熟練労働者不足への対応をめぐる議論

カテゴリー:人材育成・職業能力開発

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  • 国別労働トピック:2004年12月

オーストラリアで熟練労働者不足への対応をめぐる議論が活発化している。10月9日に実施された連邦選挙キャンペーンにおいて、与党および野党が唱えた解決策の内容を基に検証してみよう。国民の関心が通常より高くすべての関係者がそれぞれの主張を公約に掲げるため、選挙キャンペーン内容の検証には興味深いものがある。周知のとおり、ハワード首相率いる自由・国民両党連合(保守連合)が過半数得票を上乗せ、上院、下院ともに絶対的な支配権を獲得するという選挙結果となった。選挙に勝利したことによって、ハワード政権は上院での反対意見に妨げられることなく、改革案を実行に移すことが可能となった。

職業訓練政策に関する選挙公約

職業訓練に関心を持つ多くの主要機関が、5月の予算案提出以降、それぞれの考え方を公に発表してきた。多くの報告書および有識者の発言が、技術不足に悩むオーストラリア企業の問題点や人的資本の向上を目指す労働者の問題を示唆している。7月、雇用職場関係省は専門職求人率がここ15年間で最高水準に達したと報告している。オーストラリア産業団体(AIG)の報告によると、製造業(特に金属部門および輸送部門)では熟練労働者の専門職が1万8000人から2万1000人不足していることが判明した。同省による前回の報告では、熟練労働者の獲得問題が企業の投資判断を抑制する唯一最大の問題点であることが明らかにされた。オーストラリア労働組合評議会(ACTU)はこの問題を人口構造の変化、とりわけ労働力の高齢化に関連づけて技能不足論議を展開している。ACTUは今後5年間で労働者17万人が定年退職する一方で、労働力に参入する養成工の数はわずか4万人と推定しており、今後5年間で養成工が13万人不足する、もしくは毎年2万5000人の養成工不足を経験すると指摘した。 学術研究の発表を受けて、 ACTUは民間企業による研修実施率の低下を指摘し、金属セクターおよび電機セクターの研修実施率がそれぞれ26.3%および23%下落したことを明らかにした。ACTU の推計では、研修不足によって国家経済が今後10年間で蒙るコストは、90億ドルに達する見通しだ。技術危機の原因についての議論はさておき、ここでは与党自由党および野党労働党の双方がこの問題についてどのような政治的解決策を掲げているかを検証する。

保守連合による政策提言と公約

オーストラリア政府は突如として同国の技術水準向上に熱意を示し始めた。しかし政府提案は、職業訓練制度の民営化促進および雇用者の影響力拡大という基本的な姿勢を変えていない。また研修制度改革は、「オーストラリアの生産性の高まりを爆発させる」と財務大臣が唱える産業関連改革と関連づけていた。研修制度への労働組合の影響力を限定させるために、研修制度規制と産業関連規制の分離を図ることは、保守連合政府の長年の目標だった。連合政府は、研修システムが高等教育に関連して持つ重要性に「文化的移行」を図ることも願ってきた。連合政府の狙いは、高等教育機関に属する学生を、積極的に職業訓練へと転向させることにある。政府が直面している問題は、オーストラリアで認識されている職業訓練の地位の低さにある。さらに重要な要因と考えられる点は、高等教育機関の卒業生の給料よりも職業訓練機関を修了した者が受ける給料水準が低いことだ。したがって産業関連改革の提言目的は、研修改革の糸口ともなりうる。そこで連合政府は憲法上分けている州レベルの産業関連制度と連邦政府レベルの産業関連制度の分離システム、廃止を提案した。つまり連邦制度の小型版とも言える独自のIR制度を有する州政府の制度を廃止して、国家レベルで統一した産業関連制度の設立を提案した。研修と同様に、オーストラリア憲法では、研修実施の主要責任を州政府にもたせているため、国家レベルで統一した教育課程と職業資格の標準化を目指した国家制度を構築するには、複雑でやっかいなプロセスを踏まなければならない。そこで連合政府は産業界の技術不足を国家水準で解決する手段として、国立産業高等技術専門学校(National Institute for Trade Skill Excellence)の設立を提案した(設立費用は1830万ドル)。同高等技術専門学校は、オーストラリア商工会議所(ACCI)、オーストラリア経営協議会(BCA)、およびオーストラリア産業団体(AIG)などおもに雇用者団体の管轄となる。同校は、高校課程の最後の2年間(第11学年および第12学年)の課程を教える24の工科大学を管轄するが、教育課程(数学や英語など普通教育の基礎コースを含む)の内容はより純粋な専門教育ニーズに基づいて構成される。工科大学の理事会は、雇用者で構成される。また、国立産業高等技術専門学校は教育研修機関の認定機関としても機能し、質の高い訓練機関をリストに記録して保管する。本構想によれば、今後4年間に予算2億8900万ドルを拠出して、24の大学内に研修施設が21800箇所新設されることになる。

新提案制度は、1990年代にキーティング労働党政権が設立した制度がしばしば受けてきた批判を避けることができる。キーティング政権下の制度では、オーストラリア全国訓練局(ANTA)が州レベルの技術高等教育機関(TAFE)の資金運営を行い、能力ベース研修への移行を目指す国家命令順守の強化手段として、この資金を用いるという仕組みだった。前述の提案によって、事実上、ANTAの行く末や産業訓練の実施機関である州レベルのTAFE機関の役割が流動的になってきた。実際には政府提案は一部、ANTAが管轄することになる連邦政府資金の分配についての新4年間合意案が連邦政府と州政府間で決裂したことによって促進されたようだ。政府はANTA合意の決裂を、民間研修機関相互の競争、また公的機関であるTAFEとの競合と言った競争の激しい、政府自らの研修市場ビジョンを促進することに利用した。

9月21日、政府は学生の養成工制度参加を奨励するため、研修工具購入のために1人につき800ドルの支給金( tool allowance )を支払うと発表した。養成工がすでに新工具購入に1000ドル(非課税)受け取っている点を看過していること、また支給金間で利害の衝突が生じる可能性を見過ごしていることから、同政策は性急かつ詰めの甘い政策であるように思える。さらに連邦政府はTAFEを快く思っていないにも拘わらず、州TAFE機関に対する拠出金を7億2500万ドル増資すると発表し、その後さほど日を置かずに増資案を提出している。政府は、主要防衛計画に割り当てた予算の0.5%を熟練労働者の育成に拠出することを提案した。また「グループ研修企業」(自らも養成工を採用し、雇用企業の多くに派遣することで、養成工に研修を実施する企業の責任の一部を軽減している)にたいして4500の研修機会を設け、学校を基本とした新たな養成工プログラムが7000件増加されることになった。連合政府は、雇用者側による「研修完了報奨金」の受領を求めた最終学年の養成工引き抜きを防止する有効な手段を発表した。提案では研修完了報奨金は、研修を実施した複数の機関に分配される。

労働党による提案

一方の労働党は総選挙で敗北したため、その提案は歴史的・学術的観点から検証する性質のものだが、政府の研修制度案の代替案を示していることから、労働党の提案について若干触れることにする。まず重要なポイントとして、野党労働党の雇用サービスに関するスポークスマンが、「継続的にTAFEの弱体化を図ることは、技術不足を加速するに過ぎない」、また「政府によるTAFE弱体化および同じような国家研修制度の設立の決定は『産業関連テーマ』の一部だった」と指摘している点は論ずるに値する。選挙キャンペーン期間中、労働党は中小企業ビジネスの目標とする分野で新たに養成工8000人に対して資金援助すると公約し、他分野でも5600人の養成工育成を援助すると主張していた。さらにあらたに2万のTAFEコースを設け、中退者に対するTAFE手数料を引き下げ、技術向上を望む成人層の求職者に対して「学習ボーナス」として2000ドル援助することを公約していた。職場における成人年齢の指導員125名および1083名の「研修メンター」の資金援助も訴えた。

与党および野党が提案する方法が危機的状況にある技術不足問題をどの程度解決するかは論争の余地がある。建設林業鉱山エネルギー労働組合(CFMEU)が指摘したように、建設業の場合、養成工に脱落者が多い原因は給料の低さにある。与党、野党ともにこの点に関する措置は何も提案していない。研修生および卒業生に支払う賃金の変化なしに職業訓練の地位が向上するとは考えられない。この問題は基本的に研修への投資を敬遠する雇用者側の立場に関連しており、技術不足危機の根幹ともなっている。

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