貨物輸送業における労使紛争と政府の対応

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年7月

5月に入ってトラックドライバー1万5000人余で結成された「貨物連帯」が運送料の引き上げや既存の不合理な貨物輸送事業制度の改正、財政的支援などを求めて、貨物トラックの運行阻止などの実力行使に出たため、物流部門に大きな混乱が生じ、政府の危機管理能力が厳しく問われた。結局、一部の大型荷主や運送会社側が早期解決を図るために直接交渉に応じ、5月9日に合意案を見出したのに続いて、5月15日には政府も要求案を概ね受け入れることで合意に達し、労使紛争は終結を迎えた。

今回のケースでは、またも新政権に期待を寄せる労働側が瀬戸際戦術で経営側や政府に圧力をかけ、大幅な譲歩を引き出した点が目立つ一方で、貨物物輸送部門の構造的問題や政府の危機管理体制不備などの政策的要因に加えて、非正規労働者の一形態である「特殊雇用労働者」として分類されながら労働者としての地位は保障されていないトラックドライバーの労働関係上の特殊性も労使紛争を予想以上に長引かせる要因になるなど新たな課題も浮き彫りになった。

では、今回の労使紛争にはどのような特徴がみられるのか、主な争点と政府の対応を中心に探ってみよう。

主な争点

まず、今回の労使紛争の主役である「貨物連帯」はどのような特性をもっているのかからみてみよう。「貨物運送特殊雇用労働者連帯」という正式名称からも分かるようにそのメンバーは「労働基準法や労働組合および労働関係調整法に規定されている労働者」ではなく、自分名義のトラックをもち、運送会社に所属して自営型請負方式で働いているため、どちらかというと個人事業主に近く、労働者としての地位は法的に保障されていない。ただし、労働部の雇用形態別非正規労働者の分類基準によると、自営型請負方式で働くトラックドライバーはその一形態である特殊雇用労働者として位置付けられており、労働界は労働者としての地位を認め、労働3権を保障するよう求めている。

今のところ、「貨物連帯」のメンバーは準組合員として民主労総傘下の全国運送荷役労組に加入しており、「貨物連帯」も合法的な労働組合ではなく、任意団体の「労働者連帯」として結成されている。そのため、労働部は5月7日、「貨物連帯は合法的な労組ではないので、ストを起こすことができない」という行政解釈を下した。

このような特殊な立場にある「貨物連帯」が不法行為を覚悟で実力行使に出たのは、後述のような既存の多重下請け・斡旋の仕組みでは慢性的な赤字状態から抜けられず、生存権が脅かされるほど深刻な状況にあることを公に訴える。とともに、交渉の要求に応じず、「貨物連帯」所属トラックの出入り妨害や荷物の割当中止など「貨物連帯」に対する弾圧の構えをみせる大型荷主や運送会社に対して方針の転換を迫るほか、政府に対しても貨物運送業の構造的問題の解決や財政的支援などに向けて法制度の改正に取り組むよう圧力をかけるためであった。

具体的には、まず荷主や運送会社に対しては、運送料の引き上げや労働組合活動に対する弾圧中止、荷物割当における多重斡旋の根絶などを求めた。そして、政府に対しては産別交渉の法制化・トラックドライバーの労働者としての地位保障(労働部所管)、運送事業者登録基準の緩和・高速道路通行料引き下げ(建設交通部)、貨物トラックに対する軽油税引き下げ・所得税制の改善(財政経済部)など、12項目の要求案を提示した。

特に、貨物運送業の構造的問題の一つである多重下請け・斡旋構造はトラックドライバー側が10年以上その改善を求めてきたものであるが、1997年の通貨危機や1999年の規制緩和措置(運送業者の免許制から登録制への変更、運送料の自由化など)で運送業者の乱立による過当競争が重なってトラックドライバーへの皺寄せはより深刻になっているというのが「貨物連帯」側の主張である。例えば、現行の貨物自動車運輸事業法では、自分名義のトラックをもつ運転手(大型の場合、約18万台のうち16万台)は運送事業者(5台以上が登録要件)として登録できないため、登録済み運送業者に手数料を払って荷物の割当を受ける仕組みとなっている。そして荷主と運送業者の間には多重下請け構造が形成され、トラックドライバーはその末端に組み込まれている。1999年の規制緩和措置以降、運送業者が乱立し、多重斡旋がはびこるようになったため、末端のトラックドライバーが実際にもらう運賃は荷主が支払った運送料の60~70%にとどまり、それも現金ではなく、手形による支払いが大半であるといわれる。

主な合意内容と政府の対応

以上のような「貨物連帯」側の要求に対して、まず、光陽・浦項地域の荷主や運送会社が「トラックドライバーとは直接契約を結んでいないし、彼らは労働者でもないので、交渉には応じられない」という従来の方針を変え、5月9日に「運送料の引き上げ、労働組合活動に対する弾圧中止、荷物割当における多重斡旋の根絶など」の要求案を概ね受け入れることで合意した。最大の荷主ポスコ側が早期解決を図るために直接交渉に加わったことが突破口になったようである。これを受けて、「貨物連帯」の代わりに交渉にあたっていた民主労総傘下の全国運送荷役労組と「貨物連帯」釜山支部の執行部はスト中断の決定を下した。

これで「貨物連帯」の実力行使は終結を迎えるかにみえたが、しかし、釜山地域で現場組合員2000人余が執行部のスト中断の決定に反発し、ストを続けてしまうなど、執行部と現場の間で足並みの乱れがみられた。全国10ヵ所の支部ごとに利害関係が異なる状況で、執行部は現場での利害調整機能をきちんと果せないなど、前述のような「貨物連帯」組織特有のリーダーシップの不安定さが目立った。

最終局面に入って、上部団体や「貨物連帯」の執行部としては、労使紛争が予想以上に長引き、世論の厳しい声や現場組合員の生計問題などにだんだん負担を感じるようになったため、地域別に利害関係が異なる荷主や運送会社との「産別交渉」よりは、各支部や現場組合員の足並みをそろえることが比較的に容易な「対政府交渉」で解決の糸口をつかむしかなかった。政府としても、縦割り行政の先送り体質や危機管理体制の不備などを厳しく問われるなかで、労使関係の側面よりは貨物輸送部門の構造的問題の側面から解決策を見出すことを迫られた。

政府は「貨物連帯」の実力行使は不法行為にあたる」として運行の正常化後交渉に応じる方針を打ち出し、不法行為を主導した組合員らの逮捕に踏み切るなど強硬に対応する構えをみせていたが、結局、「貨物連帯」の瀬戸際戦術には勝てず、5月15日に要求案のうち、「産別交渉の法制化」を除いた11項目を概ね受け入れることで合意が成立した。新政権の対応ぶりをみる限り、いまのところ「対話および妥協方式を通して労使関係の不合理な制度および慣行の是正に取り組む一方で、労働団体の不法行為に対しては厳正に対処する」という基本原則を貫くようにみえても、最終的には労働団体の闘争力に押され、ほぼ一方的な譲歩を強いられてしまうという構図が浮かび上がってくるのである。

今回の主な合意内容は次の通りである。第一に、主な争点であった軽油税の引き下げをめぐっては、その代わり、軽油税の引き上げに伴う政府補助金を現行の50%から2003年7月から12月にかけて100%に引き上げる。

第二に、所得税制の改正をめぐっては、所得税法上の超過勤務手当の非課税対象にトラックドライバーを加えるよう関連法令の改正を行う。

第三に、トラックドライバーの労働者としての地位保障をめぐっては、2004年から労災保険に加入できるよう法改正を行い、労働3権の保障については今後協議する。

第四に、荷物割当における多重斡旋の実態調査を直ちに行い、摘発された運送業者に対する罰則を課徴金から事業停止へと強化する。

今回のケースでは、現行法では労働者としての地位が保障されていないトラックドライバーらが結成した任意団体が初めて労使交渉の当事者として認められ、そして長年放置されていた貨物輸送部門の構造的問題や政府の危機管理体制の不備などに警鐘を鳴らし、政府に抜本的な構造改革を迫るキッカケをつくるなど、新しい利益集団としての労働側の試みが目立った。

その一方で、労働団体の間で不法行為がまかり通ってしまい、利益集団としての独占利益志向が強まるなかで、政府や経営側の大幅な譲歩に伴う利益集団間の不公平感がさらに独占利益志向の団体行為を助長しかねないという悪循環のシナリオを危惧する声も少なくない。

非正規労働者保護立法に関する公益委員案

一方、労使政委員会の非正規労働者特別委員会は5月23日、雇用形態別非正規労働者保護立法に関する公益委員案を採択した。同案は労使政委員会本会議を経て労働部に送られ、現行労働関係法の改正や新法の制定にあたってのたたき台となる。同案には、前述のトラックドライバーがその対象となる「特殊雇用労働者」については、「類似労働者の団結活動等に関する法律」を新たに制定する案が盛り込まれている。それによると、第一に、類似労働者には労働法上の団結権および団体交渉権に準じる団体組織権・交渉権・協約締結権は保障するが、団体行動権は認めない。第二に、団体の設立、交渉事項、専従者の地位、協約の効力、不当労働行為禁止などについては労働関係法上の関連規定を準用して具体案を設けることになっている。

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