盧武鉉新政権の経済・労働政策課題

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2003年2月

12月19日の大統領選挙の結果、「世代交代」論を展開した与党民主党の盧候補が「政権交代」に政治生命をかけた野党ハンナラ党の李会昌候補に僅差で勝ち、21世紀初の戦後生まれの大統領が誕生した。

盧候補は選挙期間中、いわゆる「開発独裁体制」に続く「三金政治(1970年代以降韓国政治に大きな影響力を保っていた3人の金氏政治家による政治支配体制)」の負の遺産である腐敗政治(政経癒着)の清算を訴えることで、金大中政権とは一線を画す一方で、外交・安全保障や経済・労働分野などでは金大中政権の政策を継承するなど、「改革志向の新しい政治」をより鮮明に打ち出した。

特に、特権や既得権をむさぼるような利権政治を排除し、公正な競争ルールの下で市民の参加と社会統合(地域・階層間の壁打破)を実現することを強調することで、金デジュン政権の統治理念である「市場経済と民主主義の両立」を一歩進んで具現化し、グローバル化・情報化時代に相応しい民主主義(市民社会)の土台を確固たるものに築き上げることをアピールし、若い世代の共感を得るのに成功したことが当選に大きく貢献したといわれる。

以下、経済・労働部門に焦点をあてて、選挙公約や当選後の記者会見内容などを基に盧武鉉新政権の政策課題をかいつまんで述べる。

大統領候補の選挙公約

まず、大統領候補の選挙公約からみてよう。韓国経総が会員企業への配布資料(経営側寄りの公約を掲げる候補を選ぶよう勧めるためのもの)として大統領候補の選挙公約を比較分析したところによると、与党民主党の盧候補は「社会統合に重点をおいた分配中心の政治路線を掲げるのに対して、野党ハンナラ党の李候補は「経済成長を強調する市場中心」を、民主労働党(民主労総支持)の権候補は「労働者層を代弁する労働中心」をそれぞれ標榜するものと色分けされている。

そして、経済運営における市場と政府の役割分担の側面からみると、ハンナラ党の李候補が「政府の介入より市場機能を重視する」保守陣営、民主労働党の権候補が「市場経済原理に反対し、政府の役割を重視する」革新陣営をそれぞれ代表するとすれば、民主党の盧候補は「市場経済原理を前提に政府の介入を必要に応じて容認する」中道陣営を代表するものと位置づけられる。

また労働部門においても、ハンナラ党の李候補は「政府の介入を最小限に抑え、法と原則に基づいた自律的な労使関係を確立すること」を重視し、民主労働党の権候補は逆に「政策決定や経営への労働者層の参加」を訴えるのに対して、民主党の盧候補は「社会統合の観点から政府の積極的な介入」を強調するなど、各候補の間で政策理念の違いがはっきりと現れている。

新政権の経済政策課題

では、「社会統合、分配、政府の介入」に軸足をおく盧武鉉新政権はどのような政策課題を抱えているだろうか。まず、経済部門における新政権の政策理念からみると、それは「成長のための分配」を軸に据えるものであり、基本的には金大中政権を継承するものと位置づけられている。

具体的な政策課題としては、第一に、透明かつ公正な経済を目指して政治の介入を排除し、経済専門家による政策運営を貫くとともに、財閥の改革に本腰を入れて取り組むこと。

特に、財閥の改革については、一般の大企業と財閥型企業形態(オーナー経営者の独断経営・非関連多角経営・不透明な企業統治構造)を明確に分けて、前者に対しては旺盛な事業活動を支援するための政策を講じる反面、後者に対しては経済効率の悪化、ひいては経済危機を招く恐れがあるので、より一層の改革が必要であるという点が強調されている。

具体的な改革案としては、市場による監視機能が確立するまで、出資総額制限・系列企業間の株式持合いおよび相互債務保証禁止などの規制を維持するほか、証券市場の透明性向上や企業統治構造の改善のために「証券関連集団訴訟制」を、また財閥の金融機関支配を防ぐためには「系列分離請求制」をそれぞれ新たに取り入れることなどが明らかにされている。

第二に、「分配中心政策」の一環として、「庶民経済安定化策」が打ち出されている。具体的には、暴騰する不動産価格の安定化を図り、低所得者向け住宅の供給を増やすほか、急速に膨れ上がる家計負債および自己破産の悪影響を最小限に食い止めることが緊急の課題になっている。

その他に、今後5年間の任期中、毎年7%の経済成長を達成し、主に知識・情報関連産業や個人および公共サービス部門で毎年50万人ずつ延250万人の新規雇用を創出するなど、持続的な成長を前提した政策目標が掲げられている。特に、若年層失業問題の解決や女性労働力の活性化など、単なる量的拡大より雇用構造の改善に力を入れることが新たな政策課題として強調されている。

いずれにせよ、対外的には世界経済の不確実性(デフレの蔓延、為替レートの変動、石油価格の急騰などの恐れ)が高まる一方で、国内では家計負債急増の問題が解決策次第ではいままでの好景気を支えていた内需の足を引っ張りかねない状態にあるなど、新政権は船出を前にして早くも厳しい局面にさらされている。それだけに、新政権にとっては上記のような数値目標にこだわるあまり、性急な政策展開に走るよりは、「分配を通しての経済成長路線」の実効性を地道に高めていくことがより現実的な経済運営になるかもしれない。

新政権の労働政策課題

新政権の労働政策も基本的には前述のような経済政策と同様に金大中政権を継承するものとなる。ただし、盧大統領当選者はいままで労働問題(弁護活動や労使紛争の仲裁)に深くかかわっていただけに、「労働部門における政府の積極的な介入路線」は現場主義(対話および妥協による合意形成)に根ざしたものであるという点が新政権の政策を方向づけることになるだろう。

具体的な政策課題としては、第一に、政労使間の政策協議および合意の場としてその実効性が問われている労使政委員会について、その地位および役割を強化し、「実質的な社会協約機構」に仕立て上げること。

第二に、金デジュン政権が積み残した「週休二日制関連法案、公務員労組関連法案、国有銀行の民営化など」をめぐっては次のような方向で早期解決を図ること。

  1. 週休二日制関連法案については、現政権の方針に沿って、「とりあえず施行してから問題があればその都度補完していく」という漸進的な路線をとる。つまり、「労使政委員会で十分な話し合いを経たのでこれ以上労使間の合意を求めるのは単なる時間稼ぎにすぎない。早急に法改正に取り組み、同法の施行にあたっては中小企業に対する支援を強化し、非正規労働者の休暇日数を正規労働者と差別なく保障しなければならない」というものである。
  2. 公務員労組関連法案については、「公務員労働組合」と名づけることを認め、団結権と団体交渉権は保障するものの、法令および予算関連案件に限っては団体協約締結権を制限し、団体行動権を禁止する方向で、早期に法制化し、2003年7月から施行する」という立場をとっており、政府の関連法案は修正を余儀なくされることになる。
  3. 国有銀行の民営化については、「公的資金の早期回収や銀行の大型化を目指して国有銀行の売却を推し進める」現政権の方針に同意しながらも、労組の反発が強まったため、早期売却に反対を表明するなど、流動的な立場を見せている。このような構図は公企業の民営化においてもそのままみられる。新政権の「対話および妥協による合意形成方式」がどこまで通用するのか注目されるところである。

第三に、労働市場の流動化と非正規労働者保護については、「労働市場の流動化を容認しながらも、非正規労働者が全雇用者の約56%にのぼる現状は正常な姿ではない」との認識(連帯重視の立場)から、正規労働者と非正規労働者との格差是正のために、「労働監督の強化、同一労働同一賃金原則の法制化、特別法(社会的差別禁止特別法)の制定、特別委員会(国家差別是正委員会)の設置などに取り組むほか、ゴルフ場のキャディ、個人講師、保険募集人などの特殊な雇用形態従事者に対して労働者としての地位を認める」など、非正規労働者保護に重きをおくことが明らかにされている。

その他に、労働争議権が制限される必須公益事業の対象範囲を縮小し、職権仲裁制度の要件を強化することも掲げられている。

いずれにせよ、経済・労働部門の改革においては、争点によって労使双方が抵抗勢力になりうるうえ、与小野大の政局が続く限り、少数派政権は自ずとその限界に直面せざるを得なくなることが予想される。それだけに、改革志向の新政権は早くも改革の実効性もさることながら、その利害調整能力(改革に伴う社会的コストの最少化)をも厳しく問われることになるだろう。

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