最近の欧州移民政策の変化と潮流

2007年は移民関連の話題に事欠かない年であった。フランスでは、5月にサルコジ氏が新大統領に就任し、新移民法を成立させた。内相時代から不法移民の取り締まり強化をはじめとする移民法改正に積極的だった同氏による法改正により、高度人材を積極的に受け入れるとする一方で、不法移民への取り締まり強化など移民の管理強化姿勢が鮮明になった。

イギリスでは、ブレア氏からブラウン氏へと政権がバトンタッチされ、基本的には労働党が推進する積極的移民政策が踏襲された。しかし、イギリスにおいても政策の基本となっているのは、有能な人材の積極的な確保と非高度移民の制限強化という明確な方針である。さらにイギリスではポイント制が導入され、移民を5段階のレベルに階層化するという新制度がスタートした。

いま欧州を外観すると、この「選択的移民」という概念が移民政策の新しい潮流となりつつある。この概念は二つの側面を持っている。一つは高度人材の受け入れ促進で、もう一つは非熟練労働者の制限と不法労働者の管理強化である。前者については、特に欧州委員会が危機感を持ち推進している。07年10月、欧州委員会はEU域外からの高度人材の受け入れに関する新制度を導入する指令案を提案した。アメリカのグリーンカードに対して「ブルーカード」と呼ばれるこの制度は、高度人材がEU域内の任意の国で自由に就労することを可能とする。高度人材の渡航先として人気に水をあけられているアメリカ、カナダといった国から欧州が巻き返しを図ろうというものだ。域内の持続的経済発展のためには移民の力が必要というというのが欧州全体の共通認識となっている。

しかし、各国レベルに目を移すと、移民の受け入れ―特に熟練技能を持たない労働者の受け入れ―に関しては実はどの先進国も非常に慎重な姿勢を見せている。同時に、合法的な滞在ステータスを持たない労働者に対しては各国とも管理を強化する傾向にある。こうした新しい移民受け入れルールの潮流が生まれた背景に、移民が関与した事件が最近増えていることと無関係ではない。こうした事件は主に過去に受け入れられた移民の2世、3世が関与するものであり、過去の移民政策によって生じた負の遺産とも言える。ここで焦点となるのが社会統合政策の重要性である。ドイツでは言語教育など社会統合政策を盛り込んだ新移民法を07年7月に制定した。フランスの移民法改正も受入・統合契約を含む社会統合政策を強化している。今後の欧州の経済発展はこの社会統合政策の成否がカギを握っていると考えられている。

本稿では、イギリス、フランス、ドイツを対象に、最近の移民政策改正のポイントを整理してみる。

イギリス

移民を受け入れる制度は、その時々の政治・経済・社会状況を反映して刻々と変わる。イギリスの受入れ政策もこれまで、たとえば医療従事者が足りない、理工技術系学生を確保したいなどその時々のニーズに応じて策定されてきたため、受入れスキーム数が80種類にも及ぶなど制度はかなり複雑化していた。優秀な人材を迅速に確保するためには、複雑な制度を改め、手続きの簡素化を図る必要がある。政府は2005年2月、従来の受入れ政策を1つの体系に整理する「入国管理5カ年計画」を発表した。この新規計画により、移民は5段階の技能レベルに分類されることとなった。(図表1参照)

1.最近の制度改正のポイント

第1層と第2層の入国者については、従来の高度技能移民プログラムと同様にポイント制を導入し、5年間の就労後に定住権の申請を可能とする(図表2参照)。この場合、語学試験と市民試験に合格することが必要である。従来は4年間の就労後に定住権を申請することが可能であったのに、この期間が5年間に延長された理由は、EU諸国間との関係という意味合いが強い。定住権を取得するために、就労期間を満たすだけでなく、英語の語学試験と英国文化・慣習などに関する知識を問う市民試験に合格しなければならないことは他国と同様の措置と言える。

一方、低熟練労働者については査証期限の切れた段階で出国しなければならないとする帰国担保も今回改正では強調されている。この5カ年計画をまとめた報告書は『選択的受け入れ(Selective Admission)』というものであり、そのコンセプトは、国の利益になる人のみを選んで移住させ、低熟練労働者の受入れは制限するというものである。

資料出所:労働政策研究報告書No.59「欧州における外国人労働者受入れ制度と社会統合」(2006)より

図表2

資料出所:労働政策研究報告書No.59「欧州における外国人労働者受入れ制度と社会統合」(2006)より

2.ポイント制の具体的運用方針

内務省は2008年3月から段階的に導入される「ポイント制」についての具体的運用方針を示している。その内容は次のようなものである。

  1. 欧州経済地域(EEA)外からの移民に対して、技能・経験、年齢等に応じた加点により、入国の是非を判定する。受け入れ基準の設定など、その運用にあたっては、「移民諮問委員会(Migration Advisory Committee)」(注1)と、「移民影響フォーラム(Migration Impacts Forum)」(注2)が政府に対して提言や情報提供を行う。
  2. 港や空港での国境管理体制の強化の方策としては、国境移民庁(Border and Immigration Agency)に税関及び滞在許可発給機関(UKVisas)を編入し、政府とは独立の組織として拘束権など新しい権限を与える。また、出入国手続きの電子化(これに伴い、1997年以降廃止されていた出国管理を復活)や、難民認定作業の迅速化(40%について6カ月以内の解決をはかる)、重大な罪を犯した外国人を自動的に国外退去とするなど、手続きの効率化をはかる。
  3. EU域内や外国人(一部関係国除く)に対する査証申請時の指紋押捺の義務化と、国内に居住する外国人へ生体認証IDカード(就労の可否を含む情報が記載される)を付与する。
  4. 外国人労働者の入国申請に際して雇い主(sponsor)となる資格をライセンス化し、不法移民を雇用するなどの法律違反に対しては、1万ポンド以下の罰金とともに、ライセンスを剥奪するなどの措置をとる。
  5. 英語能力の証明を新たに要件として加える。これにより、技能移民労働者はイギリス政府が認定した試験などで、英会話能力などが一定水準以上であることを示さなければならない。政府は、2006年のEU域外からの技能移民労働者9万5000人のうち3万5000人が、政府の設定する基準に達していないとみている。

3.最近の移民政策の評価

内務省は07年10月、他省庁と共同で作成した「移民の経済的、財政的影響」と題する報告書を発表した。移民の近年の増加について、経済成長や財政状況の改善に寄与するとともに、高齢化に伴う労働力不足緩和に貢献などと、積極的な評価を下している。

報告書は、人口構成、財政・経済、労働市場、就業構造などの視点から、移民の影響を分析している。この報告書の要旨は以下のとおり。

  1. 2005年半ばから2006年半ばにかけての長期移民は、移出が38万5000人、移入が57万4000人で、18万9000人の流入超過となった。今後は年19万人のペースで移民が増加すると推計している。
  2. 移民は税収等の面で政府収入の10%に貢献する一方で、各種給付、公共サービスを通じ、政府支出の9.1%相当の公的サービスを享受している。長期的には、財政改善や労働力不足の緩和に寄与するとともに、高齢化に伴う国民負担率の増加幅を押し下げる効果が期待される。移民の経済成長への寄与は2006年で約60億ポンドと推定される。
  3. 労働力人口に占める外国人(国外出生者)の比率は、1997年の7.4%から2006年には12.5%に増加。外国人の就業率(68%)は上昇しており、イギリス人(75%)との差は縮小傾向にある。フルタイム労働者の平均で比較した場合、技能水準はイギリス国籍労働者より高く、より高度な職業に就いている比率が高い。この結果、2006年の週当たり平均収入額の424ポンドは、イギリス人労働者の平均である395ポンドを上回っている。ただし、近年の外国人の賃金水準の低下とイギリス人労働者における上昇により、その差は2001年の76ポンドから2006年には28ポンドへと縮小している。なお、失業への影響は観察されていない。
  4. 新規EU加盟国である東欧諸国(A8)(注3)の移民については、業種別には流通・ホテル・飲食店業(24%)、製造業(21%)、建設業(14%)などで比率が高い。
  5. A8を除いた外国人の業種・職種別の分布は、建設業で比率が低く、専門的業務で高いことを除けば、イギリス人と大きな違いは認められない。

4.新移民政策の課題

このような政府による新移民政策の積極的評価に対して、移民の増加を否定的にとらえる向きも少なくない。特に移民の急激な増加による公共サービス面の拡大を余儀なくされている地方自治体からは財政支援を政府に求める声が出ている。

07年11月、イングランドとウェールズの地方自治体が構成する地方自治体協会(Local Government Association:LGA)は、独自の調査をもとに、A8などからの移民の増加が地域に及ぼしている影響について報告書を発表した。移民の急激な増加が教育・住宅供給・医療など地域の公共サービスの維持を難しくしている、というのがその内容だ。また、犯罪の被害にさらされやすい移民や貧困家庭の児童の保護の必要性も併せて指摘している。LGAはこれらの問題への対策費として、新たに年2億5000万ポンドの予算投入を政府に要請、また調査等によるデータの整備や実態把握や、地域の実状に沿った予算配分などを求めている。

地域での外国人統合政策の必要性については政府も認めており、07年10月、政府は今後3年間で5000万ポンドを新たに投入する政策パッケージの導入を決定した(2007年の予算額は200万ポンド)。これまで柱としてきた外国人に対する翻訳サービスや、特定のマイノリティ・宗教グループ等を代表する団体への援助といった支出内容を見直し、英語教育などで外国人の社会統合を支援する団体への財政援助に転換していく。また併せて、移民増加による摩擦に対応する専門家チームを地域ごとに設置するとしている。

ただし一方で、外国人向け英語コース(English for Speakers of Other Languages:ESOL)の無料提供を原則廃止し、受講者(もしくは雇用主)に費用の一部を負担させた、より簡易な「仕事向け」英語コース(ESOL for Work)を新設するなどの効率化も進めている。これには、受講期間の短期化による大量の受講待ちの解消とともに、現在仕事があって長期滞在を認められている移民に対して、優先的に受講資格を与え、実用的な英語の習得による生活の向上を支援する意図がある。LGA報告書は、社会統合政策における英語教育の重要性を強く主張し、こうした効率化の方針にも再検討を促している。

フランスの動向

歴史的に多くの移民を受け入れてきたフランスは、1974年に就労を目的とした移民の受け入れを停止した。その一方で、既に労働者としてフランスに入国し居住している外国人の家族の合流は認めていたため、定住化した移民が出身国から配偶者や子どもを呼び寄せることが一般的となり、移民数の増加傾向はその後も続いた(注4)。

以降、フランス政府は「労働力導入」から「移民流入の抑制」と「正規滞在移民のフランス社会への統合」を柱とした移民政策をすすめてきた。

1997年後半以降の景気回復を背景とする雇用環境の改善や、テクノロジーの進化、少子高齢化、そしてEU拡大等、フランスを取り巻く経済・社会状況の大きな変化のなかで、こうした移民政策に新たな視点が加わる。それは、未熟練労働者の受入れは抑制するが、フランスの経済・社会発展への貢献度が高い外国人の高技能労働者については積極的に受入れるというものである。

こうした移民政策の「二極化」は、サルコジ大統領が内相を務めた2006年に成立した新たな移民法で、さらに強調されることとなった。そして2007年11月には、2006年移民法よりも家族の呼び寄せ条件をさらに強化する移民管理法が成立した。

1.2006年移民法~移民の選別と社会統合の強化へ~

2006年移民法は、(1)移民流入の抑制、(2)移民選別の促進、(3)移民の社会統合策の強化――の三つの柱で構成される。

(1) 移民流入の抑制

移民流入の抑制は、既に2003年11月の「移民の抑制、外国人の滞在および国籍取得に関する法律(通称:サルコジ法)」によって規定されている。同法は、「移民の寛大な受入れ」と「非合法の移民流入ルートに対する取締り強化」を主な目的とし、質の高い移民の受入れについては寛大である一方で、非合法移民については厳しく取り締まるとの方針を明示している。

2006年移民法では、非合法移民の入国取締りをさらに強化し、移民流入の抑制を図った。

滞在許可については、10年以上の滞在を証明できる不法滞在者に対する正規滞在許可証の自動交付制度を廃止。また、移民の家族呼び寄せの権利については、これまでの「1年の正規滞在後」から「18か月(1年半)の正規滞在後」に変更した。ただし、申請には、(家族手当など諸手当を除く)勤労所得が少なくともSMIC(法定最低賃金)(注5)以上であること、フランス共和国の法律を遵守することの証明を必要とする。

さらに、フランス国籍を有する者との婚姻関係に基づく正規滞在許可証の申請については、これまでの「結婚後2年」から「結婚後3年」に改正した。これは、正規滞在許可証の取得を目的とした偽装結婚の防止が狙いとされる。

(2)移民選別の促進

2006移民法では移民流入の抑制を強化する一方で、「移民選別の促進」を規定している。これは、フランス経済・社会の需要に沿って労働力を選別し、経済、科学、文化および人道に関するプロジェクトに参加できるような外国人のみを積極的に受け入れるという方針である。

まず、能力と才能のある外国人を対象に3年間有効かつ更新可能な滞在許可証を新たに創設した。この「能力・才能」滞在許可証を取得できる外国人は、「フランス経済の発展やフランスの地位向上に寄与する」と考えられる者で、具体的には研究者・科学者や情報処理技術者(コンピュータプログラマーなど)、芸術家、スポーツ選手などを想定している。

学生の場合には、出身国での専門的研究が有意義と認められれば、滞在許可証の交付および更新が簡素化される。フランスを留学先に選んだ学生の便宜を図るため、査証の交付や高等教育機関への事前登録をまとめて行うサービス機関として、フランス専門研究センター(CEF)を設置する。また、フランスで高等教育の修士以上の資格を取得した外国人学生については最大6か月間の仮滞在を許可する。この間に就職活動および就労が可能となり、雇用先を見つけた場合には滞在許可が取得可能となった。

(3)社会統合策の強化

移民の流入規制、選別化の促進とともに2006年移民法の重要な柱とされるのが、移民の社会統合の促進である。新規移民全員に、「受入・統合契約(CAI :Contrat d'accueil et d'integration)」が義務化された。同契約は、移民の社会統合促進を目的として2003年7月に導入されたもので、新規に滞在許可を申請する移民者とフランス共和国との間で交わされる。移民者は、フランス語や市民教育講座に出席することを約束し、それに対して国家は就職や生活・教育等に関する情報の提供や各種支援を保障する。

初めて滞在許可を取得し、永続的な滞在を希望する移民は、同契約に従って、市民・語学教育を受けなくてはならない。さらに、10年間の滞在許可証を取得するには、1)フランス共和国憲法の遵守と諸原則の尊重に関する誓約、2)それら諸原則の実際の尊重、3)フランス語に関する十分な知識――を三要件とする「統合条件」を満たしていなければならない。

2.移民規制強化法の成立~家族呼び寄せの条件を一段と厳格化~

2007年5月に大統領に就任したサルコジ氏は、移民・統合・国家アイデンティティ・共同開発省(Ministere de l'Immigration, de l'Integration, de l'Identite nationale et du Codeveloppement)を創設し、側近のブリス・オルトフ氏を大臣に指名、6月には家族呼び寄せの条件をさらに厳格化する法案を国会に提出するなど、就任早々、改めて移民規制の強化に動き出した。法案は9月18日から国会審議に入り、与党の賛成多数で10月23日に国会を通過、11月20日に成立した。

今回の移民規制強化法(「移民の管理・参入・亡命者の庇護権に関する法律」)によると、すでにフランスに在住している者の16歳以上の家族が入国・滞在を希望する場合、フランス語の語学力およびフランス共和国の理念に関する知識を証明するテストを受けなくてはならない。合格ラインに達しなかった場合、最長で2カ月の研修を受け、その修了証書を提出する必要がある。テストおよび研修はフランスではなく入国希望者の現在の居住国において実施する。

家族を呼び寄せるためには、住居と家族手当等を受給せずに生活できるだけの収入があることを証明しなくてはならない。収入条件については、2006年移民法で「(家族の規模にかかわらず)少なくともSMIC以上の収入があることを証明しなければならない」とされている。今回、この条件をさらに強化し、諸手当を除く収入が「家族の規模により、SMICと同額からSMICの1.2倍まで」と定められた。

家族呼び寄せ制度によって入国する家族は全員が「受入・統合契約」に署名しなくてはならない。法案では、同契約に「親の権利と義務に関する研修」を盛り込み、親に子供のフランス社会への同化、特にフランス語の能力の向上について誓約を求めている。契約に反した場合は、家族手当支給の減額ないし停止もありうる。

今回の法案審議中、特に国中に議論を巻き起こしたのは、与党・UMP党議員による「家族呼び寄せの際に血縁関係を調べるためにDNA鑑定を求める」という修正案である。このDNA鑑定については、最終的に以下のような内容となった。

DNA鑑定は強制ではなく任意で行われる。しかし、拒否すれば査証の発給は難しい。当初申請者自身による負担とされていた費用については、国が負担する。対象者は、家族関係を証明する行政上のシステム(戸籍など)が存在しないか、その不備が目立つ国の者に限定し、対象国は政令により定める。裁判官の許可および査証申請者の書面による同意が必要で、母子関係のみに実施される。DNA鑑定は2009年12月31日まで試験的に実施する。

この修正案には、野党や人権保護団体から一斉に反対の声が上がった。国家倫理諮問委員会は10月4日、「外国人のみを対象とする遺伝学上の身元確認はフランスの法の精神に反する」との判断を下している。国民からも疑問の声があがり、10月20日には約40都市で抗議運動が行われた。

3.徹底した移民の選別化を図るサルコジ大統領

サルコジ大統領は、「移民に対して開かれた国であり続けなければならないが、誰がフランスに滞在すべきで誰が滞在すべきでないかを決める権利は、当然フランス自身にある」と常に主張してきた。

政府の発表によれば、2005年に18万5000人の外国人に滞在許可証が発行されたが、そのうち9万4500人が家族呼び寄せによるもので、次いで学生が4万9000人。経済的需要に応える移民は1万3000人で、全体の7%に過ぎない。

国が必要とする移民、フランスの経済・社会的発展に寄与する移民のみを受け入れるという「移民の選別化」を主張するサルコジ大統領は、この7%に過ぎない経済的需要に応える移民を50%にまで引き上げるよう、7月9日にオルトフー移民大臣に通達を出している。

内相時代には実現できなかった移民割当数政策にも積極的だ。オルトフー移民大臣は大統領の指示を受けて、入国制限と憲法の見直しを検証する委員会を2008年2月に設置した。同時に、難民及び庇護申請者を除き「フランスにおける移民を全体的に統制するために、国内のニーズ及び受入れ能力を考慮して入国及び滞在を許可する移民数を毎年決定する」方針を明らかにした。

サルコジ大統領は、自身の徹底した「移民の選別化と社会統合の促進策」をどう成功に導くのか。DNA鑑定の導入など、国民の反発の声も強まっている中で、その行方が注目される。

ドイツ

ドイツは2007年に移民法を改正した(注6)。今回の改正は、05年1月1日に施行された移民法を、移民の社会統合促進、治安対策、外国人・難民に関するEU指令の適用の観点から修正したものである。改正の要旨は以下のとおり。

1.移民法改正のポイント

  1. 呼び寄せる外国人配偶者の最低年齢を16歳から18歳に引き上げる。また、呼び寄せる配偶者に簡単なドイツ語知識があることの証明を義務付ける。もし偽装結婚の疑いがある場合、入国を拒否できる。
  2. 移民に統合コース(ドイツ語、法令・文化・歴史)への参加を義務づける。参加を拒む者には最高1000ユーロの科料を課し、社会扶助の一部(最高30%)を削減する。
  3. EU市民とその家族に対する新しい無期限の滞在資格として「欧州共同体長期滞在許可」を創設する。
  4. 刑法手続きに協力することに同意した人身売買被害者に対する一時的滞在権を創設する。
  5. 研究者に対する特別滞在資格、および他のEU加盟国の大学に入学を認められた学生に対する特別滞在資格を導入する。
  6. 難民保護に関する実体法上の条件とそれに伴う身分権、難民手続きの形式、難民申請者の生活条件など、EU難民法の中心的要素をすべて適用する。
  7. ドイツに投資し、雇用を創出する外国人に認められる移住の前提条件について、最低投資総額を100万ユーロから50万ユーロに、創出すべき雇用数も10人から5人に緩和する。
  8. 人道的理由によりドイツでの滞在を一時的に容認されている外国人に対し、一定の条件を満たしている場合、2009年12月31日までの期限付き滞在権および労働市場への参入権を与える。その前提条件は、(1)2007年7月1日現在、独身者は8年以上、未成年の子供がいる家族は6年以上、ドイツに滞在していること(2)統合への意欲を示していること(3)十分な居住空間を備えていること(4)十分なドイツ語の知識を持っていること(5)外国人局に故意の偽証を行ったことがないこと――など。また、就労によって十分な生活費を稼ぐことができない外国人は、以前の受給額を上回らない社会給付を受給することができる。なお、2010年1月1日以降は、外国人が将来にわたって生活費を確保でき、過去に就労していた事実を証明できる場合、滞在許可が延長される。外国人の子供は、緩和された条件に基づき独自の滞在許可を取得できる。

2.統合サミット

連邦政府の資料によると、ドイツには2005年時点で「移民の背景を有する人々」が、総人口の5分の1に相当する約1500万人いたという。この中には、外国籍を有する外国人約700万人のほか、19世紀にソ連や東欧諸国に移住したドイツ人の子孫で、第2次世界大戦後、ドイツ民族であることを理由に迫害を受け、その後人道的見地からドイツに受け入れられた帰還移住者など、約800万人のドイツ国籍保持者が含まれる。帰還移住者は申請すればドイツ国籍を簡単に取得でき、ドイツ入国後に生まれた子供にもその地位が承継された。しかし、1993年に受け入れ手続きが厳格化され、子供への地位の承継は廃止された。これ以降に帰還した人々は後期帰還移住者として区別される。後期帰還移住者の中には、ドイツ国籍を持ちながら、ドイツ後を話せない者が多く、これらの人々のドイツ社会への統合が大きな課題となっている。

図表3:総人口における移民の背景の有無 (2005年)
  合計 男性 女性
移民の背景のない人々 67132 32543 34589
移民の背景のある人々 15333 7795 7538
後期帰還移住者とその家族 4053 1995 2058
市民権を与えられた移民およびドイツ人として生まれた移民の子供 3959 1992 1967
外国籍の移民とドイツで生まれたその子供 7321 3809 3512
合計 82465 40339 42127

資料出所:連邦政府ウェブサイト

政府は2006年7月14日と2007年7月12日の2回、移民の統合政策を協議するための統合サミットを開催した。サミットに参加したのは連邦政府、地方自治体、移民団体の代表や有識者など。第2回統合サミットでは、専門家が6つの作業部会に分かれて議論し、約400の誓約を含む「国家統合計画」が採択された。国家統合計画には、連邦政府、州および市町村、労働組合、企業、財団、協会など、数多くの団体による統合改善のための誓約や移民団体のプロジェクトが盛り込まれている。併せて政府は2011年まで毎年7億5000万ユーロを統合促進プログラムの予算に割り当てることを表明した。統合コースの内容を拡充し、若者、母親、文盲者などの必要に合わせたコースを提供する。語学コースの受講時間数を現在の600時間から900時間に延長し、より少人数のクラスで実施する。また、移住経験のある企業経営者の協力を得て2010年までに1万の研修生ポストを確保し、若年移民の就労への移行を支援する。若年移民のための奨学金制度も充実させる。

3.統合コースに係る法律の改正

連邦政府は国家統合計画に盛り込まれた統合コースの最適化に向けた行動計画を実行に移す財源として1400万ユーロの予算を増額し、2008年度の統合予算として1億5500万ユーロを計上した。統合コース法にかかわる法律改正案の骨子は次のとおり。

  1. 統合コースの効果を高めるために柔軟性のある時間割りを導入するとともに(最高助成時間1200時間まで)、反復受講の可能性を定める。
  2. 若年層、女性を対象とする統合コースおよび文盲や特殊な言語教育支援を必要とする人々を対象とする統合コースでは、語学コースに900時間までの授業時間を確保する。
  3. 通常の645時間より少ない時間で統合コースの目標に到達できる参加者に対しては、430時間で終了できる集中コースを設ける。
  4. 連邦統一テストの導入と授業時間の45時間への延長により、オリエンテーション・コース(自由民主主義の基本体制、政党システム、ドイツの連邦制、社会国家性、同権、寛容な態度、宗教の自由など)を充実させる。
  5. 参加者の学習意欲を向上させるため、良い成績で終了した受講者にはコース料金を一部返還する形で経済的インセンティブを与える。
  6. 2009年1月1日より、「言語に関する欧州共通基準枠」の言語水準A2~B1を証明するための習熟度別言語テストを導入する。
  7. 参加義務のある者のうち、求職者の基礎保障の給付受給者や受講料を免除された者には交通費を支給する。
  8. 改正法は日常的な報告の多くを廃止し、これを随時報告に切り替えることで、統合コース実施主体(約1800機関)の大幅な負担軽減を図る。また、「支援と要請」の原則に従って、統合コース参加者の努力義務に軸足を置く。

参考

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