大手企業グループにおける新たな人事戦略

※この記事は、旧・日本労働研究機構(JIL)が作成したものです。

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  • 国別労働トピック:2002年10月

最近、三星グループ、LGグループ、SKグループなどの大手企業グループの間で、コア人材の確保及び動機付けのための「採用・キャリア管理・報酬制度など」いわゆる「戦略的人的資源管理」に向けた取り組みが活発になっている。

1997年末の通貨危機後、大手企業グループの間では従来の非関連事業への多角化及び規模拡大志向から脱却し、中核事業の選択・集中及び収益性重視へと経営戦略の転換を図ると共に、構造調整や雇用管理の柔軟性向上など(減量経営)に取り組む動きが目立った。

しかし、ここにきて、長期的な観点(5-10年)からグローバル競争に勝ち残れるコアビジネスを創り出し、成長の軌道に乗せることを経営戦略の軸に据える。と共に、その主役を担えるコア人材向け人事戦略を経営戦略の最重要課題と位置付け、経営陣自らがコア人材の確保に走り出す動きがより顕著にみられるようになっている。以下、大手企業における新たな取り組みを追ってみよう。

コア人材の採用方針

大手企業の採用方針は通貨危機後大きな変化を遂げている。従来の企業グループ一括採用方式は姿を消し、系列企業別採用が定着すると共に、新卒者の定期採用中心から中途採用の比重を拡大する方向へと大きく変わっている。東亜日報と韓国労働研究院が共同実施した「上位100社の大手企業の人事システム変化」に関する調査によると、定期採用と通年採用の割合は1997年の71%対29%から53%対47%へ、また新卒採用と中途採用のそれは81%対19%から69%対31%へと、それぞれ変わっている。

このように大手企業の採用方針が大きく変わるなかで、2002年に入って新たに目を引くのはコア人材の採用方針を明確に打ち出す動きが広がっていることである。その先陣を切ったのは三星グループである。同グループは6月初旬「人事戦略に関する社長団ワークショップ」で、次のような中長期人事戦略(3大課題)を確定した。(1)国籍を問わず、世界から優秀な人材を採用する。(2)コア人材の競争力を世界水準に引き上げる。(3)創造性豊かな人材を早期に発掘・養成する。

この戦略に沿って次のような採用方針を実施することを明らかにしている。第一に、研究開発・マーケティング・金融・デザイン・情報通信などの専門分野で修士号・博士号取得者かそれに準じる専門能力をもつ人材を国籍を問わず毎年1000人以上採用する。第二に、アメリカ・EU・日本・中国などの主要拠点に研究所を増設し、現地の優秀な人材の採用に力を入れるほか、中国・インド・ロシアなどの優秀な人材を国内大学に留学させるプログラムを拡大運営する。第三に、通貨危機後一時中断し、2000年から再開した「海外地域専門家制度、海外派遣社員候補養成制度、海外MBA派遣制度など」の海外研修プログラムの対象者数を現在の年間350人から1000人に増やす。そのほかに、中学高校生を対象に創造性豊かな人材を早期発掘し、企業のニーズに合った人材に育てるための「メンバーシッププログラム」をさらに拡大していくことなど。

このようなコア人材の採用方針を実施するにあたっては、コア人材をどのように定義し、分類するかが新たな課題となる。いまのところとりあえず、コア人材を「コアビジネスで最高の専門能力をもつ者、または経営成果に最大の貢献をした者」と定義し、S(Super)級・H(High Potential)級・A級などに分類している。例えば、S級の分類規準は「世界一流企業に勤める者のうち、優れた成果を出し、CEO級の待遇が可能な人材」、H級は「成果の検証は未済だが、高い潜在能力を認められた者」、そしてA級は「S級には及ばないものの、一応優れた成果を出した者」という具合である。

ただし、系列企業ごとに事業の特性や必要な人材の要件などがかなり違うため、具体的な分類規準の設定は系列企業に委ねられ、コア人材の採用実績は系列企業経営者の評価に反映されることになったようである。例えば、系列企業別に採用したコア人材の離職率が企業グループの平均値を上回るか、コア人材が1-2年以内に辞めてしまう場合、当該系列企業経営者の人事や年俸にペナルティを科すなど、コア人材の確保に対する経営者の責任をより明確にするということである。

そのほか、コア人材の採用にあたっては、年俸の上限を設けないほか、ストックオプションや住宅購入費・移住費などを提供するなど、破格の報酬制度を別途に用意している。

このようなコア人材の確保方針は三星グループに限ったことではない。LGグループ、SKグループ、現代自動車なども競い合うように、海外でのコア人材の確保に乗りだしている。海外の主要大学を舞台に韓国系大手企業の間で人材獲得合戦が繰り広げられているのはその一つの表れである。

コア人材の確保とは別途に、学卒者の新規採用においても新たな取り組みが相次でいる。まず、電子・自動車・情報通信業界などにおける大手企業の採用方針として注目されるのは、新規採用の対象を研究開発部門に絞ると共に、面接試験を強化することで即戦力になりうる人材の採用に力を入れていることである。例えば、三星電子やLG電子などではすでに新規採用の7割以上を研究開発部門が占めているほか、現代自動車でも5割以上にのぼっている。

そして三星電子では2002年から面接試験を従来の2段階(60分)から3段階(160分)に増やし、集団面接方式に加えて、4人の面接官が1人の応募者に対して集中的に質問する個人面接方式をとり入れるほか、研究開発職・営業マーケティング職・経営支援職などの部門別に異なる評価基準を設け、現場で業務遂行中発生する問題と類似したケースを試験問題に出すなど、企業のニーズに即応できるような人材の確保を試みている。これと共に、新入社員に対しても年俸制を適用し、成果に基づいて年俸に差をつけることも試みている。この新たな試みは早くも業界や大学などに波紋を広げているようである。

もう一つ、破格の採用制度として注目されるのは、優良銀行の合併で生まれた国民銀行が合併後初めて新入社員100人を採用するにあたって、「入社して4年後退職し、海外MBA派遣研修後再入社する」という新たな人材育成プログラムを設けたことである。キムジョンテ頭取は記者会見で「銀行の競争力は人材から生まれる。入社して4年後全員退職し、MBAコースを終えた後、再入社の可否は本人の意志に沿って銀行の審査を経て決定される。研修生のうち、何人が復帰するかが鍵になるが、優秀な人材を確保するという観点からみればそのぐらいの費用(1人当たり年間7000万―1億ウオン)は負担できる」と述べている。

コア人材のキャリア管理

以上のようなコア人材の採用のみでなく、コア人材の定着及び動機付けのためのキャリア管理プログラムを設ける動きも注目される。

まず、韓国リクルート社が大手企業61社を対象に「人的資源管理現況」を調べたところによると、コア人材管理プログラムを設けているのは全体の61.5%にのぼっている。同調査によると、企業への貢献度が高いコア人材の要件としては「問題の理解力及び解決能力が高い(30.2%)」、「組織を円滑に運営する(28.1%)」、「創意工夫に優れている(16.3%)」、「自己啓発の意志が強いこと(13.0%)」などが挙げられており、業務上の問題解決能力と組織運営能力が重視されていることがうかがえる。このようなコア人材が離職する理由については、「現在の仕事では自分のビジョンを実現することができないと思うから(58.8%)」が最も多く、次いで「少ない報酬(23.5%)」、「職務に対する不満(11.8%)」、「自己啓発・学習の機会不足(5.9%)」などの順となっている。これに対して、コア人材の離職を防ぐための対策としては「能力・成果に見合った待遇及び報酬の提供(65.4%)」が最も多く、次いで、「雇用安定の保障及び将来のビジョンの提示(30.8%)」、「自己啓発・学習の機会提供(3.8%)」などが挙げられている。

そして、東亜日報とDBMコリア(アウトプレイスメントコンサルティング会社)が共同実施した「企業の採用・キャリア及び退職管理」に関する調査(国内外企業192社と会社員384人)でもコア人材のキャリア管理がその重要性を増していることが確認されている。同調査によると、離職者のうちコア人材の割合は「2-4割(39%)」が最も多く、次いで「5-6割(17%)」、「7割以上(2%)」などの順となっている。離職の理由については「能力及びキャリア開発の機会不足(33%)」、「報酬と昇進(32%)」、「人間関係(11%)」、「担当業務に対する不満(10%)」などが挙げられている。そして、キャリア管理プログラム(コア人材の定着と不要になった人材の退出支援)を実施するところは国内企業の場合39%、外資系企業では51%にのぼっている。

その他に、採用情報サイトのジョブコリアが離職者1836人を対象に調査したところによると、回答者のうち79.6%が自発的な退職者である。自発的な退職の理由としては「会社の不透明なビジョン(39.2%)」、「能力及びキャリア開発の機会不足(27.5%)」、「少ない報酬(14.7%)」、「過重な業務及び長い労働時間(12.5%)」、「上司や同僚との人間関係(6.2%)」などが挙げられている。「景気回復と共に、だんだん転職しやすくなっているのか、会社のビジョンと自分のビジョンとのミスマッチに不満を感じる者の間で、離職を選ぶケースが増えている」ということのようである。

特に、就職難のため、希望条件とは合わなくてもとりあえず就職した新入社員の間では、会社に勤めながら、希望する企業や職業への転職を目指して自己啓発や資格取得などに精を出し、大体3年以内に離職するケースが急増しているようである。終身雇用の慣行が崩れ、雇用の不安定さが増していることが「転職によるキャリア開発」という新たな選択に拍車をかけている格好である。

その一方で、大手企業の間ではコア人材の定着及び動機付けの一環として、教育研修プログラム(海外研修、社内MBAコースなど)を拡充する動きが広がっているが、社員の間では能力及びキャリア開発への関心が高いこともあって、選抜試験での競争は激しさを増しているようである。特に、教育研修プログラムは会社のニーズに合わせて運営される傾向がより顕著になっているだけに、そのプログラムに選ばれるということは長期的な観点からコア人材としてお墨付きをもらったことになり、社員自らのキャリア開発においても欠かせない要素になっているのである。

成果主義賃金制度の普及

大手企業の間で成果主義賃金制度として年俸制が試験的に導入され始めたのは1990年代半ば頃からである。その後、特に通貨危機を機に、雇用管理の柔軟性向上のほか、社員の間における競争の促進や優秀な人材の定着及び動機付けなどに有効な賃金制度としてそのメリットへの期待が高まり、年俸制を導入する動きが急速に広がっている。

労働部によると、100人以上の事業所5218カ所のうち、年俸制を導入しているのは1999年の15.1%から2002年には32.3%に増えている。そして前述の東亜日報と韓国労働研究院の共同調査によると、上位100社の大手企業のうち年俸制を導入しているのは87%にのぼっている。ただし、年俸制の適用状況を職種別にみると、事務管理職、研究開発職、営業職はそれぞれ97%、83%、79%にのぼっているのに対して、生産職は46%にとどまっている。労組の影響力(年功重視、組合員間の競争排除)が強い生産現場ほど、年俸制への抵抗が根強いことであろう。

年俸制の導入例をみると、三星電子の場合、「生産性激励金」や「成果配分」などを合わせて、同じ職級の社員の間で年俸に5倍近くの差がつくように設計するほか、新入社員に対しても年俸制を適用するなど、成果重視の方針を一層強化しようとしている。2002年の賃金交渉では、基本給を5%引き上げることで合意したが、人件費総額を据え置くこともすでに決まっているため、結局個人別年俸交渉で成果給にさらに差をつけることになるようである。

次に、三星電子と競合関係にあるLG電子では、2001年8月から全社員に年俸制を拡大実施するにあたって、年俸に2倍の差がつくように設計している。2002年の賃金交渉では、基本給を凍結する代わりに年末に利益が出れば成果給を支給することで労使は合意した。つまり、従来のような一律賃上げを取りやめ、経営実績に応じて賃上げ分(凍結も)を決めるという方式をとり入れることで、成果給のみでなく、基本給さえも業績連動型に組み込むということのようである。

その一方で、年俸制で高い報酬が保証されるのはデザイナー、研究開発職、営業・マーケティング職、法律専門家などの専門職に限られ、一般事務管理職の場合、むしろ年俸の切り下げや雇用調整などの憂き目に遭うケースも増えている。そのうえ、社員の間では企業の長期的な成長(組織に対する忠誠心や責任感)より自分の短期成果を重視する傾向が強まるほか、年俸の算定規準になる評価や業務分担などをめぐって不満や抵抗が根強いなど、個人別短期成果重視の歪みが露呈するところも少なくないようである。そのため、年俸の算定規準を個人別からチーム単位に変え、年俸の格差を調整するなど、制度上の工夫を重ねる動きもみられ、その行方が注目される。

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