国民健康保険法案の草案完成、社会保障制度の改善目指す

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年8月

1.はじめに

年金問題は、ヨーロッパレベルで対処すべきものである。というのも、人口問題および経済問題の打撃は、EU加盟諸国全てに関わるためであるし、また、統一化の進むヨーロッパにおいては、人口の動きへの対応に1つの国が遅れると、他の全ての国にその影響が波及しうるためである。このため、リスボンやバルセロナで開かれた欧州会議では、高齢化への対応や均衡のとれた安定的な年金制度の維持が重視された。これらの問題への対処は、2001年3月のストックホルム欧州会議で決定され、ここで年金分野における「開かれた協調」のための基礎が成立した。これは、2001年12月のラーケン欧州会議により開始され、以下の3つの大原則に沿った11の基本的目的に基づいている。すなわち、1.定められた社会的目的を追求しうるような制度を確保すること、2.財政上の安定性を維持すること、3.変化する社会の要請に応えること、である。

EUの各国代表は、各国の年金制度がそれぞれの伝統や採用した社会的保護モデルに応じて成立したものであるという事実に基づいて、各国の取るべき対応が、国ごとの事情を考慮して決定されるべきことで一致した。

実際、ヨーロッパの社会保障システムは、きわめて多様である。賦課方式が支配的なシステム(イタリアやドイツ)と、民間の企業年金が優勢なシステム(イギリスやオランダ)とが併存している。高齢化による弊害は、前者にとって深刻かつ緊急なのに対し、後者にとっては間接的かつ緩慢である。

加盟国の全てが直面している問題は、人口動向、費用およびリスクの予測に関する有用な情報の欠如である。このため、社会状態(高齢化に対する保護を含む)、社会的費用および財政制度に対応しうるよう、各国が提供すべき指標について検討がなされているところである。

EUの評価によると、イタリア政府は、一方で、人口動向(より一般的には、高齢化の公的財政に与える影響)との関係で財政上の維持可能性を考慮し、また他方で、ヨーロッパの社会保障制度および福祉制度の存在意義であった社会的目的を追求しつつ制度自体の均衡を達成する必要性を念頭に置きながら、社会保障制度の現代化を進めている。

こうした目的を達成するために、まず、就業率の引き上げが目指されている。これによって、財政上の維持可能性を追求し、また、より手厚い保障を確保しつつ高齢者の社会的・経済的生活への参加を促進する。高齢者の就業率は、就業政策における要点の1つである。つまり、高齢者をより長く労働市場に引き止めると同時に、年金の受給開始も遅らせうるためである。実際、ストックホルム欧州会議では、55歳から64歳までの高齢者の就業率をEU全体の平均で50%以上に引き上げること、そして、バルセロナ欧州会議では、2010年までに、年金受給年齢をEU全体の平均で5歳引き上げることが目標として設定された。

2.イタリアの年金改革および年金制度の将来のための戦略に関する報告書

イタリアで最近始まった年金に関する議論(現在上院で審議中)では、とくに、労働社会政策省が2002年10月にEU委員会に提出した「年金制度の将来のための国家戦略に関する報告書」に焦点が当てられている。同報告書は、イタリアの年金制度の状況、その将来の予測、その主たる問題点および実施中または実施すべき改革の方針に関する戦略について記されている。

1990年代のイタリアでは、公的・私的年金制度に対して、かなり整合的な介入がなされた。とくに重要なのは、1992年10月23日法律421号3条、1992年12月30日委任立法503号、1993年12月24日法律537号11条、1994年12月23日法律724号第2章、1995年8月8日法律335号(および同法を具体化した1996年12月23日法律662号および1997年12月27日法律449号)である。

実施された改革では、規制の均質化、優遇措置の克復(異常な優遇措置から着手)、制度の段階的な均衡確保等が目標とされた。また、最低給付の改善措置が実施されたことで、制度の再分配の側面が強化された。

これらの改革によって、年金制度に関する危機的状況を回避することができた。実際、立法措置がなければ、年金の費用は、2040年に国内総生産の23.27%にまで達すると予測されていたのである。現在は、2033年に国内総生産の16%でピークを迎え、その後徐々に低下して、14%を下回ると予想されている。

表1
1990~2001 1990~1992 1993~1997 1998~2001 2002~2006 2007~2011
7,3(3.6) 12,2(6,1) 7,3(3,8) 3,4(1,6) 4,0(2,1) 3,7(2,2)
民間被用者 6,5(2,9) 11,1(5,1) 6,5(3,0) 3,0(1,1) 3,8(1,9) 3,4(1,9)
公務員 9,2(5,6) 16,3(10,2) 8,8(5,3) 4,4(2,5) 4,0(2,1) 4,2(2,7)
独立労働者 7,7(4,1) 10,7(4,6) 9,0(5,5) 3,8(2,0) 4,6(2,6) 4,2(2,7)
―職人および商人 11,1.(7,5) 14,0(7,9) 12,7(9,2) 6,8(4,9) 6,8(4,8) 5,9(4,4)
―その他(*) 9,4(5,8) 16,4(10,3) 10,2(6.7) 3,2(1,3) 5,8(3,9) 3,7(2,2)
  • *自由業者の金庫および補完基金を含む。
  • 出典:Nucleo di valutazione della spesa previdenziale, 2002年報告書

これまで実施された改革の特徴は、移行期がきわめて長期で、年金受給年齢に近い人々を過度に優遇している点である。つまり、制度の健全化は、基本的に新世代が負担することになっていた。

下記のデータは、過去10年間で実施された改革の結果達成される世代間の公平率を表している。

表2:改革の結果:年金財政の変化─現行法によって約束された給付の現在価値(納付した社会保険料を引いたもの)
年齢 Amato改革(1) Berlusconiの提案(2) Dini改革(2)
15-19 -59 -4 -8
20-24 -202 -15 -27
25-29 -319 -19 -33
30-34 -301 -36 -47
35-39 -217 -68 -40
40-44 -222 -53
45-49 -148 -55
50-54 -92 -64
55-59 -34 -101
60-64 -6 -8
65- -3 0
労働者 -1,605 -378 -151
年金受給者 -133 0 0
  • 1992年、単位1兆リラ 2. 1995年、単位1兆リラ
  • 出典:D'Amato e Galasso(2002)

社会保障制度のうち補足的部分(注1)を適切に発展させていかねばならない。補足的社会保障制度は、現在は労働者の一部にしか関係がないが、将来的には年金受給者の所得水準を大きく支えることになるであろう。しかし、補足的社会保障制度を発展させることだけでは、年金給付適正化の目的を達成することはできない。賦課方式と積立方式の併存という選択肢は、システム全体の様々な目的を同時に実現し、各制度に内在するリスクを分散しうる基本的な戦略として受け入れられている。

現在および将来の問題に対する政府の戦略的指針は、以下のようなものである。

  • 経済発展政策および就業政策(租税負担および社会保険料負担を緩和することも考慮)
  • 高齢者を正規労働市場に止めるための政策(闇労働対策も含む)
  • 2階部分の制度の発展を促進するための政策(契約更新の際の選択や、補足的社会保障制度へ充てるべき財源を積み立てる可能性も考慮)
  • 高齢者に特有の貧困のリスクに対処し、生活の質を向上させ、また、緊急に実施すべき保護施策を特定することを目的とした、福祉(welfare)制度の総合的整合化の枠内での政策。このためには、官と民および制度と家族とが補完し合う機能的な関係を認めることが不可欠である。
  • とくに最貧層を保護するための租税政策

3.政府による改革措置

イタリア政府は、改革の重要な目的はすでに達成されたという意識の下、すでに開始された大部分の改革のプロセスを完成させるため、労使との議論を通じて、さらに改革を進める予定である。

年金に関して、政府は委任立法案を提出しており、現在労使と協議中である。同法案は、とくに、就業生活を引き延ばすためのインセンティブを強化し、補足的社会保障制度を実質的に始動することを目的としている。同時に、年金受給者間で蔓延する闇労働に対処することも再確認されている。昨年7月に政府および主たる労使組織が署名したイタリア協定は、一定の指針にしたがって、公共政策および労働政策の改革過程を示した。

政府は、高齢者の貧困に対する措置を強化する予定である。こうした措置を強化する際には、高齢者以外の集団の方が、貧困のリスクにさらされている場合もあることを考慮しなければならない。したがって、福祉制度全体の整合性を勘案する必要があろう。

介護サービスを発展させ、家族責任の役割を生かすような措置とともに、自律できない高齢者のための政策に関して特別な財源を設けることも必要であろう。いわゆるヘルパーのための正規化措置に関する新移民規制は、家族の果たす非代替的な役割を、(とくに女性による)労務提供により補完するという方向性を示している。これに関して、政府は、「非自律性のリスクに対する基金」を推進するため、州とともに作業を進行中である。同基金の目的は、自律できない人々を、家庭、レジデンスおよびセミ・レジデンスで介護するという要請に応えることである。

最低給付の改善については、2002年財政法で割り当てられた予算上限の範囲内で、社会的加算(注2)に応じて実施された(21億6900万ユーロ)。ただし、年齢、社会保険料納付期間、当該受給者または夫婦の所得が考慮される。年金および社会手当(注3)等についても、一定の要件付きで改善措置が定められた。政府は、こうした措置を段階的に拡大していく予定である。同時に、税制改革として、2002年につき、扶養すべき子を抱える家庭のための税金手当の改善を定めた。また、貧困層について「非課税層」を認める予定である。イタリア協定は、租税改革の第1弾として、2003年について、中低所得者層のために55億ユーロの予算を定めている。

将来の年金手当の適正化を確保し、社会参加を促進するため、退職および年金受給年齢の先送りを強化する予定である。

以上の方針は、公的年金制度により保障された所得代替率の低下を補うものである。財政の安定性を考慮する以上、平均余命が伸びれば、一定の年金給付を維持するために、年金受給期間を短縮することが要求される。表3は、40年間社会保険料を納付し、65歳で年金を受給するとしても、受給期間を短縮するか、社会保険料納付期間を引き延ばせば、公的年金による所得代替率が、現行制度(社会保険料納付期間35年、年金受給年齢60歳)とほぼ同水準になることを示している。退職年齢を65歳に引き上げれば、補足的社会保障制度の所得代替率も改善されるであろう。

表3 (単位:件、100万ドル)
2000 2010 2020 2030 2040 2050
民間被用者、65歳、社会保険料納付期間40年
公的社会保障制度 76,9 76,7 66,8 72,4 64 63,4
私的社会保障制度 0 5,3 10,6 16,3 18,8 18,8
76,9 82,0 83,0 83,1 82,8 82,2

出典:筆者作成

年金受給年齢の引き上げは、制度の財政的安定性を確保するためだけでなく、年金手当を適正化するためにも重要である。過去10年の一連の老齢年金改革は、制度間の均質化という観点の下、老齢年金の年齢要件を引き上げ(一般制度においては男性65歳、女性60歳へ)、年齢と社会保険料の関係について新たな要件を導入するという問題に取り組んできた。ただし、年金受給年齢の引き上げについても、高齢者の就業率の改善についても、改革の結果は芳しくない。

4.年金に関する政府の措置

政府は、物価スライド制(年金給付を生活費と報酬の変動に対応させるが、受給開始当初の給付は引き下げる)の将来的な再導入について検討する予定である。また、より一般的には、福祉(welfare)制度全体を再編する際に、とくに、自律できない高齢者のための措置を実施することを明らかにしている。

就業政策に関する政府の考え方は、2002年全国就業計画によく現れている。同全国就業計画の内容は、以下のようなものである。

  • 闇経済の大部分を早急に正規化するための特別措置
  • 人材の教育水準および能力を向上させるための社会教育制度改革
  • 労働へのアクセスを容易にし、就業可能性に関する政策を推進し、労働者に関する弾力化政策と安定化措置とを調和させるための労働市場改革

政府は、EUの指針に沿って、高齢労働者に対し、退職の先送りを推進するインセンティブおよび退職を遅らせた者が不利な扱いを受けないようにするための措置を実施する予定である。このため、委任立法案の中で、政府は次のような提案をした。

  • 年金受給年齢の弾力化:年金受給要件を満たした労働者が、あらかじめ使用者と合意した上で、労働活動を継続することを可能にする(下記の助成措置を選択することも可能)。
  • 「権利の確認」:労働者が老齢年金の最低要件(年齢要件と社会保険料納付要件)を満たした場合に、加入している社会保障機関に対して、自身の保険上の地位を確認できるようにする。法律の改正によって年金受給に対する選択に影響がないようにするのが目的と思われる。
  • 老齢年金受給の先送りに対する助成措置の実施:これにより、政府は、実質上の年金受給年齢の引き上げ効果を狙っている。年齢要件を満たした労働者に対し、保険料納付の全額免除を認めるなどして、就労継続が容易になるようにする。労働者には、年金受給年齢を2年以上遅らせること、および、労働関係更新の際に、使用者と有期契約を締結することなどの要件が課される可能性もある。

政府は、委任立法案において、年金受給者による闇労働の正規化措置の実施を表明している。また、年金と所得との併給制限規定を、財源上の問題がない範囲で、徐々に撤廃することも検討されている(就労活動の継続を促進するという狙いがある)。年金受給間近の労働者によるパートタイム労働が阻害されないようにするため、より適切な措置を実施することも検討されている。最後に、改正後の制度では、年金受給年齢が弾力化され(57歳から65歳)、受給年齢に応じて、年金給付を算定する際の転換指数(注4)も定められる予定である。

委任立法案では、退職手当の年間積立金の補足的社会保障制度への強制的出資や資金運営に対する租税優遇措置の拡大を通じて、補足的社会保障制度を強化することも検討されている。補足的社会保障制度には、年間120億ユーロから130億ユーロの資金が流れ込むことになろうが、その際には、年金基金の役割が生かされるよう十分注意しなければならない。

政府は、補足的社会保障制度を発展させるため(これまでは、強制的社会保障制度がすべての資金を吸収してきたため、民間の年金基金は十分な経済的基礎が整わず、発展が阻害されてきた)、新規採用者に限り、強制的社会保障制度のの保険料率を部分的に引き下げることを検討している(3%から5%)。

退職金の伝統的な機能が失われることの直接的な影響を考慮して、政府は、使用者の責任強化の反面として租税優遇措置計画を定め、また、失業に対する支援を拡大する予定である。

委任立法案では、社会保険料の賦課基礎から除外される賃金部分の引き上げも定められた(4%へ)。この分は、使用者の納付する10%の連帯拠出によって負担される。ただし、連帯拠出が補足的社会保障制度に充てられる場合には、負担しなくてよい。

5.まとめ

先に述べたように、欧州会議では高齢化への対処を強調してきた。2002年のバルセロナ欧州会議での決定に基づき、2003年3月に、年金に関する各加盟国の戦略を体系的に分析した報告書が作成された。同報告書は、適正化、維持可能性および現代化という3つの目的を考慮しつつ、各加盟国がどのような方法で高齢化に対処しているかについて記されている。

各加盟国により提出された報告書によれば、各国はすでに、ラーケン欧州会議で示された11の目的を実現するために様々な措置を実施していることがわかる。年金制度の財政的維持可能性に関して、各加盟国は、ストックホルム欧州会議で決定された3つの戦略を基準にしている。その3つの戦略とは、就業の増加、公債の削減および年金制度の改革である。その意図は、公的財政への圧迫を抑え、年金制度の財政を強化することである。各国がとった措置には、年金の繰上げ支給の制限、退職や年金受給の先送りに対する助成などがある。

ラーケン欧州会議で開始された年金分野における開かれた協調のプロセスは、他の分野にすでに存在している協調政策(とくに、経済政策、公的財政政策および就業政策)に組み込まれ、また、他の分野におけるプロセスの推進に寄与するであろう。

こうした新たな発想の利点は、相互的な学習効果であろう。各加盟国は、共通の問題に直面している。なかでも、高齢化への対処が第1である。

開かれた協調という手法は、各国の政策に対する責任者にその履行を強制するのではなく、各国の達成した結果を生かす能力を向上させ、代替策に関する利点や欠点を理解するのに有用であろう。

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