海外の大規模災害復興対策 (1):オーストラリア
クイーンズランド州の災害復興対策事例

3月11日に発生した東日本大震災以後、被災地のインフラ復旧や被災者の生活支援が急ピッチで進められている。同時に、被災企業の経営者や労働者に対する雇用支援も大きな課題となっており、現在さまざまな対策が打ち出されている。例えば厚生労働省では「被災者等就労支援・雇用創出推進会議」を立ち上げ、その中で総合的な雇用対策を策定している。
ここでは海外の事例として、今年初めに大規模な水害を受けたオーストラリアのクイーンズランド州の災害復興対策を取り上げ、雇用支援策を中心に紹介する。

二度の水害で被害が拡大

南半球に位置するオーストラリアでは、日本を含む北半球の国々とは季節が逆転する。11月のクイーンズランド州は真夏で、例年であれば農家が雨不足や水不足に頭を悩ます時期である。しかし、昨年は11月から大雨が降り続き、その影響で今年1月に大規模な洪水が発生した。その後、被害の爪痕も消えないうちに、2月3日には過去百年で最大規模の超大型サイクロン「ヤシ」が同州を直撃し、通過後の一部地域では「爆撃を受けた戦地のような」状態となった。結果的に二度にわたる大規模な水害が、被害を甚大にした。

クイーンズランド州は、オーストラリアの北東部に位置し、主要な産業は牧畜、農業、鉱業などである。州内にはグレート・バリア・リーフと呼ばれる世界遺産に登録された湾岸地域が広がり、観光も非常に盛んである。州人口は、2010年1月時点で約451万人。今回のサイクロン上陸前には、約1万人が緊急集団避難を行った。

オーストラリア

資料出所:Googleマップ

被災状況は、1月の大洪水発生後、約半数の石炭鉱山が操業停止に追い込まれ、専用の港も1週間閉鎖された。その後、2月3日のサイクロンによって、サトウキビやバナナなどの主要農産物の8割近くが深刻な打撃を受けた。住宅や商業・公共施設やインフラも被害を受け、9万キロに及ぶ道路、橋、線路、百校近くの校舎が半壊もしくは全壊した。被害総額は現時点で不明だが、80億豪ドルに達するとの試算も出ており、完全に復興するまで数年かかるとみられている。

基礎支援とその後の追加支援

連邦政府は3月22日、復興財源の一部に充当するため、約18億豪ドルの水害復興臨時特別税関連法案を成立させたが、それまでに緊急支出として以下の基礎支援と追加支援を行った。

(1)基礎支援

被災後、まず実施された生活支援などの主な基礎支援は、(1)大人一人当たり1,000豪ドル、子ども一人当たり400豪ドルの復興交付金の支給(3月までに12万6,000件以上の申請があり、約1億4,800万豪ドルが支給された)、(2)災害で収入源を失った個人、小規模経営者、第一次生産者に対する所得代替金の支給、(3)適用対象の企業や第一次生産者に対する譲許的融資の提供(上限25万豪ドル)、(4)災害で家畜、飼料、水、器具などを移動せざるを得なくなった第一次生産者に対する移動費用助成金の支給(上限5,000豪ドル)、(5)税の減免措置(返済・支払い猶予など)が実施された。

(2)追加支援

これら基礎支援に続き、連邦政府は2月16日、特に被害が大きかったクイーンズランド州の北部地域(カソワリー・コースト、ヒンチンブルック、テーブルランズの一部地域)に対する追加支援策を発表した。内容は、(1)連邦政府からクイーンズランド州政府に対する事前の債務交付金の支給(5,000万豪ドル)、(2)連邦政府とクイーンズランド州政府の共同出資による「地域復興基金」を用いた被災企業・地域支援(執行は州政府)、(3)特に被害を受けた民間経営者、第一次生産者、非営利団体に対する追加の特別譲許的融資(上限65万豪ドル)および無償資金(上限5万豪ドル)の提供、(4)第一次生産者を含む雇用主に対する再出発手当の支給(上限13週間。復興速度によって26週間まで延長可能)など。政府はその後、追加支援の対象地域をバーデキン、パーム島、タウンズヴィル、ヤラバにも拡大した。

このような追加支援の背景には、北部地域経済の要だった主要農産物が深刻な被害を受け、経済問題が長期化するとの政府予測があった。実際、北部地域は大都市からも遠く離れているため、代替雇用が非常に限定されており、復興途中での地域の空洞化が懸念されている。追加支援は、空洞化を防ぎ、被災住民が継続して働き続けられるようにとの企図で実施された。

災害復興雇用対策パッケージ

被災者に対して実施されている雇用対策について見てみよう。

対策の正式名称は「2011クイーンズランド州自然災害雇用・技能パッケージ(2011 Queensland Natural Disasters Jobs and Skills Package)」で、総額予算は8,300万豪ドルである。所管するのは、「連邦教育・雇用・職場関係省(DEEWR)」、「連邦教育訓練省(DET)」、「クイーンズランド州政府 雇用・経済開発・技術革新省(DEEDI)」の二省一州政府機関。支援対象は、約1万人のクイーンズランド州被災者。主な目的は、(1)被災住民が当該地域に継続居住できるような緊急雇用支援、(2)被災地が主体となるような雇用調整、(3)長期的展望に基づく地域復興と技能不足軽減のための実習生等の維持・確保、(4)復興支援の一環として将来にわたる職業訓練体制の整備。この目的に沿った具体的なプログラムとして(1)グリーンジョブ(2)被災地雇用調整、(3)実習制度支援、(4)優先的技能開発の4つが実施されている(表1)。各プログラムの内容と予算規模は以下の通り。

表1. 2011クイーンズランド州自然災害雇用・技能パッケージの概要
予算 8,300万豪ドル
所管 ・連邦教育・雇用・職場関係省(DEEWR)
・連邦教育訓練省(DET)
・クイーンズランド州政府 雇用・経済開発・技術革新省(DEEDI)
背景 洪水とサイクロンの被害を受けたクイーンズランド州の産業、商業、通信(交通)復興のために行う雇用対策
目的 ・雇用や技能喪失の軽減
・被災地域における熟練労働者の確保と支援
・技能不足に対する緊急対応
支援対象と
主な内容
約1万人のクイーンズランド州在住者
・特に甚大な被災地域における地域主体の災害復興支援。
・被災地域復興に向けた再構築支援、被災住民が当該地域に居住し続けられるような緊急雇用支援。
・被災住民の継続居住を保障し、長期的展望に立った地域経済復興時の技能不足を軽減するために重要な地場産業における実習生や熟練動労者の維持・確保。
・再構築支援の一環としての、将来にわたる職業訓練への投資体制の整備。
プログラム (1)グリーンジョブ(3,930万豪ドル)
州政府が組織する「グリーンアーミー」を通じて、復興作業を行う被災地住民約2,000人を雇用(上限6カ月)。その他プログラムで約400人を雇用。
(2) 被災地雇用調整(1,655万豪ドル)
被災地の実情に通じた専門人材である「雇用・技能開発担当官」や「現地コーディネーター」を活用し、中長期的観点で被災地の労働力開発や調整等を実施。
(3) 実習制度支援(1,415万豪ドル)実習生や訓練生の維持・確保を図り、将来の回復期における労働需要の増加に対応可能な人材の継続育成を実施。
(4) 優先的技能開発(1,300万豪ドル)
被災地の優先度に応じた雇用前訓練や再訓練を実施。

資料出所:クイーンズランド州政府ウェブサイトを元に作成

(1)グリーンジョブ(3,930万豪ドル)

対象は、(1)災害で失業した人、(2)社会的に不利な立場にあり、公的な雇用支援を必要としている人、(3)15~24歳の若年者。クイーンズランド州政府が組織した「グリーンアーミー」を通じて、復興作業のために被災住民2,000人を臨時に雇用(上限6カ月)するというもの。今回はこのほか、連邦政府の「ナショナル・グリーンジョブ共同プログラム」を通じて、追加で400人が雇用された。雇用された被災者は、被災地域のスポーツ・文化施設などの修繕、国立公園の再緑化、沿岸部の修繕、道路の修繕などの復興業務を担う。なお、技術を持たない者は、グリーンアーミー訓練生の立場で別途給与を受け取りながら、復興に必要な技能訓練を受けることも可能である。

(2)被災地雇用調整(1,655万豪ドル)

被災地の実情に通じた専門人材を積極的に活用して、被災地の復興と将来にわたる労働力の開発や調整を行う。以下のスキームと基金で構成される。

  1. 「雇用・技能開発担当官」
    被災企業の要請に応じた労働力開発計画の立案・実施・調整を行う「雇用・技能開発担当官」というポジションを設けて、その人件費を政府が負担。当該担当官は、被災地の産業や労働力のニーズをよく把握し、当該地域が今後必要とする職業技術の優先度の識別が可能な人物で、主に地方自治体が選出する。

  2. 「現地コーディネーター」
    被災地在住のコーディネーターを採用した場合に、その人件費を政府が負担する。コーディネーターの役割は、求職者が被災地における職業訓練や就労機会に確実にアクセスできるよう調整することである。

  3. 「災害復興フレキシブル基金」
    被災地の職業訓練や就労支援、コミュニティ復興のための雇用支援については、災害後に連邦政府が設立した「災害復興基金(1,200万豪ドル)」を柔軟に活用することが可能である。

(3)実習制度支援(1,415万豪ドル)

被災の影響を受けやすい実習生や訓練生の実習・訓練機会の継続を図り、将来の回復期における労働需要の増加に対応できる人材の育成や確保を目的とする。主なスキームを抜粋して以下に紹介する。

  1. 「実習復興一時金」
    クイーンズランド州で被災した中小企業の経営者が、人材不足業種で19歳以下の実習生を採用した場合、一時金として3,350豪ドルを支給。

  2. 「特殊道具・器材交付金」
    災害によって紛失、もしくは損害を受けた特殊な職業道具や器材を使用している実習生に対して、代替品の購入資金として1回限り上限800豪ドルを支給。

  3. 「政府実習プログラム」 
    被災地域で将来必要とされる業種を対象に、200人分の実習機会を提供。

以上三つのスキームのほか、被災によって実習や訓練の取消を考える雇用主に対して、それを思いとどまるよう各種の支援策をまとめた政府情報サイトの作成や、実習生や訓練生の無料の登録サイトを活用したマッチング機能の強化などを行っている。

(4)優先的技能開発(1,300万豪ドル)

被災地の実情や優先度に沿った局地的な雇用前訓練や、災害復興に必要な技能の再訓練の機会などを積極的に提供するのが目的である。
具体的には、政府が被災地で優先的に必要とされている技能開発に関する資金を負担する。なお、資金は職業訓練や技能検定を行う対象組織に配分し、各種の技能養成に活用する。

中長期的視点に立つ雇用対策が必要

以上が、クイーンズランド州の災害復興雇用対策の概要だが、これは現在も進行中のプログラムである。

オーストラリアにおける復興対策の特徴として挙げられるのは、被災地住民が継続して居住し続けられるように一義的な生活保障を行った上で、多様な対策がとられている点である。特に代替雇用の少ない農村部に対しては、復興途中で空洞化が起きないように追加の支援策を講じるなど最大限の配慮がなされている。これらの雇用対策は被災地の実情に詳しい地方自治体が主導し、それを国が側面から支援する体制がとられている。

もちろん今回の東日本大震災と一概に比較できるものではないが、被災者の生活保障や雇用創出を目的として、地方自治体が被災者を一時的に雇用する政策などは日本とも類似する。大規模災害後の復興支援策で難しい点は、短期集中型の対策だけでは不十分で、対策に中長期的な視点も求められることである。

クイーンズランド州では被災企業に対してアドバイス等を行う雇用・技能開発担当官の活用や実習生や訓練生に対する訓練・就業機会の確保など雇用対策が実施されているが、日本でも被災地での雇用創出につながる企業への優遇税制措置など、被災地のニーズに即したきめの細かい継続性のある中長期の対策が求められる。

参考

  • クイーンズランド州政府ウェブサイト、日豪プレス(2月19日付)、Prime Minister of Australia, Media release(22 MARCH 2011)

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