財政赤字の削減、実施ペースの緩和へ
―欧州委が加盟国へ勧告案、失業対策など強化を

カテゴリー:雇用・失業問題

EUの記事一覧

  • 国別労働トピック:2013年6月

欧州委員会は5月末、加盟各国の今年度の経済財政政策に関する勧告案を採択した。経済成長に向けた投資拡大や若年層を中心とする失業対策の拡充などを打ち出し、財政赤字の削減について、その必要性をこれまでどおり主張しつつも、より緩やかなペースでの実施を認める内容となっている。若年失業対策については、すでに60億ユーロの教育訓練などへの支援が合意されており、2014年度からの実施に向けて具体的プランが今後示される見通しだ。

成長政策・若年失業対策にシフトか

EUでは、不況期以降に顕在化した財政危機への対応策として、加盟各国の経済財政政策の調整を目的とする「欧州セメスター」注1を2011年より導入している。今回の勧告案はこのプロセスに基づき、各国が提出した今年の経済政策プランおよび中期的予算案に対して行われたもの。欧州委はこれまで、財政赤字の削減を最優先課題に掲げて各国政府に取り組みを求めてきたが、この間、景気回復は滞り、とりわけ厳しい財政状況に直面する加盟国において、むしろ雇用状況の悪化や所得水準の低下を招いたとみられる注2。こうした国では、歳出削減策の結果として生じる公共サービスの切り下げや公共部門を中心とする人員削減、年金支給額の抑制や支給開始年齢の引き上げ、雇用保護法制の緩和を中心とする労働市場改革などの実施について国民や労働組合の理解を得られず、政治不安や大規模なデモ・争議の頻発、また貧困の悪化を招く状況が続いているほか、一部ではEUに反発する論調も高まっている注3

勧告案は、歳出削減(とりわけ構造的赤字の削減)の必要性は引き続き強調しつつも、より緩やかなペースでの実施を認め、経済成長に向けた投資や失業対策の拡充、銀行制度改革を通じた中小企業への融資の活性化、より効果的な行政サービスへの改革など広範な政策対応を提言する内容となった。背景には、財政危機の影響がスペインやイタリアなど経済規模の大きい加盟国に及んでいることに加え、フランスやオランダなどでも財政赤字の削減が滞っていることがある注4。労働関連の取り組みとしては、雇用へのアクセスの改善や労働費用の削減、労働市場の分断の解消などの労働市場改革を提言、政策形成やその実施に労使が重要な役割を果たし得るとしている。また特に高失業国に対しては、訓練や職業紹介など積極的労働市場政策の拡充の必要性を強調している。一方、競争力強化に向けた方策として、生産性に見合った労働費用の水準や、さらなる競争による生産性と価格低減の強化とともに、教育訓練や研究・イノベーション、資源の効率的利用への投資などを求めている。同時に、こうした改革の影響が貧困層に偏ることのないよう、公正性に配慮し、人的資源や十分な公的サービスの提供に向けた投資を行う必要があるとしている。

加えて、加盟国のうち国際収支が黒字で財政状況の良好な国に対しては、低賃金の雇用に対する減税・社会保険料の減免、またサービス部門での他国からの投資受け入れの拡大を通じて、域内の需要拡大に貢献するよう提案している。

勧告案は、6月末の欧州理事会で議論される予定だ。

全ての若者に雇用や教育訓練の機会を

各加盟国の経済・財政や雇用の状況は一様ではない。2012年の推定成長率は、ギリシャのマイナス6.4%からラトヴィアのプラス5.6%まで大きな開きがあり、ユーロ圏諸国の景気低迷が目立つ。欧州委の予測によれば、経済成長率は2013年後半にはプラスに転じるものの、通年では依然として停滞が続く(EU全体でマイナス0.1%、ユーロ圏はマイナス0.4%)。2014年には1.4%のプラス成長に転じるが、雇用状況は2014年まで回復しないとみられている(2013年、2014年とも11.1%で推移)。2013年4月の失業率はEU全体で11%、ユーロ圏では12.2%といずれも不況期の水準を上回って増加が続いており、オーストリアの4.9%、ドイツの5.4%に対して、ギリシャ27%、スペイン26.8%など。さらに25歳未満層の失業率は23.5%(失業者数563万人)とEU全体の失業率の倍以上の水準にあり、特にギリシャ、スペインでは6割前後(それぞれ62.5%と56.4%)の若者が失業している。EUのシンクタンク、欧州生活・労働条件改善財団の推計によれば、若年失業者やニート(教育訓練への参加も就労もしていない若者)に対する各種給付の費用は平均でGDPの1.21%に相当し、EU全体で1530億ユーロにも及ぶ。また、若い時期の失業は将来的な失業や貧困、健康上の問題のリスクも高めるという。

図1:財政赤字と累積債務の対GDP比(%)

図1:財政赤字と累積債務の対GDP比(%)2011年、2012年

  • 注:財政赤字は各国の会計年度、累積債務は各年末時点のデータ。
  • 出典:Eurostat

図2:EU各国の失業率と若年失業率(%)

図2:EU各国の失業率と若年失業率(%)2013年4月

  • 注:エストニア、ハンガリーは2013年3月時点、ギリシャ、イギリスは2012年2月時点、ラトヴィアは2013年第1四半期時点のデータ。若年失業率のみスロヴェニアは2013年第1四半期、ルーマニアは2012年第4四半期のデータ。
  • 出典:Eurostat

若年失業対策として欧州委が2012年12月に示した「若者雇用パッケージ」には、アプレンティスシップ(公的に制度化された見習い訓練)やトレイニーシップ(公的制度外の見習い訓練)の実施促進や質の確保とともに、若年支援に関する目標を規定する「ユース・ギャランティー」が盛り込まれている。「ユース・ギャランティー」は、学校卒業や失業開始から4カ月以内の全ての25歳未満の若者に、教育訓練や雇用を提供することを目標とするもの。公的雇用サービス機関を核として、民間の専門的支援機関や教育機関などと共同での対策の実施が想定されている。関連施策の実施に対しては、若年失業率が25%を超える地域を対象に、2014~2020年の間で60億ユーロを投じて財政支援が行われる予定だ注5

一方、これまで一貫して歳出削減の推進を主張してきたドイツ政府も、若年失業対策への取り組みの必要を理由に軟化の姿勢を見せている注6。欧州委による勧告案と前後して5月末に開催された会議では、フランス、イタリアの財務、労働担当閣僚らとともに、早急な若年失業対策の実施の必要性を呼びかけた。また現地メディアによれば、スペインとの二国間スキームとして、国営銀行間の資金提供により最大10億ユーロを若年雇用拡大のための中小企業向け融資に充てることを決めたほか、今後4年間にわたりドイツの職業訓練や就業体験に年間5000人の若年者を受け入れることで合意しているという。 中小企業融資に関する同様のプランは、ポルトガルやギリシャとの間でも検討されているとみられる。

  1. EUにおける成長促進と雇用創出に向けて毎年設定される優先課題(Annual Growth Survey―通常11月に公表)をもとに、各国が中期予算方針と年次経済計画を作成(Stability ProgrammeおよびNational Reform Programme-同4月)、欧州委は各国の経済・財政状況と併せてこれを評価し、経済安定化や財政再建、構造改革、成長促進策の方向性に関する勧告案を示す(Country Specific Recommendation―5~6月)。欧州閣僚理事会及び欧州理事会での承認(6~7月)を経て、各国がこれを実施する形を取る。
  2. 欧州委雇用・社会問題総局「雇用・社会状況四半期レビュー」(2013年3月)の分析による。
  3. 雇用・社会問題総局が4月に発表した欧州の労使関係に関する隔年の報告書は、金融危機以降の景気低迷と雇用悪化により、多くの加盟国で歳出削減を中心とする対策が講じられているが、政策決定にソーシャル・パートナーが関与していないことが、労使関係の悪化につながっていると分析。こうした施策の社会的受容性を高め、円滑な実施を図る上で、労使間の対話を通じて解決策を見出すことの重要性を指摘している。
  4. EUの基本的な財政上のルールは、財政赤字の上限を対GDP比で3%、累積債務を同60%と定めている。これに違反し、かつ一定期間内に改善に向けた取り組みを示すことが出来なければ、GDPの0.2%が制裁金として課される決まりだ。金融危機の対応により加盟国の財政赤字が拡大した際には、各国には猶予期間が設けられ、期限内に3%水準に回復することが求められていた。しかし、続く財政危機による各国の困難な状況や取り組みなどを勘案の上、2013年が年限である一部の国について、猶予期間を延長することが勧告案と併せて提案された(スペインが2016年、フランス2015年、オランダ2014年など)。欧州委はこれらの国に対して、猶予期間中にも構造改革を推進するよう求めており、例えばフランスに対する勧告案には、労働市場改革とならんで年金支給開始年齢引き上げや支給額の物価スライドなど、より踏み込んだ歳出削減策の実施を盛り込んだ。現地メディアによれば、フランス政府はこれについて、財政赤字削減の具体策には既に着手しており、欧州委から何をすべきか指図を受ける必要はないと述べ、これを一蹴している。
  5. 各国は「ユース・ギャランティー」の目標を達成するためのプランを作成。具体的な施策に対する財政支援は、別途合意されたYouth Employment Initiativeに基づく。
  6. 現地メディアによれば、歳出削減による打撃を被っている各国からの非難をかわす狙いがあるという。なお、ショイブレ財相は一連のプランの公表と前後して、ポルトガルやギリシャにおける失業対策の遅れをめぐり欧州委を批判していた。

参考資料

参考レート

関連情報