戸籍制度改革の「いま」
―広がる緩和・撤廃の動き、難色示す地方政府も
農民工の都市移動は増加の一途を辿り、戸籍制度の撤廃・緩和の動きが広がっている。2012年までの3年間で、2505万人の農民工が新たに都市戸籍を取得した。とはいえ、教育・医療・住宅など公共投資の負担増加を懸念し、北京市や上海市など都市部の地方政府は戸籍制度の撤廃・緩和に難色を示している。今月12日まで開催された第18回中央委員会第3回全体会議(三中全会)での対応が注目されていたが、会議終了後の声明では、「都市・農村間の公共投資の均衡配置をめざす」と述べるにとどめ、戸籍制度の行方には触れなかった。中国独特の戸籍制度の「いま」をスケッチしてみた。
止まらない農民工の都市部移動
農村から都市へ、そして都市から都市への人口流動の増加は止まらない。中国家庭金融調査(CHFS :China Household Finance Survey)によると、都市常住人口の43.5%は本籍地と常住地が異なる、いわゆる流動人口である。そのうち、農村戸籍の流動人口が87%を占め、さらにその6割は外出農民工(注1)と言われている。2012年末時点での外出農民工の規模は1.63億人と、前年比3.9%増となった。農民工の都市部への流入を反映して都市化率(都市人口/総人口)は1990年の26.4%から2012年の52.6%へと倍増した。新指導部はさらに都市化率80%を中長期目標としている(注2)。しかし、都市人口のおおよそ3人に1人が農村戸籍であることから、その都市化の質が問われている。
農村戸籍の都市生活者は教育・医療・社会保障等の面で都市戸籍の住民と同等の権利を享受することができない。国家統計局の陝西チームが今年行った調査によると、陝西省農民工の都市部医療保険への加入率は4.2%、労災保険への加入率は13.7%である。この地域では義務教育に戸籍制限を設けていない。しかし、都市部の公立学校に通学している農民工の子どもは当該地域の宝鶏市では64.5%、商洛市では89%である。格差は居住状況にも見られる。都市部に持ち家を購入している農民工はわずか0.4%で、80.9%は民間の賃貸住宅または社員寮に住んでいる。彼らの47%は安価な公営住宅への居住を望み、53%は企業が農民工の居住環境を改善することを望んでいる。
農民工の8割は単身か、もしくは家族全員を連れずに都市で仕事をしており、その家族(約5000万人の子女、4000万人の高齢者、4700万人の女性)は農村に残されている。蘭州大学の焦若水副教授は「多くの農民工は単に職業の転換と地域移動を行っただけであり、農村や農業から完全に撤退することもできなければ、都市生活に完全に溶け込むこともできずにいる」と指摘する。一方で、世帯単位での移動は少ないとはいえ確実に増加傾向をたどっている。その数は2008年で2859万人であったが、2012年には3375万人となっている (図1)。しかし、大規模都市での定住コストは高いため、外出農民工家族の6割は中小都市での生活を選んでいる。
図1:外出農民工と世帯単位での移動の推移(単位:万人)
出所:統計局
戸籍制度改革の方向性
直近の戸籍制度改革の方向性は、2012年2月に発表された「積極的かつ着実に戸籍管理制度改革を推進することに関する国務院弁公庁の通知(国弁発[2011]9号)」から窺うことができる。同通知では、都市を大・中・小の三つに分類し、都市規模が大きいほど戸籍移転が厳しくなる「分類の明確な戸籍移転政策」が打ち出されている。具体的には、まず小都市では「合法的で安定した」職業と住居(賃貸も可)を有する者は同居家族を含めて現地で常住戸籍を申請することができる。中都市では、「合法的で安定した」職業に就いた期間が3年以上であることと、社会保険に一定期間以上加入していることが条件になっている。そして大都市では、引き続き人口規模を抑制する方針が定められており、戸籍申請の明確な基準は示されていない。
今年の6月に入って、国家発展改革委員会の徐紹史主任は第12期全国人民代表大会常務委員会第3回会議で、「小都市における定住制限を完全に撤廃し、中都市の定住制限を段階的に緩和し、大都市での定住制限条件を少しずつ緩める」と語った。この発言は小都市における戸籍制限の完全撤廃という点で上掲通知より一歩前進といえるものである。
四川省はさらに抜本的な戸籍改革を試みている。今年に入って、四川省政府は大・中都市を含むすべての都市で戸籍移転の制限を緩和する案を発表した。まず中小都市の戸籍は合法で安定した住居があれば取得が可能となる。賃貸住宅であっても安定した住居とみなされるため、敷居はかなり低い。一方、大都市の戸籍取得はこれに加えて安定した職業を持つことが条件となる。案は、住居の要件を大幅に緩和した点や、配偶者・子女・親などの同居家族が農民工と共に世帯単位で都市戸籍を取得できるといった点で高く評価されている。中国社会科学院人口・労働経済研究所の張車偉副所長は、新しい施策は他地域の戸籍制度改革に示唆を与えるもので、「本当の意味での戸籍制度改革である」と述べている。また四川省政府は従来は成都市だけで実施されていた居住証制度の全省展開も視野に入れている。対象は都市部移転の条件をクリアしていない農民工(流動人口)。居住証を持つ者は就業・医療・社会保障・住宅・計画出産・教育等において都市住民と同等の権利を享受できる。
公共資源の都市・農村間格差の壁
戸籍制限の撤廃・緩和については地域・都市によって温度差が見られる。都市戸籍を取得した農民工には都市市民と同等の公共資源の享受権利を与えなければならない。いわゆる農民工の市民化といわれるものである。農民工の市民化の財源確保は主に地方政府にゆだねられている。中央政府からの援助はあるものの、地方によって経済発展の程度に格差がある。なかには財源の捻出に苦しむ地域もあり、財政逼迫から戸籍廃止に消極的にならざるを得ない(注3)。中国社会科学院工業経済研究所の陳主任は、「北京・上海などの大都市において、農村からの戸籍移転がいったん認められると、大量の農村住民が都市に流入し、都市の経済・社会発展に非常に大きな打撃がもたらされる。このため、都市はそれに耐えうる経済・社会発展の力を備えなければならない。今のところ、多くの都市は現時点でのインフラ供給力を拠り所に、農民工の市民化問題の解決に当たっている。しかし、北京など大都市について言えば、戸籍移動の解禁には長い時間をかける必要がある」と述べている。農民工の市民化については従来の都市住民からも反対がある。国家発展改革委員会傘下の都市改革発展センターの李鉄主任は8月に北京で開催された都市化フォーラムにおいて、都市部で生活している農民工を移民にたとえ、「こうした大規模な移民を隣人として受け入れ、いわゆる都市化された空間を(農民工と)共有したいと望んでいる(都市戸籍の)人は誰もいない」と述べ、農村部住民の都市部への移住奨励策が都市部のエリート層に反対されていることを明らかにした。
中国で戸籍の完全撤廃の日は来るのか。今のところ、公安部は「戸籍制度は撤廃されない、しかし戸籍の移動条件は引き続き緩和される」との見解を示している。上掲の国家発展改革委員会での報告では、基本的な公共サービスの均等化を推進し、義務教育・就業支援・社会保障・基本医療・公営住宅などが、都市部の常住人口をカバーすることが政策目標として出された。都市化の過程では、農民の土地権益が犠牲にされるケースも多々あることを念頭に、最も厳格な耕地保護制度と土地使用節約制度を実施することにも同報告は言及している。
注
- 統計局は6カ月以上地元から離れて就労している労働者を外出農民工としている。
- 都市化率80%の目標は2020年までの中国都市化の綱領と基本路線図を規定した『都市化中長期発展計画』による。なお、この計画はまだ草稿段階にある。
- ある研究者の試算によると、農民工1人を市民化するためのコストは約20万元(約320万円)である。
参考資料
- 新華網、統計局、未来網、新浪財経、中国金融家庭調査
2013年11月 中国の記事一覧
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