資料シリーズNo.292
東南アジア諸国の職業能力評価制度
―インドネシア、ベトナム、フィリピンに関する文献調査―

2025年5月30日

概要

研究の目的

技能実習生の送り出しの主要国であるインドネシア、ベトナムおよびフィリピンにおける職業能力評価制度について、特に技能労働者を対象とするものを中心に、教育資格および職業資格制度や技能評価制度の現状と動向のほか、ASEAN加盟国をはじめとする諸外国との職業資格の相互承認に関する取り組みの概要を明らかにすること。

研究の方法

文献調査

主な事実発見

3カ国におけるNQF

3カ国の職業能力評価や職業資格認定の制度枠組みは、国家教育資格枠組み(National Qualification Framework, NQF)を軸にして策定されている。

インドネシア国家教育資格枠組み(IQF)は、「科学」「知識」「実践的ノウハウ」「技能」「心的志向性」「コンピテンシー」の6つのパラメーターに基づき、教育の学習成果を9段階評価した枠組みである。その目的は、①正規、非正規、公式、非公式を問わず教育または就労経験を通じて得られる学習成果としての資格を決定すること、②学習成果に対する資格を認定する制度を確立すること、③学習成果間の資格を均等化すること、④インドネシアで就労する他国からの労働者の資格を認定するための方法とシステムを開発することである。また、長期的な効果として、①質の高い国際競争力のあるインドネシア人人材を増やす効果、②国家経済成長への貢献を高める効果、③世界各国間の高等教育における相互理解、連帯、協力を促進するために学術の流動性を高める効果、④インドネシア国民の特徴や個性を最大限に活かしながら、二国間や地域的、国際的に他国のインドネシアに対する認識を高める効果が期待されている。

ベトナム国家教育資格枠組み(VQF)は、必要な学習成果の水準を「知識・理解度」「技能」「自律性・責任」ごとに8段階で定義づけを行い、最低学習量(最低修得単位数)や資格・学位の種類を定めている。VQF制定の目的として、①ベトナムの職業教育および高等教育において、特定のレベルに達するための能力と最低限の学習および資格を分類および標準化し、人材教育の質の向上に貢献すること、②教育とその質の測定、検定、および評価を通じて、人材の質に関する雇用主の要求とそれぞれの教育レベルのシステムを結び付ける効果的なメカニズムを策定すること、③教育機関の計画とさまざまな学習レベルの訓練プログラムの学習成果を策定するための基盤を設定し、人材訓練の質を確保し、効果を高めるポリシーを策定すること、をあげている。

フィリピン国家教育資格枠組み(PQF)は「知識・スキル・態度」「応用力と責任」「自立の度合い」の3つの領域で、学校教育に期待される学習成果を定義づけすることによって差別化した8段階の資格レベルを示している。PQFの目的は、教育の学習成果に関する国家基準とレベル評価を明確化し、資格取得の道筋を示し、職業資格間の同等性の開発と維持を支援し、労働者個人が参加するさまざまな教育および職業訓練プログラム間の移動、労働市場における移動を容易にするよう支援することである。また、国内の資格基準を国際的な資格枠組みと整合させ、国内資格の価値と比較可能性の認識を高め、フィリピン人学生および労働者の移動を支援することである。

NQFと職業資格

インドネシアでは、19部門に関する産業分類とIQFの9段階の能力レベルに対応した「能力ユニット」の策定を経て、「インドネシア国家労働能力基準(INWCS)」として職業資格を決定した。INWCSによる職業資格のレベル評価は、習得した能力ユニットの数と種類の構成によって認定されている。職業資格認定は業界ごと、地域ごとに認定された機関が実施しており、個々の職業資格認定とIQFの9段階評価は国家が一元管理する形では行われていないようである。

ベトナムでは、VQFに先行し、ドイツなどの支援により職種ごとの技能水準として「国家職業技能基準(NOSS)」を定めた。VQFはAQRFに準拠して、8段階のレベルに区分している。NOSSとVQFの対応関係は、定義上、双方の技能レベル1~5の間に相関関係、互換性がみられる。NOSSをもとに、国家技能検定の試験基準や等級等を設定し、検定試験を実施し、合格者に国家職業技能証明書を付与している。

フィリピンでは、PQFを基軸として、学校教育の初等・中等教育と大学以上の高等教育の間に職業・技術訓練(TVET)が位置づけられ、教育資格と職業資格が紐付けられる体制となっている。学校教育の卒業(修了)者の学習成果を「知識・スキル・態度」「応用力と責任」「自立の度合い」の3つの領域で定義づけし、PQFの8段階でレベル評価した教育資格(学歴)を認定する。TVET修了者は試験に合格すれば、PQFの各レベルに相当する5段階の国家資格(NC)を取得することができる。その上で、NC取得者はその職業資格のレベルに応じて、高等教育に進学することも可能な制度となっている。

認定職業資格数

認定職業資格数については、インドネシアでは、2025年5月9日現在、産業別業種別の資格が1,189策定されており、失効したものを除けば実質的に926ある(ただし、一つの職種に複数の資格が設定されている)。ベトナムでは、2022年8月時点で61職種策定されている。フィリピンでは、2025年5月12日現在、国家訓練規則で定められる373と能力基準で定められる157の合計530の職業資格が策定されている。

職業資格として認定されている主な業種については、インドネシアでは、「各種サービス提供事業」「建設」「加工」など、ベトナムでは、「鉱山掘削技術」「産業電気」「情報技術」「CNC工作」「機械」「溶接」「レストランサービス」「ツアーガイド」など、フィリピンでは、「農業」「自動車等製造業」「建設」などである。

職業資格の認定機関

職業資格の認定機関については、インドネシアでは専門職認証機関(BNSP)の傘下にある業界ごとの認定機関、ベトナムでは政府の認可を受けた技能評価機関、フィリピンでは労働雇用省傘下の政府機関である技術教育・技能開発庁(TESDA)が職業訓練とともに職業資格認定を担当している。

3カ国の職業訓練実施機関、職業資格認定機関、監督官庁、職業資格数、職業資格の主な業種、職種に関する制度を比較した表が図表1である。

図表1 3カ国の職業資格に関する制度比較

インドネシア、ベトナム、フィリピンの3カ国の職業資格に関する制度を比較した。
  インドネシア ベトナム フィリピン
職業訓練実施機関 職業訓練・生産性センター(BPVP)および民間を含む職業訓練プロバイダー等 ①職業訓練センター、②職業訓練学校、③短期大学 労働雇用省(DOLE)傘下の技術教育・技能開発庁(TESDA)
職業資格認定機関 専門職認定機関(BNSP)とその傘下の認定機関(2,372) 労働・傷病兵・社会問題省(*)、商工省、農業・環境省、文化・スポーツ・観光省など各省庁や政府機関等
管轄官庁 労働力省、工業省、商業省、農業省等 労働雇用省
職業資格数 926(2025年5月9日現在) 61職種(2022年8月) 530(2025年5月12日現在)
主な職種・業種 各種サービス提供事業、建設、加工等 鉱山掘削技術、産業電気、情報技術、CNC工作機械、溶接、レストランサービス、ツアーガイドなど 農業、自動車等製造業、建設等

注:ベトナム労働・傷病兵・社会問題省(MOLISA)は、2025年3月1日、組織再編のため内務省に統合され、職業訓練の所管は教育訓練省に移管された。

AQRFと職業資格の相互承認の取り組み状況

3カ国のNQFは、ASEANの地域資格枠組み(RQF)であるASEAN資格参照枠組み(AQRF)に準拠している。インドネシアは2020年、フィリピンは2019年にASEAN事務局のAQRF委員会に対して参照レポートを提出し承認された。ベトナムはAQRFに準拠するかたちでVQFを2016年に策定した(図表2)。なお、インドネシアとフィリピンは、AQRF委員会に提出したレポートの中で、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)の国際標準教育分類(ISCED)への準拠も確認されており、国際基準に則したNQFの設定に積極的に取り組んでいると言える。

図表2 AQRFによるASEAN各国の資格制度の比較・関係確立のプロセス

図表2画像:ASEAN資格参照枠組み(AQRF)によるASEAN各国の資格制度の比較・関係確立のプロセスを図示した。

職業資格の相互承認については、3カ国を含むASEAN加盟10カ国間で、①エンジニアリングサービス、②看護サービス、③建築サービス、④測量技師、⑤会計サービス、⑥医療従事者、⑦歯科医師、⑧観光専門家の8つの専門分野の相互承認協定が締結されている。

この他、インドネシアは、オーストラリア、フィリピンと会計サービスやエンジニアリングの分野で二国間協定を締結している。ベトナムは会計サービスに関してオーストラリアと、IT資格(ソフトウェア開発、情報処理)に関して韓国と二国間協定を締結している。フィリピンは、オーストラリアやカナダとの二国間協定が会計サービスや測量技師の分野で締結されている。ただし、これらの協定の締結によって、ASEAN域内で当該の職業資格を持つ労働者が自由に国境を行き来して、就労できる環境が整ったというわけではなく、分野によっては語学の要件がある場合や追加の諸手続きが必要な場合もある。

政策的インプリケーション

育成就労制度で就労する外国人労働者が修得する技能を見える化し、帰国後の技能の活用や日本での再就労を促進するためには、外国人労働者の送り出し国の国家資格枠組み(NQF)や地域資格枠組み(RQF)に何らかの形で準拠する日本の制度を構築して、職業資格の相互承認につなげる取り組みが検討すべき方策の一つとして示唆される。

政策への貢献

育成就労制度における外国人労働者のキャリア形成や帰国後の技能の活用を促進する仕組みを検討するための参考資料。

本文

研究の区分

情報収集

研究期間

令和6年度

調査・執筆担当者

北澤 謙
労働政策研究・研修機構 主任調査員補佐
石井 和広
労働政策研究・研修機構 主任調査員

(執筆順、肩書きは2024年3月現在)

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