フランスの有期雇用:日本の非正規雇用

【海外有識者からの報告】
海外在住の有識者から提供された現地の状況についての報告です(なお、本報告は執筆日における当地の情報であり、必ずしも最新の情報を反映されたものではない)。

鈴木 宏昌(早稲田大学名誉教授、IDHE-ENS-Paris-Saclay客員研究員)

わが国では非正規雇用問題が大きな社会問題となってから久しく、多くの研究や議論がこの分野で行われ、国際比較研究も盛んになっている。その一環として、フランスにおける有期雇用が取り上げられることが多い。フランスでは、有期雇用は不安定雇用の典型と考えられ、多くの立法措置がとられ、統計類もかなり豊富である。ただし、そのフランスの有期雇用や一時的雇用のあり方を日本の非正規雇用問題の参考にするには、一定の留意が必要となる。日本とフランスでは、雇用関係の法制度が違い、雇用システムや職業キャリアの在り方も大きく異なる。その中での有期雇用をそのまま日本の非正規雇用問題に透視するのは危険である。

無期雇用を原則としながら増える有期雇用

フランスでは、標準的雇用形態、すなわち正規雇用、は雇用保障の厚い無期雇用と考えられ、その範疇から外れる他の雇用形態-主に有期雇用と派遣労働-を厳しく法律で規制してきた。労働法典は、まず一般的原則として、標準的な雇用形態を無期雇用と定め、一般的かつ継続的な企業活動のために有期雇用を用いることを禁止する(L.1242-1)。そして、有期雇用や派遣労働が許される範囲・条件を細かく明記している(L.1242-2~L.1242-4、L.1251-6等)。とはいえ、すべての経済活動が恒常的なものではありえず、実際の企業活動は、景気の短・中期の経済予測や季節的変動に左右され、雇用面でも一定の伸縮は必要となる。例えば、スキー産業や避暑地の活動は季節性が強く、そこに無期雇用を義務化することは不可能である。したがって、労働法は経済の実態を勘案し、次第に有期雇用が許される範囲を拡大してきた。また、フランスは長期的に高い失業率を抱えているので、その雇用対策として、若年者や高齢者を対象とした有期の雇用を促進している。このように、有期雇用は労働市場の円滑剤でもあるので、ここ30年の間に有期雇用の比率は増加する傾向がみられる。とは言うものも、フランスは標準的な雇用を無期雇用とする原則を崩していない。この点、雇用形態に関して法的拘束が少ないアングロ・サクソン系の国とは大きく異なる。なお、フランスではパートタイム労働は非正規雇用とはみなされない。その理由は、一つには法が雇用契約の期間を重視し、標準的な雇用を無期雇用と規定していることがあるが、同時に短時間労働である故に賃金や労使関係面での待遇格差は禁止されていることによる。もちろん、パートタイム労働者の中には、非自発的な短時間労働者も一定数存在するが、それは職業資格の低さや雇用機会の欠如のためと考えられている。

比較困難なフランスの有期雇用と日本の非正規雇用

このフランスの雇用契約期間による正規・非正規の分類と比較すると、わが国の非正規雇用は、その表現のあいまいさもあり、画一的な定義は存在しない。ある人にとっては、雇用保障があり、一定のキャリアが用意されている大企業などの正社員との対比で、それから外れた労働者の総称として非正規雇用をイメージする。また、ある人は賃金や所得の低さを非正規雇用の特徴と考える。また、かなりの人は、非正規雇用は一種の「身分」の違いなので、フルタイム労働者と同じ労働時間でもパートと位置付けられ、賃金や処遇面で格差がつけられていると主張する。このように、非正規雇用を単純に定義することは難しいが、雇用保障の有無が非正規雇用の特徴の一つであることは間違いないように思われる。ただし、雇用契約という概念が広く日本社会に行き渡っていないので、どこまで有期雇用が非正規雇用を代表しているかには疑問が伴う。それは、同時に、フランスの有期雇用と日本の非正規雇用の比較の難しさでもある。

この稿では、フランスの有期雇用の法制度を紹介し、近年の有期雇用の傾向や特徴を見る(1節)。その後、使用者が有期雇用を使う理由を考え(2節)、そして、フランスの有期雇用と日本の非正規雇用問題を比較する際に留意すべき点(3節)を簡単に記してみたい。

1. フランスの有期雇用(CDD)

フランスは、イタリアやスペインと同様に、無期雇用を標準的な雇用形態と法律で定め、したがって期間に定めのある雇用契約は法が適用除外として認める範囲でしかその使用をすることができない。この法が認める例外的な雇用契約としては有期雇用、派遣労働、見習い(研修を含む)の3つがあり、そのそれぞれの雇用形態が認められる範囲や条件が規定されている。これらのうち、数量的に多いのは有期雇用(期間の定めのある雇用、フランス語で略称 CDD:Contrat à durée déterminée)で、その雇用期間も年単位のものから日単位のものまである。雇用期間の法的上限は18カ月で、例外的に24カ月まで認められるケースもある。契約の更新は2回まで認められるが、繰り返される有期雇用契約を防ぐために、各契約終了時に冷却期間が置かれなければならない。これに対し、派遣労働は、わが国と同様に、多くの議論の後に、1970年代に立法化された独立したカテゴリーで、統計上有期雇用(CDD)とは別枠として扱われている。見習いは伝統的な職業では昔からあるものだが、近年では、雇用対策の柱の一つとして、公的助成金を受ける職業訓練がらみで増大している。なお、この稿では、フランスのCDDを有期雇用と訳すので、用語の混乱を避けるために、有期雇用、派遣労働、見習いの3つをまとめて表現する場合には「一時的雇用」を使い、有期雇用と区別する。さらに、この小論は主にフランスの有期雇用に焦点を絞る。

労働法典で有期雇用の利用可能なケースを限定

有期雇用(CDD)に関しては、労働法典では有期雇用は通常の恒常的な企業活動のために用いることはできないと明記した後、いくつかの有期雇用が許されるケースを列記している。その主なものは①病気休暇や出産休暇などの際の代替雇用、②一時的な活動の繁閑に対応する雇用、③季節的労働、④有期や短期雇用が慣習化している産業における雇用、⑤雇用対策として助成される雇用、である。一見すると、このリストはかなり広いように感じるかもしれないが、実は判例がその使用範囲を厳しく規定する(L.1242-2、L.1242-3)。例えば、代替の場合、休暇をとった人のポストに代わりの労働者は就かねばならず、その雇用期間も休暇期間と同一であることが原則となる。さらに、もっとも乱用され易い需要の一時的な増加に対する対応に関しても、それが非常に特別であることが要件となる。観光地あるいは交通の要所のガソリンスタンドで客が非常に増える夏場の観光シ-ズンで有期雇用を使うことは許されるが、新商品の売り出しで忙しいときに有期雇用で対応することは、売れ行きが順調に伸びる可能性があるので違反となる(注1)。また、病気や出産で欠勤率の高い職場で、そのようないくつかの部署をカバーする形のピンチヒッター的な雇用は、休暇で空いたポストの代替とは言えないので許されない。このように、一時的雇用が認められる範囲は判例でかなり厳しく解釈され、労働基準監督官が絶えず目を光らせているので、実質的に恒常的な経済活動に一時的雇用を使うことは難しい。ただし、法の原則は有期雇用の使用を限定する方向を維持してきたとは言うものの、一定の産業の経済の実態を考慮し、ある程度の抜け道を用意している。④の慣習的な有期雇用はその典型で、産業の特殊性に配慮し、いくつかの産業全体を適用除外としている。実際にこの適用除外規定を受け、短期雇用を多く使う産業は演劇・映画・映像産業、ホテル・レストラン、そして医療・福祉産業である。フランスは伝統的に政府が文化活動に力を入れ、映画・演劇など重要な経済セクターだが、その雇用はほとんどが1カ月未満の短期雇用である。

統計数値に基づく一時的雇用と有期雇用の特徴

ここで、一時的雇用の数量を見てみたい。2020年のフランスの統計では、就業者は自営業(12.4%)と被雇用労働者(87.6%)に大別され、そのうち被雇用者は主に雇用期間により分類される;被雇用労働者の中での内訳は無期雇用が86%、有期雇用9.7%、派遣労働者2.4%そして見習い1.9%となっている。より長期的にみると、有期雇用は1980年代から2000年にかけて少しずつ上昇し(1982年の5%から2000年の10%へ)し、その後は10%を少し上回るところで推移している(注2)。2020年は新型コロナの影響で、有期雇用が更新されなかったことがあり、有期雇用と派遣労働は約1%弱下がり、その代わり見習いが大きく増えたことには留意する必要がある。

次に、有期雇用の期間をみると、その7割は3カ月を超えるが、3カ月以下の短い有期雇用も3割近くある(2021年)(注3)。産業区分でみると、公共サービスで有期雇用の比率が最も高く(15%)、サービス産業や建設業でやや高く(それぞれ9%、6%)、製造業では5%のみで、むしろ派遣労働の割合が高かった。

有期雇用者の年齢層をみると若年層が比較的多い。15-24歳の層では27%が有期雇用で。44%が無期雇用、派遣労働者が6%、見習いが19%であった(2020年)。比較のために25-49歳の層をみると、無期雇用が78%に跳ね上がり、有期雇用は8%、派遣労働者2%でしかない。また、女性が有期雇用は働く割合が比較的高く、それに対し、派遣労働者は男性が多い。有期雇用が一定の民間の産業と公務員で集中的に使われるのに対し、派遣労働者は製造業の非熟練労働者である比率が高い。なお、フランスは高学歴化が進んでいるので、24歳以下で労働市場に出ている層では、学校や訓練施設から落ちこぼれた非熟練労働者の割合が高いことには留意する必要がある。

有期雇用増加の理由と質的変化

ではなぜ有期雇用に関する法律の枠組みが大きく変化していない(ただし、④の慣習的な有期雇用は1990年代初めに立法化された)にもかかわらず1980-2000年に有期雇用が増加したのだろうか? これにはやはりフランスの経済情勢の変化が大きく絡む。人手不足が慢性化していた高度成長の30年が終わり、1980年代からは慢性的で高い失業率を経験することと並んでEU経済の拡大と深化があり、フランス経済のグローバル化が進む。同時に人口の高齢化もあり、医療・福祉などを中心としてサービス産業の比重が高まる。季節労働者や医療・福祉関係の雇用が上昇し、有期雇用の比率が増えたといえる。近年では、助成された雇用が民間企業や地方公務員で増加し、有期雇用の比率を高めている。

ただし、長期的にみると、有期雇用の量的拡大以上にその質的な変化が目立っている(注4)。とくに、1カ月以下のごく短い有期雇用が急速に増大した。1998年にこのごく短期の有期雇用は有期雇用契約総数の57%を占めていたが、2017年には83%と増加した。また、有期雇用の雇用期間の平均を見ても、2011年の112日から2017年には46日と大きく短縮されている(注5)。ただし、すべての有期雇用が一律に短期化したのではなく、反対に限られた産業や職種が日割や1週間以内の雇用を使う結果である。具体的には、ごく短期の有期雇用は、医療・福祉、ホテル・レストラン、演劇・映画・映像産業に集中している。

2. 使用者が有期雇用を使う理由

フランスの有期雇用は例外的な雇用形態としてその使用範囲が法で限定されている上に、すべての有期雇用契約終了時に無期雇用の解雇手当に相当する一時金が課せられる(雇用期間に応じて、賃金の10%が加算される仕組み)。また、社会経済委員会のある企業(企業委員会か改名されたもの、原則的に50人以上の企業において設置義務あり)では、定期的に有期雇用者の数を含めた従業員構成を提出する義務があるので、組合代表が有期雇用者や派遣労働者の乱用の監視を行っている。にも拘わらず、フローの統計である毎年の雇用契約数でみると、その9割近くは有期雇用であり、ストックで見ても有期雇用や派遣労働は被雇用者の約1割強を占めている。使用者が有期雇用を使う理由は何なのだろうか?

このことに関して、労働省は2016年に大規模な企業調査を行い、とくに人事管理の内実を知ろうとした(注6)。その調査の結果では、企業が有期雇用を使う理由(複数回答あり)で一番頻度の高い回答は、「短期的な活動増加に対する対処」だったが、そのほかでは、「労働者の能力を把握するため」(回答企業の65%)、「活動が低下する恐れがあるため」(56%)が多く、「規制を避けるために」(45%)もかなりあった。

短期的な活動増加に対する対処は、法規制の枠組みそのものなので説明を要しない。「労働者の能力を把握するため」の答えは建設業で多く、なるべく無期雇用の契約をする前に、労働者の現場での能力を把握したいとする小・零細企業が多いことを示している。それに対し、医療・福祉産業では労働者の能力把握は大きな関心事ではない。「規制を避ける」の回答は、小・零細企業で多く、大企業では少なかった。大企業の場合は、人事部門に法の専門家が必ずいて、協議解雇などを利用し、解雇に関する紛争を避けることが可能なのに対し、人事労務の知識を持たない小企業の経営者には解雇に関する紛争(とくに簡易労働裁判所の費用と時間)の可能性が大きな負担になるのであろう。

失業保険によって生活を維持する短期有期雇用労働者

次に、なぜ有期雇用の中で1カ月以内のごく短期の有期雇用が近年急激に増加したのだろうか?これは法の枠組みと関係している。1990年代初めに、多くの議論の後、慣習的な産業での有期雇用が認められ、その結果、認定された産業でごく短期の有期雇用が増大する。

現在では、ごく短期の有期雇用は主に4つのセクターに絞られる(注7)。演劇・映画・映像産業、医療・福祉産業、ホテル・レストラン、地方公務員である。ただし、これらのセクターで、ごく短期の有期雇用が増えた理由は一様ではない。演劇・映画・映像産業の労働者数は、国や地域から多様な補助金が出されたこともあり、1990年代に倍増し、その後は大きく動いていない。この産業で働く人は、年間に507時間以上雇用期間があれば、原則的に被雇用労働者とみなされ、一般的な失業保険でカバーされる。したがって、この分野の製作者にとっては、必要に応じてスタッフを集めることができる有利なシステムであり、労働者も雇用のない期間一般的な失業保険で所得が保証されるので不利とは言えない。そのため、この産業では、短期雇用がビジネス・モデルとなり、無期雇用は限られた範囲でしか使われなくなっている。医療・保健のセクター、とくに病院や老人ホームの介護士などは、様々な理由で欠勤率が相当に高く、病院や老人ホームでは、代替の看護師などの名簿を用意し、欠員を補っている。この代替要員には顔見知りの退職者(年金生活者)が多く、1週間以内の欠勤者の代替が主である。ホテル・レストランは短期的あるいは季節的需要の変動に対する対応と答えるものが多い。また、地方公務員では短期有期雇用を頻繁に使うが、市役所などの仕事の継続性の必要と予算上の制限のためという答えが多い。

このような限られた産業でのごく短期有期雇用の増加は失業保険制度と関連する。多くの有期雇用者は、雇用がない期間は一般的な失業保険で生活を維持することができる。したがって、使用者にとっては、必要な時に、必要なスタッフを採用できる有利なシステムといえる。ただ、失業保険財政にとっては相当の負担となる。しかし、有期雇用を頻繁に使う産業の労使の団結力は強く、失業保険の改革案は過去に何回となく葬られた。ただし、最近の失業保険制度改革で、短期有期雇用の乱用を防ぐために、それを多く使う産業の使用者負担を増加させる、いわゆるMalus制度が導入された(施行は2021年より)(注8)が、その効果はまだわかっていない。

3. 有期雇用の日仏比較:留意点

わが国の非正規雇用をどう定義したらよいのだろうか?そして、有期雇用と非正規雇用はどのように重なるのだろうか?

根本的に異なる日本の非正規雇用とフランスの有期雇用の概念

日本の非正規雇用の問題を実に丁寧に研究した神林は、雇用保障、賃金、企業内訓練への参加という3つの側面から職場での呼称による非正規雇用と契約上の有期雇用を計量的に分析した。その結果、日本の非正規雇用は職場での呼称による非正規雇用と強く相関し、契約上の雇用期間は説明力をほとんど持たないと結論付けた(注9)。ある意味、非正社員という職場での身分が非正規雇用の実態であることを示している。では、この定義をフランスに当てはめることは可能なのだろうか?答えは端的に否である。まず、フランスでは、企業内で正社員という概念はなく、社員の地位と賃金は職種と職位で規定される。具体的には、エンジニアとか人事専門家あるいは生産工程の熟練工である。例えば、熟練を要しない搬送係や清掃担当の労働者は、勤続年数が伸びても賃金はほとんど変わらない。同様に、技能職であっても、その職種の中で、すなわち狭い範囲で、給与が上がるに過ぎず、職位が上がることはほとんどない。それに対し、専門職の場合、能力や経験に応じて給与が大きく上昇する可能性を持つ。大企業や公務員の場合、勤続年数は賃金にはかなり反映する(勤続手当や職種内での昇進)が職位上の昇格とは結び付かない。多くの場合、わが国で想像する企業内キャリアは専門的な高等教育を受けたエンジニア(フランスでは理系の専門職大学院出身者のみに与えられる資格)や管理職にのみに開かれている。

職業訓練に関しては、失業対策の大きな柱として、国が企業から総賃金の1.68%(従業員11人以上)を徴収し、それを原資に多様な訓練施設や専門コースが存在し、職業訓練は大きな産業となっている。もちろん、企業が従業員に訓練を提供し、それを公的機関の認定する場合も多いが、それ以外に失業者を対象とした国の職業訓練、転職希望者のための様々な訓練プログラムがある。また、労働者個人が自由に使える職業訓練口座も存在する。このように、職業訓練の機会は広く存在し、国が間接的に管理しているので、職業訓練はフランスでは企業に特化せず、無期雇用と有期雇用を分ける要因ではない。

フランスの有期雇用と日本の非正規雇用の類似点

次に、フランスの有期雇用と日本の非正規雇用(呼称による非正規雇用)が重なる部分を検討してみよう。フランスの有期雇用は実際にはいくつもの階層からなるが、その主力は教育水準・職業資格の低い若年層が多い。その一部は、経験を経る中で、無期雇用に転換することができるが、一定の層は有期雇用や派遣労働と失業を繰り返す。このような階層は、フランスの2次的労働市場から抜け出すことは困難である。この点、日本で非正規雇用から正規雇用への転換が難しいのと似ていると言える。また、フランスの季節労働者や慣習的有期雇用は、一定の産業に集中し、そのような産業では無期雇用が稀なので、ある意味、日本の大都市のサービス産業で働く学生アルバイトの市場と似ていると言えるかもしれない。日本で非正規雇用の大きな割合を占める女性のパートタイム労働者に関しては、フランスにも非自発的パートタイム労働が少数存在する。フランスの統計局は、労働時間が自分の希望よりも不足しているという潜在的雇用(sous-emploi)をパートタイム労働者の6%と推計している(2021年)。職業資格が低く、衰退気味の地方都市の場合、雇用機会が乏しく、複数の職場で働いたりするケースもある。ただし、日本と異なり、パートタイム労働で働く女性労働者は少数(約3割)で、女性の大半はフルタイムで無期雇用である。

まとめ

フランスの有期雇用と日本の有期雇用の大きな違いは、法制度の在り方からくる。わが国では雇用形態に関する規制は少なく、企業や組織はその活動の特性や経済状況に応じて、無期雇用あるいは有期雇用を選択できる。ただし、労働市場がタイトな場合、企業は無期雇用を採用の条件にしなければ良質な労働者を採用することは難しい。これに対し、フランスは高度成長期の終りから失業問題の対策として解雇規制を強化するとともに不安定な有期雇用を制限する政策を進めた。この背景には、自由主義の伝統を持つアングロ・サクソン諸国とは異なり、フランスには雇用を労働者の権利とみなす思想が底流にあり、それを多くの関係者が共有している。そして、現在のような無期雇用を標準的雇用とし、有期雇用を制限する法制度となった。このように、有期雇用に対する法の位置づけと雇用システムが異なるので、単純にフランスの有期雇用と日本の有期雇用を比較することは意味がない。また、日本では、雇用契約という概念が希薄なので、有期雇用は最大の問題である非正規雇用のほんの一角でしかない。この点、フランスでは、雇用期間は有期雇用と無期雇用を分け、雇用の安定と絡む大きな区分である。

フランスの有期雇用は二つの大きな問題を抱えている。一つは、労働市場の分断化の問題である。若年層で、労働市場の入口のところで有期雇用に就き、その後無期雇用に転換できる人は問題がないが、一定数の労働者は不安定な有期雇用・派遣労働と失業を繰り返すことが知られている。その大部分は、格別の職業資格や技能を有しない人なので、安定した良い雇用につくことは難しい。この労働市場の分断化はフランスの深刻な失業問題とも絡む。第二の問題は、有期雇用の短期化で、主にいくつかの限られたセクターで一カ月以下の有期雇用が頻繁に使われている。フローで見た労働契約の9割近くはごく短期の有期雇用という不思議な現象があるが、それらの労働者は年間に5、6つの雇用契約を結ぶことが多い。これが可能なのは、フランスの失業保険制度が寛大であることからくるが、それを運営しているのは原則的に労使代表なので、保険財政の大きな赤字がない限り、公権力の影響は限られる。最近ようやく、有期雇用を多く使うセクターの保険料を引き上げるいわゆるmalusシステムが採用されたが、その実際の効果は未定である。

2022年4月12日、パリ郊外にて。

プロフィール

写真:鈴木宏昌氏

鈴木 宏昌(すずき ひろまさ)

1964年早稲田大学政治経済学部卒業、69年ルーアン大学(フランス)博士課程修了、70年から86年までILO本部(ジュネーブ)勤務、86年から早稲田大学商学部助教授、91年同教授(2010年まで)、現在、早稲田大学名誉教授、IDHE-ENS-Paris-Saclay客員研究員。専門分野は、労働経済。特に雇用、労働時間、労使関係の国際比較。

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