カタルーニャ危機をめぐる経済・雇用の動向

独立問題をめぐって不安定な政治状況にあるスペイン・カタルーニャ。これまでのところ、経済・雇用面での大きな後退や停滞には至っていない。ただし観光業などの一部産業で昨年の秋と比べ収益が劣るなど、労使団体からは今後の影響を心配する声も上がる。

カタルーニャ経済および雇用の現状

カタルーニャは、スペインGDPの19%を生み出す国内最大の経済規模をもつ自治州である。これは、ポルトガル一国のGDPに相当する。政治の中心である首都マドリードに対して、経済力は互角で、近年の経済成長も国内平均より高い水準を維持してきた(図表1)。州内には、全人口の16%にあたる約740万人が居住し、その7割超が州都バルセロナの住民である(注1)

図表1:上位10州のGDPとGDP成長率(2016)

図表1:画像

出所:スペイン統計局(INE)

図表1に示される通り、スペインは不動産バブル崩壊後の後退期を脱し、近年は順調な経済成長を進めてきた。また図表2の雇用に関する四半期データでは、スペインおよびカタルーニャ州において失業率が低下の一途にあることがわかる(失業者数も同様)。スペイン全体の失業率は、国際的にはいまだ高い水準にあるものの、2015年第1四半期から2017年第3四半期の期間に7.3%減少し、継続的に改善されている。カタルーニャでは国内平均を大きく下回り、さらに同期間には失業率を7.5%改善させ、経済的にも雇用の面でも、国内の優等生としての地位を誇ってきた。

図表2:全国平均およびカタルーニャの失業率の推移(四半期)

図表2:画像

出所:スペイン統計局(INE)

最近数カ月の雇用情勢を確認してみよう。雇用・社会保障省の公表する2017年10月の全国の社会保険加入者数は、前年同月より61.7万人増の1843万人であった。移民合法化の影響がみられた2005年を例外とすれば、有史以来の記録的な伸びである。しかし、これを9月から10月の1カ月の増減に限定すると、2016年で10.1万人増、2017年で9.4万人増と、前年をやや下回る結果となった。同様の数値についてカタルーニャをみると、2016年の5858人増に対し、2017年は1702人増と、増加のペースが落ち込んでいる。これに比例するように、カタルーニャでは2017年10月の失業者数が前月より14698人増加し、前年の同期比7325人より倍の失業者が出たことを示している。この、2017年10月の増加数は国内最多であった。以上のように短期的視点からは、成長ペースの低下とも言える変化が確認されるが、より長期的な視点からは、継続して社会保険加入者は増加し、失業者は減少しているため、地域のこれまでの傾向を変えるほどの変化には至っていない。

カタルーニャにおける観光業の状況

こうした失業者の状況についてもう少し詳しくみてみると、まず、カタルーニャ州は、バルセロナ、ヒローナ、レイダ、タラゴナの全4県からなるが、バルセロナ県における失業者の増加が顕著で、そのほとんどはサービス業に従事する労働者だということがわかる(図表3、4)。

図表3:県別、カタルーニャの失業者数(10月)
  2017年10月 前月比
バルセロナ 303,188 5,952
ヒローナ 40,165 3,722
レイダ 21,266 2,122
タラゴナ 50,452 2,902
計(カタルーニャ) 415,071 14,698
2016年10月 前月比
336,908 1,375
43,509 2,398
23,496 1,704
54,493 1,848
458,406 7,325

出所:公共雇用局(Servicio Público de Empleo Estatal)

図表4:産業別、カタルーニャの失業者数(10月)
  2017年10月 前月比
農業 10,858 1,219
工業 48,354 286
建設業 37,110 -147
サービス業 290,706 12,561
前職なしの失業中 28,043 779
415,071 14,698
2016年10月 前月比
11,891 1,293
56,930 62
44,782 -614
315,694 6,482
29,109 102
458,406 7,325

出所:公共雇用局(Servicio Público de Empleo Estatal)

カタルーニャのサービス業の多くは観光産業に関連している。そして、この産業に従事する企業や労働者らは、独立を巡る政治的な状況が彼らのビジネスや雇用に影響を与えていると考えているようである。

去る10月23日、世界観光機関(UNWTO)とILOは、ホテル業および観光業の主要な労使団体を招聘して会議を開催した。デジタル化など複数の議題が話し合われる中で独立問題にも言及され、スペイン主要労組のCC.OO.とUGTは、観光産業の雇用がカタルーニャ危機による影響を受けないよう関係組織に要請した。一方で、観光業界の使用者組織Excelturは、対立が深まる場合、40.5万人の雇用が宙に浮き、年末までにカタルーニャの観光ビジネスの30%にあたる1億2千万ユーロの損失が見込まれると見解を述べた。

現状について、Excelturは、10月前半の2週間で、売上は前年の15%減、年末までの予約は約20%少ないとする。別の使用者組織バルセロナホテル組合は、10月の占室率を10%減とし、STR(注2)は一室あたり収益(RevPar)を27.5%減と算出した。これらの状況について、ホテルマネージメントの教育機関ロッシュ・マルベージャのCEOは、全体として目立った規模の変化はないが、米国やアジア諸国の遠方からの顧客の足が遠のいているため、国内や周辺諸国からの顧客を中心とする中小規模の宿泊施設よりも、大規模ホテルに影響がみられると説明する。スペイン統計局(INE)が作成した宿泊データによれば、カタルーニャの宿泊施設における宿泊数は、2017年10月に456万泊で、2016年同月に記録した468万泊よりも2.7%の減少であった(国内からの旅行者の宿泊は2%減少、国外からの旅行者の宿泊は2.9%減少)。不安定雇用に依存する産業故、こうした状況は即雇用に反映されるだろうとの憶測もある。

宿泊業だけではなく、販売業への影響も報じられている。バルセロナ商工会議所が実施したアンケートでは、中小423企業のうち69.75%が、今年10月の販売が前年と比べて減った(非常に減った=21.99%、かなり減った=20.57%、いくらか減った=20.33%、少し減った=6.86%)と回答し、減少していない=23.17%、増加した=7%、の回答数を大きく上回った。また、減少をしたと感じた企業の多くが、政治的状況に起因すると考えている。同商工会議所は、バルセロナの商業地域で販売が減少し、中期的には投資、消費、雇用への影響があると予想する。

企業と労組の反応

こうした中で使用者側に大きな動揺はみられないが、今後の変化に備えた動きがある。プッチダモン州首相による10月1日の独立宣言を受け、カタルーニャに本社を置く数多くの企業が法的なリスク回避のため登記住所の「移動」を開始した。国内の主要銀行であるCaixa銀行やSabadell銀行などの大企業から中小企業までを含み(注3)、その数は1ヵ月で1800社超、11月16日時点で2388社に上る。それら企業の大半は、首都マドリードへ住所変更を行った。もちろん、企業の登記住所を州外に「移動」するという書面上の動きは、それ自体が経済的なインパクトを有するものではない。実際に登記住所を変更した多くの企業は、操業上または経営上の変更はなく、顧客および雇用を守ると表明しており、組織・生産体制の変化やそれによる雇用の流出には直結していない。しかし、設備や人員等、今後の実質的な移動を心配する声も上がっている。カタルーニャ最大の使用者組織Foment del Treball Nacional(労働促進)は、カタルーニャで生産される財やサービスを新たな所在地に段階的に移動する企業が出てくるのではないかと危惧する。また、エル・パイス紙やエル・ムンド紙など国内の主要各紙は、独立問題による不安定な政治情勢が続く場合や独立が実現した場合、これらの企業は実質的な移動に着手し、投資も減少すると予測され、カタルーニャに大きな経済的損失をもたらすだろうと報じている。

なお、スペインの労働組合は、今回のカタルーニャ独立に関しては一定の距離を置いている。フランコ独裁政権下の民主化運動で大きな役割を果たし、各地の自治権を積極的に支持してきた歴史をもつ労働組合だが、今回の独立問題をめぐっては、同じ組合の中でも中央指導部とカタルーニャ支部との間で明らかな温度差が感じられる。独立の是非を問う住民投票の実施をめぐっては、CC.OO.およびUGTの中央指導部が住民投票の停止を要求したのに対し、カタルーニャ地域のUGT指導者は、投票による決定を支持した。中央指導部は、警察や司法手段を通じたスペイン政府の強硬な態度も批判しており、「中立的な」立場から法の順守と自決権の尊重を繰り返し述べている。

経済・雇用の予測

欧州委員会は今秋、ユーロ圏の経済見通しを発表した。全体の見通しを大幅に上方修正する中、スペイン経済についても2017年の実質成長率予測を2.8%から3.1%へ、2018年を2.4%から2.5%に引き上げた。カタルーニャ危機の影響に関して、EUの経済・財務担当であるモスコビシ欧州委員は、「市場の反応は極めて抑制的で、今後の展開が限定的に影響を与えるリスクもあるが、現時点でそれを予想することはできない。マクロ経済へのインパクトは限定的、もしくはほとんどないと考えている。私は政治的、地域的なインパクトではなく、ユーロ圏、欧州、スペインについて述べている」と説明した。

一方、スペイン政府および国内の主要な財政・金融機関は、一時、カタルーニャ危機の影響についての悲観的な見方を示し、予測値を下方修正した。図表5は、11月半ばまでに公表された経済・雇用予測のまとめである。ただし、この数週間でより楽観的な見方も広がり、政府や政府の独立財政機関AIRefからは、2017年の経済成長について、それぞれ3.2%、3.3%を見込んでいるとの発言もみられる。雇用に関しては、スペイン政府が雇用成長率について最も強気であることを除けば、各機関は概ね見解を一致させており、2017年は2016年と同様に雇用が創出されたが、2018年にはこれが鈍化すると予測する。失業率も引き続き改善が見込まれる。

図表5:スペインの経済・雇用予測(2017、2018)
  GDP成長率 雇用成長率 失業率
2017 2018 2017 2018 2017 2018
政府 3.1% 2.3% 2.9% 2.4% 17.2% 15.5%
スペイン中央銀行 3.1% 2.5% 2.7% 2.2% 17.1% 15.1%
国内銀行      
BBVA 3.1% 2.5% 2.8% 2.1% 17.1% 15.5%
Bankia 3.3% 3.0% 2.8% 2.5% 17.1% 14.9%
CaixaBank 3.1% 2.4% 2.7% 2.1% 17.2% 15.8%
Santander 3.2% 2.7% 2.7% 2.3% 17.1% 15.2%
スペイン商工会議所 3.0% 2.4% 2.8% 2.2% 17.1% 15.2%
国際機関      
欧州委員会 3.1% 2.5% 2.7% 2.1% 17.4% 15.6%
IMF 3.1% 2.5% 2.8% 1.7% 17.1% 15.6%

出所:Funcas “Panel de previsions de la economía española”(2017年11月15日公表)

最後に、AIReFによれば、カタルーニャにおける2017年第4四半期の地域の成長率予測は、スペイン全体の0.89%に対し、0.5%と低い。これは、10月の小売業の業績悪化を考慮し、前回予測の0.9%から引き下げられた結果である。また、BBVAリサーチは、2018年のカタルーニャの成長率を2017年より1%ポイント低い、2.1%と予想する。カタルーニャ州に対しては、しばらくの間厳しい予測が続きそうだ。

(和田佳浦 早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程)

参考資料

  • 政府統計、新聞社・使用者団体のウェブ記事
  • Catalunyapress, “CC.OO. y UGT piden diálogo para evitar que ´procés´ afecte al empleo turístico”, 2017/10/20.
  • Diario Los Andes,“La economía española teme impacto de la crisis”, 2017/10/31.
  • Europapress,“La AIReF prevé que el crecimiento del PIB se acelere al 0,9% en el cuarto trimestre”, 2017/11/27.
  • Hosteltur,“¿Cuál es el impacto de la crisis catalana en los hoteles?”, 2017/10/31.
  • El País, “Cifras reales sobre la crisis catalana que preocupan”, 2017/11/12.
  • elPeriódico, “Bruselas avisa de “riesgos”para el crecimiento por la crisis catalana”, 2017/11/09.
  • Vozpopuli, “Las pernoctaciones en hoteles de Cataluña caen un 2,7% por la inestabilidad del ´procés´”, 2017/11/23.

参考レート

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