2004年度の労働政策課題と非正規労働者対策をめぐる政労使の攻防

カテゴリー:非正規雇用労使関係

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  • 国別労働トピック:2004年5月

3月12日に憲政史上初めて国会で大統領の弾劾訴追案が可決し、盧武鉉大統領は憲法裁判所の法的判断が下されるまで(最長6か月間)職務停止状態におかれることになった。4月の総選挙をにらんでの与野党の駆け引きが大統領も巻き込んだ政変劇を演出するところまで発展した格好である。弾劾訴追案の法的効力は憲法裁判所の最終判断にゆだねられ、政局の行方(例えば、大統領の念願通り「少数与党体制」に終止符が打たれるのかどうか)は総選挙の結果次第という、予断を許さない局面に入った。

特に、労働部が3月4日に大統領に報告した2004年の主要労働政策課題には、その実効性を担保するための法制化が急がれるものがいくつか含まれており、総選挙の結果は法制化の行方にも少なからぬ影響を及ぼすことが予想される。そういう点で、4月の総選挙は盧武鉉政権の信任を再び国民に問うという意味合いが大きいといえる。

以下、2004年度の主要労働政策課題をおさえたうえで、最大の争点として浮上している非正規労働者の処遇改善をめぐって政労使はどのようなスタンスをとっているのか追って見よう。

2004年度の労働政策課題

まず、労働部が3月4日に大統領に報告した2004年度の政策課題からみてみよう。第1は、非正規労働者の保護対策を早急に講じることである。主な具体策は次の通りである。

  1. 「非正規労働者に対する差別解消および同労働者の乱用規制に関する法案」の年内成立を目指す。
  2. 政府が率先して公共部門における非正規労働者の保護対策(正規職の業務と非正規職の業務の明確な区分け、業務内容などに基づく段階的な処遇改善、政府の業務外部委託制度の見直しなど)を早急に推進する。
  3. 非正規労働者の雇用比率が高い事業所2151ヵ所を対象に賃金・労働時間などの法定労働条件の順守状況、雇用保険・労災保険などの社会保険の適用状況などに対する労働監督を4月から5月にかけて集中的に実施する。
  4. 公正取引委員会と合同で大企業と下請け企業との取引条件やその労働条件への影響などに関する実態調査を行うほか、大企業がその賃上げ分を下請け企業に転嫁するのを防ぐための仕組みづくりに取り組む。

第2は、2004年7月から施行される週休2日制が企業現場に円滑に定着するよう支援策を講じることである。

  1. 賃上げおよび労働協約改訂交渉で週休2日制の導入に伴う労働条件の変更如何が労使紛争の火種になることを未然に防ぐために、4月中に地域別に政労使懇談会や労使向け説明会などを開催し、大企業や公共部門における成功事例を用いて広報活動を展開する。
  2. 週休2日制の法定施行時期を繰り上げて実施する中小企業向けに助成金を支給するほか、それに伴う新規雇用に対しては雇用保険から奨励金を支給する(688億ウォン)。

第3は、2月19日に発表された政府の雇用創出総合対策を継続して推進することである。

  1. 国務総理室に「雇用創出官民合同委員会」を設置し、「経済・産業部門」と「雇用・福祉部門」に分けて関係省庁の履行状況を点検していく。
  2. 雇用安定インフラ及び関連サービスを拡充するために、主要都市所在の雇用安定センター46ヵ所を大型化すると共に、各地域における労働力需給の中核拠点と位置付け、企業・学校・職業訓練機関・自治体などを連携する役割を果すようにする一方で、その他の雇用センターは失業給付・就業斡旋などに特化させる。
  3. 産業別・職種別に中長期の労働力需要情報を提供し、労働力需給の構造的ミスマッチを解消することができるよう、「中長期の労働力需給情報システム」を2005年まで構築する。

第4は、労使紛争による社会的費用の最少化のために労使関係が不安定な業種や労使紛争多発の大手事業所などを対象に労使関係の安定化に向けての指導・支援を強化することである。

  1. 金属産業・病院・公共部門を対象に「労使関係安定化タスクフォース」を設け、労使紛争の原因を未然に取り除くことに注力するほか、労使紛争多発の大手事業所20ヵ所を対象に重点的指導管理体制を整える。
  2. 労使関係においても公共部門がロールモデルになるよう、公共部門の労使関係に対する評価指標を見直し、その結果を当該機関の経営評価と所管庁の行政評価に反映する案を関係省庁との協議を経て設けると共に、公共部門の労使関係当事者に対する教育を強化する。
  3. 労働委員会が労使紛争の予防および調停において中心的な役割を果すことができるよう、その機能を拡充し、専門人材を補強する。
  4. 労組の職場占拠・操業妨害・暴力的な行為と使用者の不当労働行為など、労使の不法行為に対しては厳正に対処し、不法行為の根絶に努める。
  5. 労使政委員会で議論されている「労使関係関連法制改革案」の年内立法化を目指す。

第5は、外国人雇用許可制の施行に万全を期すことである。

  1. 外国人労働者を雇用する事業所に対する管理および労働監督を徹底する。
  2. 外国人労働者の受け入れ枠、対象業種、送り出し国などを3月中に確定する。

その他に、関係省庁や当事者間の調整が難航し、先送りを余儀なくされている「退職年金制度」や「公務員の労働基本権保障」の法制化も盛り込まれている。

以上のように2004年の労働政策は、労使の利害調整が比較的に容易な「雇用創出」を軸に据えながら、「非正規労働者保護」や「労使関係の安定化」などに関する法案の年内成立を目指すと共に、法制化済みの「週休2日制」と「外国人労働者雇用許可制」の円滑な施行に向けて指導監督体制を強化するところに重点がおかれている。

しかし、非正規労働者保護、労使関係関連法制改革、退職年金制度、公務員の労働基本権保障などの法制化をめぐっては、関係省庁や労使関係当事者の間で意見の隔たりが大きく、利害調整がかなり難航しているため、労働部の舵取りには自ずと限界がある。それには総選挙後の政局も絡んでおり、大統領府の統治能力が試される場面が増えるかもしれない。

その中でも、とりわけ非正規労働者保護をめぐっては、盧武鉉政権の統治理念である社会統合の観点からも緊急を要している一方で、後述するように労使の利害対立が激しいだけに、政府の実行力に厳しい目が向けられるのは必至である。

今のところ、政府は、「公共部門で実績をつくるのが先決である」との立場から、率先して公共部門における非正規労働者保護対策に乗り出す構えをみせている。その一環として、同部門の非正規労働者の雇用実態に関する調査結果も相次いで発表されている。

まず、韓国労働研究院が労働部の委託を受けてまとめた「公共部門における非正規労働者の雇用実態」によると、52ヵ所の中央省庁および所管機構、212ヵ所の公営企業および系列企業、地方自治体、教育機関などの公共部門における非正規労働者数は23万4000人で全職員(124万9000人)の18.8%を占めている。その内訳をみると、公営企業および系列企業が19万5100人のうち5万5000人(28.2%)で最も多く、次いで教育機関47万6400人のうち9万9100人(20.8%)、地方自治体30万5100人のうち4万4600人(14.6%)、中央省庁および所管機構27万2600人のうち3万5600人(13.1%)の順となっている。そして、公共部門の非正規労働者の労働条件をみると、機関別にばらつきはあるものの、全般的には民間部門の非正規労働者と同様に、低賃金、福利厚生および社会保険の低い適用率、不安定な雇用関係などを強いられているという実態が明らかになっている。

次に、国家人権委員会が統計庁の「経済活動人口付加調査(2003年8月)」を用いて公共部門における非正規労働者の雇用実態を調べたところによると、非正規労働者数は161万人に上っている(注1)。非正規労働者の賃金は正規の50.4%、退職金・時間外手当・賞与などの適用率は13―24%、社会保険の適用率は36―39%などの水準にとどまっている。また公共部門38ヵ所を対象に調べたところによると、全職員14万4927人のうち、正規は71.6%、非正規は28.4%をそれぞれ占めている。非正規職員の雇用形態別内訳をみると、契約職が8.4%、請負6.9%、日雇い5.4%、特殊雇用(自営業者か労働者かの区分けが曖昧な雇用形態)4.7%、パートタイム2.5%、派遣0.7%などとなっている。そして職員206人(正規49人、非正規157人)に対するヒアリング調査によると、正規職員の場合、非正規職員と同一または類似業務を行っていると答えたのは67.3%、非正規職員の場合57.8%に上っている。通貨危機後、公共部門でも構造調整の進展に伴い、正規職の非正規職への置き換えが広く行われ、もともと正規職員が担当していた通常・コア-業務にまで非正規職員が当てられるようになったことを物語っている。しかし、その賃金水準をみると、正規の場合月平均賃金250万ウォン以上の者が42.9%に達しているのに対して、非正規の場合、月平均賃金100万ウォン以下の者が42%に上るなど、高賃金層の正規職と低賃金層の非正規職の二極化が著しい。

非正規労働者の処遇改善をめぐる労使の攻防

非正規労働者の処遇改善をめぐって政労使はすでに基本合意に達している。労使政委員会が2月8日に発表した「雇用創出のための社会協約案」によると、「経営側は非正規労働者より正規労働者の雇用拡大や、非正規労働者に対する労働条件上の差別解消に努め、労働側は高賃金の大企業で賃金の安定に協力し、政府は非正規労働者保護対策(雇用安定および職業能力開発支援)を講じる」ということで政労使は合意したのである。

しかしながら、このような政労使の合意とは裏腹に、企業現場では賃上げおよび労働協約改訂交渉を前に非正規労働者の処遇改善案をめぐる労使の攻防が始まるなど、早くも「総論賛成・各論反対」の様相を呈している。

まず、韓国労総は3月3日に傘下労組に配布した「2004年の賃上げおよび労働協約改定交渉指針」の中で、主に次のような「非正規労働者の処遇改善案」を要求するよう勧めている。

  1. 非正規労働者の賃金が正規の85%以上になるよう賃上げ交渉を連動させること、
  2. 出産・育児・疾病などにより一時的に欠員が生じた場合に限って非正規労働者の採用を認め、その際も労組との協議を経ること、
  3. 通常業務に従事し、期間の定めのある雇用契約を繰り返し更新する非正規労働者は正規職に置き換え、正規職と同一内容の業務に従事する非正規労働者に対しては正規労働者と同じ労働協約を適用すること、
  4. 派遣労働者を利用する際には労使の合意のもとで職種・業務・派遣期間・人数などを決め、勤続期間が1年以上の派遣労働者は正規職に切り替えること、
  5. 大企業と下請け企業との不公正な取引を監視するための“下請け取引監督委員会”を設置し、下請け取引契約を締結する際には労組と事前協議を経ることなど。

次に、民主労総は「非正規労働者の処遇改善案」として次のような新たな取り組みを傘下労組に勧めている。

  1. 大企業労組と下請け企業労組は共同態勢で賃上げおよび労働協約改訂交渉に臨むこと、
  2. 非正規労働者の代表を労働側委員の1人として同交渉に出席させること、
  3. 正規労働者の賃上げ額の一定率と経営側の拠出分を合わせて「非正規労働者向け労使共同基金」をつくり、非正規労働者の福利厚生や職業能力開発訓練などに使うことなど。

この指針に早速呼応するように、金属労連傘下の現代・起亜・大宇・双竜自動車4社労組は3月22日、「

  1. 非正規労働者の処遇改善および自動車産業の発展のために“産業発展および社会貢献基金”を設けること、
  2. 社内下請け労働者(製造ライン請負)の賃金を正規労働者の80%以上に引き上げること、
  3. 自動車産業の雇用安定および発展のための労使共同機構を設置すること、
  4. 下請け協力企業に対して適正な納品単価を保証し、決済期間を短縮するなど

」を要求している。

その他に、民主労総傘下産別労組は産別交渉を通じて非正規労働者の処遇改善(組合活動保障、正規への切り替え、正規との賃上げの連動など)を勝ち取る構えを見せており、正規労働者と非正規労働者の連帯の可能性を模索する試みとして注目される。

これに対して、韓国経総は3月8日に会員企業に配布した「2004年の労働協約改訂交渉指針」のなかで、非正規労働者の処遇改善をめぐって次のような対案で交渉に臨むよう勧めている。つまり、「非正規労働者の採用如何は経営権に属するもので、団体交渉の対象ではない」ことを明確にし、労組側が「非正規労働者の採用の際に労組との合意、非正規職の正規職への置き換え、正規職との同等の処遇など」を要求する場合はそれに応じないよう勧めている。そのうえで、前述の「雇用創出のための社会協約案」に添って、あくまで正規労働者の労働条件の下方調整(賃金や雇用の柔軟性)を前提条件に非正規労働者の処遇改善を検討するよう付け加えているのである。

以上のように、非正規労働者の処遇改善をめぐって労使の立場に大きな隔たりがみられる。要するに、労働側は正規対非正規の労労対立が表面化する前に連帯の道を模索せざるを得なくなっていることもあって、正規労働者への影響を最小限に抑えながら非正規労働者の雇用抑制および処遇改善を勝ち取るところに重点をおいている。これに対して、経営側は世論や政府の圧力に加えて労使紛争の新たな火種になりかねない展開に少なからぬ負担を感じ、非正規労働者の処遇改善に応じざるをえなくなっているが、その際に総額人件費の抑制および雇用の柔軟性向上との兼合いを重視するということである。

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