資料シリーズNo.293
諸外国における労働者災害補償保険の遺族補償年金に関する調査
―アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス―

2025年7月4日

概要

研究の目的

日本の労災保険の遺族(補償)等年金の受給要件として、被災者である妻と生計維持関係にあった夫が遺族の場合は、妻の死亡時に夫が55歳以上であること、又は、一定の障害があることを要件としている一方、妻が遺族の場合は、特段の要件を設けていない。

この制度設計については、男性が主たる家計の担い手であるとの考えに基づいたものであり、不当な男女差を生じさせているとの指摘もあるところ、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスの労災補償保険制度における遺族(補償)等年金相当の制度について、制度概要や受給状況等に関する情報収集を実施。

研究の方法

文献調査

主な事実発見

労災補償保険制度と遺族補償制度との関連

アメリカにおける労災補償保険制度は、各州の労災保険法で定めており、州ごとに内容が異なる。州の労災保険法は、補償責任の履行を担保するために、使用者に保険の加入を義務づけており、一部の州を除いて事業主のみが保険料を負担する。保険の運営主体は、①州基金(ワシントン州など)、②州または州政府により認可された民間保険のいずれか(カリフォルニア州など)、③民間保険(ニュージャージー州など)、にわかれる。労災遺族補償制度も、このような労災補償保険制度の一環として実施されており、このため各州が定める給付内容や支給期間等の条件には、一定の幅が見られる。

ドイツにおける労災保険は、業種別の同業者組合や公的な災害金庫等を保険者として実施されている。①産業・業種別の労災保険組合による運営、②無過失責任に基づく公的給付による事業主の損害賠償責任の解消(免責)、③損害賠償的な保険給付の性格、④事業主の単独負担による保険料の支払い-が特徴とされ、「労働災害または職業病が発生した場合、被保険者の健康および活動能力をあらゆる適切な手段で回復し、被保険者またはその遺族に対して金銭的に補償する」とのSGB(社会法典)における規定に基づいて、医療や職業訓練、社会生活への参加、要介護状態などに関する現物・現金給付などと並んで、遺族に対する給付が実施されている。

フランスの労災補償制度は、産業革命後の近代産業の発展に伴う労働災害の増加とその社会問題化を背景に、使用者に無過失の労災補償責任を直接負担させる制度として業種を限定して創設され、その後適用業種を拡大してきた。現行制度は、社会保障制度に統合され、その中核を担う制度であり、その一環として死亡被災者の遺族に対する補償が実施されている。

イギリスでは、かつては労災補償制度の一環として遺族給付制度が設置されていたが、労災補償制度の簡素化の過程で、1980年代に廃止のうえ一般の社会保障給付に統合され、現在は、遺族全般を対象とする遺族補償制度の枠内で給付が行われている。

給付の性格

各国の制度には、給付対象や期間等で幅が見られる。

アメリカにおける労災遺族補償制度は、労災で死亡した労働者に経済的に依存していた者を支援する趣旨で定められている。給付対象を被扶養者に限定し、一時金(埋葬・葬儀費用)のほか、事故時の収入の一定割合(典型的には3分の2)を、州ごとに定める給付期間(300~700週、あるいは州によっては終身)や支給上限額まで、または受給者(配偶者)が死亡・再婚するか子供が18歳に達するまで、継続的に支給する形が一般的とみられる。

なお、労災補償保険の遺族補償の条件に男女で差を設けることについて、連邦最高裁判所が1980年に違憲と判示した。これにより、ほとんどの州では州法の改正が実施されたとみられる。判決は、遺族補償の条件に男女で差を設ける州法の規定について、女性労働者の所得が家族の生活費に重大な貢献をしていないという推定に基づくものであり、男女差別を禁じた米国憲法修正第14条の平等保護条項に反する、としている。州法上で部分的に異なる扱いを前提とする文言が残っているという一部の州でも、制度の運用においては事実上、男女で区別していない可能性が大きい。

ドイツでは、上述のSGB(社会法典)における規定から、「損害賠償的な保険給付の性格」を特徴とすると同時に、「遺族に対する金銭補償には、残された遺族の被扶養利益を補填する性質もある」と解釈されている。寡婦・寡夫年金の給付対象は被扶養者に限定されていないものの、給付期間は原則として再婚するまで最長2年間であり、これは、子を育てている、高齢である、または働くことが困難である場合を除いて、2年の移行期間があれば、自ら生計を維持できるとの考え方によるものとされる。一方で、47歳以上である場合には、期間の定めのない年金が支給されるほか、遺児年金については、子供が18歳に達するまで(学生、障害者等は27歳まで)給付が継続される。

なお、かつては男性のみ、死亡した妻により主として扶養されていた場合という追加要件があったが、男女間の不平等を除去する規定を定めるべきとする憲法裁判決を受けて、1985年に法改正が行われ、現在は、男女格差は解消されている。同判決では、将来的に女性(特に既婚女性)の就労率がさらに上昇することが見込まれることや、当時でも多くの女性が就労に基づく自己の年金と併せて無制限に寡婦年金を受給している状況があること、さらに、女性労働者の雇用主が拠出している保険料が、男性の場合と異なり、遺族への給付に結びつきにくい点で不利な取扱いとなっていること等が指摘された。

フランスにおける遺族補償年金も、配偶者等(婚姻、内縁あるいはPACS(公的届け出を経た非婚姻成人カップルの契約))については被扶養者か否かを問わず、再婚等により受給権が中断しない限り、死亡した労働者の生前の年間賃金の40%またはそれ以上の給付水準により、終身の年金給付を行う。一方、子供の受給権は20歳になるまで、また直系尊属や卑属については死亡時に扶養されていたことが要件とされる。

なお、現行制度は配偶者の性別を問わない(過去に男女間の受給条件が異なった可能性はあるが、不明)。一般の遺族年金制度については、受給要件に関する性別の差が設けられていたが、1970年代から受給要件の改正が行われ、2003年になって性別による受給要件の区別はなくなった。背景には、女性の社会進出があると考えられる。かつては家計の中で男性が就労して所得を得る中心的な役割を果たし、女性は就労しない場合が一般的であったため、経済的な支援が必要となる寡婦を対象として、配偶者の年金に関する権利を寡婦に「振り替える」という趣旨が遺族年金にはあったとされている。だが、1960年代以降に女性が就労するようになったことを受けて、制度が改正されていった。

イギリスの遺族補助給付は、通常は死亡した労働者による一定期間の国民保険料の納付が要件となるが、業務災害等による死亡の場合にはこれを免除する(納付済みとみなす)。扶養の有無を問わず、年金支給開始年齢前の配偶者(またはシビルパートナー、子供のいる事実婚のパートナー)を対象に、一時金および最長18カ月間の定額の給付を行う。子供の有無により支給額を分けてはいるものの、他国に比して簡素な制度であり、就労等に移行するまでのあくまで一時的な所得保障という位置づけと見られる。なお、遺族関連給付における男女間の受給条件の差については、社会保障制度全般に関する改革の一環として、1999年の法改正により解消されたとされ、これには他国と同様、女性の就労率の上昇が背景にあるとされる。従来の制度における生活保障の要素が消失、稼働能力者が可能な限り働くことを中核とする制度へと移行する過程で、女性も男性と同様、配偶者の死亡から一定期間後には就労することを求める内容への制度改革が行われたとされる。

受給要件、受給額、受給権順位、給付期間、他の社会保険との併給調整

アメリカでは州ごとに制度内容が異なるが、例えばカリフォルニア州では、給付対象者は扶養されていた配偶者と子供、その他の扶養家族(いない場合、法定相続人または個人代理人)とされ、扶養の度合い(配偶者の過去12カ月間の収入額、子供の年齢や就労可能性などを参照)に応じて支給の当否や優先順位などが判断される。給付としては、一時金(1万ドル以下の埋葬・葬儀料)のほか、事故時の平均週給の最大66%(最小支給額は週224ドル)が定期的に支給される。補償総額には、扶養家族の数に応じた上限が設けられ、例えば扶養家族が1人の場合は最高25万ドル、2人の場合には29万ドル、3人では32万ドル、までなどである。ただし子供については、18歳に達するまで上限を超えて支給が継続される(障害がある場合はさらに継続)。

ドイツの遺族年金は、配偶者(寡婦・寡夫、人生パートナー)、子(遺児)、尊属(父母等)がそれぞれ個別の受給権を有する。このうち寡婦・寡夫年金は、寡婦・寡夫に対して、再婚するまでの最長2年間、給付を支給するもので、死亡から3カ月間以内については労働者の生前の年間賃金の3分の2、以降は24カ月目まで30%が支給され(遺児年金の対象となる子供や障害のある子供等を養育する場合、または受給者本人が一定の障害を有する場合、または寡婦・寡夫が47歳以上の場合は40%)、また47歳以上である場合には、その時点から期間の定めのない年金が支給される。一方、遺児年金は、18歳に達するまで(学生、障害者等は27歳まで)の子供を対象に、両親の一方が生存する場合は生前の年間賃金の20%、両親がいない場合は30%が支給される。なお、複数の遺族が受給する場合、全体で生前の年間賃金の80%が上限とされる。このほか、死亡時の一時金として死亡手当(平均年間報酬額の7分の1)、また必要な場合には遺体搬送料(居住地から離れた場所での死亡の場合)、あるいは業務災害等に起因する死亡でないため、遺族年金の対象とならない場合には、支援金(年間賃金の40%)が支給される。

フランスの遺族補償年金は、配偶者、連帯市民協約のパートナー、子供、親(直系尊属)等を給付対象とする。配偶者は、労働者の生前の年間賃金の40%(55歳以上、あるいは就労困難者は例外的に60%まで引き上げ)、子供は第1子・第2子が各25%、第3子以降は20%、親がいない場合は30%、尊属は10%などとなっている(複数の遺族が受給する場合、全体で年間賃金の85%が上限)。給付期間は、配偶者等、親については終身、子供については20歳に達するまでとされる。また、配偶者等が再婚等する場合、受給権は中断するが、死別・離別後には再度受給が可能である。

イギリスにおける遺族補助手当は、被用者の死亡(業務災害によるものを含む)に対して、年金支給開始年齢までの配偶者等に、定額かつ有期の給付を行う制度である。給付内容は、子供(16歳未満)がいるか妊娠中の場合には一時金3500ポンドおよび月350ポンドを最長18カ月(死亡から3カ月以内の申請の場合。これを超えると、申請時期に応じた支給期間の短縮、一時金の不支給等あり)、子供が居ない場合には一時金2500ポンドと月100ポンドを同じく最長18カ月給付する。

政策的インプリケーション

アメリカ、ドイツ、フランスでは、労災補償保険制度の一環として遺族補償を実施。給付対象や期間等には幅が見られるものの、各国とも遺族の性別による給付の有無等の違いは設けていない。

政策への貢献

今後の遺族(補償)等年金制度の在り方に関する議論のための参考資料。

本文

研究の区分

情報収集

研究期間

令和6年度

調査・執筆担当者

(執筆順、肩書きは2025年3月現在)

樋口 英夫
労働政策研究・研修機構 主任調査員補佐
石井 和広
労働政策研究・研修機構 主任調査員
飯田 恵子
労働政策研究・研修機構 調査役
北澤 謙
労働政策研究・研修機構 主任調査員補佐

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