新政権の労使関係政策と労使の対応

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年5月

2月27日に新政権の労働長官に政権引継委員会の社会女性文化分科会幹事を務めた権奇洪(クォン・ギホン)氏が就任し、早速斗山重工業の労使紛争の調停に乗り出し、解決の糸口をつかむほか、3月19日には新大統領に労働部の業務報告を行うなど、新政権は労使の期待と不安を背負いながら労働政策の厳しい舵取りに向けて一歩を踏み出した。

以下、労使関係に焦点を当てて、新政権の新たな政策方向と労使の対応を追ってみよう。

新政権の労使関係政策

労働部は一時政権引継委員会との見解の食い違いをみせる一幕もあったが、政権引継委員会の主要メンバーが労働長官に就任したこともあって、3月19日に新大統領に業務報告を行う際には、新大統領の選挙公約に沿う方向で労働政策を展開する旨を明らかにした。

そのうち、特に注目されるのは「社会統合を軸とする労使関係の構築」を最重要政策課題として掲げていることである。いいかえれば、労使関係の新たなパラダイムとして社会統合の観点から新大統領の持論でもある「対話と妥協による合意形成モデル」を現場に浸透させるために、労使間の力関係のバランスを前提に現行の労使関係関連法制度の改革に取り組むということである。具体的には次のような政策課題が盛り込まれている。

第一に、労働組合の団体行動権を制限する法制度および運用方法を改正する。これには「現行法では争議行為の目的と手続きがかなり厳しく規定されているため、不法行為と見なされる争議が多発している」という労働界の主張が概ね反映される。

まず現行法上の正当な争議の目的からみると、それは労働条件の決定に関する事項に限られているため、通貨危機後急増している「構造調整・民営化・整理解雇などの経営・人事権にかかわる案件、専従者数の調整、産別交渉への移行、連帯闘争への支援参加など」を目的とする争議は不法行為と見なされる。改正方向として、正当な争議の目的を後者にまで広げることが検討されている。

次に、正当な争議の手続きをめぐっては、組合員投票・調停・仲裁などの手続きを踏まない争議行為は不法と見なされるが、特に、必須公益事業所の場合、職権仲裁や行政指導の決定が下される時点で争議行為は不法となる。改正方向として、必須公益事業所の対象業種を新たに調整し、公益への影響が深刻ではない場合は職権仲裁の決定を最小限に抑えることが検討されている。

第二に、事業所レベルでの複数労組許可(2007年から)に伴う労使関係上の混乱に備えて、関連制度を整備する。交渉窓口の一本化を図るために、排他的交渉制、比例代表制、過半数代表制などをとり入れる。また労労対立・労使対立を未然に防ぐために、ユニオンショップ協定、労働協約の拘束力、争議行為に対する組合員投票、組合員の二重加入などの関連条項を整備する。

第三に、不法争議に対する責任追及措置の一環として組合員に対する損害賠償請求・財産仮差押が乱用され、労働基本権が侵害される恐れがある現状を改善するために、法務部との協議を経て財産仮差押の適用範囲限定、身元保証人の免責などの方策を講じる。

そのほかに、労使関係法制度の改革を推進する組織として「労使関係先進化企画団」を設置し、各界の意見を収斂し、2005年まで関連法制度の改革(立法)を完了する。そして当面の労使関係安定化策の一つとして、産別交渉を支援するためのマニュアルを作成し、産別交渉を妨げる法制度の改正に努める。

労働部の業務報告に続いて、労使政委員会も3月21日に常務委員会(関係省庁の次官、韓国労総事務総長、韓国経総専務理事)を開いて、労使政パートナーシップに基づく協調的労使関係を定着させ、国際基準に準じて労使関係法制度の改革(前述のほかに労組専従者制度、公共部門の労使関係、争議調整制度、地域別・業種別労使政協議会活性化、産別交渉体制など)に取り組むことを決議した。その他に、労働次官は「労使政委員会レベルで産業平和宣言を行う」ことを提案した。これは3月19日に経済5団体が「現在の厳しい経済局面を打開するために労使政のほかに市民団体なども参加して産業平和宣言を行うよう呼びかけた」のに続くものである。

経営側の対応

以上のような新たな労使関係政策をめぐっては、新政権と経営側の間でその前提条件に対する認識が大きく違うようである。新政権側は「労使関係の不安定要因を取り除き、労使紛争を未然に防ぐ道につながる」との認識をもっているのに対して、経営側は「対立的な労使関係の現状では時期尚早であり、労働界の争議行為をさらに助長しかねない」との立場にたっている。いまのところ、経営側は表立って反対を表明することはないにしても、「現場の労使関係、ひいては企業経営に悪影響を及ぼす」ことを懸念する声は少なくないようである。

そういうなかで、経営側の動きとして注目されるのは、韓国経総が3月4日に会員企業に配布した「2003年の労働協約締結指針(74項目)」に、前述のような新政権の政策方向とは異なる旨の項目を盛り込んでいることである。その主な内容を拾ってみると、次の通りである。第一に、産別交渉への移行をめぐっては、新政権は「労使の選択に任せるべきである」としながらも「産別交渉への移行を支援する」方針を明確に打ち出している。これに対して、韓国経総は「産別労組への転換および産別交渉に対して反対の立場を堅持し、産別交渉の要求に対しては業種別経営者団体と企業との連携のもとで行動指針を作成して対応するよう」勧めている。

第二に、不法争議行為に対する責任追及措置をめぐっては、新政権は「暴力や器物破損などを伴わない限り、業務妨害罪の適用や拘束措置を最小限に抑え、損害賠償請求・財産仮差押の乱用防止策を講じる」ことを明らかにしている。これに対して、韓国経総は「不法行為の軽重を問うて懲戒処分を行い、損害賠償請求や財産仮差押などを活用するほか、不法争議が終わってからの労組の免責要求には応じないよう」求めている。

第三に、労組の経営参加をめぐっては、新政権は「正当な争議の目的を広げ、人事・経営権にかかわる案件を盛り込むことも検討する」旨を明らかにしている。これに対して、韓国経総は「人事委員会の労使同人数構成や人事異動の際の労使合意など人事権にかかわる案件については、団体交渉の対象にならないので労使協議会の協議事項として扱い、経営権にかかわる案件については取り上げそのものを拒否するよう」勧めている。

その他に、新政権が社会統合の理念を具現化する政策として重視する非正規労働者の差別解消をめぐっても、韓国経総は「まだ立法措置もとられていないので、非正規労働者の採用にあたっての労使合意や非正規職の正規職への切り替えなどの要求には応じないよう」求めている。

韓国経総に続いて、経済5団体の協議機構である「経済団体協議会」も3月14日の定例総会で、「産別労組に転換する動きが広がり、産別交渉を求める声が高まっているが、これに対しては財界が協力して対処する。具体的には業種別経済団体懇談会・分科会を設置し、産別労組の連帯闘争阻止のための対策チームを業種別、地域別に設ける。また労働界は政治的影響力を拡大し、労働関係法制度の改革を試みようとしているが、これに対抗するために、国会への働きかけや政策建議活動を強化する」ことを決議した。

労働側の対応

労働界は新政権の新たな労使関係政策に期待を寄せながら、その政治的影響力の拡大に向けて活発な動きをみせている。まず、韓国労総は2月26日の全国代議員大会で「2006年末まで現在27の産別連盟組織を5つの大規模組織に統合し、産別労組体制を整える。そして労働者全体の利益を代弁し、社会改革の主導勢力としての役割を果たすために民主労総との統合を目指す。2006年末まで民主労総との統合を実現するために共同協議機構を設ける」ことを決議するとともに、民主労総に対して「統合に向けた第一歩として、紳士協定を結んで相互誹謗を中断し、傘下組織をめぐる取り合い合戦を中止する」ことを提案した。その後、3月10日の創立57周年記念式典で、民主労総に対して労働界の統合を正式に提案した。

この提案をめぐって、労働界では「2002年末の大統領選挙の際に生じた内部分裂やリーダーシップの危機を乗り切るための自衛策にすぎない」といううがった見方が多く、民主労総側は「統合を検討する段階ではない」と否定的な反応を示している。

その一方、民主労総は新政権の政策方向に近い運動方針をとっていることもあって、労使政委員会への参加にも意欲をみせるなど、金大中政権下でとっていた「場外闘争路線」から脱却し、政策協議・決定の場に積極的に参加する構えをみせている。

まず、民主労総の動きとして注目されるのは、斗山重工業での労使紛争に触発され、3月5日に民主労働党、「民主化のための弁護士会」などと共同で経営側の損害賠償請求・財産仮差押を制限するための労働関係法改正案を発表するなど、立法活動を後押しする試みである。同改正案には1.トによる損害に対する財産仮差押を禁止する、2.ストに対する損害賠償請求は暴力や器物破損などを伴う場合に限る、3.損害賠償の範囲も直接の損害に限定し、労組の決定による争議の場合は労働者個人に対する損害賠償請求を制限する、4.職権仲裁など争議行為を不法に仕向ける関連条項を改正することなどが盛り込まれている。

そして3月9日には、2003年の運動方針の一つとして、「非正規労働者の労働基本権保障と社会福祉の拡充」に重点をおくことを明らかにした。これは、新政権の労働・社会政策と軌を一にするもので、通貨危機後深刻化している貧富の差や不平等問題にも目を向け、事業所別労働者のための賃上げ闘争にとどまらず、社会全体のための社会保障の拡充を新たに労働運動の軸に据えるということである。

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