調査シリーズ No.73
社会人を対象とした教育関連活動・事業の運営と品質管理
概要
研究の目的と方法
2001年に策定された第7次職業能力開発基本計画では、職業訓練機会の整備・充実において、公共職業訓練機関以外に労働者に教育訓練を提供する主体(教育訓練プロバイダー)の活動が重要な役割を果たすという認識が示された。この認識は2006年に策定された第8次職業能力開発基本計画においても継続されており、教育訓練プロバイダーが提供する教育訓練の質量両面における充実が政策目標として掲げられている。また一方では、事業の海外展開やグローバル化の進展に伴う労働者の移動の活発化をきっかけとして、教育訓練サービスの品質に関する国際的基準の策定に向けた取組みがISO(国際標準化機構)を中心に始まっている。
以上の動きを踏まえると、教育訓練プロバイダーが提供する教育訓練の品質や品質をめぐる取組みについてさらに踏み込んだ実態把握を進める必要がある。そこで、本調査研究では、教育訓練サービスの品質の維持・向上につながると見られる取組みを、日本国内の教育訓練プロバイダーがどの程度進めており、また、そうした取組みを進めていく中でいかなる課題に直面しているのかといった点を、アンケート調査・聞き取り調査を通じて捉えることを試みた。アンケート調査は、社会人を対象とした教育訓練サービスを提供している組織及び提供している可能性の高い組織・約10000組織に配布し3076組織から回答を得た。そのうち、実際に社会人を主な対象とした教育関連活動・事業を実施していたのは1893組織である。
主な事実発見
- 社会人を対象とした教育訓練の品質向上・維持に関わる取組みとして、①コース(期間や授業の回数に関わらず一定のまとまりをもった課程・講座・セミナー・通信教育など)の企画や内容の設定に関わる取組みとしては、「受講者やスポンサーが、受講の成果としてどのような能力の習得を期待しているのかを把握している」、「受講者やスポンサーのニーズを考慮して、コース内容を設定している」といった取組みが比較的良く進められており、また②設定されたコースの実施にあたっては、「受講者やスポンサーに対し、コースに関する情報(学習の目的・内容・評価方法、受講者に求められる事項、費用等)を伝えている」、「学習の実行が可能となるような学習環境や学習資源(教材、ITインフラその他の学習機器等)を整備し、受講者が利用できるようにしている」、「学習方法や学習資源がどの程度有効であったか受講者に確認している」といった取組みを行っているところが多い(図表1)。
- コースの企画・運営における品質維持・向上のための取組みの実施状況は、組織による相違が大きい。第1に株式会社などの営利法人や、専修・各種学校は、半分程度以上のコースで実施しているという割合が相対的に高く、経営者団体は、いずれの取組みにおいても回答の割合が目立って低くなっている。第2に委託訓練または教育訓練給付制度指定講座を実施している組織のほうが実施していない組織に比べて、あらゆる取組みの実施度が高い。第3に資格取得を主目的としたコースの割合がより高い組織ほど、より積極的に品質管理のための取組みを進めている。
- 社会人を対象としたコースの品質を維持・管理していく上で回答組織が課題と感じているのは、「品質の維持・向上を担うことができる人材が不足している」、「品質の維持・向上のためのコストがかかりすぎる」、「品質を維持・向上していくための取組みを行う時間がない」といった品質の維持・管理にかかわる「ヒト・カネ・時間」の問題で、これらの点に比べると「品質を維持・向上していくための適切なノウハウがわからない」ことを課題と感じる組織は少ない。また、約4分の1の組織は「特に課題は感じていない」と答えており、特に経営者団体や短大などでは他の組織に比べて割合が高い(図表2)。
政策的含意
- 営利法人や専修・各種学校で社会人を主たる対象としたコースの品質に関わる取組みがより進んでいるのは、これらの組織の多くが社会人を対象とする教育訓練を主要な事業活動としているためと考えられる。一方で、社会人を対象とする教育訓練を必ずしも組織の主要な活動領域とはしていない経営者団体や公的教育機関などは、提供する教育訓練の品質に対する関心が相対的に薄く、品質の維持・向上に向けた取組みもさほど進んでいないものとみられる。ただ今後、社会人を対象とする良質な教育訓練の裾野を広げていくうえでは、これら社会人を対象とした教育訓練を主要な活動領域としない組織に、いかに品質の維持・向上に向けた動機付けを提供できるかが課題となる。
- 資格取得を主目的とするコースが多い組織で品質の維持・向上のための取組みが進んでいるのは、「より多くの受講生の資格取得」という明確な品質管理上の目的があり、この目的に沿ったコース運営のチェックや、チェックした結果のコース運営への反映が行いやすいためとみられる。反面、資格取得を目的としたコースとは異なり、品質管理上の目的を明確に設定できない内容の教育訓練については、実質的な品質の維持・向上につながる取組みについての議論の喚起や、好事例の収集・分析が今後必要と考えられる。
政策への貢献
国内教育訓練プロバイダーの品質向上に向けた取組みや国際的基準への対応を支援する施策を検討する際の基礎資料として活用。
本文
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- 表紙・まえがき・執筆担当者・目次
/第Ⅰ部 本調査研究の概要 (PDF:1.7MB) - 第Ⅱ部 社会人を対象とした教育関連活動・事業に関する調査
−アンケート調査結果− (PDF:1.2MB) - 第Ⅲ部 教育関連事業・活動の運営と品質管理に関わる教育訓練プロバイダーの取組み−事例調査レコード− (PDF:1.4MB)
- 第Ⅳ部 参考資料(PDF:3.0MB)
研究期間
平成21年度
執筆担当者(肩書きは2010年7月現在)
- 藤本 真
- 労働政策研究・研修機構 人材育成部門・副主任研究員
- 稲川文夫
- 労働政策研究・研修機構 人材育成部門アドバイザリー・リサーチャー
- 見田朱子
- 日本学術振興会特別研究員
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程 - 大木栄一
- 雇用・能力開発機構 職業能力開発総合大学校 准教授
- 福井康貴
- 東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
- 姫野宏輔
- 東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
労働政策研究・研修機構 臨時研究協力員 - 高見具広
- 日本学術振興会特別研究員
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程 - 藤波美帆
- 高齢・障害者雇用支援機構 常勤嘱託
※見田、高見は2008年4月から2010年3月まで労働政策研究・研修機構臨時研究協力員を務めた。
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