ディスカッションペーパー26-05
米国イリノイ州コミュニティカレッジにおける
職業教育訓練とキャリア支援 ―地域労働市場との連携に着目して―
概要
研究の目的
米国イリノイ州の大都市圏X市のコミュニティカレッジを事例として、職業教育訓練とキャリア支援がいかなるシステムとして構成され、どのように機能しているのか、またそれを支える要素は何かを明らかにする。
研究の方法
X市カレッジの教育訓練プログラムおよびキャリア支援を担当する責任者・管理職クラス7名に対し、半構造化インタビューを実施した。インタビューは2025年11月17日から11月21日に現地にて対面・英語で行った。調査設計にあたっては、X市カレッジの専門拠点校構想に基づき、産業ごとの差を抽出しやすいよう対象校を抽出した。
主な事実発見
1)「積み上げ可能な」クレデンシャルと価値保証
- X市カレッジでは、短期(約8週間)のベーシック・サーティフィケート、中期(約1.5年)のアドバンスド・サーティフィケート、長期(約2年)の準学士(就職志向/四大編入志向)までを貫く3段階・4モデルのプログラムが制度化され、学び直しと就業を往復・並行しながら、学位に接続可能な資格やスキルを積み上げられる設計となっている。
- X市の地域労働市場という文脈において、カレッジの提供するサーティフィケート・学位が「スキルの単位」として機能しており、教育セクターと産業セクターの間でスキルの価値の互換性が成立している。この互換性を支えているのは、①外部スタンダードとの接続(産業資格・免許・認定基準など)、②実践要件の組込み(実習設備やワーク・ベースド・ラーニングなど)、③諮問委員会を核とする産業パートナーとの関係性(階層的パートナーシップによる教育内容とスキル要件のすり合わせ・ミクロレベルの密な関係性)、④プログラム更新・改訂のプロセス(機動性・妥当性・信頼性を担保した段階的更新)の組み合わせである。
- この仕組みは、カレッジが地域労働市場の範囲内で可搬性をもつ汎用スキル――いわば「地域産業特殊的人的資本」――を育成し、サーティフィケートを媒介としてスキルの内容と価値づけを可視化・共有することで、雇用主―学習者間の合意コストを下げる仕組みとして解釈できる。
- 労働市場側の学位要件は産業によって一様ではなく、学位未満でも就職が成立しやすい分野(運輸・物流・流通、先端製造業)、学位要件が高度化しつつある分野(ビジネス、医療)、学士以上が事実上前提となる分野(工学・コンピュータサイエンス)が併存し、異なるキャリアパスが成立している。
2)ワーク・ベースド・ラーニングと育成コスト分担
- 実践要件の中核をなすワーク・ベースド・ラーニングには、主にアプレンティスシップ、インターンシップ、実習/臨床実習の3つの形態があり、(ⅰ)育成コストを教育側・産業側のどちらが主として負担するのか、(ⅱ)教育側・産業側がそれぞれ何をリターンとして得るのか、という負担とリターンの分配構造を軸に、産業特性や学生の状況に応じて使い分けられている。
- コミュニティカレッジでは就労や家計責任を抱える学生が多いため、無給の機会は参加障壁が高く、学習負荷との両立可能性も重要である。給与・手当の支給や柔軟な履修設計などの制度的な支援や、企業側の関与のあり方が課題となる。
3)包括的支援とKPI(成果指標)のジレンマ
- X市カレッジのキャリア支援は、非伝統的学生(保護者に大学経験がない大学第一世代、低所得層、就労者・家庭責任を抱える成人など)を前提に設計された包括的支援である。生活ニーズ(食料・ウェルネス・託児など)の支援からジョブ・レディネス(履歴書・推薦状・面接・就職活動ツールなど)までを一体型で提供することで、就職・編入の前提条件を整える支援として運用されている。
- 一方で、支援が厚いほどアウトカムが多元化・長期化し、就職率や就学継続率などの単純な数値指標では測定しにくくなるというKPIのジレンマが生じている。対外的に教育訓練の経済的価値の提示が求められるトレンドの中で、KPI設計をどう工夫するかが課題となっており、支援のプロセスやエンゲージメントといった内部指標を整備し、評価と改善の回路に組み込む試みが行われている。
図表1 産業ごとのサーティフィケート・学位要件とキャリアパス

※出所:地区本部提供資料およびインタビュー内容に基づき筆者作成。
図表2 X市カレッジの主要ワーク・ベースド・ラーニングの種類とコスト負担/リターンの構造

※出所:インタビュー内容に基づき筆者作成。
政策的インプリケーション
- 短期の職業教育訓練を増やすだけでなく、訓練の修了が「就職への入口」であると同時に「上位の学びへの入口」となるよう、教育セクターの単位・学位への接続性を担保するとともに、外部のスキルスタンダードと紐づけ、積み上げ可能な形で体系化することが求められる。
- 日本では、学校教育法に基づく教育セクターと、公共職業訓練を担う訓練セクターとが制度上分立しており、学位や単位の互換性はなお限定的である。訓練セクターで得た学修成果を学位へ接続するための制度的・運用的基盤を整えるなど、公共職業訓練と学位を架橋する試みに着目する必要がある。
- 全国レベルの枠組みというマクロな制度設計だけでなく、地域の産業や企業というよりミクロなローカル単位でとらえ、セクター間の密な関係性の構築とそれに基づく連携によって、地域労働市場における教育訓練の価値を保証していくことが重要である。
- 現場ベースの実践的教育訓練について、インターンシップだけでなく、アプレンティスシップや実習など多様な形態を選択肢に入れ、それぞれの育成コストの負担主体や教育側・産業側のリターンの設計を明確にした上で、複数のメニューを組み合わせて実装することが有用である。
- 困難層支援に厚い教育訓練ほど、成果指標の設定は単純ではなくなる。修了率・就職率といった数値での評価指標を追求しすぎると、支援の手厚さや多面的な価値が評価されにくくなり、積極的に困難層を受け入れる現場や担当者の尽力が見過ごされるという意図せざる結果が生じる可能性がある。KPIを質的に多面的な設計とし、こうしたリスクを回避しつつ、実践の改善につなげることが求められる。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「技術革新と人材開発に関する研究」
サブテーマ「技術革新と人材開発に関する研究」
研究期間
令和7年度
執筆担当者
- 小黒 恵
- 労働政策研究・研修機構 研究員


