<開催報告>OECDハイレベル・ラウンドテーブル
不平等は問題か?
―人々は日本における経済格差と社会移動をどう捉えているか

共催:
労働政策研究・研修機構(JILPT)
経済協力開発機構(OECD)
協力:
フランス国立社会科学高等研究院・日仏財団

労働政策研究・研修機構(JILPT)は、経済協力開発機構(OECD)との共催により、2022年12月8日に都内で、「不平等は問題か?人々は日本における経済格差と社会移動をどう捉えているか」と題するハイレベル・ラウンドテーブルを開催した。新型コロナウィルスの影響等を受けて、世界で格差の拡大が深刻な問題となりつつあるなか、日本においても中間所得層(中間層)の減少と低所得層の増加が懸念されている。そのため本イベントでは、格差とその認識に関する最近の研究成果の報告と、政策立案者、民間企業、労働組合、市民社会等の代表者を交えたパネルディスカッションを行った。当日はオンライン参加を含め、約500名の参加者を得た。以下、当日の研究報告と議論の概要を紹介する。

1)開会挨拶・研究報告

はじめに武内良樹氏(OECD事務次長)から、「経済格差を是正するには、経済的な成長と社会的結束を同時に達成していく必要がある。そのためには人々の要求や期待を受け止め、政策に反映させていくことが求められる。本日の研究報告と議論がその第一歩となることを願っている。」と開会の挨拶が述べられた。

最初にOECDのWISEセンター(Centre of Well-being, Inclusion, Sustainability and Equal Opportunity)のロミーナ・ボアリーニ氏(OECD WISEセンター長)は、2021年11月にOECDより出版された報告書(「Does inequality matter?」)をもとに、日本において経済格差や社会移動がどのように認識されているかを報告した。同報告書では、経済格差や不平等に対する人々の認識について、日本を含むクロスカントリー分析を行っている。

日本はジニ係数が0.334で、OECD平均(0.318)より高く、所得格差が大きい。しかしながら、所得格差が大きいと懸念している人の割合はOECD平均を下回っている。この理由の一つとして、日本における機会均等への強い信頼感が挙げられる。OECD平均と比較して日本では、社会的な成功には親の学歴や財産などの出自よりも、勤勉さといった自分で変えられる要素が関係すると考える人の割合が高いことが指摘されている。

しかし、過去10年間で日本人の機会均等に対する信頼感は低下していることも分かっている。とくに18歳~39歳層では、社会的な成功には、勤勉さよりも親の学歴や財産が重要な要素であると考える割合が高まっている。

所得格差に対する人々の認識は、政策ニーズにも関係する。格差を強く意識している国では、格差是正のための政策を求める声が強くなるが、日本は格差への懸念が小さいことから、政策的な介入を求める声も小さい。この一方、日本は累進課税によって高所得者が富を再分配すべきと考える人の割合は高く、必要な人へ支援が届くという国への信頼感が高いことを反映していると考えられる。最後に人々の認識や国への信頼感の背景には、様々な要因があると考えられるため、今後も継続して研究を進める必要があると締めくくられた。

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つづいて、JILPTの高見具広主任研究員は、JILPTとNHKが2022年に実施した「暮らしと意識に関するNHK・JILPT共同調査」の結果を報告した。

まず暮らし向きについては、「現在の暮らしに余裕がない」と回答した人が56.7%を占め、「中流より下の暮らしをしている」との回答者も55.7%を占める。また「日本では、努力すれば誰でも豊かになれると思うか?」という問いに対しては、「どちらかと言うと思わない」と「全く思わない」を足した割合が、男性62.3%、女性68.7%であり、男女ともに6割以上が機会均等に否定的な認識をもっており、その傾向は女性の方がやや強い。また年齢別にみると40代以上で否定的な回答が多く、40代では「全く思わない」が20%を超える。

さらに先ほどのOECDレポートと類似した問いとして「良い人生を送るための条件として重要な項目は何か?」の回答をみると、20~40代の若い世代ほど「真面目に努力すること」の割合が約4割にとどまり、「人脈やコネに恵まれること」、「景気のいい時代に生まれ育つこと」といった環境要因を挙げる人が一定数いる。また40代以下では、「親より豊かになれない」と考える人も約4割を占める。

高見主任研究員は、こうした人々の認識の背景には、非正規雇用の拡大や中間所得層の縮小、「就職氷河期世代」等の問題があると指摘する。さらに、「将来の暮らしへの悲観的認識は、機会均等の認識や勤勉さの価値観を揺るがす可能性があるうえ、機会均等を基盤とした社会の活力を失うことにつながる恐れがある。したがって今後も人々の社会認識について現状把握を行い、機会均等を達成するための政策を整備していく必要がある。」と述べた。

以上2人の研究報告に対して、オンラインで参加したセバスチャン・ルシュバリエ氏(フランス国立社会科学高等研究院教授/日仏財団理事長)から次のとおりコメントが行われた。

ここ20~30年で、世界的に所得格差が拡大しており、人々の格差への不満感も高まっている。しかしOECDレポートの分析によって、実際の所得格差と、人々の認識には差があることが示された。この格差に対する人々の認識は、所得再分配政策に対する人々の認識やニーズを直接反映する重要な要素である。したがって、この認識がどのように形成されるか、またインフレーションが続くポストコロナ時代においてどのような変化を遂げるかについて、今後も研究を進める必要がある。

また日本については、機会均等への信頼感が高い一方、その傾向は変化する可能性があることが示された。特に若者の間で不平等への懸念が高まる可能性があるため、政策立案者をはじめ、企業や市民全員が注視していくことが求められよう。さらに、日本においても社会的な二極化が進んでいることを認識する必要がある。一橋大学の神林教授との2022年の共同研究では、高所得者への累進課税に対する考え方が所得によってどう変わるかを日本、フランス、アメリカで比較している。フランスとアメリカは累進課税に対する考え方に所得層ごとの差はさほどないが、日本は低所得者層ほど累進課税を進めるべきとの意見が多く、高所得者層ほど累進課税に慎重な人が増える。このように日本は、不平等を是正するための累進課税政策について、フランスやアメリカより二極化が進んでいる。

岸田政権の掲げる「新しい資本主義」では、まさにこうした社会の二極化に立ち向かい、社会的な団結が達成されることが求められている。これまでの経済成長は、その目的が明確ではなかったが、この機会に日本が「何のための成長か、そして誰のための成長か」を明確に打ち出し、社会が一体となって新たな資本主義モデルを提示できることを期待していると締めくくった。

2)パネルディスカッション

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パネルディスカッションでは、OECD東京センターの上田奈生子所長がコーディネーターを務め、「現在の日本において最も懸念される不平等は何か。その解決には、どのような方法が考えられるか。」をテーマに意見が交わされた。

中空麻奈氏(経済財政諮問会議議員/BNPパリバ・ジャパン株式会社グローバルマーケット統括本部副会長)は、経済的な格差の背景にある、経済成長力の低迷に問題の本質があると指摘した。30年以上にわたり経済が低迷し、実質賃金も上がらない現在の日本において、あきらめ感や「親より豊かになれない」という認識が拡がることは必至である。こうした現状を打開するには、企業が人的資本投資に取り組み、生産性を向上させることが求められよう。ただし、現在の長期雇用を前提とした労働環境では、ドラスティックな賃上げを期待することは難しいため、労働者自身が能力開発に自律的に取り組み、賃金交渉力をつけながら転職も含めてキャリアアップしていく必要がある。こうした多様なキャリア形成が可能な社会を形成していくため、政府にはセーフティネットを強化することが求められると提言した。

井上久美枝氏(日本労働組合総連合会 総合政策推進局長)は、男女間賃金格差や雇用機会の男女不平等をとくに注目すべき課題として挙げた。新型コロナウィルスの世界的な拡大は、非正規で働く女性が多数を占める対人サービス業に重大な打撃を与えた。JILPTとNHKによる共同調査をもとにしたNHKスペシャル「コロナ危機 女性にいま何が」によると、新型コロナの流行によって解雇された女性のうち30%以上が復職できていないうえ、うつ病を発症したり、自殺する女性も増えている。女性の貧困は子どもの貧困に直結するため、非常に深刻な問題である。大学においても、アルバイトで103万円の壁に悩む学生がいる等、貧困の中で学業と生活を両立している学生が増えていることが強調された。

また、近年注目されているリスキリングの取組は、雇用保険の適用者が主な対象とされ、女性が多くを占める非正規雇用労働者への投資は限られるため、非正規と正規の格差がさらに拡大する恐れがあると指摘する。複数の先行研究から、女性の労働力率が高まると、日本のGDPが上昇することが示されている。日本が豊かになるために、女性と子どもに対する支援は欠かせないため、どのような支援を行うべきか議論を深める必要があると提言した。

井上隆氏(日本経済団体連合会 専務理事)は、中空氏と同様に、経済格差の根幹には日本の国際競争力低下があると指摘した。日本企業は、国内経済が低迷するなか、投資家からの強い圧力を受け、コストカット経営や賃金抑制を進め、非正規雇用の拡大を行ってきた。これによって、日本の高度成長を支えてきた中間層が著しく衰退し、世帯所得の分布は明らかに下方にシフトしている。こうした状況では、若い世代が希望を持てず未婚率も上昇し、少子高齢化がさらに進む。2100年に日本の人口は、現在の1.2億人から約5,000万人まで減少するとの試算もあり、少子高齢化と人口減少を経済格差拡大による最大のリスクと感じていると述べた。

また「親ガチャ」という言葉に象徴されるように、親の経済力が子どもの教育水準に大きく影響しており、教育や社会保障といった国民全員に等しく与えられるべき富にも格差が生じていることは重大な問題であると指摘する。今後の方向性としては、国が社会保障と教育を平等に分配し、分厚い中間層を再形成していく必要がある。また企業は、これまでの「高品質の商品を低価格で販売する価値観」から、「高品質の商品を適正な価格で販売する価値観」へとシフトさせ、実質賃金上昇に努めることが求められる。さらに、これまでの雇用維持に重きを置いた雇用制度を見直し、成長性の高い分野へと人が移動できるよう移動促進型の雇用制度を確立する必要があると提言した。

白波瀬佐和子氏(東京大学教授/国連大学上級副学長)は、これまでの日本社会では、経済格差を自分事として話す機会が少なかったことを問題として指摘した。日本は「横並びの不平等」には非常に抵抗感がある一方、機会の平等が保証されていれば、競争に負けても仕方がないと格差も容認する風潮がある。くわえて、親と比較して自身の将来の社会的地位が低下するというミクロレベルでの格差拡大には敏感であるが、社会全体で格差が拡大しているか否かについては認識が薄く、個人レベルの認識とマクロレベルの認識が必ずしも一致しないという特徴がある。日本人が経済格差について声を挙げにくかった背景には、こうした傾向が関係しており、両者をリンクさせて国民が自身や社会の現状を客観的に理解し、社会変革を起こしていくことが必要であると述べた。

さらに再分配にも様々な方法があり、現金による再分配のみならず、特定の社会階層を対象として手厚い社会保障や訓練機会を提供するといった方法も考えられるため、将来どのような社会を形成したいかを考えて、包括的な成長メカニズムを検討する必要があると指摘した。その際には、異なる世代や属性で議論する機会を設け、若者や女性等、これまで意思決定の中心にいなかった人材に、発言し、変革するためのチャンスを積極的に渡していくことが重要となると強調した。

室橋祐貴氏(一般社団法人日本若者協議会代表理事)は、白波瀬氏と同様に、経済格差について声を挙げる意欲が低い点を格差問題の重要課題として挙げた。この背景には若者のあきらめ感、政府や社会体制への期待感の低さがあると指摘した。室橋氏が北欧の大学を視察した際に耳にした事例として、より良い学生生活を目指して、学生が大学側に働きかけ、試験後に1週間休暇期間を設けたケースが紹介された。このように北欧では、個人の生活水準の向上を目的として、構造的な問題解決アプローチがとられる。この一方、日本では(たとえば不登校児童の問題等)問題は個人に帰属すると考えられ、個別救済の方法がとられる点が重要な違いであり、この違いの背景には、人権教育や民主主義教育の不足があると指摘する。日本は、人間として最低限保証されるべき権利や生活に関する意識が低いため、その生活水準が満たされていないのは社会に問題があるからだという考え方に向かいにくい。むしろ、問題は個人に帰属され、個人が努力するしかない社会となっているため、競争が過度に進み、若者の生きづらさを強めていると述べた。

さらに日本では制服についての校則を変えようと学生たちが働きかけても、学校側から校則は絶対的なルールであるとして、若者たちがせっかく声を挙げても、建設的な議論につながらないケースがあり、そうしたことが若者のあきらめ感や無気力感につながっていると厳しく指摘した。実際に、日本若者協議会が2020年に実施した中高生アンケートによると、「自分が声を挙げることで学校を変えられると思うか」という問いに対して、7割が「思わない」と回答している。

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この一方、校則等のルールは遵守すべきという規範意識も、若者の間で過度に高まっており、批判的に考えて行動できる人材が育成できていないと危機感を示した。「挑戦を許容し、促す社会でなければ、国の経済的な成長は見込めない。」若者のあきらめ感の根幹には、減点主義的な学校教育があるため、今後は学校教育を加点主義的な評価方法へ変更し、一人の人間として生徒と向き合い議論する体制を整え、イノベーションやチャレンジを起こしやすい土壌を学校現場からつくる必要があると提言した。

3)総括

最後にJILPTの樋口美雄理事長は、本イベントをつぎのように総括した。

本日の議論を受けて、ジニ係数や相対的貧困率といった客観的な数値によって経済格差を捉えることは、もちろん重要であるが、人々が格差をどう認識しているかも大切な論点であることが示された。また、日本の格差は客観的な数値で捉えると必ずしも小さくないにもかかわらず、格差に対する関心が相対的に低いことや、格差是正における政府への期待も比較的小さい。パネルディスカッションで示された論点に基づくと、これらの対応策としてつぎの3点に重点を置く必要があると考えられる。

1点目は、若者の間ですでに深刻な問題になっているとの指摘もあった「あきらめ感」の解消である。日本も経済成長期には、努力するほど所得が上がっていく経済環境であったが、現在は個人がどれだけ努力しても賃金が上がらないため、努力の甲斐がなくなり、「あきらめ感」に繋がっている。これによって社会の活力が失われる恐れがある。そこで、労使双方には賃金上昇や生産性向上に関する方策について、個別企業の問題として議論することはもちろんのこと、今後の日本社会全体としてどう取り組んでいくことが望ましいかという視点からも、ぜひ議論頂きたい。2点目は、機会均等の促進である。パネルディスカッションの中でも議論されていたように職場における男女の機会均等や正規・非正規の均等・均衡処遇については、法律による是正が進められているが、それらが本当の意味で機会の均等につながっているかどうかを再検討していく必要がある。3点目は、所得再分配政策の再検討である。親の資産が若者の教育や出世に大きな影響を及ぼすことから、税制の累進性についても考える必要がある。

そのうえで、「格差に対する人々の認識が時代によってどう変化しているか。また、その変化の背景には何があるか、について継続的に調査研究を進めることで、経済格差を是正し、活力ある日本社会を形成するための議論が、今後ますます進められることを願っている。」と締めくくった。

(関家ちさと)

参考文献

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