ディスカッションペーパー 22-09
地域移動の移動パターンと賃金
概要
研究の目的
本稿は、総務省「就業構造基本調査」の個票データを用いて、労働指標の1つである賃金に着目し、地域移動の影響を計測する。具体的には、県をまたぐ地域移動や大都市圏と地方圏のどちらに居住しているか、地域移動をした場合、大都市圏と地方圏のどちらからの移動か、移動先が大都市圏か地方圏かといった地域移動の移動パターンの違いによって、労働者個人の賃金にどのような違いをもたらしているのかを考察する。
研究の方法
調査データの二次分析。
主な事実発見
本稿は「就業構造基本調査」の個票データを用いて、過去1年間の地域移動の有無に着目し、地域移動と賃金の関係、地域移動の移動パターンと賃金の関係について、分析を行った。個人属性によって、移動後の賃金に違いをもたらす可能性があるかを確認するため、全サンプルに加え、年齢、学歴、移動前の雇用形態に基づき作成したグループごとにも推定を行った。分析では、OLS(最小二乗法)とサンプル・セレクションを考慮したヘックマン2段階推定の両方を実施し、分析対象を1年前に有業であった25歳~59歳の雇用者に限定した。
計量分析で個人属性をコントロールした結果、「地域移動をした」個人の賃金が統計的に有意に高いことは、OLSとヘックマン2段階推定の両方から確認された。地域移動をした個人は、移動しなかった個人と比べ、全サンプルを用いたヘックマン2段階推定では、賃金が6.1%ポイント高いと計測されたが、属性ごとに地域移動をした個人としなかった個人には異なる賃金差が計測されている。地域移動をした個人としなかった個人の賃金差は、「25歳~39歳」のグループでは4.0%ポイント、「40歳~59歳」のグループでは17.2%ポイント、正規雇用者のグループでは8.4%ポイント、非正規雇用者のグループでは6.1%、高専・短大卒以下のグループでは5.0%ポイント、大学・大学院卒のグループでは7.1%ポイントであると観察された。地域移動をした個人としなかった個人の賃金差を地域移動に伴う経済的便益だと考える場合、「40歳~59歳」のグループの地域移動に伴う賃金差が大きい理由は、この年齢層の個人は家族を持つことが多く、若年層より移動コストが高いため、地域移動に伴う経済的便益が大きい場合に、地域移動が決定される傾向にあることが原因の1つであると推測する。
地域移動の移動パターンと賃金の関係の分析において、全サンプルを用いたヘックマン2段階推定では、「移動せず地方圏に居住」の個人と比べ、「大都市圏内で移動」の個人は18.9%ポイント、「地方圏から大都市圏へ移動」と「移動せず大都市圏に居住」の個人は11.6%ポイント、「大都市圏から地方圏へ移動」の個人は8.2%ポイント、「地方圏内で移動」の個人は6.2%ポイント賃金が高い。個人属性によって、移動パターンと賃金の関係にも違いがある。「高専・短大卒以下」と非正規雇用者の個人は、大都市圏へ移動、あるいは居住する場合、相対的に高い賃金が得られる。それに対して、「大学・大学院卒」や正規雇用者の個人は、「大都市圏から地方圏へ移動」の場合は「移動せず大都市圏に居住」や「地方圏から大都市圏へ移動」の場合より高い賃金を得ている。そして、「地方圏から大都市圏へ移動」の場合は、「移動せず大都市圏に居住」の場合より低い賃金を得ている。「40歳~59歳」の個人は、「大都市圏から地方圏へ移動」の場合は「移動せず大都市圏に居住」の場合より賃金が高い。
最後に、過去1年間に地域移動をした個人のサンプルに限定して、移動理由に基づき作成したグループごとに推定を行った。「仕事につくため」の地域移動では、移動先が大都市圏の場合、賃金が高い傾向があるが、「転勤のため」の地域移動では、「大都市圏から地方圏へ移動」の場合は、「地方圏から大都市圏へ移動」の場合より高い賃金を得ている。「家族の都合」の地域移動では、移動先が大都市圏であることは、賃金に強く影響を与える。
注:計量分析の結果をもとに、「地域移動」ダミーの係数値を対数ポイントから%ポイントに変換した値に基づき作成。
注:計量分析の結果をもとに、「移動せず地方圏に居住」をレファレンス・グループとした地域移動の移動パターンダミーの係数値を対数ポイントから%ポイントに変換した値に基づき作成。
注:計量分析の結果をもとに、「地方圏内で移動」をレファレンス・グループとした地域移動の移動パターンダミーの係数値を対数ポイントから%ポイントに変換した値に基づき作成。
政策的インプリケーション
大都市圏、特に東京圏の人口一極集中が起こっており、地方の過疎化が懸念されているが、高専・短大卒以下の学歴を持つ個人や非正規雇用者の個人などの労働市場において弱い立場に置かれやすい個人、また家族都合で地域移動をする個人にとって、大都市圏に居住、あるいは移動することは、労働市場における状況の改善につながることもある。地方移住(UJIターン)の促進や人材の誘致を考える際には、大都市圏に居住する場合に得られた経済的便益の損失を埋め合わせられるような便益の提供を検討する必要があると思われる。
政策への貢献
人口の地域分布や地域移動の関連政策を検討する際の基礎資料となりうる。
本文
研究の区分
プロジェクト研究「技術革新等に伴う雇用・労働の今後のあり方に関する研究」
サブテーマ「地域における雇用機会と働き方に関する研究」
研究期間
令和3年度
研究担当者
- 何 芳
- 労働政策研究・研修機構 研究員
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