2002年第1四半期の労働市場

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年11月

労働力提供

欧州の統計規制への度重なる適合、及びスペイン国内独自の改革により、労働市場の純粋に量的な分析を時系列で行うのは非常に厄介な作業になっている。例えば、94年に労働市場危機が底をついて以来、現在までに創出された440万の雇用についても、その30%が労働力調査の方法上の修正のおかげであるとするみ方さえある。もっとも新しいところでは、2002年第1四半期に導入された修正によって、失業率が20%も低下している。一方、このような修正がもたらした結果は地方によって大きく異なる。セウタとメリーリャの2自治市における低下が70%にも達しているのに対し、ラ・リオハ州、アラゴン州、アストゥリアス州では40%、バレアレス州やカタルーニャ州ではほとんど影響が出ていない。

以上のような技術的問題を念頭におきつつ、統計方法の修正による影響を差し引くと2002年第1四半期における雇用創出は過去7年間で最低であったことがわかる。これは、スペイン労働市場の新たな傾向を示しているようである。80年代にはスペイン経済が好況期にある時すら雇用創出能力を欠いているとの考え方が広まっていたが、これに対して現在は雇用と景気局面との間の強い相互関係が目立ち始めている。これは、スペインのように雇用調整能力の大部分をもっぱら外的な柔軟化に頼る、言い換えれば景気変動への対応策として雇用と解雇を繰り返す労働市場の特徴でもある。経済成長率が90年代初頭以来最低の2%前後に落ち込みつつある中、雇用破壊という反応が起こるという、93年以来みられなかった状況が戻りつつある。

マクロ経済の方は次第に弱点があらわれ始めており、特にインフレ率は周辺諸国との差を広げつつある。しかし、かつては貿易収支の悪化が将来の不況を正確に予告する役割を果たしていたのと異なり、現在では輸出部門は好調に推移している。この背景には欧州単一通貨の導入という要因があると考えられる。

働く意欲のあるスペイン人の数は、2002年第1四半期には前年同期比で2.88%と大きく増加した(統計方法の修正を考慮しなければ、実に+7.4%となっている)。しかしこの増加は非常に理解しがたい現象である。というのは、この度の労働力人口増は、やはり方法上の修正の影響を引きずっていた2000年第2四半期を除いて、88年以来最高のものだからである。

労働力調査によれば、現在スペインには、働いている、あるいは仕事を探している16歳以上の人口が1800万人おり、労働力率は53.55%、つまり過去25年間で最高になっている。この間の傾向をみると、労働力人口の増加率は現在まで年1%未満程度の低下を続けていた。現在の状況は、90年代半ばに始まった雇用拡大局面を通じての労働力人口増加と似ている。統計方法の修正とは別に、これは現在の就業人口増大の特徴であって、つまり、雇用を見つける希望を失っている層の就職にはほとんど貢献していない。他方、季節変動要因があるため、労働力人口の移動は活発でない。第1四半期には常に労働力人口増加がもっとも大きい時期であるが、その差は極めて微少であるため、ほとんど問題にならないくらいである(第1四半期の前年同期比が+1.20%であるのに対しもっとも小さい第4四半期の前年同期比は+1.13%)。

前年同期と比較して急に増えた労働力人口の3分の2は、就業人口の増大によるものである。しかし、全人口の10%足らずの失業者が労働力人口増の32.5%を占めることも注目される。2002年第1四半期だけでみると、就業者数はむしろ減少しており、つまり労働力人口増(+0.69%)はもっぱら失業者増(+10%)によるものである。

性別でみると、男女ともに25万人ずつ労働力人口が増えている。しかし女性労働力人口はもともと男性よりも少ないため、増加率でみると男性の2.3%増に対し女性は3.9%増となっている。スペインでは労働力人口の60.4%は男性である。女性の社会進出にもかかわらず、労働市場への女性の参加の増大はかなり変動が激しい。大きくみれば女性の労働力人口は増えつつあるが、現時点では労働市場全体に占める女性の割合は2000年よりもやや減っている。2001年には男性の方が労働力人口、特に就業人口の増大で女性を上回った。80年代末、好況により労働市場に参入する女性の数は最高に達し、それ以来はやや落ち着く傾向を見せている。

年齢別では、今次好況局面を通じてみられた傾向が2001年に逆転している。つまり、80年代末と同様、95年半ば以来は雇用への期待感の高まりから若年者の参入率が急増していたが、2001年にはこれが減少に転じているのである。特に減少幅が大きかったのが16歳~19歳のもっとも若い層で、マイナス1%、続いて20歳~24歳の層がマイナス0.3%となっている。確かに若年者人口そのものが減少しているということもあるが、それは別として、若年者の参入率の減少はもっぱら女性に偏っており、逆に男性では労働力人口が増加してさえいる。逆に55歳以上の層の労働力人口は平均を上回る3.9%の伸びを示している。

労働力率(労働年齢にある全人口に対する労働力人口の割合)は順調に上昇しているものの、ややスピードダウンの傾向を見せている。前年同期比では+2%となっている。女性に限ってみると+3%の増大で、女性の労働力率は41.23%に達している。一方男性の方は2%の伸びに留まり、労働力人口全体に対する男性の割合もほとんど変わっていない。

国際機関が用いる労働力率算定式では15歳~64歳の全人口を分母としているが、スペイン国立統計庁では16歳以上の全人口(年齢の上限無し)を分母にしているため、一概に国際比較することはできない。それでもスペインがEU諸国の中でもっとも労働力率が低いグループに属することは確かである。

EUの中でみると、スペインより労働力率が低いのはイタリアとギリシャだけである。ただし、いずれにしてもスペイン(63.1%)とユーロ圏平均(67.1%)との開きは4ポイントだけである。また、スペインでは歴史的に女性の社会進出が遅れ勝ちであったため、こうした差が主として女性労働力率の低さに起因することも考えられるが、必ずしもそうではなく、むしろイタリアの方が男女格差が大きくなっている。

労働市場の不均衡

雇用提供(労働力人口)の増大と雇用需要(就業)の低下によって、失業の増大が起こっている。被雇用者が失業者に転じたのに加え、労働市場への新規参入者の多くがそのまま失業者のグループに入っているのが目につく。今次雇用成長局面においては非労働力人口が失業者になるケースが少なく、労働市場への新規参入は就職を意味する場合がほとんどであったため、これは新たな傾向であるといえる。有期雇用への可能性が開かれたことが、非労働力人口が失業者人口に移行する傾向に歯止めをかける最大の要因であった。しかし、第1四半期のデータをみると、非労働力人口の就業に一定の低下がみられることがわかる。この間約5万人近くの非労働力人口が労働力人口に移行しているが、その50%以上が失業者になっている。特に男性よりも女性にその傾向が目立つ。失業者数は10%増大し、再び200万人を越えた。これによって失業率は11.47%、EUでもっとも高い値になっている。

過去1年間におけるEUの平均失業率は7.6%と一定しており、2002年第1四半期でみるとオランダの失業率がもっとも低く2.4%、続いてルクセンブルク(2.6%)となっている。オーストリア、デンマーク、ポルトガル、アイルランドでは4%~4.5%である。EU内の大国では、労働市場の柔軟化が進んだイギリスを除き、8%~9%の失業率となっている。EU全体の失業者の15%はスペインに集中している。

対前年比でみた失業者増は、大きな差はないものの女性の方が男性よりも多く、また年齢が高い層の方が多くなっている。年齢による差は統計方法の修正で縮まったが、性別では女性が全失業者の56.9%と、2000年の60%には達しなかったものの相変わらず多数を占めている。ちなみにスペインの民主化移行期の初期には女性失業者は失業者の10人に3人に過ぎなかった。現在の好況局面の初めには失業者の50%が女性で、これと比較しても女性失業者の割合が増えていることがわかる。

いずれにせよ、女性失業者の割合は景気拡大局面で増え、景気後退局面で低下するという性格を有する。つまり、スペインの労働市場において女性は好況期だけに市場に参入する予備軍であるといえるのだが、その場合失業者になることで市場参入を果たすリスクも少なくない。

部門別の格差はわずかだが、工業部門による失業者増がもっとも大きく、僅差で建設部門が続いている。ただし建設部門では雇用総数は増えているので、失業者増はこの部門特有の労働者の回転の激しさによるものとみられる。労働市場新規参入者で就職先が見つからない失業者は全体の16.1%を占め、ほとんど変化していない。つまり、現在の好況局面は就職の希望を失った層の新たな市場参入にはほとんど貢献していないことになる。

失業状態の継続期間に対しては、有期雇用の導入、及び90年代初期に実施された失業手当額・支給期間の削減が大きく影響しているようである。これらの要因によって平均失業期間は短縮する傾向にある。長期失業者(1年以上失業状態にある者)の数は過去1年で5ポイント減って40.8%、1981年以来みられなかった低い水準に戻っている。また2年以上失業状態にある失業者は2001年第1四半期には全体の28.8%であったが、1年後には24.6%となっている。

第1四半期にもっとも増大したのは失業期間6カ月未満の失業者層である。間断ない雇用創出、有期雇用、それに失業状態の継続に対してインセンティブとならない失業保障制度等により、長期失業者は減少し、雇用の機会があればより簡単に就職する失業者が増えている。

雇用条件

2000年半ばより賃金は急上昇する傾向を見せているが、これは互いに関連し合う2つの理由によるものと思われる。まず、好況による企業利益の増大により、賃金交渉に際しての雇用者側の立場が弱まり、より大幅な上昇を受けいれる傾向がみられた。他方、過去3年間におけるインフレの影響があげられるが、というのも集団労働協約の4分の3までがインフレ率が予想を上回った場合の賃金見直し条項を定めているからである。

国立統計庁の新賃金アンケート(労働費用指数と呼ばれる)によると、2001年第4四半期には月当たり賃金総コストが前年同期比で3.7%上昇している。中でもサービス部門の上昇が4.1%ともっとも大きく、続いて工業部門の3.6%、建設部門の3.4%となっている。伝統的には工業部門の賃金上昇率がもっとも大きかったが、雇用破壊が進むとともに賃金抑制への転換が見られ始めたといえる。建設部門では労働者不足から近年賃金が平均を上回る伸びを見せ、また雇用増もめざましいものがあった。しかし、最近になってこうした傾向が変わり、サービス部門での賃金上昇率がトップになっている。

集団協約での合意に基づく賃金上昇は、国立統計庁のアンケート調査結果と同じ傾向を見せているものの、その規模に違いがある。2001年には集団協約に基づく賃金上昇率が平均で3.69%となっているが、実際には部門による偏りがかなりある。例えば建設部門では4.19%増、工業部門では平均と同じ3.69%増、そしてサービス部門では3.50%増となっている。2002年4月までに結ばれた集団協約によると、賃金上昇率は2.98%と、2001年に対しかなり小幅になっているのがわかる。年の初めに結ばれた協約は上昇率がより小さくなることが多いものの、前年同期の3.43%と比べてもやはり小幅になっており、一時的なものだけではない現象といえそうである。

2001年における終日雇用労働者の平均実労時間は1786時間であった(週あたり37.3時間、年間30日のバカンス)。前年と比べると11時間、0.6%の減少である。工業部門労働者の場合が1777時間と少なく、サービス部門ではこれよりわずか1時間多い1778時間である。ただしサービス部門におけるパートタイム労働者の急増によって、部門全体でみた場合の実労時間は工業部門よりもかなり短く、年間で100時間以上の開きがある。つまりサービス部門では1600時間、パートタイム雇用が少ない工業部門では1740時間となっている。建設部門労働者は伝統的に実労時間がかなり長く、終日労働者で1833時間である。部門による差は拡大傾向で、サービス部門で実労時間が13時間、工業部門で11時間短縮したのに対し、建設部門では6.5時間短縮にとどまっている。

時間外労働については後でみることにするが、平均実労時間が集団労働協約を上回っているのは興味深い。集団協約による2001年の平均労働時間は1760時間(週当たり36.8時間、年間30日のバカンス)で、統計数値よりも20時間少ない。なお集団協約による労働時間も、部門によりかなり開きがあるようである。つまり、集団協約による労働時間がもっとも長いのは工業部門で1763時間、これに建設部門(1757時間)、サービス部門(1756時間)と続いている。90年代前半には集団協約による最長労働時間にはほぼ変化がなかったが、97年以来、年平均6時間ずつ短縮してきた。また近年になってそのスピードが更に増し、2002年4月までの集団協約は前年同期比で14時間減となっている。これは賃金上昇の場合と同じく、好況を背景に雇用者側がより幅広い労働時間短縮を受けいれる傾向があったこと、労組が時短を優先課題にしていることなどが背景となっている。

雇用創出はストップし、下降する傾向さえ見せているが、需要に対する生産調整のもう一つの方法である時間外労働に訴えるケースは少なくなっているようである。これは企業経営上の変化というよりも好況局面の終わりが近づいたことによる。2001年を通じて、終日労働者1人が行った時間外労働は平均で9.33時間で、前年の9.81時間に比べ4%と緩やかな減少を見せている。ただし部門別による時間外労働の格差は相変わらず大きい。

工業部門及びサービス部門の中でもより柔軟性の低い業種では労組のプレゼンスが強く、有期雇用率が平均より低いが、これらの部門では時間外労働が多い。エネルギー部門、企業に対するサービス、輸送等がこれに当たる。逆に行政のプレゼンスが大きい、あるいは規制が極めて厳しい部門(教育、医療、金融仲介業等)や、ホテル業などのように時間外労働が地下経済に潜る傾向の強い部門では、時間外労働は少なくなっている。

他方、2002年第1位四半期の労災件数は40万30件で、前年同期より6%減となっている。6年前に労働リスク予防法が制定されて以来、労災件数は50%も増えており、毎年労働者の10人に1人は何らかの労災に会っている。今回みられた労災の減少で90年代初頭の水準に戻ったことになるが、この傾向が今後も続くかどうか見守って行く必要がある。

労災件数の増加が始まったのは93年のことであるが、99年からは増加率が次第に低下してきている。90年代初頭の年間労災件数は2001年の半数であった。過去1年間でもっとも増えたのは欠勤をともなう軽度の事故で、建設及びサービス部門での雇用増にともない、これらの部門での労災の増加が目立っている。

逆に死亡事故は414件で、前年同期の367件と比べ17%と急増している。労災全体の中でも死亡事故は大きく減少していたが、この傾向が破られたことになる。

労災は部門や職種によって大きく異なる。工業部門は全般に平均をかなり上回る労災率を示している。これに対してサービス部門では労災率は低く、公衆衛生に関る職種だけが平均より明らかに高くなっている。炭坑業は他の部門と大きくかけ離れて労災が多く、10人に1人が何らかの事故に会っているのに対し、これに続く金属製造部門では労災率は3分の1である。

部門別の格差は開く一方のようである。スペインでは労働者2万7000人に対して労働監査官が1人しかおらず、EU全体の7000人に1人と比べてもともとかなり少なく、労働監査が無きに等しいのが現状であるが、これに有期雇用や外注の増加が加わって、更にコントロールがきかなくなっている。特に石炭採掘業では過去10年間で33%も労災件数が増えている。

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