EU労働者の社会保障パスの導入などで労働移動の円滑化を目指す
―EU「公正労働移動パッケージ」
欧州委員会は9月15日、EU(欧州連合)域内で働く労働者の社会的権利を保障するため、「公正労働移動パッケージ(Fair Labour Mobility Package)」を採択した。同パッケージには、「欧州社会保障パス(ESSPASS)の導入」や「欧州労働機関(ELA)の権限拡大」などに関する立法措置が盛り込まれている。ESSPASSは、社会保障関連の書類をデジタルで保存・提示できるようにすることで、円滑な域内労働移動を促すことを目的としている。また、ELAの権限を拡大し、EU域内で働く第三国出身者に対する不当な扱いや、不法就労への対応を強化する。これらの法案は今後、EU理事会と欧州議会で審議され、採択・施行を経て、段階的に実施される見通しである。
EU域内の深刻な労働力不足に対応
欧州委員会が新たに採択したEUの「公正労働移動パッケージ」とは、EU域内における労働者の権利保護や移動の円滑化、および単一市場の活性化を目的とする包括的な政策である。
採択の背景には、EU域内で、スキルギャップによる労働力不足が深刻な課題となっていることがある。特に中小企業では、74%がこうした労働力不足に直面しており、うち30%は規制上の障壁が主要な課題だと指摘している。
また、2024年には1,400万人のEU市民が別のEU加盟国に住んでおり、うち生産年齢人口(people of working age)は1,000万人以上にのぼるとされる。だが、複雑な行政手続きや資格・社会保障関連書類の証明の煩雑さなどが障壁となり、企業の人材採用や労働者の円滑な移動が妨げられている。
このパッケージには、以下5つの立法措置の提案を含む。
- 欧州社会保障パスを設立する規則
- 「スキルポータビリティ法」―デジタル形式の資格証明および資格の比較可能性に関する規制
- 欧州労働機関(ELA)を強化する規則
- 専門資格に関する指令の改正
- 第三国(EU域外)国民の資格に関する指令
社会保障の手続きがオンラインで可能に
欧州社会保障パス(European Social Security Pass, ESSPASS)とは、電子的な社会保障証明の構想であり、EU域内で移動・就労する人が、自身の社会保障上の権利をデジタルで証明・利用できるようにする。
これにより、社会保障関連の証明書(欧州健康保険証(EHIC)(注1)、労働者用A1証明書(注2)など)の申請・発行・保管・提示を、完全にオンラインで行えるようにする。これらの書類は、「EUデジタルIDウォレット(注3)」内で一括管理することで、域内の他国でも社会保障上の権利を迅速に証明でき、国境を越えたデジタル文書の利用が可能となる。また、各国の行政機関は、域内での医療受診や社会保険加入状況を迅速に確認でき、不正の防止や事務負担の軽減にもつながる。
国境を越えたスキルの承認を迅速化
また、資格証明を標準化されたデジタル形式で発行し、EUデジタルIDウォレットに保存することで、その真正性の確認を容易にする。
専門資格に関するEU指令を改正する。医師や看護師、エンジニア、教師など、各国で規制対象となっている専門職の資格承認手続きをデジタル化する。自動承認の対象となる資格については、手続きの所要期間を従来の最大3カ月から、最大5週間に短縮する。こうしてスキル認証がより早く、安価で安全に行えるようにする。
特定の規制された職業に求められる最低限の技能と知識を、「共通研修枠組み」を通じて示し、特に人材が不足している職種について、資格の自動認証の対象を拡大する。欧州委員会は同日、最も移動性の高い職種の一つである理学療法士を対象とする初の共通研修枠組みを採択した。
このほか、EU域外の第三国で取得した資格を認証するための共通基準を設ける。これにより、認証手続きを4か月以内で完了することが可能になるとしている。
欧州労働機関の権限を強化し、検査・協力体制を整備
パッケージには、公正な労働移動のための規則強化も盛り込んだ。EU加盟国によるEU法の執行をサポートするため、欧州労働機関(European Labour Authority: ELA)の権限を強化する。欧州労働機関(ELA)に専任の国家検査連絡官を配置し、国境を越えた協力体制を整え、専門知識を強化する。また、他の加盟国で働く人を支援する組織や、国境を越えたサービスの提供や採用を行う企業に助成金を提供し、権利と義務に関する情報の周知をはかる。
さらに、域外労働者への搾取や虐待などの不当な扱いや不法就労に対するELAの任務を拡大する。ELAの調停手続きを簡素化し、国境を越えた加盟国の紛争を迅速に解決し、訴訟回避を支援することで、コストと不確実性を減らす。
パッケージ実現で2040年までに約60億ユーロの利益を見込む
欧州委員会は「公正な労働移動パッケージは、より強固なヨーロッパ社会に向けた大きな前進となる。不正や搾取を防止するための執行を強化し、個人の社会保障データ、スキル、資格が国境を越えた効果的な流通を確実にする」と展望する。そのうえで、「デジタル化によって不必要な行政負担を削減し、不正行為との闘いを支援する。加盟国間の信頼を高め、労働移動をより公正で、よりシンプルで、より透明性の高いものにすることで、単なる手続きの改善や新しいデジタルツールの提案以上のことを実現する」と強調している。
このパッケージに関する法案は今後、EU理事会や欧州議会で審議される予定。採択され、主要な措置が発効すれば、諸策は段階的に導入される。欧州委員会は、それが完全に機能すれば社会保障関連書類のリアルタイム証明、専門資格の迅速な認証、詐欺防止や効率化などにより、企業と労働者、そして行政機関に、2040年までに約60億ユーロの利益をもたらすことができると試算している。
注
- European Commission "European Health Insurance Card
" (本文へ) - A1証明書は、EU社会保障当局が発行する法的証明書で、労働者が一時的に他のEU諸国で働いている間も、母国で保険に加入していることを証明する。
European Commission "Guaranteeing social rights for workers everywhere in the EU
" (15 September 2026)(本文へ) - European Commission "European Digital Identity Wallet
"(本文へ)
参考資料
- European Commission "Guaranteeing social rights for workers everywhere in the EU
" (15 September 2026) - European Commission "Commission proposes ambitious measures to strengthen fair labour mobility
" (15 September 2026) - European Commission プレスリリース "Commission proposes ambitious measures to strengthen fair labour mobility
" (15 September 2026) - ジェトロ「ビジネス短信」ほか
参考レート
- 1ユーロ(EUR)=177.36円(2026年10月16日現在 みずほ銀行ウェブサイト
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