朝興銀行の民営化をめぐる労使紛争と政府の労使関係対策

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年8月

朝興銀行(通貨危機後金融部門の構造調整の一環として国有化)の民営化をめぐる労使紛争が韓国労総の対政府闘争の色合いを強め、銀行のコンピューターシステム停止や公権力行使、営業停止など最悪の事態を招くかにみえたが、新政権誕生後あたかも慣例化しているようにぎりぎりのところで政府一押しの対話路線により、労使間の合意が見出され、労使紛争は終結を迎えた。

今回の労使紛争は今後の労使関係を占ううえで注目すべき点を示唆している。第一は、新政権の主な課題でもある金融・公共部門の構造改革において労働界が最大の抵抗勢力として勢いを増すにつれ、労政対立の構造がより鮮明になり、「対話および妥協」による問題解決方式の是非が改めて厳しく問われ、それ如何では労使関係が構造改革の行方を大きく左右することになりかねないという点である。

第二は、新政権誕生後、民主労総の影響力強化および上部団体変更の動きに危機感を募らせる韓国労総側が巻き返しを図るかのように傘下の金融産業労組への全面支援に乗り出すなど、民主労総と韓国労総の間で団結力強化や組織拡大を競い合うように、事業所別労組との連帯闘争に走る姿が目立っていることである。

以下、今回の労使紛争における主な争点や労使間の合意内容を押さえ、少し広い観点から政府の労使関係対策を俯瞰してみる。

労使紛争の経緯と主な争点

まず、労使紛争の発生から労使合意に至るまでの経緯からみてみよう。公的資金の回収を目的とする朝興銀行の民営化案(政府所有株式の売却)は2002年8月に発表され、公開入札(外国人投資家も参加)の結果、2003年1月に新韓金融持株会社が優先的交渉相手として選定された。4月に預金保険公社と新韓金融持株会社との間で売却交渉が始まり、6月10日に新韓金融持株会社への売却を公的資金委員会が正式に承認した。

その一方で、売却阻止のために2002年12月にすでに争議行為を決議していた朝興銀行労組は6月16日に大統領府に対する抗議表示として全行員の辞表を提出し、6月18日に「盧武鉉大統領は1月に銀行の独自経営を約束したのにそれを破って売却を強行している」としてストに突入し、銀行のコンピューターシステム停止という最悪のシナリオを武器に政府や経営側に圧力をかける一方で、3回にわたって労使交渉を続けるなど、「対話と圧力」の戦術をとった。韓国労総も「政府は銀行の大型化を目指す構造調整を中断し、朝興銀行に対しては独自経営を前提に段階的な民営化を保証するよう」求めるとともに、「政府が公権力を行使し、労組を弾圧する場合は、労使政委員会などへの参加を拒否し、対政府闘争を展開する方針」を明らかにし、政府に対する圧力を強めた。

今回の労使紛争の主な争点は民営化の方法やそれとセットになっている雇用保障である。同銀行労組は「一括売却の撤回、完全な雇用保障、即時対等合併など」を求めたのに対して、政府は「一括売却の方針は変えられないが、行員の雇用保障には力を尽くす」という立場をとったのである、6月19日に公的資金管理委員会が民営化の方法や雇用問題に関する最終決定を下したのを機に、政労使間の交渉は再開された。つまり、同委員会は新韓金融持株会社への朝興銀行株式の売却に関する本契約の締結を承認するほか、雇用問題など買収後の経営計画については新韓金融持株会社がその他の当事者との協議を経て決定し、預金保険公社はその結果を公的資金管理委員会に報告することを旨とする妥協案を取り入れ、話し合いの道筋をつけた。これを受けて、預金保険公社(朝興銀行の経営業績次第で損失補償か利益配分の利害関係をもつ)、新韓金融持株会社、朝興銀行経営陣、金融産業労組、朝興銀行労組などによる交渉が始まったのである。その一方で、同銀行労組はすでにストに突入し、背水の陣をはって交渉に臨んでおり、その影響で全国支店の半分以上が閉店し、約5兆8000億ウォンの預貯金が引き出されるなど、ストによる被害は急速に膨らんだ。

このままストが長引き、銀行のコンピューターシステム停止という最悪の事態を放置することになれば、それこそ個別銀行の経営問題にとどまらず、金融システムにおける大きな混乱や対外的な信用の失墜など国民経済に深刻な影響を及ぼす恐れがある。このような最悪のシナリオを恐れた政府は「6月22日午前0時まで労使合意が得られなければ、公権力の行使に踏み切る」と最後通告を出した。

労使間の合意内容と政労使の反応

最終局面に入って、新韓金融持株会社側が労組の要求を概ね受け入れることで労使間の合意が成立し、最悪の事態は避けられた。労組側は公的資金回収の目的や国民経済への影響などの観点からは世論の支持が得られにくく、「伝統ある民族銀行の死守」や「大統領の約束」を盾に辛うじてストの正当性を主張せざるをえない厳しい立場に追い込まれながらも、新政権誕生後労働界で目立つ、いわゆる「瀬戸際戦術」に全てをかけるかのように強気に徹し、金融部門で通貨危機後いままで成立した労使合意案(人員削減の抑制やストに対する民事・刑事上の免責などが中心)よりもう一歩経営に踏み込んだ条件を勝ち取った。今回の労使合意案の主な内容は次の通りである。

まず、労組側が当初要求していた「一括売却撤回や即時対等合併、合併後の最高経営者に朝興銀行出身を選任する案」などは取り下げられ、その代わり、新韓金融持株会社の傘下に入っても3年間は独立法人として朝興銀行出身の最高経営者の下で朝興銀行のブランドを使い、独自の経営体制を維持することができるという妥協案が成立した。

第二に、合併の成否はこれから2年後合併推進委員会で議論し、決定するが、1年以内に結論を出す。合併推進委員会は朝興銀行と新韓銀行両行からの同人数の委員で構成し、委員長には両銀行間の協議のうえ第三者を選任する。

第三に、朝興銀行員の雇用を保障し、(強制的な)人員削減は行わない。今後3年間賃金水準を新韓銀行の水準に段階的に引き上げる。新韓金融持株会社における常務取締役以上の経営陣は両銀行出身で均等に構成する。

第四に、合併推進委員会で合併することが決定された場合、対等合併を原則とし、行員の雇用を保障するほか、合併銀行の名称、職級の調整、支店の閉鎖などは合併推進委員会で議論し、決定する。

その他に、朝興銀行側はストに関与した者に対する司法処理を最小限にとどめるよう努め、民事・刑事上の責任は一切問わないことも盛り込まれている。この合意案は即日組合員投票にかけられ、59.9%(5037人のうち3148人)の賛成で可決された。

今回の労使合意をめぐって、労組側は「一括売却撤回や即時対等合併などの非現実的な要求を取り下げる代わりに、3年間の独自経営、雇用保障や賃金引き上げ、合併プロセスへの影響力保持などの実利を勝ち取ることができた」という点で、「満足のいく次善の案である」と評価している。これに対して、新韓金融持株会社側は、「朝興銀行労組の要求を概ね受け入れながらも、即時対等合併や合併後の最高経営者の選任などについては最後まで譲らないなど、合併後のシナリオを視野に入れた戦略的選択に重きを置かざるを得なかった」という点で、今後2-3年の経営状況次第で風向きが大きく変わることを期待しているようである。

そして、経済界からは、「労使交渉や争議行為の対象にならない民営化阻止を掲げたストは不法行為にあたるにもかかわらず、労組側の要求の大半が受け入れられた」ことに不満の声が高まり、政府に対して「法の支配および原則を守らないで、労働界の圧力に屈するなど、労使紛争に対して労働界寄りの対策をとることで、労使関係をむしろこじらせてしまう傾向がみられる」と手厳しく批判する向きが多い。

これに対して、政府は「労組の強い抵抗に遭いながらも、民営化や労組の経営権への介入防止などの方針を貫いてきた」点を強調し、「不法ストに対しては厳正に対処する方針を貫きながらも、利害調整の円滑化や社会的コストの最小化のためには対話および妥協をそれに優先するのがより現実的な対策になる場合もある」というスタンスをとっている。

政府の労使関係対策

新政権は誕生以来社会統合の観点から不合理な労使関係法制度の改正や労使間の力関係の均衡化(ここにきて労使双方に対する責任権限関係の明確化に重きをおく方に変化)を労使関係対策の基本に据え、「社会的弱者としての労働側の言い分にも耳を傾けるべきである」との立場を貫いている。それゆえ、どちらかというと「対話および妥協」を「法の支配および原則」より優先せざるをえない局面が増えるにつれ、前述のように労働界の攻勢に押される形で、労使紛争の早期解決を図ろうとするあまり、労使関係対策の振り子は労働界寄りに振れる傾向が目立ってしまう。

しかし、鉄道や貨物輸送、金融部門などで時には不法ストがまかり通ってしまい、労使紛争が個別事業所の経営のみでなく、公益や国民経済にも深刻な影響を及ぼしかねないケースが相次ぐほか、公共部門の構造改革や公務員労組の合法化などを控えていることもあって、とりわけ公共部門における労使関係の安定化は政府にとって焦眉の課題になっている。それにあたって政府は基本方針として、例えば、「公益・国民経済への寄与」を前提にした「労働者の権益保護」、さらには「法の支配および原則」を前提にした「対話および妥協」をきちんと実践することができるかどうか、労使関係対策の舵取りが厳しく問われることになるだろう。

今のところ、政府は物流部門に大きな混乱をもたらした貨物連帯のストを機に、経済・社会分野における国家危機管理体制整備の観点から「国民経済や社会の安定を著しく脅かす事態が発生した場合、労働力や装備などを動員し、業務復帰命令権を発動することができるように」、国家危機管理特別法を制定することを検討している。

もう一つ、ここにきて、経済界の危惧にも配慮し、「労使関係が国際競争力を阻害してはならない」点を強調するほか、「公共部門や大企業の労組」と「零細中小企業の労働者や非正規労働者」を明確に区分けし、国際基準に合わせて前者の権益を引き下げる反面、後者の権益は段階的に保障する方向で労使関係法制度の改正を検討することを明らかにしている。そして、安定的な労使関係を構築するために労使関係の中長期戦略と段階的な推進計画を立案する方針を打ち出し、1-2年以内に国際競争力の強化につながるような労使関係改革案をつくり、実践することも付け加えている。政府の労使関係対策の振り子が再び軌道修正に入るのかどうか、その行方が注目されるところである。

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