用いて、女性の就業が同居によって促進されているのかどうかを検討している。その際、同居決定が内生変数であることを考慮して、住居形態、長男・長女であるかどうか、兄弟姉妹の数、などを操作変数として用いたロジット推計を行っている。その結果、内生性のコントロールは推計値にはほとんど影響を与えず、同居は女性の労働参加を高めるという結果が示されている。この論文では、被説明変数に既婚女性の労働力参加を用いているが、例えばパート就業とフルタイム就業では、同居が与える影響は違ってくるかもしれない。同居が既婚女性の家庭内生産を代替しているとすると、それはフルタイム就業を促すが、パート就業はむしろ同居していない家計でより促される可能性はないか。また、学歴の影響が夫婦独立に推計に入れられているが、夫婦の学歴分布は一定のパターンを持っていることや、学歴が雇用形態に影響を与えていること、夫の所得の影響は学歴別で異なる可能性があることなどが、どの程度推計値に影響を与えているのか、やや疑問である。

Yoshio Higuchi, "Women's Employment in Japan and the Timing of Marriage and Childbirth"

消費生活に関するパネル調査のデータを用いて、女性の就業・結婚・出産について分析した論文である。失業率が高いときに入職を迎えた女性は、魅力ある仕事が見つからないため、早く結婚する傾向がある一方、入職後の失業率が高いと、結婚を遅らせる傾向が強い、ということが示されている。これらは、どちらもコーホート効果である。一方、論文中に図示されている結婚や出産の年齢別推移のもっとも一般的な傾向は、遅いコーホートの結婚が遅くなっているということのように見受けられる。また、このような隣接したコーホートの場合(この論文で使われているデータでは、生年の差は10歳である)、「入職時失業率」はともかく、「入職後女性失業率」はオーバーラップが多いはずである。そのような場合に、論文中でなされているシミュレーションがどのような意味を持つのか、やや疑問である。育児休業制度の影響についても分析されており、同制度が継続就業に有意な影響を持つことが示されている。これについて、女性労働者の定着を促したい企業は育児休業を導入する可能性が高いことが指摘されているが、長期就業を志向する女性がそういう制度のある企業を選択する可能性も大きいのではないかと思われる。

阿部正浩「女性の労働供給と世代効果」

44歳以下のサンプルで、女性の労働供給の実情を分析している。世代別の既婚率・雇用就業率等の集計をしている。大卒では若い世代ほど、ダグラス=有沢法則が弱くなっていること、結婚・出産・育児による中断が若い世代ほど多くなっていることが示されている。若い年齢層での女性の就業行動について、世代を明示的に議論したことは、意義深い。一つの問題点は、雇用者を一つとして扱っており、正社員・パートの区別をしていない点である。若い世代でも学校卒業後に非正規就業をするケースも増えているとされており、この点はもう少し詳細な分析が有用と思われる。また、細かい点として、回帰分析についても、いくつかの部分については、隣接したコーホート間の比較が行われている。たしかに、法律の施行等の影響の検証には、隣接したコーホートの分析も意義があるであろうが、そのー方で、隣接したコーホートの経験は類似しており、したがって必ずしも大きな世代効果にはならない可能性があることにも注意が必要と思われる。

紹介者コメント

安部

女性労働に移ります。女性の労働供給に関する三つの論文を取り上げました。

佐々木論文ですが、これは自分の親ないし夫の親との同居が、女性の労働参加にどういう影響があるかを分析したものです。同居すると家事労働を親がやってくれるので、妻のほうが就業できるのか。あるいは逆の可能性として、親と同居するような人たちであれば、女性は働かないという考え方が強いので、同居すると、かえって働かないのか。分析にあたっては同居と就業とが一緒に決定される内生性のコントロールが課題になります。要するに、同居しているから、ある日突然、やはりこれなら働こうと思い始めるよりは、むしろ働こうか、働くまいか、同居しようかしまいか、そんなことをいろいろ考えたあげくに、では、同居しながら働くことにしましょうとなっていきますと、同居していることが就業率を上げているのではなくて、結局、同居も就業も一緒に決まっているのではないか。その操作変数として使われたのが、兄弟の数や住居形態などです。多分、これは長女、あるいは長男だと同居しやすいとか、一人っ子だと同居しやすいとか、あるいは持ち家かどうか、一戸建てかマンションか、あるいは家の広さが同居には影響を与えるけれども、女性の就業には影響を与えないのだという前提で、この推計を行っています。得られた結論としては、同居の内生性というのが、ポテンシャルには重要なわけなのですけれども、このようなやり方でコントロールしたとしても、あまり影響はなかったという結論になっています。

次が樋口論文です。消費生活に関するパネル調査を使って、結婚するかどうか、子供を生むかどうかというようなことが、コーホート別にどういう状況になっているかを、まず単純集計しています。年齢を固定して、違うコーホートの動きを見ると、後に生まれた世代のほうが、未婚でいる割合が高く、子供がいない割合が高い。そういうことが母親に当たる世代の人たちのコーホート別に確認できる。その後いつ結婚するかとか、あるいは子供を生むかとか、あるいは仕事を続けるかどうかを、サバイバル・アナリシスで分析しています。その中で、樋口先生が何度も言及されているのが失業率に関してです。失業率が高いときに入職した女性が、早く結婚する傾向があるかどうか。これは何かといいますと失業率が高いときに入職すると雇用機会がよくないので、早く結婚する。入職後に失業率が高くなると、将来に対する不安や、ここで仕事をやめたら、なかなかいい職につけないと予想する。入職時は失業率が高いと結婚したり、仕事をやめたりするが、入職後に労働市場の状況が悪くなるということは、むしろ仕事のほうに向かせることが示されています。ただ、ちょっと疑問に思うのは、コーホート別に見てせいぜい大体10年ぐらいしか違わないなかで失業率の推移だとかを見ているわけで、かなりオーバーラップがあるだろうと考えられます。

また、コーホート効果がかなり出るけれども、これを入職時失業率とその後の失業率というようなことで代表させているが、本当にそれだけなのか疑問です。多分、この半分あたりのところが均等法世代、つまり学卒時にちょうど均等法施行になったような世代だと思いますので、それはどういう影響を与えているのでしょうか。

さらに、継続就業に関してですが、育児休業制度があると長期勤続になると述べられていますが、長く働こうと思っている人は、そういう企業や職業に就職する。例えば公務員とかですね。女子学生に「何で公務員になりたいの?」と聞くと、大体「続けられるから」という答えが返ってくる、育児休業制度を外生的に入れて、それがどういう効果を持っているかというのは、ちょっと難しいのではないかなと思いました。

ただし、樋口先生ご自身も女性の定着を促したい企業は育休を入れるのではないかということは、論文中に言及されています。

次に阿部論文ですが、これは44歳以下の女性について、就業状況を分析しております。世代効果を正面に出したということで、非常に価値があると思います。一つ問題に感じたのは、正社員とパートを分けていないことです。この論文が収められている本自体は、大卒を中心に考えているので、学歴に関してはちゃんと区別しているのですが、私は女性の就業ということでは、正社員かパートかの区別が非常に重要ではないかと思っています。

大卒のパートは非常に少ないが、高卒だと多い。高卒は正社員もいるが、パートも多い。正社員として働くということで考えますと、大卒であることの効果は、そう小さくないのではないかと思います。そういう意味で、パートも、正社員も、その他の雇用就業形態の者も足してしまっており、実態がつかめていないかもしれないという印象を持ちました。

討論

同居の就業に及ぼす効果

川口

佐々木さんの論文ですが、同居が労働力参加に及ぼす影響というのは今までよく行われてきた研究ですが、常に同居の内生性の問題が指摘されてきたわけで、そういう問題に一つの回答を与える、いい論文だと思いました。

それで、インストルメント注7に使われている家が持ち家かどうかというのは、これまた内生なのではないかと最初は思ったのですが、佐々木さんは注意深く分析して、家族構成を同居のインストルメントにしたうえでは、就業の式の説明変数として、家を持っているかどうかは有意には労働力参加を説明しないとして、持ち家か否かはやはり外生なのだという話をしています。完成度が高い論文だなと思いました。

冨田

僕は、親と同居するかどうかが、女性が働き続けるかどうかの重要な戦略として決まっているのかなとずっと思っていたのですが、伝統的な日本の家族構成をよしとするかどうかで、同居するかどうかが決まってくるというところが、とてもおもしろかったですね。しかし、伝統的な家族構成をよしとする人は、夫の両親と住むけれども、働くことをサポートしてほしいときには、自分の両親と住むかなという気がするのですがね。

安部

ただ、同居の場合に、違う方向に働く可能性があります。もちろん家事をやってもらえるというのはあるのですが、介護という問題のときは、就業にはおそらくマイナスです。しかし、ある程度若いサンプルだということで、家事を手伝ってもらうというほうで大体解釈できるのでしょう。

太田

同居で就業が促進されるということを考えると、要するに子供の面倒を見てもらうことによるのかな。まあ、普通の家事かもしれませんが、結局、そういうサービスが十分に市場で賄えないという含みを持つのかなと。アメリカでは、こういう研究はかなりあるのでしょう?

川口

この前学会に行ったらアメリカ人が、この論文を見て、アメリカのデータでも注8、やはり親と同居していると働くようになるのだという話はしていましたね。

太田

そうですか。やはり、市場で調達できないサービス部分というのは、アメリカでもやはりあるのですね。

川口

程度がどうだったかというのは、よく覚えていないのですけれどもあるのではないかと思います。

太田

イメージでは、アメリカでは、お手伝いさんやベビーシッターがいて、親と同居しなくても大丈夫のような仕組みがわりとできているのかなと思ったけれども、必ずしもそうではないということですね。

安部

ベビーシッターに家に来てもらって、非常にインフォーマルな雇い方をする場合があると思うんですよね。

冨田

昔、イギリスのデータを分析したとき、病気になったときに親に助けてもらえると答えた女性ほど、出産後も働き続けているという結果が出たと思うのですが。同居していなくても、近くに住んでいる親のサポートが必要だというのは、日本にかぎらないような気かします。

太田

近くにいるということもありますよね。

冨田

一緒に住んでなくて、家事育児を手伝ってもらえるのがベストかもしれないし。

太田

そうですね。「近くにいる」という変数があれば、よりおもしろいかもしれないですね。子供の数、特に小さい子がいると、親に預けたほうが、就業がより促進されるかもしれないですね。例えば食器を洗ったりとかだと、夫婦分業でかなり対応できる。おそらく子供を預けられるということがキーになるのではないかなと思うのですけれども。クロス集計してもおもしろかったかもしれない。

景気と進学率

太田

樋口先生の論文も非常におもしろい。安部さんは、ちょっと留保すべき部分があるのではないかというご指摘でしたけれども、興味深い結論が得られていると感じました。それで、思ったのですが、樋口論文のロジックでは、失業率が悪化すると、いい就業機会が見つからないから、早めに会社をやめて結婚しましょうとなりますが、例えば高卒の女性の場合に、失業率が悪化したときは、オプションとして学校に逃げ込むということがありそうですね。学校に逃げ込むと、企業の評価がよくなるのか知りませんけれども、それによって結婚年齢が後ろに下がっていく。学校が介在したような効果もあるのではないでしょうかなという気がするのですね。

安部

そうですね。

太田

だから、もしも簡単であれば、進学選択に関しても、景気の影響という部分も含めたうえでの結婚時期に対する効果の測定をやってもおもしろいのかなという気がしますね。

安部

女性の四年制大学への進学率は、1990年代の中ごろから、非常に上がっています。短大は減ってきてます。

太田

四大が上がってますでしょう。だから、多分、高卒で出ても、あまりに仕事がないということで、「やっぱり、大学に行かないとね」ということがかなり効いてきているのではないか。

安部

そうですね。四年制大学への進学率が上がっているのは、大分若い人たちですが。

結婚・出産と就業

川口

育児休業が勤続に与える影響に関しての安部先生のコメントは、おっしゃるとおりで、やはりもともと長いこと働くつもりの人は、そういう制度があるところを選ぶと思います。この家計経済研究所のパネルの質問項目の中に、「そういう制度があるのを知っていて、今の職場を選びましたか」というような質問があるのですが、そういうのを使ったら、内生性の問題は結構回避できるのではないかと思います。育児休業の法制化の外生的なショックで説明することもできるのではないかと思います。

太田

育児休業の効果は、勤続年数で見ているのでしたね。育児休業は子供には効かないのでしょうか。

冨田

例えば働いている人だけを取って、子供が1人か2人かという場合、育児休業が効いてきそうな気がしますね。

太田

そうですね。樋口論文にどうして入ってないのか、ちょっと不思議に思っています。

安部

若い世代は未婚者が増えている。樋口先生も、そういう結論ですが、未婚者が増えており、就業意欲が高まっている。若い世代ほど、結婚しないで働くようになったということですね。均等法が施行になったので、結婚しないで働くようになっているというんですね。

太田

阿部論文の他のメッセージとしては、結婚や出産を選択してしまうと、やめる傾向が強くなっているということですかね。

安部

就業と結婚が二者択一になる傾向があると。ただ、これは多少、議論のあるところかもしれません。結婚して仕事をやめる傾向が若い世代ほど強まっているということを言う人がいますから。でも、本当に強まっているのかどうか。逆に産休を取って働き続けるという人たちも人数としては増えているわけですから、結婚や出産をして仕事をやめるという人が増えているかどうかは、必ずしも、明らかではない。

太田

もしも若い世代ほど、結婚で仕事をやめやすくなっているということであれば、樋口論文とつなげると、その効果は実は失業率の動向で説明できるということになるのでしょうか。阿部論文は、係数が変化しているということを指摘されていて、樋口論文は、その係数の変わり方は、実は労働市場の需給バランスの影響だという関係になるのでしょうか。ただ、継続就業率が学卒時の失業の影響で変わって、それが結婚にも間接的に影響を与えるというふうに読めるかというと、初職の継続就業のサバイバル分析の結果からいえば、学卒時の失業率は有意に出てこない。ここから、不本意就業が結婚を早めるというような議論が導き出されるかという点に関しては、微妙かもしれません。にもかかわらず、出産と結婚に関しては、世代効果も大きいということですから、何かほかの面で影響があるのかもしれない。

冨田

僕は結婚後も働き続ける女性が増えてきているというイメージを捨て切れないので、この数字や結果に違和感があるのです。

以前より、結婚でやめる女性が増えていることを説明できるのは、勤めている会社の労働条件が悪くなってきたことくらいですか。

川口

学卒時の失業率や価値観の変化など、いろいろなことが入ってきますよね。それが何なのかというのは、まだ謎が残るという形になるのですかね。

安部

中身が何であるかは多少議論の余地は当然ありますが、実際問題として、女性の場合、世代効果が非常に強く出ます。これは日本に限らず、アメリカでもやはり非常に強く出ています。歴史的にも女性の就業が増える特徴的な世代があるみたいですね。

川口

たしかに女性の賃金上昇だけでは説明できない部分がとても大きいという話はありますね注9。やはり、日本の景気が悪いから、そのショックが大きすぎるのではないですか。

安部

そうかもしれないですね。1997年の『就調』で見ても、20歳とかそのあたりの非正規就業がかなり多い。

冨田

阿部論文の分析を正社員だけに限ってやってみると、全然違う結果が出る可能性があるということですか。

安部

そういうこともあるかもしれませんし、やはり継続就業というと、パートで継続就業ももちろんあって悪くはないのですけれども正社員のイメージです。若い世代ほど、パート・アルバイトの比率が上がっている。少し前の、バブル期ぐらいに就職していれば、継続就業でいくのだけれども、その後の世代は継続就業しているかもしれないし、いないかもしれない。これも一種の世代効果ではあるのですけれども。


7 賃金

論文紹介(川口)

篠崎武久「1980~90年代の賃金格差の推移とその要因」

この論文では公表データを用いて、1980年代から1990年代にかけての賃金格差の推移を記述し、分散分解のテクニックを用いて賃金格差を年齢階層内の賃金格差要因と年齢階層間の賃金格差要因に分解している。正規雇用者の全般的な傾向として男性の賃金格差は80年代に拡大したものの90年代はほぼ横ばい、一方、女性の賃金格差は80年代に拡大、90年代初頭に縮小の後、90年代後半に再度拡大している。『賃金構造基本統計調査』の企業規模10人以上を用いた分析によると男女ともに1980年代の賃金格差の拡大は人口構造の高齢化が主因であるが、90年代には同一年齢階層内の賃金格差の縮小が主因となり賃金格差は減少あるいは横ばいである。ことに45歳から59歳の男性中高年グループでの格差縮小は大きい。賃金の指標としてボーナスなどを含む年間給与総額に変更したところ、男性の間の賃金格差は90年代に入り減少したことが明らかとなった。また、90年代に入り増加した非正規雇用者をサンプルに含めると男性の賃金格差は80年代に拡大の後90年代に横ばい、一方、女性の賃金格差は一貫して拡大していることが明らかになった。

Takeshi Kimura and Kazuo Ueda, "Downward Nominal Wage Rigidity in Japan"

この論文では『賃金センサス』と『毎月勤労統計』より得られるデータを用いて、賃金の下方硬直性があるかを検証している。具体的には産出量の変化率、有効求人倍率、GDPデフレーター、所定内労働時間の変化率といった経済変数から予想される賃金変化率と実際の賃金変化率の乖離が実際の賃金変化率ゼロ付近で大きくなっているかを検証している。『賃金センサス』より得られる1976年から98年までをサンプル期間としたパートタイマーを除く産業別時系列データを用いたパネル分析の結果は賃金の下方硬直性を認めている。一方で『毎月勤労統計』より得られたパートタイマーを含む1976年から2000年までをサンプル期間とした時系列分析では下方硬直性の存在を認めていない。著者らは1998年第2四半期と99年に観察される大幅な賃金下落がこの結果の違いをもたらしているとしており、同じデータを用いてもこれらの年をサンプルに含めないと下方硬直性の存在がみとめられることを示している。また年齢別のデータを用いて下方硬直性は中高年で認められるとしている。

安部由起子「地域別最低賃金がパート賃金に与える影響」

タイトルの通り、各県別に毎年設定される最低賃金がパート労働者の賃金に与える影響を分析している。日本の最低賃金は平均的な賃金に比べて低いことが知られており、著者は主に最低賃金が賃金の下限の有効な制約になっしているかを調べている。より具体的には『パートタイム労働者総合実態調査』の1990年、95年の個票を用いてパート労働者の賃金分布を調べ、その分布の下位部分に最低賃金がどれだけ「食い込んでいるか」を調べている。本論文で、的確かつ簡潔にサーベイされているように、最低賃金制が雇用をどれだけ奪っているかという研究はアメリカで非常に盛んで、実際に政策決定にそれらの研究が大きな影響を与えている。それらの研究で識別情報として用いられるのは州別の最低賃金であり、それらは州議会で地方分権的に決定されている。一方、興味深いのは「目安制度」と呼ばれる日本の最低賃金決定の中央集権的構造であり、最低賃金をそろえることにより日本の賃金を平準化しようという政策目標である。結果として、県別最低賃金+5%までに分布する女性パート労働者の割合は地方で高く、都市部で低い。全般でみて、その比率が低いことなどから著者は日本の最低賃金制度は実勢にあまり影響を与えていないと結論している。

紹介者コメント

川口

最初には、篠崎論文です。公表データを使った論文で、非常に注意深くデータを使って1980~90年代にかけての賃金格差、年齢階層内の格差と年齢階層間の格差に分解するというテクニックを用いて分析しています。まず最初に、その分析の対象となる賃金格差の全般的な傾向ですが、男性の賃金格差は、80年代に拡大していたものが90年代に入ってほぼ横ばいになっている。一方で女性の賃金格差は、80年代に拡大、90年代初頭に縮小して、90年代の後半に、また拡大していて、おもしろい動きをしています。『賃金構造基本統計調査』の企業規模10人以上を用いた分析によると、80年代の賃金格差の拡大は、人口構造の高齢化による。高齢者の間での賃金格差は高いので、人口構造が高齢化すると賃金格差が拡大するという理屈で説明できます。90年代には、同一年齢階層内の賃金格差の縮小が起こっていて、その結果として、賃金格差は減少あるいは横ばいという状態を示しているといいます。45~50歳のグループでは、賃金の指標として、ボーナスなどを含んだ年間給与総額を使ったところ、男性の間の賃金格差は90年代に入って減少しており、要するに中高年の賃金格差が減少しているという発見をしています。ただ、非正規雇用者をサンプルに含めると、80年代には男性で拡大、90年代には横ばい。おもしろいのは、女性のほうの賃金格差で、非正規雇用者を入れると、さらに大きく拡大しているということが明らかになっていることです。年齢階層間、あるいは階層の中の賃金の動きがどういうふうになっているのかが、非常に包括的に描かれている興味深い論文でした。

感想なのですけれども、教育水準別のグループをつくることが可能だったら、教育水準別の分析も見てみたかったなと思いました。また最近のアメリカの研究成果でも、80年代には賃金格差が拡大し、90年代に入って、ほぼ横ばいになっていることが報告されています。アメリカでは連邦最低賃金が80年代に実質で一貫して下落したのがその原因という分析がなされているのですが、日米の制度が違うことを考えると、日本とアメリカの賃金格差の傾向が同じだったことは、共通する何か根本的な変化というのがあったのかということを思わせて、興味深かったです。

この篠崎論文の分析対象から外れるのですが、カードとディナルドが90年代に入ってコンピュータ化はいっそう進んだにもかかわらず、賃金格差が拡大していないことを指摘して、スキル・バイアスド・テクノロジカル・プログレス仮説注10が当てはまらないのではないかという話をしています。そういうことも考慮に入れて、日本の1980年代、90年代の賃金格差の動きといったものを考えると結構おもしろいのではないかなと思います。

次の論文は、失業とも密接なかかわりがある賃金の下方硬直性の話です。これは金融政策とも深くかかわっている非常に重要なトピックだと思います。インフレターゲットの話が巷ではよくされていますけれども、その一つの理由は物の値段は下がっているけれども、賃金は下がらないから、雇用が奪われるというものです。しかし、賃金がどれだけ下方に硬直的かという研究は意外となかった。この木村=植田論文では、下方硬直性についてマクロデータあるいは産業別のデータを使って調べています。その方法ですが、GNPなどのマクロの変数から予想される下方硬直性がもしもなかったとしたら、その均衡する賃金がゼロを下回ったときに、均衡賃金と現行賃金の間の差が広まる形で出てくるかどうかを使って、賃金が下方硬直的かどうかを識別するというものです。

この時点では、『賃金センサス』が98年までしか手に入らなかったのですが、98年、99年には大幅な賃金下落が起こっていると彼らは主張して、それで『毎月勤労統計』を用いてパートタイマーも含めた1976年から2000年をサンプルの期間として分析を行っています。この分析では、賃金の下方硬直性はなくなっているといいます。それで、年齢別のデータも用いて分析していますが、下方硬直性は、中高年の間では認められるという結論を導いています。

結果が違う理由は、サンプル期間が変わっているから結果が違うのか、これは同僚の大竹先生のご指摘なのですけれども、パートタイマーがサンプルに入っていることが結果を変えているのか。『毎月勤労統計』を使った実証結果で、賃金が下方に伸縮的であるという結論を導いていますが、パートタイマーの賃金が落ちることによっている可能性があると思います。それを考えますと、正規従業員の賃金が下方硬直的なのかどうか、パートタイマーの賃金が硬直的なのかどうか、二つを分けた分析がされると、よりいっそうおもしろいという感想を持ちました。政策的なインプリケーションまで踏み込んで考えてみますと、賃金が下方に伸縮的であるということは、必ずしも労働市場を均衡させるに十分なほど伸縮的であることを意味しないと思うのです。下方に伸縮的だから、労働市場は大丈夫という結論にはいかないのではないかという印象を持ちました。

3番目は安部論文です。タイトルのとおり、各県別に毎年設定されている最低賃金が、パート労働者の賃金に与える影響を分析しています。国際比較で見てみますと、日本の最低賃金は、平均賃金に比べて低いことが知られていて最低賃金が賃金の下限として制約になっていないということになっていますが、では、実際に最低賃金が、パート労働者の賃金に影響を与えるぐらいに制約になっているかを、この論文は主に見ています。結局、ポイントになるのは、賃金分布の下位部分に、最低賃金が実際にどれだけ食い込んでいるかという部分です。結論として得られているのは、かなり地域差が大きいということと思います。できるだけ全国で最低賃金の水準を同じにしようという目安制度で最低賃金が決まっているため、均衡賃金が低いような北海道や九州といった地域では、最低賃金近辺、具体的には最低賃金+5%といった範囲の時給で働いている人が非常に多いといったように、地域別にかなり異なった結論を導いています。全般的に見てみると、やはり今まで国際比較で述べられてきたように、日本の最低賃金は、平均的な賃金から比べると低いという話で、あまり制約となっていないという結論になっています。

これは非常に重要な論文だなと思います。アメリカの最低賃金は、80年代にインフレが進んだから、実質的に下落したという話があるのですが、木村=植田論文の中でも示唆されていたように、パート労働者の賃金が下方伸縮的である可能性があるとすると、デフレーションが進むと、名目で提示されている最低賃金が一気に制約になってくる可能性があると思います。

安部先生もサーベイの中でご指摘になっているように、最低賃金が制約になるかどうかというところも非常に大事ですが、アメリカの研究を見てみると、最低賃金が上がったときに、最低賃金に引っかからないような労働者の賃金まで上がるという波及効果が発見されていて、そういったことも考えてみると、意外と最低賃金の影響を受けている層は多いのではないかとの感想を持ちます。それで、これは安部論文の中では踏み込まれていない部分ですが、最低賃金があることによって、どれだけ雇用が奪われているのかは非常に重要なトピックだと思います。これも安部さんが指摘されていることですが、日本の最低賃金は、全国大体同じパーセンテージで変わるため、アメリカの研究で用いられているように、州ごとに最低賃金の変化の幅が違うことを用いて、雇用がどれだけ喪失されたかを調べる方法が使えないという難しさがあるわけです。

たしかにそれはそうなのですが、では、雇用がどれだけ奪われているかを調べることは不可能なのか。論文をいろいろ見てみたのですが、イギリスでも、やはり最低賃金がどれだけ雇用を奪っているかという研究はあって、イギリスも基本的に全国統一で、同時に最低賃金が上がる制度をとっている。それでも彼らは最低賃金が制約にならないときの賃金の分布と、最低賃金が制約になっているときの分布とを計算して、その、二つを比較することによって、どれだけの雇用が奪われてしまったのかを計算しています。たしかにイギリスの研究を見てみると、どういう分布の仮定を置くかによって、非常に結果が変わるということは指摘されていて、問題がないわけではないのですけれども、ことの重要性にかんがみるに、どれだけ雇用が奪われているかという研究は、やはりなるべく早い時期にされるべきなのではないかと思います。

例えば宮崎を見てみると、95年時点で、最低賃金から5%の範囲で働いているパート労働者の比率が43%に上っているわけで、それを考えると、結構雇用が喪失されてしまう可能性が大きいのではないかと思います。実質的な最低賃金は、先ほど申しましたとおり、デフレーションで上がっていますから、それを考えると、雇用が奪われている可能性、ことに地方で奪われている可能性が非常に高いとの印象を持っています。

討論

パート賃金の下方伸縮性

安部

木村=植田論文とも関係するのですが、パート賃金が本当に下方伸縮的かという点について、何か根拠があるのですか。

川口

それは木村=植田論文以外、特にないのですけれども。

安部

私は、むしろ違う印象を持っています。例えば今の時点で考えると、男性の正社員、女性の正社員、女性のパート、この三つのグループで賃金を比べると、多分、男性の正社員が一番伸びが低いと思います。一番伸びているのが、女性のフルタイム。最近のデータでは、男性の正社員は平均的には名目でも落ちているくらいだと思います。

では、パートの時給が本当に落ちているかというと、平均で見たら、多分、一定くらいなのではという印象です。この三つのグループで比べると、パートは、平均をとれば、時給は伸びている。少なくとも男性の正社員のほうが落ちているという印象ですね。東京などでは、パート賃金は最低賃金が有効な制約ではないところまで上がっています。だから、パートだから下方伸縮的かと言うと、そうなのかなと。

川口

中高年の正社員の賃金が一番落ちているのは確かだと思います。今まで、マーケットでついている賃金よりも高い賃金をもらっていた層から落ちているというのはあると思います。ただ、パートの賃金決定を考えたときに、長期契約的な側面はないですよね。毎回毎回、市場が均衡するように賃金が決まっているというふうに考えると、北海道や九州が不景気の打撃を強く受けているとすると、均衡の賃金が落ちている可能性がある。データ的なサポートがないのですが、落ちている可能性はあるのではないか。仮にそれが平均で落ちてなくても、雇用が奪われて、下の部分が切られている可能性もあるのではないか。

安部

最低賃金に最も影響を受けるのは沖縄だと思います。ですから、雇用喪失ということでいいますと、やはりどこよりも沖縄ではないかという印象ですね。

また政策も、県ごとで変わらなかったと言うんですが、80年代ごろは変わった時期もあったのです。というのは最低賃金を全国一律に近くしようというふうに誘導していた時期があったわけです。東京を基準として、例えば北海道の最低賃金は83%だったのが、90%まで上がったのですね。その後は、その水準でとまっていた。ですから、上がり方が違っていた時期はあったわけです。ただ、昔のことを分析する価値がどれほどあるのかと思ったのと、昔はパート労働がそれほど一般的でなかったということもあって、分析しませんでした。

たしかに、雇用喪失の分析は、やるといいとは思うのですが、やはり個票データがないとなかなかわからない話でして、個票データにアクセスできる方がやられることは重要だと思います。

パート資金の最低賃金制約性

太田

そもそも最低賃金は、県ごとに委員会があって、ある種の労使のバーゲニングによって決まっているような印象を受けるのですね。その際に、おそらく賃金分布とかの資料を見ながら、あまりに高くすると、どこまで引っかかるかを検討しながら慎重に決めているとすると、そもそも過度に制約にならないように決めているという考え方はできないですか。

安部

県ごとに委員会がありますが、結果だけを見ますと、中央が出してくる目安とほとんど変わらないのです。1円違うかどうかというレベルです。1円をめぐって、一所懸命やるのだと聞いたことがあります。ただ実際問題、目安どおりに動いている。いろいろな資料をもとに議論しているようなのですが、その実態は必ずしもあまり明らかでない。パート労働で見ますと、最低賃金審議会に出てくる資料では、最低賃金付近に多数の労働者がいるという内容のものが、出ることがあるそうです。『パート実態調査』は5人以上のパート事業所が対象ですが、それ以外のありとあらゆる雇われ方で働く人で見ると、有効になっているのかなということはあるのですね。ただ、真相は藪の中というようなところはあります。

最近は、情報公開制度があるので、関連する集計データも見ることができるようになりましたが、集計の方法なども含め、課題が多いという印象を持っています。私が書いていることも、5人以上のパートに関しては有効な制約ではないと言っているだけで、ほかのいろいろなところでは制約になっているかもしれないという可能性は拭い去れない。ただ、パートで有効な制約でないというのは、私の知る限り事実だと思いますので、パートで有効な制約であるというのは、一般的には間違いだということは言えると思うのですが。

太田

先ほどの川口さんの波及効果というのは、どこから出てくるのですか。

安部

現実問題としては、ファストフードレストランでも、勤続に応じて、時給で10円ぐらいの格差はある。だとすると、最低賃金によって下が上がりますから、そのときに、下が上がってきたので10円の格差を保とうとしたら、こっちも上がるという説明もあります。日本では、パートの賃金と最低賃金の上昇率が、大体同じです。最低賃金付近の賃金労働者は必ずしも多くないのですが、最低賃金とパートの平均的賃金の格差は、ほとんど一定です。最低賃金の上昇率と全く同じぐらい、大体、賃金を上げているということかもしれません。

太田

なるほど、何らかの影響はあるかもしれないが、それで底を形成しているとはまだ言えないという感じなのですね。

安部

ええ。底は全然形成していないし、パート労働が多いのは都会です。そういうところのパート労働者の賃金を上げることに、最低賃金は何ら寄与していないと私は思います。つまり東京の最低賃金は今、708円です。典型的なパートの就業機会だと、時給800いくらですから、この人たちの労働条件を上げようというときに、最低賃金では絶対に無理です。もっとも、これはアメリカでも同じことで、最低賃金でまともに賃金を上げられるのは、全体の労働者から見れば数%でしょうか。

冨田

安部さんが使っている企業調査アンケートに、パートの人の時給は何を参考にして決めますかという質問の選択肢に最賃はありますか。

安部

最賃もあります。

冨田

東京など、最賃がパート賃金に与える効果が小さい地域は、パートの有効求人倍率でほとんど説明できることになりますね。最賃が影響しているのか、労働市場の受給が影響しているのかはわかりそうな気がしますが。

安部

パートの有効求人倍率というのは結構値が変わります。パートの賃金がそれに反応しているかどうかはよくわかりませんが、パートはやはりマーケットが賃金を決めている市場だという印象ではあります。

下方硬直性モデルの評価

太田

木村=植田論文について質問させてください。私はまだ、モデルがよく理解できてないのですが、目標にする賃金変化率が、ある賃金変化率Mという水準以下になれば、Mと目標にする賃金変化率の間のある点が実現されるということですよね。そうすると、全体に賃金変化率が低いケースでは、目標とすべき賃金変化率が少し上昇したとしても、実現される賃金上昇率はあまり高まらないのではないか。今、検証したいのが賃金が下がりにくいという仮説であれば、もっと簡単に検証できないかな。

川口

ポイントになってくるかなと思うのは、w*という水準の計算の仕方で、均衡賃金をここで仮想的に計算しているわけです。まともなときに想定されているような市場をクリアする賃金水準を説明する式で、ひどい経済状態のときの均衡賃金というのを計算していいのかなという疑問もある。だから、不況が来て、w*にも影響を及ぼすし、下方硬直性にも影響を及ぼすとすると、かなり識別が難しいかなという印象は持ちました。

太田

そのとおりですね。何か簡単にできないのかなと。要するに景気のよいときと悪いときで、係数が変わってくるとかですね。けれども、得られている結果はイメージに合うように思います。ただ、解釈としては、98年以降が消えたということですが、これはあまりに状況がひどくなったので、消えたということでしょうか。モデル内で説明できるのですか。

川口

モデル内で説明できるかどうかはわからないのですけれども、論文中に、φというのが縦軸についているグラフが掲載されています。これが高ければ高いほど、伸縮的だという話です。同じデータを使っても、98年までのところは低く伸縮性があるけれども、98年以降は高くなっているので伸縮的になったという結論を、この論文では下している。97年の推定でも、パート労働者も入っていますから、同じサンプルでやっても、こういう結果が出ているというふうにも解釈できますね。

太田

けれども、φだけで硬直性の議論ができるのかどうか。

川口

このモデルで説明できないぐらいに仮想均衡賃金が思い切り下がっていると、やはりφが小さいまま出てくると思うんです。

太田

それはありそうですね。

川口

現行の賃金が下がっているのだけれども、仮想均衡賃金が、それ以上の割合でぐっと下がっているとするならば、やはり硬直性はあるという話になるわけです。

太田

なるほど。

川口

やはり今の経済状況で、労働市場を均衡させるような賃金水準がどこかを知るというのは、結構難しいなと思いますね。

ちょっと補足ですが、篠崎さんは、84~89年の変化、89~94年の変化に関して、どの年齢層で変化が起こったのかを分析しています。例えば男性の89~94年の変化を見てみると、45~49歳層は、格差が縮小している。その上の層も縮小している。こういう分解をしている。それで、89~94年に関しては、同じ年齢層の中でも賃金格差が狭まったとしています。94~99年の部分はないかなと思って、篠崎さんにメールを書いたところ、わざわざつくってくださいました。それを見ると、94~99年に関しては、同じ層でまた格差が拡大している。ボーナスが減った人と減らなかった人といった格差が、意外と出ているのかなという気がしたのですね。

冨田

格差縮小、拡大、縮小、拡大と来ている。だから、どの5年をとるかによって、全然イメージが違ってくるのではないかな。94年までのデータを見るイメージと、5年付け加えたのでは全然違う。

川口

そうですね。女性の若年層、20~24歳も、94~99年に関しては、同じ層でまた格差が拡大している。

安部

女性の格差が拡大しているのは不思議ですね。

太田

冨田先生のおっしゃる時点のとり方というお話でいけば、やはり景気ですかね。

通説では、賃金格差は、景気のいいときに縮小して、悪いときに拡大する。

冨田

そういう感じになっていますか。

太田

ただ、ロジックをちゃんと出せと言われると困るのですけれども。

冨田

企業間格差が縮小したり、拡大したりしているのが反映しているのではないか。

安部

それは反映するのではないでしょうか。

冨田

景気がいいときに、中小企業の賃金が相対的に上がって、格差が縮小するということを、今考えているのですか。

太田

イメージ的にはそうですね。それと、需給がかなり逼迫すると、それこそ、あまり目ぼしい人ではなくても奪い合いになって、全体的に格差が縮小すると。規模間もそうだし、学歴間はちょっとわかりませんが、採用基準の動きなどが反映されているのかもしれないですね。

冨田

では、太田さんが言うように、篠崎さんの論文が、景気との関連がわかるような分析になれば、もっとおもしろくなるということでしょうか。

太田

そうだと思います。ただ、実際にできるかどうかは、よくわからないのですが。

安部

今、短大卒や高卒の女性は非常に就職が難しいし、それで賃金が下がっている。それと大卒の女性との格差が広がっているという可能性もある。昔だったら、高卒でこの年齢に達すると、ある程度の賃金になったのが、今はそういう人たちがごっそりと抜けているという可能性もあるかもしれません。


8 その他

冨田

では、最後に、この1本は紹介しておきたいという論文を選んでもらっているので、1人ずつ簡単に紹介してもらいましょう。

太田

神林龍「賃金制度と離職行動:明治後期の諏訪地方の製糸の例」

私が取り上げたのは、神林論文です。この論文は、明治後期の諏訪地方の製糸業を題材にとっています。1880年代以降、そういう製糸業で働く女性の不足が発生して、離職率が高かったのですが、その後、等級賃金制度が普及したことによって、離職率が急速に低下した。このような事実を受けて、一体それはどういうメカニズムによるものであるのかを分析した論文です。

この等級賃金制度は、会社全体の従業員の中でどの程度高いアウトプットを出しているかによって賃金が決まってくる制度です。神林論文は、このような相対評価が組み込まれた制度を導入すると、離職率が低下するメカニズムをモデル分析によって明らかにしています。

モデル分析の結果としては、労働者が離職者の平均能力をどのように予想しているのかという期待が重要な役割を果たすということで、もしも離職者の平均能力が高いという予想がなされるときには離職率は高くなって、実際に離職者の平均能力が高くなる傾向があるということを明らかにしております。さらに、神林論文では、岡谷製糸博物館の資料を使って、離職率が低下傾向にあった時期に、実際に、どうも離職者のほうは、長く勤める人よりも生産性が低かったということをデータから導き出しています。だから、理論と整合性が取れた実証分析になっている。全体として、歴史と理論と実証が渾然一体となった、神林さんならではの分析ではないかと思います。

付け加えておきたい点として、神林論文は、明治期の労働市場は非常に前近代的な状況であり、資本家による収奪が行われていた時代に近代経済学の論理は適用できないのではないかというステレオタイプな見方に対する、有効な反論になっていることです。間違っているかもしれませんが、ひょっとすると、神林さんは、近代経済学のロジックの適用範囲というものを、ある種、歴史を見ながら探り当てようしている部分があるのかなと思うのです。近代経済学のスコープの範囲と限界を探り当てる作業の一環として考えられているなら、これは非常に壮大かつ有意義な計画ではないでしょうか。

安部

川口章「女性のマリッジ・プレミアム―結婚・出産が就業・賃金に与える影響」

川口論文は、『家計経済研究』に掲載された論文です。女性の場合、結婚して家庭責任があることで、賃金がどれほど下がるのかという話になります。賃金が下がってしまうなら、結婚に躊躇するという方向にも解釈することも可能でしょうし、あるいは、少子化対策、ファミリーフレンドリー、男性の育児休暇といったことへのインプリケーションになる。『消費生活に関するパネル調査』を使っていますが、有配偶女性の賃金は、無配偶者のそれよりも低いという推定値が得られる場合もあるけれども、それはほかの属性で大体説明できる。ただ、子供がいると有意に賃金が低くなって、それはほかの属性をコントロールしてもそうです。そういう結論を導くにあたって、論文の前半部分では、女性の場合、労働移動がどういうふうに起こっているかが示されています。例えば職業とか、企業規模とかを見、既婚女性のほうが、大企業から中小企業のほうに移っている、あるいはより賃金の低い産業に移っている傾向があるということが示されています。

これ以降は感想的なことなのですけれども、女性のマリッジ・プレミアムといった場合に、労働市場から出てしまう人についてどう考えるのかなという疑問があります。つまり労働市場から出てしまう人に関しては、賃金データがありませんから、マリッジ・プレミアムといっても、労働市場の中にとどまっている人の間で、どのぐらい結婚していると損をするのか、得をするのかという話になります。男性ですと、結婚したからといって、大して就業状況に違いがあるとは思えないので、マリッジ・プレミアムというと、それなりに解釈可能なのかと思うのですが、労働市場から退出するという影響があると、どう解釈するのかなというのは多少疑問に思いました。例えば市場労働から高い価値を生み出せる女性は、結婚しても継続就業する可能性が高い。これは家事労働と市場労働の選択を考えているわけですけれども、市場労働の価値が高いという人ほど、働き続けるだろう。その一方、家計所得が低いような女性は、所得効果から、継続就業する可能性が高い。家計所得が低いということになりますと、大体の場合は夫の収入が低いということで、夫の収入が低いということは、大体、夫と妻の学歴を比較してみれば、妻も夫も学歴が比較的低いということになるかもしれません。そういう効果があれば、継続就業すれば賃金が高いかというと、そうではないということもあるのかな、ということを考えました。

川口

Yuji Genda and Ryo Kambayashi, "Declining Self-employment in Japan"

私は、玄田=神林論文を紹介させていただきたいと思います。

日本を除くOECD諸国では、近年、自営業者の比率が上がっているという発見がありますが、一方日本では、ここ30年ぐらい、自営業者の比率というのが一貫して下がっています。なぜだろうかというのが論文の解明しようとしている問題ですが、その問題に直接焦点を当てる前に、多くの自営業者に関しての、自営業者がどういう特性を持った人たちなのかということに関して、非常に注意深く研究をしています。海外で行われている自営業者に関する実証分析を、日本のデータを使って行っている部分もよくできていると思います。家計調査を使っているので、日本の自営業者の全体像を非常にうまく描き出しているのではないかと思いました。

おもしろいと思ったのが、諸外国で発見されているような自営業者の特性が、日本でもそのまま見つけられるという部分です。例えば年齢が上昇するとともに、自営業者の比率は上がっていく部分ですとか、被雇用労働者の所得のプロファイルと比較して、自営業者の所得のプロファイルのほうが、なだらかであることも、やはりアメリカやヨーロッパで発見されている事実と整合的です。

こういう研究を、海外の結果と比較可能な形でするということの貢献は大きいと思います。例えば各国の間で共通に見られる特性の裏側にあるものは何だろうかといった理論の開発をモティベートすることにもつながりますから。

タイトルの自営業者がなぜ減ったのかといった部分なのですが、二つの理由を挙げています。年齢とともに自営業者になる確率が上がるという加齢効果が小さくなったのだということが第1点目で、第2点目は、地方における自営業者の比率が下がったのだということです。その二つで大体説明できるのだという話をしています。加齢効果の減少に関してですが、実際に年齢を加えることによって、自営業者になる確率が上がるという効果が下がったのか、それとも、実際にどういった人が自営業者になっていくかといった、自営業者へのサンプルセレクションのメカニズムが変わっていったのか。その辺の違いを、もう少し考える余地はあるかと思います。そこまで言うのも厳しいと思いますが、今後の研究の課題として、加齢効果が減少したのは、一体どういうことなのかというところを深く詰めていくのも、おもしろいのではないでしょうか。

あともう一つは、地方で自営業者が減っているという話なのですけれども、これも、効率性へのインプリケーションを考えたときに、例えば地方で自営業者が減っているといった現象が、この論文で推測されているように、大店法が改正されて、地方にも大きなスーパーマーケットが進出できるようになって、個人商店がつぶれたといったことであるとするならば、今まである種のレントを得ていた人たちが、そのレントを得る機会がなくなっただけだというふうに考えることができるので、あまり厚生上の問題はないとも思えます。

その一方で、地方ですごくいいアイデアを持っていて、起業したいという人たちが、銀行の貸出などの制約をより強く受けるようになって、開業したらいい利益を得られていたであろう事業が開業できなくなったといったことであれば、厚生上の損失は大きいのではないかということがあると思います。

ですから、データ的にどの程度見られるのかちょっとよくわからないのですが、おもしろいのではないかなという感想を持ちました。

玄田=神林論文の中で、最終的に、もうちょっと深いところまでやろうと思ったら、パネルデータがないとできないと述べられていたのには、共感しました。

冨田

太田聰一「労働災害・安全衛生・内部労働市場」

では、最後に太田論文を紹介します。おそらく労働災害に関して書いた経済学の論文は、これまでなかったのではないかと思います。それだけでもおもしろいですね。もちろん、いくつか内容的にもおもしろいところがあります。労働災害が長期的に減ってきているが、高齢化の進展を考えると、安全衛生対策などをしっかりやって労働災害の減少に取り組むことが、重要だということを説明しているということです。労働災害の発生率や離職率の実証分析にすぐに行かずに、内部労働市場の議論を使って理論モデルをつくってから実証分析しているところは、これから論文を書く大学院生たちにぜひ見習ってほしいなという気がします。

この論文がいいと思った点が三つあります。繰り返しになりますが、労働災害というこれまで経済学があまり取り扱ってこなかったテーマに関して、どういう視点から経済学的分析ができるかということをよく考えた論文です。また、労働災害を減少させるための企業の取り組み姿勢の差を、労働市場の内部化という点で、きちんとモデルを組んで議論してきているというところも、いいと思います。もう一つは、既存の公表されているデータを工夫して分析しているところです。個票データが手に入りやすい時代になってきました。しかし、まずは公表データでできるところまで分析していくという努力をしないと、何かアイデアを生み出す能力が減退していくような気がします。公表データを工夫して分析してみること、これは若い研究者にも見習ってほしいと思います。以上です。

太田

ありがとうございました(笑)。


おわりに

太田

今回の学界展望で取り上げられた論文を読んで、大変勉強させていただきました。好き勝手に評してしまい、的外れな主張をしている部分も多いと思いますが、どうかご容赦いただきたいと思います。全体に、緻密な実証分析が多かったというのが率直な印象です。判例や転籍事例を統計分析の対象とするような新しい試みもなされており、とても興味深く感じました。

それから、若年の就職問題、中高年の転職問題、そして高齢者の継続雇用問題と、世代別に近いテーマになったことも今回の特徴かもしれません。長期不況下で、それぞれの世代が異なる問題を抱えており、しかもそれらが相互に依存している複雑な状況を示唆する論文もいくつかあったように思います。私自身の課題としては、これらの分析で得られた豊富かつ多様な知見をどのような枠組みの中で整理すればいいのか、じっくり考える必要があるなと思っています。本日は長時間にわたり、本当にありがとうございました。

安部

今回座談会で取り上げた論文は、どちらかといえば、就業・雇用形態・失業・転職などを主に扱ったものが多く、その一方で、賃金に関するものがやや少なかったという印象があります。例えば女性労働では、就業に関する分析が多く、男女間賃金格差等のものは少なかったと思います。賃金や家計所得が、最近の労働市場の環境によってどのように影響を受けているのか、また、所得税や社会保険料等の家計としての負担がどのように変わってきているか、などは、今後重要な課題になってくると考えられます。また、高齢者就業は、年金給付の減額が予想されるなかで、今後重要性を増してくる問題といえると思います。これまでは男性高齢者の労働供給に焦点が当てられることが多かったのですが、今後はもっと女性高齢者の労働供給についても、特に最近のデータを用いた分析がなされることが望ましいと思います。

川口

25本の論文を一気に読みまして大変勉強になりました。それぞれを丁寧に読んだつもりなのですが、私の知識不足ゆえに、意図を誤解している部分もあるかもしれません。的外れな批判もあったかと思います。著者の方からのご指摘をいただければまことに幸いです。力作ぞろいの25本の中で、私の中で特に印象に残った論文は、データより因果関係を識別することに労力を割いた論文です。単純に左辺を右辺に回帰したというのではなくて、よく考えて、工夫をして、経済学的に意味のある関係を限られたデータから推定しようとぎりぎりの努力をしている論文。そういう論文に強い共感を覚えました。また、経済学的、政策的に重要な仮説に挑戦しているものの、データの制約ゆえに必ずしも決定的な結論が得られなかった論文。やはり共感を覚えるとともに、今後、大規模データが収集されかつ公開されていくことを願ってやみません。そういう意味で、議論の中では触れられませんでしたが、家計経済研究所のパネル調査のプロジェクトは大変画期的だと常々思っていて、ありがたく思っています。駆け出しの研究者の端くれとして、このような場に参加させていただいたことをありがたく思います。冨田先生、太田先生、安部先生、刺激的な議論をどうもありがとうございました。また、編集部事務局の方にも、いろいろとお世話になり、ありがとうございました。速記者の方には不明瞭な発言を丁寧に書き取っていただいたことを御礼申し上げます。

冨田

学界展望の締めの言葉を川口さんに言ってもらったので、私は、学界展望に参加させていただいた感想をいくつかお話しします。まず、学界展望で取り上げる論文を選ぶときに感じたことがあります。一つは、労働経済学のコンファレンスに基づく注目すべき論文集がこの3年間に二つ出版され、そのなかに収められた論文の多くが今回取り上げられたことです。『雇用政策の経済分析』と『リストラと転職のメカニズム』です。コンファレンスの場など、研究者が集まって時間をかけてしっかり議論することが、いい論文が生まれる条件の一つかなと思いました。もう一つは、これまでの学界展望に比べると、英語で書かれた論文をより多く取り上げました。海外の研究者に日本の労働市場を正しく理解してもらうためには、私たちが英語で研究成果を発表するしかないと思います。これからも英語で書かれたいい論文がどんどん出てくることを期待します。

4人で議論をしているなかで気づいたことは、国際比較の問題です。世代効果はアメリカでは解消するのに、日本ではなぜ解消しないのかという話がありました。あるいは、雑談のときだったかもしれませんが、日本以外の先進諸国では高学歴の女性ほど労働力率がはっきりと高いのに、日本ではなぜそうならないかという話もありました。とりあえず、私たちができることは海外の研究成果の文献サーベイをきちんとやることですが、海外の研究者との共同研究がもっと活発になることが必要だと思います。日本労働研究機構でもそうした国際比軟を念頭においた研究をかなり実施していますが、労働調査的なものにくらべると労働経済学のそうした研究がやや少ないのではないでしょうか。最後はスポンサーヘのお願いになってしまいましたが、皆さん、長時間にわたり、熱心に議論していただき、ありがとうございました。

(この座談会は2002年12月24日に東京で行われた)

文中注

(下記注を作成するにあたり、原稿段階での尾高先生の「提言」を参考にさせていただきました。)

  • 注1 野田知彦(2002)「大阪企業の新卒労働需要分析」『提言:地域発の雇用政策に向けて』第4章、関西経済研究センター。
  • 注2 前掲野田論文および太田聰一(2002)「若年失業の再検討」玄田有史・中田喜文編『リストラと転職のメカニズム』第11章、東洋経済新報社。
  • 注3 同一の時代に出生した集団のことをコーホートと呼ぶ。同一のコーホートに属する個人は、社会現象や法律の施行などの面で、同様の経験をする(他のコーホートとは異なる経験をする)ため、コーホート特有の経済行動に特徴が出たり、特有の経済的利害を持ったりする。このようなコーホートの特徴を、コーホート効果と呼ぶ。
  • 注4 ある事柄 x が他の事柄 y に与える影響を、因果関係の意味で推定しようとするときに、 y に影響を与えるその他の要因が x と同時に変化してしまうために、 xy に与える因果関係をデータより推定できないという問題。置換効果の例において x は中高年比率であり、 y は若年労働者の新規採用である。中高年比率が高い企業は中高年比率が高いがゆえに新規採用をしないのではなく、企業が衰退しつつあるために中高年比率が高く、かつ、新規採用も抑制されているという可能性が考えられる。事柄 x を決定する要因が、事柄 x を経ずして、事柄 y に直接影響を与えてしまうような状況において x は内生性を持つ。
  • 注5 Finis Welch(1979) "Effects of Cohort Size on Earnings:The Baby Boom Babies' Financial Bust," Journal of Political Economy,Vol.87,No.5,s65-97.
  • 注6 少数の経済主体が、経済的利益の配分をめぐって交渉をすることをバーゲニングと呼び、その決定プロセスをモデル化したもの。
  • 注7 回帰分析の右辺の変数を動かすものの、左辺の変数は直接動かさない変数。左辺の変数が動いたときに同時に右辺の変数も動いてしまうという「内生性」の問題があるときには右辺の変数から左辺の変数への因果関係は推定できない。しかし、この変数の動きで説明される右辺の変数の動きが左辺の変数に与える影響を調べることで、右辺の変数から左辺の変数への因果関係を推定できる。日本語では操作変数。
  • 注8 Heather Antecol and Kelly Bedard, "The Decision to Work by Married Immigrant Women: The Role of Extended Family Households," Claremont Colleges Working Papers.
  • 注9 David Neumark and Andrew Postlewaite(1998), "Relative Income Concerns and the Rise in Married Women's Employment," Journal of Public Economics,70:157-183.
  • 注10 技能偏向的技術進歩仮説。80年代に米国で起こった賃金格差の拡大を説明する仮説のひとつ。コンピューターの進歩などに代表される技術進歩が高技能労働者の生産性を低技能労働者の生産性より相対的に引き上げたとする。

文献リスト

1 失業

  1. Masahiro Abe and Souichi Ohta(2001) "Fluctuations in Unemployment and Industry Labor Markets," Journal of the Japanese and International Economies, Vol.15, No.4
  2. 大日康史(2001)「失業給付が再就職先の労働条件に与える影響:Average Treatment Effect によるプログラム評価」『日本労働研究雑誌』No.497
  3. 大日康史(2002)「失業給付によるモラルハザード:就職先希望条件変化からの分析」玄田有史・中田喜文編『リストラと転職のメカニズム:労働移動の経済学』東洋経済新報社
  4. 大竹文雄(2001)「積極的雇用政策の実現を急げ」『エコノミックス』秋号、東洋経済新報社
  5. 大竹文雄・太田聰一(2002)「デフレ下の雇用対策」『日本経済研究』No.44
  6. 黒田祥子(2002)「わが国失業率の変動について─フロー統計からのアプローチ」『金融研究』第21巻、第4号
  7. 小原美紀(2002)「失業者の再就職行動:失業給付制度との関係」玄田有史・中田喜文編『リストラと転職のメカニズム』東洋経済新報社
  8. Kei Sakata(2002) "Sectoral Shifts and Cyclical Unemployment in Japan," Journal of the Japanese and International Economies, Vol.16, No.2
  9. 新豊直輝(2000)「企業内訓練と外部労働市場」『日本労働研究雑誌』No.481
  10. 原田泰・北浦修敏(2002)「自然失業率は上昇しているのか」『日本労働研究雑誌』No.501
  11. 樋口美雄(2002)『雇用と失業の経済学』日本経済新聞社
  12. 八代尚宏(2001)「雇用保険制度の再検討」猪木武徳・大竹文雄編『雇用政策の経済分析』東京大学出版会
  13. Shigeru Wakita(2001) "Why has the Unemployment Rate been So Low in Japan? An Explanation by Two-Part Wage Bargaining," Japanese Economic Review, Vol.52, No.1

2 雇用調整

  1. 浦坂純子・野田知彦(2001)「企業統治と雇用調整―企業パネルデータに基づく実証分析」『日本労働研究雑誌』No.488
  2. 大竹文雄・藤川恵子(2001)「日本の整理解雇」猪木武徳・大竹文雄編『雇用政策の経済分析』東京大学出版会
  3. 神林龍(2002)「雇用調整助成金の政策効果について」『日本労働研究雑誌』No.510
  4. 駿河輝和(2002)「希望退職の募集と回避手段」玄田有史・中田喜文編『リストラと転職のメカニズム』東洋経済新報社
  5. 富山雅代(2001)「メインバンク制と企業の雇用調整」『日本労働研究雑誌』No.488
  6. 中田(黒田)祥子(2001)「解雇法制と労働市場」『日本労働研究雑誌』No.491
  7. 中田喜文・竹廣良司(2000)「連結会計とグループ人事管理:親会社雇用調整における子会社の役割」『日本労働研究雑誌』No.483
  8. 野田知彦(2002)「労使関係と赤字調整モデル」『経済研究』第53巻第1号
  9. Takao Kato(2001) "The End of Lifetime Employment in Japan?", Journal of Japanese and International Economies, Vol.15, No.4
  10. Hiroyuki Chuma(2002) "Employment Adjustments in Japanese Firms during the Current Crisis", Industrial Relations, Vol.41, No.4
  11. Masahiro Abe(2002) "Corporate Governance Structure and Employment Adjustment in Japan: An Empirical Analysis Using Corporate Finance Data", Industrial Relations, Vol.41, No.4

3 転職

  1. 阿部正浩(2001)「企業の求人募集─求人情報の出し方とマッチングの結果」『日本労働研究雑誌』No.495
  2. 黒澤昌子(2002)「中途採用市場のマッチング―満足度・賃金・訓練・生産性」『日本労働研究雑誌』No.499
  3. 玄田有史(2002)「リストラ中高年の行方」玄田有史・中田喜文編『リストラと転職のメカニズム』東洋経済新報社
  4. 中馬宏之(2002)「中高年の転籍出向における成功要因」玄田有史・中田喜文編『リストラと転職のメカニズム』東洋経済新報社
  5. チェ インソク・守島基博(2002)「転職理由と経路、転職結果」『日本労働研究雑誌』No.506
  6. 中村二朗(2002)「転職支援システムとしての公的職業紹介機能」『日本労働研究雑誌』No.506
  7. 中村二朗・大橋勇雄(2002)「転職のメカニズムとその効果」玄田有史・中田喜文編『リストラと転職のメカニズム』東洋経済新報社
  8. 村上由紀子(2002)「研究開発技術者の転職希望」『日本労働研究雑誌』No.505
  9. 勇上和史(2001)「転職時の技能評価―過去の実務経験と転職後の賃金」猪木武徳・連合総合生活開発研究所編『転職の経済学』東洋経済新報社
  10. 渡辺深(2001)「ジョブ・マッチング―情報とネットワーク」『日本労働研究雑誌』No.495

4 若年

  1. Yuji Genda and Masako Kurosawa(2001) "Transition from School to Work in Japan," Journal of the Japanese and International Economies, Vol.15, No.4
  2. 太田聰一(2000)「若者の転職志向は高まっているのか」『エコノミックス』春号、東洋経済新報社
  3. 太田聰一(2002)「若年失業の再検討」玄田有史・中田喜文編『リストラと転職のメカニズム』東洋経済新報社
  4. 岡村和明(2000)「日本におけるコーホート・サイズ効果―キャリア段階モデルによる検証」『日本労働研究雑誌』No.481
  5. 大竹文雄・岡村和明(2000)「少年犯罪と労働市場―時系列および都道府県別パネル分析」『日本経済研究』No.40
  6. 黒澤昌子・玄田有史(2001)「学校から職場ヘ―「七・五・三」転職の背景」『日本労働研究雑誌』No.490
  7. 玄田有史(2001)「結局、若者の仕事がなくなった―高齢社会の若年雇用」橘木俊詔・D.ワイズ編『日米比較:企業行動と労働市場』日本経済新聞社
  8. 玄田有史(2000)「『パラサイト・シングル』は本当なのか?」『エコノミックス』春号、東洋経済新報社
  9. 玄田有史(2001)『仕事のなかの曖昧な不安―揺れる若年の現在』中央公論新社
  10. 小杉礼子(2001)「増加する若年非正規雇用者の実態とその問題点」『日本労働研究雑誌』No.490
  11. 小杉礼子(2002)『自由の代償/フリーター―現代若者の就業意識と行動』日本労働研究機構
  12. 日本労働研究機構(2000)『フリーターの意識と実態―97人へのヒアリング結果より』調査研究報告書No.136
  13. 日本労働研究機構(2000)『進路決定をめぐる高校生の意識と行動―高卒「フリーター」増加の実態と背景』調査研究報告書No.138
  14. 三谷直紀(2001)「長期不況と若年失業―入職経路依存性について」『国民経済雑誌』183巻5号
  15. 三谷直紀(2001)「若年労働市場の構造変化と雇用政策―欧米の経験」『日本労働研究雑誌』No.490

5 高齢者

  1. 大橋勇雄(2001)「定年後の賃金と雇用」一橋大学経済研究所編『経済研究』第51巻No.1
  2. 後藤純一(2001)「高齢少子化と21世紀の労働力需給―出生率引き上げ策は有益か?」『日本労働研究雑誌』No.487
  3. 清家篤(2001)「年齢差別禁止の経済分析」『日本労働研究雑誌』No.487
  4. 藤村博之(2001)「60歳代前半の雇用継続を実現するための課題」『日本労働研究雑誌』No.487
  5. 三谷直紀(2001)「高齢者雇用政策と労働需要」猪木武徳・大竹文雄編『雇用政策の経済分析』東京大学出版会
  6. 三谷直紀(2002)「高齢者雇用とワークシェアリング―高齢雇用者の短時間就業について」『国民経済雑誌』185巻1号

6 女性の就業選択

  1. 阿部正浩(2001)「女性の労働供給と世代効果」『大卒女性の働き方 女性が仕事を続けるとき、やめるとき』日本労働研究機構
  2. 小原美紀(2001)「専業主婦は裕福な家庭の象徴か?―妻の就業と所得不平等に税制が与える影響」『日本労働研究雑誌』No.493
  3. Masaru Sasaki(2002) "The Casual Effect of Family Structure on Labor Force Participation among Japanese Mairied Women," Journal of Human Resources, Vol.37, No.2
  4. 高原正之(2001)「女性パートタイム労働者の年間賃金収入の試算―賃金構造基本統計調査と毎月勤労統計の組み合わせ」『労働統計調査月報』53巻625号
  5. 樋口美雄(2001)「男女雇用機会均等法の経済学的背景」『雇用政策の経済分析』東京大学出版会
  6. Yoshio Higuchi(2001) "Women's Employment in Japan and the Timing of Marriage and Childbirth", The Japanese Economic Review, Vol.52, No.2
  7. 脇坂明(2001)「仕事と家庭の両立支援制度の分析―『女子雇用管理基本調査』を用いて」猪木武徳・大竹文雄編『雇用政策の経済分析』東京大学出版会
  8. 脇坂明・富田安信編(2001)『大卒女性の働き方―女性が仕事をつづけるとき、やめるとき』日本労働研究機構

7 賃金

  1. 安部由起子(2001)「地域別最低賃金がパート賃金に与える影響」猪木武徳・大竹文雄編『雇用政策の経済分析』東京大学出版会
  2. 岡村和明(2002)『企業規模間賃金格差』分析の現状と課題」『日本労働研究雑誌』No.501
  3. 奥井めぐみ(2000)パネルデータによる男女別規模間賃金格差に関する実証分析『日本労働研究雑誌』No.485
  4. Takeshi Kimura and Kazuo Ueda(2001) "Downward Nominal Wage Rigidity in Japan," Journal of the Japanese and International Economies, Vol.15, No.1
  5. 小原美紀、大竹文雄(2001)「コンピューター使用が賃金に与える影響」『日本労働研究雑誌』No.494
  6. 桜井宏二郎(2000)「90年代の日本の労働市場―賃金プロファイルはどのように変化したか」『社会科学研究』51巻2号
  7. 篠崎武久(2001)「1980~90年代の賃金格差の推移とその要因」『日本労働研究雑誌』No.494
  8. 清水方子・松浦克己(2000)「努力は報われるか?パソコンと賃金、教育の関係」『社会科学研究』51巻2号
  9. 三谷直紀(2002)「年功賃金は崩壊しているのか」『日本労働研究雑誌』No.501
  10. Kojiro Sakurai(2001) "Biased Technological Change and Japanese Manufacturing Employment," Journal of Japanese and International Economies, Vol.15, No.3
  11. Hiromichi Shibata(2002) Wage and Performance Appraisal Systems in Flux : A Japan-United States Comparison, Industrial Relations, Vol.41, No.4

8 その他

  1. 阿部正浩(2000)「企業内賃金構造と労働インセンティブ―企業内賃金格差に関する情報伝達機能の補完性とその重要性」『経済研究』Vol.51、No.2
  2. Yukiko Abe(2000) "A Comparison of Wage Structures in the United States and Japan : Results from Cell Means Regressions", The Japanese Economic Review Vol.51, No.2
  3. 石田光男(2002)「成果主義的人事管理と労使関係」『季刊・家計経済研究』No.54
  4. 猪木武徳・勇上和史(2001)「国家公務員への入職行動の経済分析」猪木武徳・大竹文雄編『雇用政策の経済分析』東京大学出版会
  5. 伊藤秀史(2000)「人事の歴史制度分析に向かって―経済理論の視点」『日本労働研究雑誌』No.482
  6. 岩田憲治(2001)「企業内賃金格差の推移と要因―電機6社、ホワイトカラー、1968-1999年」『日本経済研究』No.43
  7. 岩本康志(2000)「要介護者の発生にともなう家族の就業形態の変化」『季刊・社会保障研究』Vol.36、No.3
  8. 上島康弘(2000)「賃金・雇用構造変化の実態と若干の分析―製造業・1961年-1993年」『経済研究』Vol.51、No.1
  9. 上野隆幸(2000)「養成工の配置政策とキャリア」『日本労働研究雑誌』No.476
  10. 大沢真知子・鈴木春子(2000)「女性の結婚・出産および人的資本の形成に関するパネルデータ分析―出産退職は若い世代で本当に増えているのか」『季刊・家計経済研究』No.48
  11. 太田聰一(2001)「労働災害・安全衛生・内部労働市場」『日本労働研究雑誌』No.492
  12. 大竹文雄(2001)「失職コスト・休暇・労働組合」橘木俊詔・D.ワイズ編『日米比較:企業行動と労働市場』日本経済新聞社
  13. 金子能宏(2001)「障害者雇用政策とバリアフリー施策の連携」『季刊・社会保障研究』Vol.37、No.3
  14. 川口章(2001)「女性のマリッジ・プレミアム―結婚・出産が就業・賃金に与える影響」『季刊・家計経済研究』No.51
  15. 川口章(2002)「ファミリー・フレンドリー施策と男女均等施策」『日本労働研究雑誌』No.503
  16. 神林龍(2000)「賃金制度と離職行動―明治後期の諏訪地方の製糸の例」『経済研究』Vol.51、No.2
  17. 神林龍(2000)「国営化までの職業紹介制度―制度史的沿革」『日本労働研究雑誌』No.482
  18. 木村琢磨(2002)「非正社員・外部人材の活用と職場の諸問題」『日本労働研究雑誌』No.505
  19. Masako Kurosawa(2001) "The Extent and Impact of Enterprise Training: The Case of Kitakyusyu City", The Japanese Economic Review, Vol 52, No.2
  20. Yuji Genda and Ryo Kambayashi(2002) "Declining Self-employment in Japan", Journal of the Japanese and International Economies, Vol.16, No.1
  21. 斉藤隆志・橘木俊詔(2002)「日本におけるワークシェアリングの可能性についての実証分析」『日本経済研究』No.44
  22. 鈴木淳子(2000)「「日本的キャリア」の生成―研究者の部門間異動を事例として」『日本労働研究雑誌』No.476
  23. 駿河輝和・西本真弓(2001)「等価尺度と子どもの費用―『消費生活に関するパネル調査』を使用して」『季刊・家計経済研究』No.50
  24. 田中康秀(2002)「わが国における男女間賃金格差の再検討―差別要因と期待要因に関連して」『日本経済研究』No.45
  25. 常木淳(2001)「不完全契約理論と解雇規制法理」『日本労働研究雑誌』No.491
  26. 都留康(2001)「人事評価と賃金格差に対する従業員側の反応―ある製造企業の事例分析」『経済研究』Vol.52、No.2
  27. 飛田正之(2000)「資産運用の技能形成―生保ファンドマネジャーの事例」『日本労働研究雑誌』No.478
  28. 永瀬伸子(2000)「家族ケア・女性の就業と公的介護保険」『季刊・社会保障研究』Vol.35、No.2
  29. 中村二朗・大橋勇雄(2002)「日本の賃金制度と労働市場―展望」『経済研究』Vol.53、No2
  30. 原田信行(2002)「新規開業者の実証分析」『日本経済研究』No.44
  31. 樋口美雄(2001)「わが国における雇用政策の特徴と推移」『経済研究』Vol.52、No.2
  32. 堀有喜衣(2000)「弁護士の業務の多様化とキャリア形成の分化―日本における専門職の労働市場に関する一考察」『日本労働研究雑誌』No.481