ディスカッションペーパー 16-01
労働時間の柔軟性とその便益
―O*Net 職業特性スコアによる検討―

平成28年3月22日

概要

研究の目的

政府が、「女性が出産・子育てを通じて働き続けられる職場環境とするために、長時間労働の是正に加え、働き方の柔軟性が重要である」 としながらも、労働時間の柔軟化がなかなか進展しない状況が続いている。その背後には、企業側と労働者側の双方に原因があると考えられる。企業側は、柔軟な労働時間の提供を、経営上の便益というよりもコストとして考える傾向があり、その推進に消極的になりがちである。労働者側は、就業時間の柔軟性を必要としながらも、労働組合による企業側との交渉もなく、職場の慣行に流される傾向がある。

本研究は、アンケート調査の結果を中心に、比較的柔軟な労働時間で働く正社員がどのような職業に従事しており、どのような職場環境にいるのかを分析する一方、労働時間の柔軟性(WTF)が、実際に労働者のワーク・ライフ・バランス(WLB)を高めているのかを検証した。さらに、柔軟な労働時間の提供が、企業側にとって経営上の便益が存在するかを探った。

研究の方法

JILPT「労働時間に関するアンケート調査(本人票、妻票)」(2010)の再分析

主な事実発見

本研究は、Goldin(2014a)に倣って、労働時間の柔軟性(Work Time Flexibility, 以下WTF)と特に強い関連性があると思われる7項目の職業特性(時間的プレッシャー、他人と頻繁に連絡を取る等) を選び出し、そのスコア(O*Net職業特性スコア)をWTFの代理指標とした。

本研究の仮説と分析モデルは、図表1の通りである。O*Net職業特性スコアで表す労働時間の柔軟性(WTF)は、雇用者のWLB(Y1)を高めることが期待される。さらに、WLBが改善されることで、雇用者の職場定着志向(Y2)が高まるというポジティブな関係が予想される。また、労働時間の柔軟性(WTF)に伴い、長時間労働や頻繁な残業の回避で労働者の疲労が減少し、労働者はより効率的に時間を使うことが可能となる。そのため、WTFと賃金(Y3、労働生産性の対価)との間にも正の相関関係が考えられる。図表1のような影響経路を想定しながら、WTF、Y1、Y2とY3 が残差項(ε)の相関を考慮したRecursive Systemによって推定される。

図表1 モデルの概念図

図表1画像

図表2の上段は、WTFの推定結果である。仕事の時間的柔軟性に、職場環境や個人属性がどのように影響しているのかをみることができる。まず、「労働組合あり」の係数推定値は、統計的に有意ではない。次に、勤務時間が「通常の制度」である場合に比べ、「裁量労働制・みなし労働時間」および「時間管理なし」で働く雇用者は、労働時間の柔軟性が低いという、やや意外な結果となっている。ただし、同じ大企業間での比較の場合、「裁量労働制・みなし労働時間」および「時間管理なし」雇用者の労働時間の柔軟性は高くなっている。同様に、「成果主義人事制度なし」の場合に比べて、「成果主義人事制度あり」の場合は、労働時間の柔軟性が低くなっている。ただし、同じく大企業の間で比較される場合、「成果主義人事制度あり」の職場では、労働時間の柔軟性が高くなっている。

図表2の下段は、WLB(Y1)の推定結果である。職場環境、個人属性、家庭属性等の条件が一定とした場合においても、O*Net職業特性スコアがWLBに有意な影響を及ぼしているかどうかをみるためである。ここでは、WLBの達成度合いを示す指標として、(1)月あたり残業時間数(A指標)、(2)非典型時間帯/場所労働の有無(B指標)、および(3)WLBスコア(C指標)が用いられている。いずれの推定結果においても、O*Net職業特性スコアがWLBに有意な影響を与えていることが分かる。

図表2  O*Net職業特性スコアとWLBの推定結果(Recursive System)

図表2画像

注:(1)係数推定値およびその標準誤差(括弧内の数値)が報告されている。
(2) *** p値<0.01、 ** p値<0.05、* p値<0.1

そして、職場定着志向(Y2)の推定結果においては、WLBスコア(3-12点)が職場定着志向にプラスで有意な影響を与えており、WLBスコアが1ポイント上がるごとに、「できるだけ長く現在の会社に勤めたい」と回答する確率が2.7~2.8%ポイント上昇することが分かった。

最後に、賃金(Y3)推定結果については、O*Net職業特性が総じて賃金にプラスで有意な影響を与えており、労働時間の柔軟性を推進することが、企業の利益と一致している可能性が高い。具体的には、O*Net職業特性スコアが1標準偏差分上がると、時間あたり賃金が1.0%上昇する。

以上の分析結果をまとめると、WTFが実際に労働者のWLBを高めていることが分かった。また、柔軟な労働時間の提供は、雇用者の職場定着志向と労働生産性を高める効果が確認されており、柔軟な労働時間の推進が、労働者本人にのみならず、企業側にも便益をもたらしていることが分かった。

政策的インプリケーション

今後、日本で柔軟な労働時間を推進するためには、大きく2つの課題がある。1つ目は、「組合と企業の労務戦略」の強化である。現在、労働組合の有無は、WTFにほとんど影響を与えておらず、また、緩やかな勤務時間制度が必ずしもWTFの実現につながっていない。そこで、WTFの実現に向けての労使交渉や労使双方の合意形成に向けて、労働組合や従業員代表制度の役割を強化することが目指すべき方向の1つと言える。労使双方の努力によって、緩やかな勤務時間制度が机上の空論ではなく、WTFの実現に実際につながることが重要である。

2つ目は、「労働市場主導の戦略」で企業の自主的取組みを促すことである。まず、柔軟な労働時間の推進が、職場定着率や労働生産性の向上に有用であることを企業側に認識してもらう必要がある。その上で、効率よく柔軟な労働時間を実現するためのノウハウやコンサルティングの提供、就業の時間と場所を自由にするためのインフラの整備を進めるべきである。

政策への貢献

本研究成果は、女性の活用と子育て支援の基礎資料としての活用が期待される。

本文

研究の区分

プロジェクト研究「企業の雇用システム・人事戦略と雇用ルールの整備等を通じた雇用の質の向上、ディーセント・ワークの実現についての調査研究」

サブテーマ「女性の活躍促進に関する調査研究プロジェクト」

研究期間

平成27年度

執筆担当者

周 燕飛
労働政策研究・研修機構 副主任研究員
内藤 朋枝
政策研究大学院大学博士後期課程

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※本論文は、執筆者個人の責任で発表するものであり、労働政策研究・研修機構としての見解を示すものではありません。

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