資料シリーズNo.258
韓国の非正規労働政策の展開と課題―正社員転換を中心に―

2022年7月29日

概要

研究の目的

労働契約法第18条に規定する無期転換ルールについては、労働契約法の一部を改正する法律(平成24年法律第56号)の附則において、施行後8年経過後(令和3年4月以降)に、その施行の状況を勘案しつつ検討を加えることとする旨の検討規定が設けられている。また、働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案に対する附帯決議(参)において、労働契約法第18条の無期転換権を行使した労働者について、労働契約法による無期転換の状況等を踏まえ、必要な検討を加えることとされている。

本研究は、当該検討規定等を踏まえた検討に活用することを目的として、無期転換制度がある韓国を対象に、無期転換制度や有期労働契約に関する規制の内容や運用状況等の把握を図るものである。

なお、最近、韓国では「無期転換」という用語はあまり使われていない。それは、雇用契約期限を無期にするだけでは大きな政策的意味がなく、正社員並みの雇用安定・処遇改善等をはかっていくことが求められているという趣旨からであり、特に、文在寅大統領の時代、「無期転換」はほとんど使われず代わりに「正社員転換(韓国語「正規職転換」)」という用語が一般的に使われた。それを反映してタイトルの副題をつけた。

研究の方法

文献調査(調査対象事例の担当者から提供された資料・文献を含む)

主な事実発見

韓国では、1997年の経済危機からの急回復の過程で、非正規労働者が急増した。非正規労働者の雇用不安、低い賃金や福利厚生などの労働条件、低い社会保険加入率などの問題が社会的にクローズアップされた。こうした非正規労働者問題の解決を目指して2007年から制定・施行されたのが非正規労働者保護関連法(「期間制及び短時間労働者保護等に関する法律」(制定法)、「派遣労働者保護等に関する法律」(改正法)、「労働委員会法」(改正法))である。

同関連法の中で、主要内容は「2年みなし規定(いわゆる無期転換ルール)」と差別の禁止・是正である。前者は、使用者が2年を越えて引き続き期間制(有期契約)労働者を使用する場合、期間の定めのない労働契約を締結したとみなすものであり、後者は、使用者が、非正規労働者に対し、同種・類似業務に従事している通常労働者に比べて差別的処遇を禁止するとともに、当該非正規労働者が差別の是正を労働委員会に申請することができ、立証責任は使用者側にあるというものである。

無期転換ルールは、合法の派遣労働を含めて有期契約労働者に適用されるだけではなく、派遣対象業務ではない不法派遣にも適用された。無期転換ルールに対する企業の対応はどうだったのか。雇用期間2年超過の有期契約労働者に対する企業の対応は、年によって大きく変わっているが、2010年から2020年までの11年間(雇用労働省「事業体期間制勤労者現況調査」結果)を平均すると、雇用終了41.7%、正社員転換21.5%、継続雇用36.7%である(図表1参照)。

図表1 契約満了者(雇用期間2年超過)への企業対応(単位:%)

注)

  1. 2010年は5月から12月までの平均、2021年は1月から6月までの平均である。そのため、2021年は、1年間のものではないので、参考データに留めたい。
  2. 2013年までは毎月調査、2014年から16年までは四半期ごとに、17年からは前期と後期に調査を行った。
  3. 各年のパーセントは、筆者がその時の毎月、あるいは四半期、半期ごとのパーセントを合計して平均したものである。

    出所:雇用労働省「事業体期間制勤労者現況調査」各年

継続雇用は無期転換ルールにより期間の定めのない労働契約を締結したとみなされるので、雇用の安定は図られたといえる。それに正社員転換まで含めると、約6割の有期契約労働者の雇用安定が図られたものと見られる。無期転換ルールが非正規労働者(特に、期間制(有期契約)労働者)の割合の増減にどれほどの影響を及ぼしてきたかはわからないが、2003年以降、非正規労働者の割合が30%前半で推移しており、そのうち、期間制労働者の割合は10%前半と安定的に推移している。無期転換ルールを含めた非正規労働政策は、非正規労働者の割合の増加を抑制したと解釈できるのではないか。それには300人以上の大企業が毎年雇用形態を労働行政のHPに登録し、公開されている雇用形態公示制の役割も一定程度あると見られる。なお、時間当たり賃金における正規労働者と非正規労働者間の格差も徐々に縮小している。

2017年に就任した文在寅大統領は、「韓国社会の二極化の解消及び雇用・福祉・経済成長の好循環構造作りにむけては、公共部門が先頭に立って、正社員転換と差別の改善を推進する必要がある」といい、就任後初めての訪問先としてC社を選んだ。そこで「公共部門非正規ゼロ宣言」を行った。韓国政府は、「公共部門非正規労働者の正社員転換推進計画」を作り、公共部門を3つに分けて段階的に正社員転換を進めた。年間9か月以上で常時・持続的なものとして今後も2年以上続く業務についている非正規労働者を正社員に転換するものであった。第1段階は中央政府、自治体、公共機関、地方公企業、国公立教育機関がその対象であったが、2021年6月現在、898公共部門の機関で197,745人、転換対象労働者の97.0%が転換を完了した(図表2参照)。第2段階は自治体の出資機関、公共機関及び地方公企業の子会社であるが、2019年1月末現在、正社員転換が完了したのが1864人で対象者の11.7%である。第3段階は民間委託機関・会社であったが、委託事業の87.2%が自治体の固有事務であり、また、委託事業の内容も極めて多様であり、専門性の高いこともあって、中央から一律的な正社員転換の基準を設けて、拘束力のある指針を示すことには限界があると判断した。そのために、一律の正社員転換ではなく、「民間委託労働者労働条件の保護ガイドライン」を策定し、受託機関・会社がそれを守ることを前提に契約を締結することにした。同ガイドラインには、委託労働者の雇用維持・承継、労働条件の保護、労使コミュニケーションの円滑化、事業費支出の透明性などの8つの項目が含まれている。同ガイドラインにより、正社員転換されなくても雇用の安定と労働条件の保護が図られていくと期待されている。

図表2 公共部門の正社員転換推進実績(第1段階)

図表2画像
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出所:雇用労働省(2021)「公共部門第1段階機関正社員転換推進実績資料(第7次)」

近年、韓国で最も注目された正社員転換の事例はH社とC社であった。H社は韓国最大手自動車メーカーとして生産・販売台数が世界の4~5位である。労使合意による特別雇用、また、同社独自の正社員転換(新規採用の形)により、約1万人弱の構内下請労働者が正社員転換となった。闘争の産物とも言われる成果であった。

またC社は、韓国を代表する国際空港を運営する会社である。大統領の「非正規労働者ゼロ宣言」により、C社の委託先労働者の正社員転換が進み、最終的には、2017年12月労使の合意により、ほとんどの委託先労働者がC社100%出資の3つの子会社に正社員として採用されることになった。その過程で、「公正」の問題が韓国社会に大論争となった。

H社とC社の両事例の正社員転換は当該非正規労働者の主体的な行動と労働組合の運動が政府政策または裁判の判決の後押しを受けながら実現した側面が強いと言える。

正社員転換に関する最高裁の主要判例についても分析した。期間制法の「2年みなし規定(無期転換)」導入により、企業は2年以内であれば解雇・雇い止めを自由にできるのではないかという恐れもあったが、最高裁の判決では雇用契約更新への期待権はその法律によって影響を受けないと判示された。むしろ、同法の労働者保護という趣旨にそって、期待権を積極的に肯定する判決が多くなった。さらには、期間制法上「2年みなし規定(無期転換)」の対象外となっている高齢者の雇い止めに対しても更新期待権を認める判決もあった。また、無期転換を認めるだけではなく、無期契約転換者に正社員の就業規則の適用を命じる判決もあった。無期転換及び差別禁止・差別是正を積極的に認めたのである。以上の判決は直接雇用の事件であったが、間接雇用(派遣・請負)に対しても、直接雇用(正社員転換)を命じる判決も見られる。いずれも偽装請負・不法派遣状態の下にあった派遣・請負労働者の直接雇用(正社員転換)を命じたのである。

韓国政府は、2020年12月、「全国民雇用保険ロードマップ」を策定し、雇用保険の対象ではなかった特雇(いわゆる「雇用類似」または「個人事業主」)、芸能従事者、自営業者に対し、保険料支援を用いながら雇用保険加入対象を広げてセーフティネットの強化を図っている。加入対象となった芸能従事者の中で1年の間約10万人弱、特雇の場合、半年で約56万人が雇用保険に加入した。

以上、韓国政府の非正規労働政策とその結果、判例分析、事例分析などの核心内容についてみてきたが、政策の意義として非正規労働者の割合増加の全般的な抑制、正社員転換・無期転換による雇用の安定及び処遇の改善、特に政府の公共部門の積極的な正社員転換とその実績、非正規労働者保護という非正規関連法の趣旨にあう最高裁の正社員転換・無期転換判決、そして、正社員転換における当該労働者の主体的な行動及び労働組合の役割の重要性を確認することができる(詳細内容は本文)。

しかし、以上の政策の意義が認められるが、依然として非正規労働者の割合は減っておらず、また、正規と非正規との賃金格差による労働市場の二極化も解消されていない。そして、政府の積極的な正社員転換政策が思わぬ「公正」の論争に発展し、公共部門における正社員転換の拡大や民間企業への普及にブレーキがかかった。多くの国民から歓迎される正社員転換のあり方を模索して実践していくことが大きな課題として残った。

政策的インプリケーション

近年、日本でも非正規労働者問題の解決に向けて政策が進められている。働き方改革の1つである、いわゆる「同一労働同一賃金」政策(同政策の施行は2020年度(中小企業の場合2021年度))をはじめ、無期転換ルール(2013年度から施行、2018年度から適用)、公的部門における会計年度任用職員制度(2020年度より導入)、そして岸田首相がかかげている「勤労者皆保険」などいずれも非正規労働者問題解決につながる政策であり、今後、どのような政策効果が現れるのか注目される。また、非正規労働者問題解決に向けては、政府の政策だけではなく当事者や労働組合の主体的な取組みも重要である。政策効果最大化に向けてのさらなる政策の検討、及び当事者、労働組合等の取組みに際し、本資料シリーズが何らかの示唆となることを期待する。

政策への貢献

厚生労働省の無期転換ルールへの政策検討・対応への参考資料。

本文

研究の区分

緊急調査

研究期間

令和2~3年度

研究担当者

呉 学殊
労働政策研究・研修機構 統括研究員

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内容について
研究調整部 研究調整課 お問合せフォーム新しいウィンドウ

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