日本とのFTA交渉:「看護、介護分野の労働市場の開放」を求める

カテゴリー:外国人労働者

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  • 国別労働トピック:2004年7月

4月14日から16日にかけて、日本との自由貿易協定(FTA)に関する第二回政府間交渉が行われたフィリピン。その焦点のひとつとなったのが、介護分野での労働市場の開放である。三回目の交渉(7月)に向けて、日本政府が6月4日に閣議決定した「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」(骨太の方針第4弾)では、「看護、介護で外国人労働者受け入の検討」が明記された。フィリピンの国内経済は、海外労働者からの送金に頼るところが大きい。比較的賃金が高い職である看護師は、重要な「輸出資源」として、既にサウジアラビアや英国・米国・台湾への派遣がすすめられているが、日本への派遣にはいくつかの問題点が浮上している。

海外雇用庁(POEA)によると、2003年の海外で働くフィリピン人労働者数は、86万7969万人で、前年実績比2.7%減であった。これはイラク戦争や新型肺炎(SARS)等の影響が大きいとされる。内訳では、陸上ベースが65万1938人で前年実績比4.5%減、船員など海上ベースの労働者は21万6031人で同3.1%増となっている。行き先別では、中東がトップ(28万5564人)で、そのなかでもサウジアラビアがほぼ半数の44.6%(12万7432人)を占める。中東に次いで多いのが、アジア(25万4520人)で、香港・日本・台湾に集中している。派遣者数が減少した一方で、海外労働者からの2003年通年の送金額は、76億米ドルで、前年より6.3%増加している。送金額の上昇は、陸上ベースの比較的賃金の高い職(看護師や介護士、事務職)に就く労働者が増加しているためとされる。

このように海外労働者からの送金に国内経済を支えられているフィリピンでは、労働者の海外への送り出し機会の開発を国の政策として実施してきたという特徴をもつ。現在、海外雇用政策において中心的な役割を担っているのは、1982年に設立された海外雇用庁(Philippine Overseas Employment Administration)である。1974年のオイルショックにより、「石油価格の上昇による債務の増大」と「オイルブームに沸く中東での建設労働者を中心とした労働力需要」という二つの側面で影響を受けたフィリピンは、開発政策の一環として「新労働法」(1974年)のもと、海外雇用政策を導入した。その目的は、失業問題の解決と外貨獲得(対外債務返済のため)、そして海外からの新技術の導入であり、国内の雇用機会創出が実現するまでの、あくまでも「短期的政策」であった。しかし75年から86年の10年間で、海外労働者数は約12倍にまで拡大する。それと同時に、海外からの送金義務や就労先の待遇等に関する問題が浮上してきた。海外雇用への国家的依存度が年々高まるなか、海外雇用政策はもはや一時期なものではなくなった。

こうした状況をうけて、「移住労働者と海外フィリピン人に関する95年法」が制定された。フィリピンの海外雇用政策の「転換点」ともいわれるこの「95年法」の最大の特徴は、初めて「経済成長の維持と国家開発の手段として海外雇用を促進することはしない」と明言したことであった。加えて、基本的には熟練労働者のみ海外に送り出すという「選択的送り出し」の方針を打ち出したことである。これは、低熟練であるがために、海外労働者が就労先で劣悪な労働条件や虐待を受けるというような事態を回避することが目的であった。その背景には、1980年代後半から海外就労者における女性比率の増加(「海外労働者の女性化」)とともに顕在化した、就労先での彼女たちの待遇等をめぐる諸問題が存在する。

このように「95年法」では、「労働者保護」を優先し、「適正な送り出し」を実現しつつ、最終的には海外への労働者の送り出しの停止を目指すものであった。しかし、その後の経済危機や政権交代を経て、「95年法」は、「労働者保護」よりも「適正な送り出し」に力点が移されているようにみられる。

2001年に誕生したアロヨ政権では、海外労働者のもたらす経済効果を認め、特に専門職種の労働市場の確保に積極的な海外雇用政策を展開してきた。政府は、欧米における看護職、教師、IT技術者、船員といった職種の需要増加を強調しており、こうした専門職の賃金は他の職種に比べ高く、彼らからの送金は、低迷が続く国内経済を支え、「最大の輸出品が労働力」とまで言われている。今回の日本とのFTA交渉でも、フィリピンは外貨獲得のため労働市場の開放、特に看護師・介護士の受入れを求めている。

フィリピンの看護師は、全体のおよそ85%が海外で働いており、国内の看護師不足が問題になるほどである(注1)。送り出し先の上位国・地域は、サンジアラビア・英国・アイルランド・リビア・シンガポール・米国・台湾などだが、これらの国々は、フィリピンの看護師資格だけで就労を認めるということはなく、一定の制限を設けている(ただし、サウジアラビアなどは、語学力や看護の能力などを個別に評価したうえで柔軟に受け入れている)。

日本政府は、少子高齢化による国内での人材不足への恐れから、受入れを検討する方針を発表したが、資格や言葉が大きな壁となっている。現在の日本では、外国人看護師が日本で働くためには、まず日本の資格を取得しなければならない。その上で、4年以内の「研修」としての就労が認められる。しかし現状では、日本の看護師資格を取得するために受ける「看護師国家試験の受験資格」自体を得ることが非常に難しく、この受験資格の条件の緩和が求められている。また、フィリピン看護師の受け入れ国・地域の多くは英語圏であるが、日本の場合は、患者や医師との意思疎通のためにも日本語の能力を重要視している。日本側が求める日本語能力は、「日本語能力検定2級」とされる。

グローバル化の進展とともに、フィリピンの海外雇用政策は、95年法の「経済成長の維持と国家開発の手段として海外雇用を促進することはしない」という主張とは矛盾するような方向に向かいつつある。労働市場の開放を強く求めるフィリピンと、受け入れを検討する方針を発表した日本とのFTA交渉の行方が注目される。

参考

  • 小ヶ谷千穂(2003)「フィリピンの海外雇用政策 その推移と『海外労働者の女性化』を中心に 」小井戸彰宏編『移民政策の国際比較』明石書店
  • 日本労働研究機構(1994)『フィリピンの労働事情』

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