調査シリーズ No.72
変化する経済・経営環境の下での技能者の育成・能力開発
―機械・金属関連産業の現状―

平成22年7月5日

概要

研究の目的と方法

2008年秋のリーマン・ショックを契機とした世界経済の急激な落ち込みは、それまで主に外需に支えられて復調してきた、日本のものづくり産業に甚大な影響を与えた。また、中長期的にみても日本のものづくり産業を取り巻く環境は、中期的にみても生産拠点の海外進出、中国やASEAN諸国などのメーカーの台頭にともなうグローバル競争の激化、為替相場の推移などにより、厳しいものとなっている。こうした環境の下、ものづくり産業の各企業・事業所では競争力を維持し、存立基盤を保っていくための様々な取組みが懸命に進められている。

以上のようなものづくり産業を取り巻く経済・経営環境を念頭に、労働政策研究・研修機構では、各企業・事業所における生産活動や事業展開を支える技能者の育成・能力開発について実態を把握し、今後の技能者の育成・能力開発のあり方についての検討につなげていくことを目的として調査研究を進めた。具体的にはものづくり産業のなかでもとりわけ近年の経済・経営環境の変化から影響を受けている機械・金属関連産業の生産事業所を対象に主に、 (1) 存立基盤の維持や競争力の向上に向けて進められている経営上の取組み、 (2)   (1)を進める中で求められている技能者、 (3) 求められる技能者を確保していくために進められる育成・能力開発の取組み、 (4) 近年の経済・経営環境の変化とともに事業所における育成・能力開発の取組みに見られる変化、をアンケート調査ならびにインタビュー調査を通じて明らかにしようとした。

アンケート調査は機械・金属関連産業の生産事業所・5000事業所を対象に実施し、818事業所から回答を得た。

主な事実発見

  1. 回答事業所の多くがこの3年の間に進めてきたのは、「取り扱う製品・サービスの拡大」、「人件費の削減や要員管理の見直し」、「生産管理・販売管理・プロジェクト管理などの改善」、「営業部門の強化による、販売ルートの開拓」、「高精度・高品質化のための設備投資」(同:59.3%)などで、顧客拡大と要員の見直しも含めた生産体制の合理化が、近年の機械・金属関連産業における中心的な取り組みとなっている。
  2. 製造現場で技能者として働く正社員(以下、「技能系正社員」と記載)に求める知識・・技能として回答が多かったのは、「生産工程を合理化する知識・技能」、「高度に卓越した熟練技能」、「設備の保全や改善の知識・技能」などである。今後3年間に技能系正社員に求める知識・技能として最も重視しているものについても同様の知識・技能を挙げるところが多く、現在求めている知識・技能と今後3年間で求めている知識・技能との間には差異はほとんどみられず、現在重視されている知識・技能は今後もしばらくは重視され続けることが予想される。
  3. 技能系正社員に対し現在実施している教育訓練と、今後3年間で実施を考えている教育訓練の回答割合を比較すると、「定期的な社内研修の実施」、「公共職業訓練機関が実施する研修の活用」、「指導者を決めるなど計画的OJTの実施」といった方法は、現在実施しているという割合に比べて今後実施予定とする割合の増加が目立つ。技能系正社員を対象とした教育訓練が、OJTにおける計画性や、Off-JT及び外部の公共機関の活用を重視する方向に向かいつつあることがうかがえる(図表1)。
  4. 技能系正社員の教育訓練のために投入する資源の確保については、「教育訓練を実施する時間の確保」は容易になったと考える事業所が多く、反面「教育訓練のための予算の確保」は困難になったと考える事業所が多い。また、事業所が所在する地域における技能者の育成・能力開発の取り組み状況別にみると、熱心な取り組みを行っている地域にある事業所ほど、教育訓練を実施する時間・予算・担当者・指導者・設備・機械の確保及び教育訓練に関する情報収集が容易になったと考える事業所が多くなっている(図表2)

図表1 技能系正社員を対象に主に実施している教育訓練:現在と今後3年間
(3つまでの複数回答、単位:%)

図表1 技能系正社員を対象に主に実施している教育訓練:現在と今後3年間(3つまでの複数回答、単位:%):調査シリーズ No.72/JILPT

図表2 所在地域における技能者の育成・能力開発の取組みと教育訓練のための資源の確保

図表2 所在地域における技能者の育成・能力開発の取組みと教育訓練のための資源の確保:調査シリーズ No.72/JILPT

(注)比率は「容易になった」+「やや容易になった」の合計。

政策的含意

  1. 顧客拡大のための製品の多角化・高品質化や、管理体制の見直しといった、生産事業所の経営改善に向けた取組みを支える技能者の育成は、職場での日常的な指導によるだけでは難しくなりつつある。機械・金属関連産業の人的な競争力基盤を培い続けるには、企業・事業所による効果的なoff-JTの実施や、OJTとoff-JTの有効な組み合わせを促進していくための環境整備が求められる。
  2. 所在地域における技能者の育成・能力開発が「熱心である」と感じる事業所は、地域における様々な取組みについて他の事業所よりも認知しており、それらの取組みを技能者の育成・能力開発を進めるうえで有効に活用しているものとみられる。今後は地域において、技能者の育成・能力開発に向けた様々な取組み(公共/民間職業訓練機関のより一層の活用、高校・大学などの教育機関との連携など)を進めるとともに、そうした取組みに企業・事業所がアプローチしやすくするための情報網の整備が必要となろう。

政策への貢献

本調査研究による分析の結果は、経済産業省・厚生労働省・文部科学省編『2010年版ものづくり白書』の第3章「自律的回復に向けた雇用戦略と人材育成」の執筆において活用されている。

本文

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研究期間

平成21年度

執筆担当者(肩書きは2010年6月現在)

藤本 真
労働政策研究・研修機構人材育成部門・副主任研究員
見田朱子
日本学術振興会特別研究員
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
稲川文夫
労働政策研究・研修機構人材育成部門アドバイザリー・リサーチャー
大木栄一
雇用・能力開発機構 職業能力開発総合大学校 准教授
姫野宏輔
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
労働政策研究・研修機構臨時研究協力員
福井康貴
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程
労働政策研究・研修機構臨時研究協力員
高見具広
日本学術振興会特別研究員
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程

※見田、高見は2008年4月から2010年3月まで労働政策研究・研修機構臨時研究協力員を務めた。

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